1-14 恐怖を慈悲に変える男
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
織田信長という男が、いかに常軌を逸した「狂気」を孕んでいるか。尾張国・清洲の町で暮らし始めた僕は、仕官して早々にその凄まじい洗礼を浴びることになった。
――領国の四方、すべての街道の出口に関所を設けよ。
――そして、往来する僧や法師を一人残らず捕縛せよ。
それが、僕が織田家に仕えて最初に耳にした、若き当主・信長の命令だった。
(……本気か? 正気の沙汰じゃない)
現代の歴史知識と、戦国という時代を数年生き抜いてきた僕の肌感覚が、全力で警鐘を鳴らしていた。この時代の「宗教勢力」というものは、未来の僕らが想像するような平和的な集団ではない。巨大な既得権益を持ち、寺社領という独立国家を形成し、時には僧兵という武装集団を抱えて大名すら脅かす。いわば、不可侵の巨大な武装NGOだ。
一国の主とはいえ、彼らを無差別に拉致し、監禁するなど、外交的リスクも甚だしい。一歩間違えれば、一向一揆のような大規模な宗教反乱を招きかねない、まさに自殺行為だ。
だが、信長の命令は絶対だ。役人たちが血眼になって街道を見張り、諸国を渡り歩く旅の僧、修行僧、托鉢の法師たちが次々と捕らえられ、清洲の牢や粗末な仮屋に押し込まれていった。その数は瞬く間に膨れ上がり、優に三百人を超えていた。
下働きの僕には、彼らに水や粗末な飯を運ぶ雑用が回ってきた。薄暗く、むせ返るような汗と土の匂いが充満する仮屋の中で、僧侶たちは絶望に打ちひしがれていた。
「ああ……いかなる理由があって、我らのような罪なき出家者をこれほど大勢、捕らえ置かれるというのか……」
「聞けば、尾張の国主は大層なうつけ者だというではないか。我らはきっと、あの狂人の慰み者にされ、むごたらしく殺されるに違いない……!」
若い僧は恐怖に顔を歪めて声を上げて泣き叫び、年老いた僧たちは静かに数珠を擦り合わせていた。
「これもまた前世の報い、過去の因果よ。仏の教導が今、我らを試しておられるのだ……。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
泣き叫ぶ声と、死を覚悟したような虚無的な読経の声が混ざり合い、仮屋の中はまるで地獄の底のような異様な空間と化していた。僕が柄杓で水を差し出すと、彼らはすがるようにそれに群がってきた。震える手で水をすする彼らを見下ろしながら、僕は奥歯を噛み締めた。
(信長は、一体何を考えている……? 単なるサディスト? いや、あの初陣で見せた冷徹なアルゴリズムを持つ男が、無意味な殺戮を払うはずがない)
僕の脳内の現代的な論理思考が、必死に信長の行動の最適解を探ろうとする。だが、この時点ではどんな方程式を用いても、信長の真意を読み解くことはできなかった。
絶望していたのは、捕らえられた僧侶たちだけではなかった。織田家の家臣たち、とりわけ信長の傅役である筆頭家老・平手中務政秀の苦悩は、見ていて胸が締め付けられるほどだ。
「殿! どうか、どうかご勘考くだされ! 罪なき僧侶を捕縛するなど、御仏の罰を招くばかりか、諸国の非難の的となりまする! ただでさえ亡き大殿の後を継いだばかりの不安定な時期。これ以上の狂行は、織田の家を滅ぼしますぞ!」
城の廊下で、白髪交じりの頭を床に擦り付け、血を吐くような声で諫言する老臣。だが、信長はその悲痛な叫びを完全に無視した。面倒くさそうに顔を背け、平手と対面することすら避け、無言のまま冷たい廊下を通り過ぎていく。
僕は知っている。未来の歴史の教科書が示す事実によれば、平手政秀はこの後、信長の奇行を諫めるために自刃して果てる運命にある。忠義に生きる老臣が、自分が育てた主君の真意を理解できぬまま死んでいく。その悲劇の足音が、一日、また一日と近づいているのを感じて、僕は胸の奥が冷たくなるのを止められなかった。
――そして、運命の四月下旬がやってきた。
亡き父・織田信秀の『四十九日』にあたる日、朝靄が立ち込める中、ついに信長から命令が下った。
「捕らえ置いた僧法師どもを、残らず引き出せ。万松寺へ伴え」
その号令に、城内は凍りついた。万松寺は、織田家の菩提寺であり、今日まさに追福の法事が執り行われる場所だ。そこに、三百人もの僧侶を引き出す。誰もが最悪の事態を想像した。
「ついに狂ったか」
「父の供養と称して、僧侶たちを血祭りに上げる気だ」。
槍を持った兵たちに囲まれ、数珠を握りしめて震えながら歩く僧侶たちの列。僕もまた、重い足取りでその葬列のような行軍の後ろについていった。万松寺の本堂。荘厳な仏具が並び、むせ返るような線香の煙が立ち込める中、三百人の僧侶たちは中庭に引き据えられた。誰もが首を刎ねられる覚悟を決め、目を閉じ、震える唇で経を唱えている。
そこへ、信長が現れた。奇抜ななりではない。今日ばかりは喪主としての威儀を正した姿だった。彼の冷たく、底知れぬ深さを持った双眸が、恐怖に平伏す三百の僧侶たちを見下ろした。そして、信長は静かに、けれど堂々たる声で告げた。
「今日この日は、我が亡父・信秀の中陰の四十九日にあたる。俺は、父のために『千僧供養』を営みたいと考えた」
――千僧供養。その言葉が響いた瞬間、境内の空気がピタリと止まった。
「だが、諸国から高名な僧を呼び集めるには暇がない。ゆえに、兼日よりお前たちを留め置いたのだ。手荒な真似をしたことは詫びよう。さあ、銘々の宗旨に従い、どうか我が父のために、よろしく読経し供養してくれ」
信長は、深々と頭を下げた。沈黙。
一秒、二秒。そして、僧侶たちがその言葉の意味を理解した瞬間――万松寺の境内に、どよめきと、むせび泣く声が弾けた。それは恐怖の涙ではなかった。安堵と、極度の緊張からの解放、そして若き国主の「親を想う深い孝心」に触れた感動の涙だった。
殺されると思っていた。だが違った。この恐ろしいと噂される若き大将は、ただ父の供養を大規模に行いたかっただけなのだ。ただ、その手段があまりにも強引だっただけ。
「ありがたき幸せ……! 大殿様のため、心を込めてお経をお唱えいたしまする!」
三百人の僧侶たちが、一斉に読経を始めた。
天台宗、真言宗、浄土宗、禅宗。宗旨はバラバラだ。本来なら決して交わることのない異なる宗派の経典が、同じ空間で一斉に唱えられる。それは現代のオーケストラすら凌駕する、圧倒的な音の奔流だった。腹の底を震わせるような重低音の読経が、煙と共に空へ立ち昇り、尾張の空を震わせる。
僕は境内の隅で立ち尽くし、その異様で、けれどあまりにも美しい光景に鳥肌を立てていた。
(……やられた。完全に、やられた)
読経の渦の中で、僕の脳内は凄まじい速度でこの事象を解析していた。もし、まともに「千僧供養」のような大規模な法要を企画すればどうなるか。
大寺院に依頼し、高僧たちのスケジュールを押さえ、莫大な接待費と寄進を支払い、宗派間の面子を調整する。数ヶ月の時間と、国が傾くほどの莫大な予算がかかるはずだ。
だが信長はどうしたか?街道を封鎖し、フリーランスの旅僧をタダで「拉致」したのだ。彼らには特定の強力な後盾がない。だから拉致しても政治的問題になりにくい。そして数日間監禁して極限の恐怖を与えた後、一転して「父の供養のためだ」と頭を下げる。
心理学でいう「ストックホルム症候群」や「吊り橋効果」の究極系だ。極度の恐怖から解放された僧たちは、報酬以上のモチベーションで、これ以上ないほど真剣に祈りを捧げている。さらに、仏事が終わった後、信長は彼らに豪華な精進料理を振る舞い、一人一人にたっぷりの布施を握らせた。
「いかなる憂き目に遭うか」と絶望の底にいた僧たちは、美味い飯を食い、重い金を懐に入れ、まるで籠の中の鳥が大空に放たれたかのように、喜悦の表情で諸国へと散っていった。
(……完璧なプロモーション戦略だ)
僕は震える手で自分の腕を抱いた。諸国に散った三百人の僧侶たちは、これから行く先々で何を語るだろうか。『尾張の信長様は、噂されるようなうつけではない。亡き父君のために千僧供養を営む、大変な孝行者であり、気前の良い素晴らしいお方だ』と。
彼らは、無意識のうちに織田信長の強大さと慈悲深さを宣伝する、最高の広告塔となる。外交交渉の手間を省き、コストを極限まで圧縮し、最速で最高の大規模イベントを完遂し、さらに諸国への強力なイメージ戦略まで同時にこなす。
既存の常識や倫理観など、彼にとっては目標を達成するための計算式において「ノイズ」でしかないのだ。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。胸の奥の太陽が、これまで感じたことのないほどのすさまじい熱を持って爆ぜた。全身の血が沸騰する。
これだ。僕が求めていたのは、この狂気だ。周囲を見渡せば、織田家の家中の武士たちは、事態が丸く収まったことに安堵しつつも、まだ不満げな顔で眉をひそめていた。
「とにもかくにも、あのように異風を好み、奇を衒うような振る舞いは、長く国を保つ計略ではない」
彼らはヒソヒソと囁き合っている。
(⋯間違っている。彼らには、見えていない。)
この男が、ただの狂人でも、ただのうつけでもないということが。時代という重苦しい殻を、その異常なまでの合理性と実行力で内側からブチ破ろうとしている、真の怪物だということが。
平手中務政秀の嘆きも、古い家臣たちの非難も、彼には届かない。いや、届いていても意味を持たない。信長の視座は、この泥にまみれた尾張の片隅から、すでに遠く、誰も見たことのない未来の地平に向けられている。僕が現代で得た知識。論理。生存戦略。それらすべてを投資するに足る存在。
「……信長」
誰もいない境内の隅で、僕はその名を小さく口の端に乗せた。泥だらけの手を強く握りしめる。この時代で生き残るため。温かい飯を食い、誰も泣かない場所へ辿り着くため。僕は、あの太陽のような男の作り出す影に潜り込み、その強烈な光を誰よりも近くで浴びながら、この戦国という闇夜を駆け上がってやる。
僕の、中村藤吉郎高吉としての本当の物語は、この狂おしい読経の渦の中で、確かな産声を上げていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長千僧供養
あるとき信長は、領地四方の出口出口に關を据ゑ、守りの役人をあまた備へ、往來の僧法師をことごとく捕へしむ。このことまた例の物狂ひなりと、平手中務誠に歎き、晝夜隙なく諌言しければ、信長甚だ迷惑し、席を避けて平手に對面せず、猶も下知を傳へて僧法師を捕へけるほどに、すでに三百人に餘りける。かの往來の僧どもは、「いかなることありて、かく大勢の僧を捕へ置かるることにや」と、銘々かまびすしく語り罵れども、誰あつて信長卿の趣意を知りたる者なく、「狂人同然の國主なれば、定めて罪なき我々を殺し、慰みになし給ふなんめり」とて、聲をあげて泣くもあり、年老いたる僧どもは、「前世の報ひ、過去の因果、佛の教導この時なり」と、經を讀み佛名を唱へ、騒がしきこと云ふばかりなし。ときに同四 月下旬、「信秀卿の盡七日に當り、萬松寺にて追福の法事執行はるべし」とて、かの捕へ置きたる僧法師を残らず呼び出し、萬松寺へ伴なひ、信長僧衆に對面し、「今日亡父中陰の滿忌に當りたれば、千僧供養をなさたんため、兼日より留め置きたり。銘々宗旨宗旨に隨ひ、よろしく讀經供養たのしみ入る」由、丁寧を盡し告げ給へば、あまたの僧ども、初めて、心を安んじ、悅び勇み、もろもろの經どもを轉讀し、佛事作善畢りければ、さらに重菜の齋を調へ、僧法師を供養し、若干の金子を與へ布施となし、おのおのの暇を給はりければ、「いかなる憂目に遭はんずらん」と歎き悲しみし衆僧も、籠中の鳥の雲井に翔る心地して、おのがさまさま出行きける。家中の諸士も、案に違ひし信長の行動、「とにもかくにも異風を好み給ふは長久の計にあらず」とて、人々 眉をひそめけり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜【御礼投稿(6話/8話)】開始1週間で1,000PV達成!〜
いつもご覧いただきありがとうございます。投稿開始からわずか数日で1,000PVを超えることができました。予想以上の反響をいただき嬉しい気持ちでいっぱいです。ささやかではありますが心からの感謝の気持ちを込めて、これまで書き溜めていた話をまとめて投稿いたします。お時間のあるときにお楽しみいただけましたら幸いです。また評価・ブックマークも頂けたらもっと、もっと嬉しいですw




