1-23 燃えるのは薪か、銭か
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
城塀の修復工事で見せた「3日での完成」という異常な成果は、織田家中において僕の評価を決定的なものにした。
信長は、この「猿面の男」が単なる使い走りではなく、組織の停滞したシステムを根底から書き換える最適化のプロフェッショナルであることを完全に理解していた。次なる信長からの指令は、一見すると地味だが、組織の財務を大きく左右する重要ポストだった。
「藤吉郎。明日より、貴様を『薪奉行』に任ずる」
清洲城の奥の間で、信長はいつものように無造作に膝を崩したまま、僕に言い放った。薪奉行。城内で消費される薪や炭の調達、管理を取り仕切る役職だ。戦国の城は巨大な消費機関であり、多くの家臣が働く城の暖房や炊事にかかる燃料費は、国家予算に直結する。
「無駄は錙銖(わずかな金銭)たりとも排除する」というのが信長のポリシーだ。だからこそ、信長は前任の奉行に「城内での一年間の炭と薪の消費量はどれほどか」と問うた。
前任の薪奉行は「およそ千石(約1億5,000万円相当)余りでございます」と答えた。信長はその数字を聞いた瞬間、「此奴を、クビにしろ」と側近の村井貞勝に命じた。
(……なるほど。前任者は現場をまったく見ていない『どんぶり勘定』だったわけだ)
僕は信長の意図を即座に読み取った。千石という数字は、明らかに「中抜き」や「過剰発注」が含まれた不正の匂いがする。信長は、僕にこの闇を解体しろと命じている。
「かしこまりました。……信長様のご期待に沿う結果をお出しいたします」
僕は深く平伏し、その日のうちに引き継ぎを済ませた。翌日から、僕はただ帳簿を睨むような真似はせずに、城中のありとあらゆる場所を自分の足で歩き回った。
台所のかまど、奥女中の部屋の火鉢、門番の詰所の囲炉裏。誰が、いつ、どれだけの量の薪をくべ、火を燃やしているのか。僕は自ら火箸を握り、燃焼効率を細かく計測していった。
「……やはりな」
僕は煤だらけの手で帳面に数字を書き込みながら、ため息をついた。城内では、火の番をする下働きたちが、面倒くさがって必要以上の薪を一度に突っ込んでいる。空気の通り道(対流)を無視して詰め込むから、不完全燃焼を起こして煙ばかりが出て、熱効率が極端に悪い。
さらに、薪の調達ルートを洗うと、出入りの商人が前任の奉行と結託し、質の悪い湿った薪を相場以上の高値で納入していることも判明した。典型的な癒着の構造だ。
僕はすぐさま、城内のすべての囲炉裏とかまどの形状を「燃焼効率を最大化する構造」へと少しずつ改修させた。そして、火の番をする者たちに「薪の正しい組み方と、一日に使用してよい上限量」を厳格に定めた手順を徹底させた。
同時に、悪徳商人を切り捨て、別の村から直接、乾燥した良質な薪を安く買い付けるルートを新規に開拓した。1ヶ月間の消費量を計測し、それを一年間に換算してみた結果。
「……なんだこれは。一年の消費量が、以前の『3分の1』にも満たないじゃないか」
僕は愕然とした。つまり、これまでの数年間、織田家は毎年「7百石(約1億円相当)」もの莫大な燃料費を、完全に無駄としてドブに捨てていたことになる。僕はその事実に対する激しい怒りを覚えながらも、完璧な収支報告書を作成した。
僕は信長に改善された薪の消費データと、削減された予算の報告を行った。
「……ほう」
信長は、僕が提出した帳簿を見比べ、珍しく機嫌の良さそうな声を出した。
「薪の費用を三分の一にまで圧縮したか。見事な手際だ、藤吉郎」
「ありがたき幸せ。……ですが信長様、僕にはもう一つ、燃料費をさらに削減し、かつ領民も潤う『新しい調達のスキーム』がございます」
信長が扇子を止め、面白そうに目を細めた。
「他国の守護大名の中には、山に住む者には薪を、海辺に住む者には海産物を、それぞれの『得意なもの』に応じて税として納めさせているところがあるそうです。……我が尾張の国中には、あちこちに大木が生い茂っております。各村から『一本ずつ』で構いません。木を切り出し、薪として城へ納めるよう命じてはいかがでしょうか」
僕は言葉を区切り、信長の顔色を窺った。これは現代でいう「現物出資」によるサプライチェーンの構築だ。だが、ただ徴収するだけでは民の不満を買う。僕はすぐにフォローを入れた。
「もちろん、ただで奪うのではありません。市場の相場に合わせた『適正な対価』を支払うのです。農閑期の百姓たちにとって、城へ薪を納めることが『確実な副収入』となれば、百姓らは喜んで良質な薪を持ってくるでしょう。商人のマージンも省け、織田家にとっても大幅なコストダウンになります」
信長は、僕の提案を聞き終えると、バンッ!と扇子で床を叩いた。
「……面白い!良かろう、そのように計らえ!貴様のような知恵の回る男を、裏方の仕事に置いておくのは……『駿馬を塩車に繋いで苦しめ、大材を小事に用いる』ようなものだな。……もっとデカい仕事を回してやるから覚悟しておけ!」
「はっ!」
僕は泥にまみれた手で深く平伏し、床に額を擦り付けた。
――後世の評者は言う。普通、自分の才能よりも低い役職を与えられた者は、主君を恨み、腐ってしまい、結局は身を立てることができないものだ。だが、秀吉(藤吉郎)は違った。彼はどんな下働きであろうとも、与えられた持ち場で昼夜を問わず働き、その環境を「最適化」して結果を出してみせた。だからこそ、天下人にまで登り詰めたのだ、と。
僕からすれば、それは当然の生存戦略だ。泥まみれの薪割りだろうと、城壁の修復だろうと、与えられたタスクに大小はない。重要なのは「いかに無駄を省き、最大の結果を叩き出して、自分を売るか」だ。
薪奉行という裏方での実績は、僕の評価をさらに押し上げた。
どんな無茶振りでも構わない。現代の知識と、この戦国で磨き上げた最適化の刃があれば、すべてクリアしてみせる。
清洲城の冷たい廊下を歩きながら、僕は胸の奥で燃える「日輪」の熱を感じていた。
【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】
藤吉郎殿薪奉行の事
信長公常に民の飢寒を憫み思召故に、不㆑尽㆓錙殊㆒漫に不㆑費㆓財用㆒、唯欲㆑賑㆓民間㆒給ふ故、炭薪の費一とせの分何ほとにかと、其奉行に問給へは、千石有余也と答へ奉る、いかゝは思召けん、奉行をかへよと村井に被㆓仰付㆒しに、誰彼とさしつ申候へ共用ゐ給す、藤吉郎を召て今日より炭薪の入用、汝沙汰し能に計ひ、一両年裁拠致し可㆑見旨被㆓仰付㆒しかは、翌日より自ヲ火を焼多くの囲炉を穿鑿し、一ケ月の分を勘弁し、一年の分を勘へ見るに、右の三分一にも不㆑及ほとなれは、近年千石許は無左としたる費、益もなき事なりとて、秀吉千悔し、翌年正月廿日炭薪の費、往年の勘弁如㆑此の旨、御そは近く寄て申上しかは、御気色も且宜く見えにけり、秀吉申上けるは、他国の守護は、山に付ては炭薪、海辺は其便に順て貢し奉るやうに聞え申候、されは国中の里々大木生茂れり、一村より一本宛貢し候へと被㆓仰付㆒なは、いと安き事になん有へしと申上しかは、兎も角も能に計ひ可㆑申、雖㆑然百姓等不㆑痛やうに、価を遣すへき旨仰けるに因て、其々に賃を遣しけり、其後藤吉郎を召出し、汝を薪奉行なんとにせん事は、寔に駿馬を塩車に苦しめ、大材を小事に用るに等しきと戯れさせ給ひつゝ、異奉行に被㆓仰付㆒けり、評曰、誰も己の才より引下て職を授給ふ時は、主を恨る心、内に根さし、終に其心外にあらはれ出、身を立るによしなき物也、然るに秀吉は何れの奉行也と云共、昼夜の堺も分す勤められし人也、
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
ただ古典を翻訳して、なろうの型にハメてるだけなんだけど、結構時間かかるなぁ⋯漫画化にw




