1-18 懐の草履、天下の算盤
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
四カ国を流浪し、数え切れないほどの奉公先で泥水をすすってきた僕は、ようやく一つの「腰を落ち着ける場所」に辿り着いていた。尾張国、清洲城。後に天下人として日ノ本にその名を轟かせる魔王、織田三郎信長の居城である。
とはいえ、最初から気の利いた役職が与えられたわけではない。僕が宛がわれたのは「御馬飼」――つまり、城の厩で馬の世話をする、最底辺の雑用係だ。
臭いきつい糞尿の始末。重い干し草の運搬。それは、並の人間なら三日で音を上げる過酷な重労働だ。案の定、皆は隙あらばサボることばかりを考え、馬の世話も適当にこなしていた。けれど、僕にとってその環境は、未来知識の「最適化」の理論を実験するための、格好のテスト環境だった。
僕はまず、馬の飼料の配分を見直した。ただ闇雲に干し草を与えるのではなく、運動量と体格に合わせて適切な量の水分と塩分を混ぜ、消化吸収を助けるようにした。
そして、空いた時間を見つけては、自分の両手を使って馬の全身を丹念に撫で、ブラッシングを施した。現代の動物行動学やマッサージの知識を応用し、筋肉の緊張をほぐし、血流を促進させるのだ。馬は言葉を話せないが、ストレスを軽減してやれば、必ず結果で応えてくれる。
数週間もすると、僕が担当した馬たちは、見違えるように毛並みが艶やかになり、気性も穏やかに、しかし走らせれば力強く地面を蹴るようになった。
「……おい。あの栗毛、ずいぶんと見栄えが良くなったではないか。誰が世話をしている?」
ある日、厩を視察に訪れた信長が、僕の担当する馬を見て足を止めた。同輩たちが恐れおののいて平伏する中、僕は静かに進み出て、深く頭を下げた。
「某、藤吉郎と申します。僭越ながら、手前が世話をさせていただいております」
「ほう。猿のような顔をした下郎だが……馬の扱いは見事だ。貴様、名を藤吉郎と言ったな」
信長の漆黒の瞳が、僕を値踏みするように見下ろす。その視線は、単なる身分差を超えた、人間の「本質的な価値」を測る鋭い刃のようだった。
「明日から、厩の掃除はもうよい。俺の草履取り(ぞうりとり)を命ずる」
それが、僕が底辺の泥沼から一段這い上がった、最初の瞬間だった。草履取り。主君が外出する際、その足元に草履を差し出すだけの単純な役目だ。
だが、僕はそれを「究極の接客」と捉えた。現代のサービス業において、顧客の潜在的なニーズを先読みし、期待を上回る価値を提供することは基本中の基本である。
季節は巡り、やがて厳しい冬が到来した。信長はまだ血気盛んな青年であり、真冬の凍てつくような寒さの中でも、毎朝卯の刻(午前6時頃)には必ず起き出し、馬を走らせていた。
ある朝のことだ。前夜から降り続いた雪が中庭に白く積もり、吐く息が白く凍るような、凄まじい寒波の朝。信長は、いつもの例刻よりも半時(約1時間)も早く寝所から出てきた。玄関には、まだ灯りも少なく、出迎えの小姓や近習たちの姿もまばら、いや、ほとんど皆無だった。
「誰かある!」
信長の苛立った声が、冷たい空気を震わせた。誰もいなければ、不興を買って斬り捨てられかねない緊張感。
その直後、僕は玄関の土間から、音もなく静かに進み出た。
「――藤吉郎、ここに控えております」
信長は、わずかに目を丸くした。
「藤吉郎か。……なぜ、貴様しかおらぬのだ?」
「はっ。今朝は例日よりも信長様の御出ましが早く、他の方々はいまだお見えになっておりませぬ」
「ならば、なぜ貴様一人だけが、こんな早くからここにいる?」
信長の問いは鋭かった。僕は微塵も慌てることなく、あらかじめ用意していた完璧な論理で答える。
「下郎たるもの、主君の御意にいつ何時でもお応えできるよう、不測の事態に備えるのが務めでございます。僕は、今朝に限らず、毎朝必ず他の衆よりも一時(約2時間)早く参り、御出立をお待ちしております」
つまり、僕は常に「時間前行動」を徹底していたのだ。現代人にとってのタイムマネジメントを、この戦国の世で忠実に実行していたに過ぎない。信長は、ふん、と鼻を鳴らした。その表情には、明らかな感心の光が浮かんでいた。
「口の減らぬ猿だ。……草履を出せ」
「はっ」
僕は懐に手を入れた。そして、そこから取り出した草履を、信長の足元に恭しく差し出した。信長が冷え切った足をその草履に乗せた瞬間――彼の眉が、ピクリと跳ね上がった。
「……温かいな。貴様、俺の草履を尻に敷いて座っていたのか?」
その声には、殺気が混じっていた。草履を尻に敷くなど、主君に対する最大の侮辱だ。だが、僕は涼しい顔で、もう一度深く平伏した。
「滅相もございません。冷え切った草履では、君の御足を凍えさせてしまいます。ゆえに、出番が来るまでの間、ずっと手前の懐に入れ、体温で温めておりました」
一瞬の沈黙。雪の降る冷たい玄関で、信長は僕の顔と、温かい草履を交互に見つめ、やがて口の端をニヤリと歪めた。
「……面白い奴だ。他の怠け者どもとは、出来が違うようだな」
その日を境に、信長は僕を単なる草履取りとしてではなく、明確に「役に立つ駒」として重用し始めた。ほどなくして、僕に新たな辞令が下った。
「台所奉行」への抜擢である。城の台所という場所は、巨大なブラックボックスだ。兵糧の買い付け、薪の消費、酒や味噌の管理。そこには常に中抜きや横領、無駄なロスが蔓延っていた。
僕に与えられたミッションは、この腐敗したサプライチェーンを解体し、コストカットを実現すること。僕はまず、帳簿の管理システムを徹底的に見直した。現代の「複式簿記」の概念を応用し、入出庫の記録をガラス張りにした。
薪の一本、米の一粒に至るまで、誰がどこから仕入れ、どこで消費されたのかを追跡できるようにした。同時に、無駄な中間業者を排除し、直接買い付けのルートを開拓した。かまどの構造を改良して熱効率を上げ、薪の消費量を半分に減らした。
不正の温床を絶たれた古い役人たちは僕を憎み、嫌がらせをしてきたが、僕は持ち前の「寛仁大度」――つまり、笑顔で相手の言葉を受け流しつつ、証拠となる数字だけを冷徹に突きつける手法で、彼らを完全に黙らせた。
結果として、清洲城の台所の経費は劇的に削減され、浮いた資金は新たな武器や兵糧の購入に回されることになった。
「見事だ、藤吉郎。お前のその頭の中は、一体どうなっているのだ?」
信長は上機嫌で僕を呼び出し、その功績を褒め称えた。そして、僕に初めて「30貫」というまとまった扶持――初めての正式な給与を与えてくれた。
僕はその重い銭の束を受け取りながら、胸の奥で小さくガッツポーズをした。これでようやく、僕の「流浪の時代」は終わりを告げ、歴史のメインストリームへと上がるための資本を手に入れた。
僕への評価を決定づけたのは、それから間もなくして行われた、小牧山での御狩の時のことだ。
その日、信長は突如として、供回りの武将たちに奇妙な命令を下した。
「この小牧山には、一体どれほどの樹木が生えているか。……誰か、数えてみせよ」
気まぐれか、それとも家臣たちの知恵を試すテストか。武将たちは皆、顔を見合わせて困惑した。山に生える木を数えるなど、不可能に近い。数えながら歩いていても、途中で「あれ、あの木は数えたか?」と重複が生じるし、そもそも数が膨大すぎて、人間の記憶力では管理しきれない。
何人かの武士が山に入り、指を折りながら木を数え始めたが、1時間も経たないうちに頭を抱えて戻ってきた。
「殿、申し訳ありませぬ。木が密集しており、とても正確には数えきれませぬ」
信長が不機嫌そうに舌打ちをしようとしたその時、僕は静かに進み出た。
「信長様。僕に、少しばかりの細い縄をご用意いただけますでしょうか」
「縄だと? 何に使う」
「……少しばかり、工夫を凝らしてご覧にいれます」
僕は用意させた大量の細い縄を、すべて1mほどの同じ長さに切り揃えさせた。そして、その縄の「総数」をあらかじめ正確に数え、帳面に記録しておく。全部で5,000本の縄を用意して、僕はその縄の束を小姓たちに持たせ山の中へ入った。
やることは単純だ。数える対象の木の根元に、この縄を一本ずつ結びつけていくのだ。縄が結ばれている木は「カウント済み」、結ばれていない木は「未カウント」。これなら、絶対に重複や数え漏れが起きない。現代の在庫管理におけるタグ付けのアルゴリズムだ。
山中の木という木に縄を結び終えた後、僕は手元に残った「使わなかった縄」の数を数えた。用意した5,000本から、残った縄の数を引き算する。それだけで、結ばれた縄の数――すなわち、小牧山の樹木の正確な総数が、一瞬にして弾き出された。
「信長様。この山に生ゆる樹木は、しめて4,567本にございます」
僕が平然と数字を報告すると、他の武将たちは呆気にとられた。
「馬鹿な、どうやってそれほど早く……!」
「でたらめを申すな! 証明できるのか!」
僕は微笑みながら、種明かしをした。
「あらかじめ数を把握した縄を木に結び、残りの縄を引いたのです。疑われるのであれば、山の木にかかった縄を回収し、数え直してください。1本の違いもないはずです」
僕の論理的すぎる解法を聞き、武将たちはぐうの音も出ず、ただ唖然と僕を見つめるしかなかった。信長は、扇子でポンと自分の膝を叩き、愉快そうに声を上げて笑った。
「カハハハッ! 見事!お前のその才智、底が知れぬわ!」
周囲の者たちも、ようやく事の次第を理解し、「あの猿、ただ者ではない」「底辺の出とはいえ、恐ろしいほどの機転だ」と、僕に対する見方を完全に改めた。嘲りや警戒の目は、いつしか明確な「畏怖」へと変わっていた。
小牧山から吹き下ろす風が、僕の着物の袖を揺らす。僕はその風を感じながら、山の木々に結ばれた無数の縄を見渡した。
天下を獲る。かつては冗談や夢物語だと思っていたその言葉が、今、僕の中で明確な「プロジェクト」として輪郭を持ち始めている。
現代の記憶と最適化の論理。そして、この泥臭い戦国で培った寛大さと生存本能。その二つが完全に融合した今、僕を止められる者は、もう誰もいない。
(⋯待っていろ僕が、この手で歴史を最短ルートでクリアしてやる)
胸の奥の「日輪」が、これまでにないほど激しく、熱く燃え上がっていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎小牧山に樹木を算ふ
さても藤吉郎は御馬飼となり、晝夜馬草飼料の手配り油斷なく、その暇には一向手を以て馬の惣身を撫でければ、暫くの間にその毛色美しく輝りけるにぞ、信長卿の御目に止まり、草履取を仰せ附けられけるに、冬季の時節は御草履を己が懷に入れて溫め、萬思召に叶ひける。信長卿はいまだ壯年にましまし、殊さら強氣の大將なれば、嚴冬極暑といへどもさらに厭ひ給はず、毎朝卯の刻より馬を責め給ひけるが、ある朝雪いとう降り積みて、寒氣至つて烈しきに、常よりも早く起き給ひ、玄關に人蔭も稀なれば、「誰かある」と召されけるに、「藤吉郎にて候ふ」と答ふ、信長、藤吉に問ひて宣ふ、「いかにしてか汝のほかに入はなきぞ」 。藤吉郎謹んで、「さん候ふ。今朝は例日より君の御出半時ばかり早く候ほどに、いまだ一人も参らず候」と申す。信長また問ひて、「汝一人、何として早く參りたるや」。藤吉答へて、「下郎こと今朝のみにあらず、毎朝衆人よりは一時づつ早く參り、御出立を相待ち候」と申す。ここにおいて信長卿、藤吉が勤勞衆に越えたるを感じ、終に重く用ひ給ふ。ほどなく臺所奉行の役に選み出され、諸事の費を省き、さまざま工夫を以て、臺所の物入少なきやうに取り極まりければ、初めて三十貫の扶持を下し賜はりける。またあるとき小牧山御狩のとき、山中の樹木を數へさせ給ひけるに、多くの木なれば混雜して算へがたく、人々甚だ困りたるを、藤吉郎工夫を以て、細き繩を三尺ばかりに切りて木の根に結り附け、惣繩數何ほどと定め置き、残りし繩を算へみれば、一本も相違なく、いと易く數へ終はる。これもまた「藤吉郎が時にりての才智なり」と、人々感じけるとなり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
これから投稿 時間を 6:10 → 6:40 へ変更させて頂きます。"6:10"や"6:20"や"6:30"だと激戦時間のため、せっかく投稿しても更新作品の紹介ページから一瞬で消えちゃうのでw




