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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-22 反間の計、笠寺炎上

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

「……城壁の修復を遅らせていたのは、今川へ通じるための布石サボタージュだったというわけか」


 三日で完了させた清洲城の城塀修復プロジェクト。その現場で僕が感じた違和感の正体は、やはり「反逆の意図」だった。


 前任の作事奉行・山口九郎次郎。九郎次郎の父親である山口左馬助は、鳴海の城を預かる織田家の旧臣でありながら、今川義元に寝返り、現在は「表面上だけ織田に降伏し、内実は今川の尖兵として動く」という、極めて厄介なダブルスパイの立場にいた。


 彼らは今川義元が上洛するその日に、清洲の城壁を意図的に脆弱にしておくことで、織田家を内側から崩壊させるつもりだったが、僕が奉行の座を奪い、圧倒的な速度で修復を完了させたことで、彼らの計画マイルストーンは完全に狂った。


 失態を演じた九郎次郎は出仕を止められ、自邸で鬱々として引きこもっている。


「信長様。このまま山口父子を泳がせておくのは、セキュリティ上のリスクが大きすぎます。ですが、直接討伐すれば『降伏した者を殺した』と周囲の国人衆の反発を招きかねません」


 僕は信長の私室で、一枚の白紙を広げながら進言した。


「ならば、どうする?」


「……敵のほこで、敵の盾を貫かせます。つまり、山口父子に、今川方の最重要拠点を潰させるのです」


 僕が提案したのは、現代のサイバー戦においても常套手段とされる「なりすまし」と「情報工作ソーシャル・エンジニアリング」を組み合わせた、反間はんかんの計だった。


 ターゲットは、今川義元の厚い信任を受け、笠寺城を守る猛将・戸部新左衛門。もし戸部が織田方に寝返れば、今川軍の尾張侵攻ルートは完全に絶たれる。それほどまでの重要人物だ。


 僕はまず、織田家の家臣である森三左衛門を商人に変装させ、笠寺城へと潜入させた。目的は戸部の暗殺ではない。彼が書いた「自筆の書状」……つまり、彼の「筆跡パスワード」という生体データを手に入れることだ。


 三左衛門が見事に戸部の筆跡を持ち帰ると、僕は城内で最も筆の立つ右筆ゆうひつを呼び寄せ、完璧な偽造文書フェイク・ニュースを作成させた。


 内容はこうだ。


『私は織田信長様に寝返ります。その手土産として、鳴海城の山口父子を暗殺いたします。 戸部新左衛門より』


 さらに、僕はもう一枚の偽造文書を作成した。今度は、鬱々として引きこもっている「山口九郎次郎の筆跡」を偽造したものだ。


『父上。戸部新左衛門が織田へ寝返るという密書を、清洲城内で奪い取りました。同封いたしますので、戸部に殺される前に、至急対処してください。山口九郎次郎より』


 この二枚の「完璧な偽造文書」をセットにし、夜陰に乗じて鳴海城の山口左馬助の元へ、極秘の使者を装って送り届けさせた。


「……何だと!? 戸部め、今川を裏切ってワシの首を狙っておるのか!」


 書状を受け取った左馬助の驚愕と恐怖は、想像に難くない。何しろ、息子の筆跡で「戸部が裏切る証拠」が送られてきたのだ。疑う余地などない。左馬助はすぐさま今川義元に「戸部謀反」の緊急報告アラートを送り、義元の許可を得るや否や、鳴海城の全軍を率いて笠寺城へと押し寄せた。


「裏切り者・戸部新左衛門!覚悟!!」

 

 夜明け前、味方であるはずの山口軍に突如として城を包囲された笠寺城内は、完全にパニックに陥った。


 戸部新左衛門は当代きっての勇士であったが、何しろ完全な不意打ちである。防戦の指示を出す暇もなく、山口の軍勢が城内へとなだれ込んできた。


「ええい、左馬助め、狂ったか!?」


 戸部は鎧を着る暇すらなかった。素肌に単衣ひとえのまま槍を掴み、怒号とともに飛び出すと、彼を討ち取ろうと殺到する山口の兵たちを、瞬く間に十騎ほど突き殺したという。


 凄まじい武勇である。もし彼が万全の態勢で織田軍とぶつかっていたら、どれほどの損害が出ていたか分からない。


「……だが、ここまでだ。今川の犬死にを見せてやるわ!」


 多勢に無勢。もはや脱出も反撃も不可能と悟った戸部は、無念の叫びとともに自らの腹を十文字に掻き切り、壮絶な最期を遂げた。今川軍における尾張侵攻の最大の前線基地が、今川軍自身の同士討ちによって、完全に機能停止シャットダウンした瞬間だった。


 一方、清洲城で謹慎中だった山口九郎次郎は、この凄惨な同士討ちの報せを聞いて度肝を抜かれた。


「父上が、戸部殿を討っただと!? 馬鹿な、私はそんな密書など送っていないぞ!」


 九郎次郎は夜の闇に紛れて清洲を脱出し、鳴海城の父のもとへ駆け込んだ。そこで父と顔を合わせ、互いの情報をすり合わせた時、彼らは初めて自分たちが「織田信長の仕掛けたハッキング」に完全に踊らされていたことに気づいたのだ。


「……おのれ、信長め! ワシらを騙して、今川の重臣を殺させおったか!」


 左馬助の絶叫が夜の鳴海城に響き渡る。今川義元の許可を得て討ったとはいえ、「偽の証拠」で味方の重臣を殺害してしまったのだ。義元からの信用は地に墜ち、今川家中での彼らの立場は最悪のものとなる。かといって、いまさら織田に戻ることもできない。


 山口父子は完全に孤立した。いつ織田の大軍が鳴海城を包囲しに来るか分からないという極度の恐怖パラノイアに苛まれ、彼らは昼夜を問わず武器を手放せず、不眠不休で怯え続けることになった。


 数日後。清洲城の奥の院で、戸部新左衛門討ち死にと、山口父子の孤立の報告を受けた信長は、バンッ!と扇子で床を叩き、腹を抱えて大笑いした。


「カハハハハ! 見事! 実に見事な盤上遊戯よ! 一兵も損なわず、矢の1本も射ることなく、強敵の首を二つ同時に取ったようなものだ!」


 信長は笑い涙を拭いながら、僕の方へ鋭い視線を向けた。


「藤吉郎。お前のその猿頭の中には、一体どんな悪魔が棲んでいるのだ?」


「……悪魔などおりませぬ。ただ、人間の『疑心暗鬼』という感情のバグを、少しばかり突いただけです」


 僕は深々と頭を下げた。武力ではなく、情報の非対称性を利用した情報戦。これは、未来ではライバルを出し抜くための基本的なストラテジーに過ぎない。しかし、血の気が多く「力こそすべて」のこの時代において、僕の思考ロジックは、まさに魔法か悪魔の所業のように映ったのだろう。


「……よい。その悪魔の知恵、これからも存分に俺のために振るえ」


「はいっ!」


 信長の言葉には、確かな「信頼」の重みがあった。僕が仕掛けた反間の計は、尾張の防衛線を強固にしただけでなく、今川義元の尾張侵攻スケジュールに深刻なディレイれを生じさせたはずだ。


(……でも、時間は稼げたが、根本的な解決にはなっていない)


 城の廊下を歩きながら、僕は冷たい夜風を肺の奥まで吸い込んだ。駿河の今川義元。あの強大な「海道一の弓取り」が、こんな小細工で大人しく引き下がるはずがない。いずれ必ず、数万の圧倒的な大軍リソースによる物理的な力業で、この尾張を蹂躙しに来る。


 その時、僕と信長はどう動くべきか。歴史の授業で習ったあの「奇跡の勝利」を、僕は自分の手で、論理的な必然として組み上げなければならない。


 胸の奥の「太陽」が、これから来る巨大な戦火を予感し、静かに、けれど圧倒的な熱量で鼓動を始めていた。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




反間はんかんはかりごと戸部新左衛門とべしんざゑもんころ


この山口父子やまぐちふし織田家おだけ舊臣きうしんなるが、ぬる天文十九年てんぶんじふくねん今川義元いまがはよしもと幕下ばくかとなりて、鳴海なるみしろ楯籠たてこもり叛逆ほんぎやくいろあらはせり。この年信長十七歳としのぶながじふしちさい軍兵ぐんぴやうそつし、鳴海城なるみじやうたまへども、山口父子勇やまぐちふしゆうにして容易たやすせいしがたく、そのまま捨て置きたまひしが、信長卿のぶながきやう威勢日ゐせいひ々月々にさかなりしかば、永祿元年えいろくぐわんねん山口父子降参やまぐちふしかうさんひて、倅九郎次郎せがれくろうじらう信長のぶなが勤仕きんしさせ、左馬助さまのすけ鳴海なるみにありて今川いまがはおさへをなす。これまこと降参かうさんにあらずして、義元上洛よしもとじやうらくみぎり裏切うらぎるべき計略けいりやくなり。されば九郎次郎今度くろうじらうこんど城修復しろしゆふくも、わざと出來延引しゆつたいえんいんさせしめ、今川方いまがはがた便たよよからんことをはかりけるに、藤吉郎とうきちらう才智さいちにて首尾しゆびよろしからず、出仕しゆつしをも止められ、鬱々としてもりたり。藤吉郎とうきちらう山口父子やまぐちふし反心はんしんさつし、信長卿のぶながきやうすすめて、左馬助さまのすけが手を借り、今川いまがは功臣笠寺かうしんかさでら城主戸部新左衛門じやうしゆとべしんざゑもんたしむ。その計略はかりごとは、森三左衛門もりさんざゑもんあきうどに仕立て、笠寺かさでらしろませ、新左衛門しんざゑもん自筆じひつ書翰しよかんをもとめ、その筆跡ひつせき謀書ばうしよして、信長のぶなが降参かうさん山口父子やまぐちふしころすべきよし書面しよめんこしらへ、また九郎次郎くろうじらう手跡しゆせきいつはつて、右戸部みぎとべ信長のぶなが内通ないつう書翰しよかんうばひ取りしおもむきに認め、鳴海なるみ城左馬助しろさまのすけかたつかはしければ、左馬助大さまのすけおほきにおどろき、いそ義元よしもとへその旨注進むねちうしんし、めいを受けて笠寺かさでらしろし寄せ、無二無三むにむさんめたりけり。戸部新左衛門勇士とべしんざゑもんゆうしなりといへども、もとより不意ふいのことにて防戰ばうせん手配てくばりなく、山口やまぐち勢城中せいじやうちうみだつてまわれば、その身鎧みよろひちやくするひまもなく、素肌すはだにてやりひさげ、近寄ちかよ兵十騎へいじふきばかり突きころし、今はこれまでとてはらかき切りてにたりけり。九郎次郎くろうじらう清洲きよすにありてこのよしつたへ聞き、はなはおどろき、ちち所存しよぞんかんと、まぎれて鳴海なるみしろきたり、左馬助さまのすけ物語ものがたりに、信長のぶなが反間はんかんあたりしを初めてさとり、父子ふしともによいよおどろ恐怖きようふし、織田勢おだぜいきたらんことをおそれ、合戦かつせん用意よういまちまちにて、晝夜安ちうややすこころはなし。信長卿のぶながきやう戸部とべ討死うちじにき、手を打つておほわらひ、藤吉郎とうきちらう才智人さいちひとえしを、ひそに感じたまひけり。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 今話の舞台、笠寺城(城跡は無く、星崎城か戸部城か⋯近くの城跡のどれからしい)や鳴海城⋯。私が今住んでる有松のご近所です。城趾行ったことありませんけどw

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