2-39 魔王が僕を求めた日 ――長島敗戦
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
生き延びるための戦いは、決して終わることはなかった。長島の泥沼で繰り広げられた織田軍の撤退戦。柴田勝家の決死の防戦と、毛受勝助という若き小姓の命懸けの武勇によって、一時的な膠着状態を生み出したかに見えた。
だが、それは一向一揆という底知れぬ狂信の渦中において、ほんの束の間の瞬きに過ぎない。名将の奮迅や個人の輝かしい武勇程度で、数万の狂信者たちが放つ異様な熱狂が冷めるはずもない。
そして何より、この長島という呪われた土地の地形そのものが、織田の将兵を底なしの泥濘へと引きずり込もうと、静かに、そして無慈悲に牙を剥き始めていた。
殿部隊の交替。戦術という観点から見れば、それは極めて真っ当な判断だった。左太股を鉄砲で撃ち抜かれ、おびただしい血を失った柴田勝家に、これ以上の指揮を執らせるのは不可能だ。彼が倒れれば殿の部隊は完全に崩壊し、本陣にいる信長にまで致命的な波及をもたらす。
勝家から殿の任を引き継いだのは、西美濃三人衆の一角にして歴戦の猛将、安藤あんどう)伊賀守守就だ。しかし、彼が直面した現実は、武士同士が名誉をかけて戦うという戦国の常識が微塵も通じない、純然たる殺戮の沼であった。
「退け! 陣を崩すな! 決して間合いを詰めさせるな!」
安藤の血を吐くような悲痛な号令が、水気を帯びた重い空気に響き渡る。退き口の軍は、ただでさえ至難の業だ。敵に背を見せながら絶えず一定の距離を保ち、追撃をいなし続けるには、鉄の規律と高度な統率が不可欠となる。
加えて、彼らを追う一揆の群れには、戦の定石という概念が存在しなかった。彼らは死を恐れないのではない。むしろ討ち死にすれば極楽浄土へ行けると本気で信じ込んでいる狂信の徒だ。味方の骸につまずき、泥にまみれても、彼らの顔には仏に仕える悦びのような凄惨な笑みが浮かんでいた。
足を取られて転倒した足軽が、瞬く間に農具や竹槍で滅多刺しにされる。悲鳴を上げる間もなく、一人、また一人と、安藤が鍛え上げた精鋭たちが泥の中に引きずり込まれ、ただの肉塊へと変えられていった。
防ぎきれない。もはや陣形を保つことすら不可能に思われたその時、崩れかける安藤軍の背後から、怒号とともに新たな部隊が割って入った。
「伊賀守殿、ここは引き受ける! 残った兵をまとめて先へ退かれよ!」
同じく西美濃三人衆に名を連ねる巨星、氏家常陸介入道 卜全である。かつて美濃の蝮と呼ばれた斎藤道三の代から、数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の老将は、自ら槍を握りしめ、決死の覚悟で最前線に立った。老齢とは思えぬ卜全の気迫に押され、狂信者たちの足が僅かに鈍る。氏家軍は文字通り肉の壁となり、押し寄せる狂気を見事に弾き返し始めた。
――しかし。
ここで、天空を覆う大自然が、織田軍に対して決定的な死の宣告を下した。太陽が厚い雲の向こうへと沈み、一寸先も見えぬ深い闇が訪れたと同時に、空の底が抜けたかのような大雨が戦場を乱れ打ったのである。
視界は完全に奪われた。バケツをひっくり返したような豪雨の音にすべての声がかき消され、火縄銃は火が消えてただの重い鉄の棒と化した。隣にいる味方の顔すら判別できない。備えを維持し、合戦を指揮するなど、もはや物理的に不可能な状況である。
だが、この絶望的な暗闇と豪雨は、一揆勢にとっては自らの利を極大化させる天恵であった。彼らは長島という地で生まれ育った者たちだ。どこに獣道があり、どこをどう通れば沼を避けて敵の背後に回り込めるか、目を瞑っていても分かる。
闇と雨に紛れ、地形を知り尽くした郷民たちは迷路のような畦道を音もなく抜け、氏家軍の前後左右から一斉に襲い掛かった。
「ぐわぁッ! 後ろから……ッ」
「敵が見えん! どこから槍がッ!」
暗黒の中から突如として突き出される見えない刃。得体の知れない恐怖に、歴戦を誇った氏家軍もついに瓦解した。備えを立て直す術を完全に失った卜全は、残存兵を率いて辛うじて太田村という集落まで後退する。だが、そこにも死の罠は口を開けて待っていた。
太田村の周辺には、三百人もの一揆勢が、雨音と同化するように息を潜めて伏兵となっていたのである。鬨の声が上がり、四方八方から一斉に槍が突き出される。疲労困憊し、冷たい雨に打たれて震える氏家軍に、もはやまともな防戦の力は残っていなかった。
「退くなッ! ワシに続けェッ!」
軍を指揮することを諦め、卜全は自ら巨大な槍を振るって敵陣の只中へと突っ込んだ。老将の凄まじい一突きで数人の郷民が吹き飛ぶ。だが、その刹那。暗夜と大雨が、致命的な死角を生み出した。卜全を乗せた馬が、前触れもなく、首の高さまである底なしの「深沼」へと真っ逆さまに叩き落ちたのだ。長島特有の、泥と水草が複雑に絡み合った死の罠。完全な視界不良が、歴戦の猛将を絶望の淵へと誘導してしまった。
馬はいななき、パニックに陥って泥を掻くが、もがけばもがくほど、重い泥の圧力は四肢を万力のように締め付け、さらに深く引きずり込んでいく。重い甲冑を着込んだ卜全自身も身動きが取れない。進退の自由を完全に奪われた老将は、泥沼の中で巨大な的と化した。
「見ろ! 大将が沼にハマりおったぞ!」
「突け! 沈めろォッ!」
安全な岸辺から、狂気に満ちた郷民たちが無数の長い竹槍を突き出す。沼に半ば沈みながらも槍を振るう卜全だが、四方からの刺突をすべて防ぎ切れるはずもない。鋭利な刃が、鎧の隙間を、兜の錣の下を次々と貫き、肉を引き裂く。冷たい雨水に大量の血が混ざり、黒い沼が赤黒く染まっていく。美濃を支え、織田の覇道に多大な貢献をした氏家卜全の最期は、名もなき土民たちに泥水の中で滅多刺しにされるという、あまりにも無念で無惨なものであった。
「殿ォォォォッ!!」
主君の絶命を目の当たりにした西尾勘兵衛、桑原をはじめとする氏家の郎等たちは、死狂いとなって沼へ飛び込んだ。せめて遺骸だけでも敵に奪われまいと、泥まみれになって卜全の躯を引きずり出し、肩に掛けて包囲網を突破しようとする。
だが、血の匂いに群がる一揆勢の壁はあまりにも厚かった。四方から道を塞がれ、絶望的な防戦の末、西尾たち忠臣は一人残らず、雨と泥の中に叩き伏せられ、ことごとく討ち死にを遂げた。
この泥濘の地獄で、もう一つの哀しくも美しい命が散った。氏家入道の小姓、弓削修理亮である。わずか18歳の若武者は、大雨と混乱の中で主君とはぐれてしまった。だが、修理亮は氏家入道が討たれたことなど知る由もない。ただ主君がいまだ戦場のどこかで孤軍奮闘していると信じ、豪雨の闇を切り裂いて太田村へと馬を走らせた。
「殿! ただいま参りますッ!」
必死の叫びも、激しい雨音にかき消される。そして――。
ようやく辿り着いた修理亮の目に飛び込んできたのは、泥濘の中に横たわる主君の亡骸と、その首を高々と掲げて狂喜乱舞する一揆勢の姿だった。
「……殿」
修理亮は呆然と立ち尽くした。間に合わなかった。その現実だけが、鉛のように胸へとのしかかる。次の瞬間、修理亮は夜叉のごとき形相で敵陣へと駆け込んだ。神速の太刀筋で4人を斬り伏せ、その鬼気迫る武勇に、一揆勢すら思わず後ずさる。
だが、彼の瞳に、もはや生への執着は残っていなかった。修理亮は静かに雨空を仰ぐと、主君の眠る泥濘へ視線を落とし、小さく微笑んだ。
「……ただいま、殿」
そう呟き、自らの腹へ迷いなく太刀を突き立てる。一切の躊躇もない、見事な自害だった。咲き誇る前に散った、あまりにも潔く、あまりにも哀しい若武者の最期であった。
――数日後。
岐阜城の広間は、葬式よりも重く、冷え切った沈黙に支配されていた。長島の泥沼から生還した諸将は、皆一様に顔を伏せている。左脚に重傷を負った柴田勝家、憔悴しきった安藤守就。そして、永久に空席となった氏家卜全の座。
上座に座る魔王、織田信長の顔色は蒼白だった。そこにあるのは怒りではない。己の判断ミスが招いた決定的な敗北と、忠臣の喪失に対する、底知れぬ悲哀と後悔だった。
「……此度の戦。味方に何の計略もなく、敵の要害へ深入りしたのは、俺の過ちだ。」
広間の空気が凍りついた。神仏すら恐れぬ唯我独尊の魔王が、絶対に己の非を認めないあの男が、諸将の前で明確に己の誤りを認めたのだ。それほどまでに、この敗戦は信長の心に深い傷を残していた。
信長は、虚ろな目で広間を見渡し、絞り出すような声で言った。
「……藤吉郎を呼び連れておれば。奴がいれば、このような不覚は取らなかったものを」
繰り返されるその言葉に、並み居る宿老たちすら一言も返すことができず、ただ黙然と床を見つめることしかできなかった。織田家を支える名将たちが、ただの一兵卒から這い上がってきた男の不在を、死ぬほどの痛感とともに噛み締めていた。
――その凄惨な顛末を、僕は遠く離れた近江国の横山城で報告として受け取っていた。薄暗い陣屋の中、手元の書状をじっと見つめながら、僕はゆっくりと冷たい息を吐き出した。
未来知識を持つ僕には、分かっていた。この長島一向一揆が、これからも二度、三度と織田家に牙を剥き、数え切れないほどの将兵の命を飲み込んでいくという残酷な史実を。だが、活字の裏側で流された本物の血の重さと、無惨に散っていった人間たちの生々しい命の価値は、僕の想定を遥かに超えて重く、淀んでいた。
信長が、僕を求めている。僕の持つ未来知識と戦略がなければ、織田家はこの先、狂信と泥沼に飲み込まれて崩壊するかもしれないと、本能で悟っている。
権力と、暴力と、無数の命。それらをすべて天秤にかけ、なおも冷酷に最適解を弾き出し続けなければ、この狂った世界は終わらせられない。
胸の奥の日輪が、信長の悲痛な後悔に応えるように、その光と熱をいっそう強く燃え上がらせていくのを感じた。
(……信長。あなたが望むのなら、僕がすべてを盤上で支配してみせましょう)
僕は書状を静かに火鉢へと放り込んだ。炎が赤い舌を出して、泥まみれの敗戦の記録を無残に焼き尽くしていく。
戦国という名の地獄。その泥の底から天下を奪い取るための僕の戦いは、いよいよ後戻りできない領域へと踏み込もうとしていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
毛受勝助馬印を取り返す(二)
さてこの退口の軍思ひのほかむつかしく、柴田も手負ひたれば、一揆の軍兵雲霞のごとくおっ取り巻き、あまさじと附きしたへば、安藤が士卒あまた討死し、防ぎ(が)て見えければ、氏家入道全また入り替りて戰ふに、日も西に入り果てて、目ざすも知らぬ暗き夜に、折節大雨を亂して降り來たり、合戰いいと難儀なるを、案內知りたる一揆ら、畦道を駈け拔けて、前後より揉み立つれば、氏家入道勇猛の武士なれども、備を立つべき様もなく、さんざんになりて太田村まで引き取りける。この所にも一揆の鄕民三百ばかり埋伏し、氏家が勢を取圍み、鬨を作って攻め立つれば、卜全入道自ら槍を取って敵に當たり支へ戰ひが、暗夜なれば馬を深沼へ打ち入れ、煽れどもあたら鞭打てども、進退さらに自由ならず、終にこの所にて一揆のために討たれける。氏家が郎等西尾勘兵衛、桑原そのほかの郎等どもことごとく、主人の死骸を肩に掛けて退かんとするところを、鄕民ども四方より取り圍み、道をふさぎて戰ひければ、西尾、桑原そのほかの郎等どもことごとく討死す。このとき氏家入道が小姓弓削修理亮といふ者あり、卜全が討死を知らず、大いに驚き、取って返し、太田村に馳來たり、引き行く敵を呼び返し、四人まで切り落とし、自害して死したりける。時年わづかに十八歲、いさぎよかりし若者なり。信長卿はつつがなく岐阜に歸城し給ひて、味方の損亡、氏家入道全が討死を歎き給ひ、その上柴田勝家も手負ひたりと聞こし、「これ全く味方に構へたる計りなく、要害の地へ深入いりせしは我が誤りなり」と後悔しましたり、木下藤吉郎を召し連れなば、かかる不覺は取るまじきものを」と、くり返して宣ひけるを、並居ぶ將士兵卒も一言の答へもなく、默然として居たりけり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
氏家直元は、戦国時代の武将。氏家氏12代当主。西美濃三人衆の一人。出家後に名乗った「卜全」(ぼくぜん)の号で知られている。当初は桑原直元と名乗り、後に氏家直元に改めた。氏家氏に繋ぐ系図も多いが、実際には血縁はない。最盛期には美濃国の三分の一を領し、三人衆の中では最大の勢力を有していたとされる。出典:wikipedia




