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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-13 清洲御狩場の大博打

挿絵(By みてみん)


太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。出典:Wikipedia

 尾張国へ向かう道中、僕は加兵衛から預かった「黄金六両」の使い道を冷徹に計算アロケーションしていた。


 すべてを使い込むような真似はしない。信用クレジットは僕にとって最大の資産だ。僕はまず、尾張でも有数の具足師を訪ね、黄金の一部を使って最新型の『胴丸』と『兜』を特注した。


 右脇で引き合わせる構造、軽量化された鉄板の配置。僕の現代の知識エルゴノミクスを少しだけ加え、機能性を極限まで高めた最高の一領だ。これを加兵衛の元へ送れば、僕が単なる泥棒コソドロとして手配されるリスクは完全に消滅する。


 そして残りの金で、小綺麗な刀と脇差、それなりに見栄えのする衣服を整え、両親と親族たちにいくばくかの生活資金を渡した。


「これで、僕が『中村藤吉郎高吉』として世に出るための初期投資シードは完了だ」


 永禄元年(1558年)の秋。季節が九月に入り、僕の「就職活動プレゼンテーション」の準備はすべて整った。


 ターゲットである織田信長は、この時期、頻繁に清洲城から出て小牧山の周辺へ鷹狩りに出かけているという情報を、商人たちのネットワークから掴んでいた。城の門前で下働きの面接を受けるような凡庸な真似はしない。直接、トップの視界に入り込み、一瞬のインパクトで自分を「買わせる」のだ。


 九月 朔日ついたち。抜けるような青空の下、僕は新調した刀を帯び、ピシッと糊の効いた衣服を身に纏い、小牧山の御狩場へと堂々と足を踏み入れた。


「――そこな者! ここは織田 上総介かずさのすけ様の御狩場であるぞ! 何用あって近づいた!」


 すぐに、警戒にあたっていた織田家の兵たちに取り囲まれた。その声の主は、身の丈六尺はあろうかという巨漢の武将だった。後に織田家の筆頭家老となる男、柴田権六郎勝家しばたごんろくろうかついえその人である。鬼のような形相で睨みつける勝家に対し、僕は少しも臆することなく、真っ直ぐにその目を見返した。


それがしは尾張の生まれ、中村藤吉郎高吉と申す者。大将である信長様にご見参に入れたく、推参いたしました。お目通りを願います」


 僕のあまりにも堂々とした、それでいてどこか芝居がかった口上に、勝家の太い眉がピクリと跳ね上がった。


「大将に直訴だと? 小賢しい! このような場に一人でノコノコ現れるなど、他国の間者スパイに決まっておる! 者ども、こやつを搦め捕り、拷問にかけて口を割らせよ!」


 勝家の怒声とともに、数十人の兵たちが槍を構えて距離を詰めてくる。普通ならここで震え上がり、命乞いをする場面だろう。だが、僕は青江村正の柄に手をかけることすらなく、ふっと冷笑を漏らした。


「……ふふっ」


 僕の声は、威圧する兵たちの足音を切り裂くように、澄んで高く響いた。


「柴田様。僕は見ての通り、武芸の心得もなさそうな小兵こひょうの若輩者です。もし僕が他国の間者であったとして、こんな目立つ真似をわざわざするでしょうか? 百歩譲って間者だとしても、僕一人を捕まえるのに、これほど大勢で槍を向ける必要などないでしょう」


 兵たちの動きが、ピタリと止まった。僕の論理的すぎる反論ロジックに、彼らの思考が一瞬バグを起こした。


「間者だと疑うなら、逆に泳がせて泳がせて、敵国の情報源まで辿り着く『逆探知』のトラップを仕掛けるのが軍略でしょう。考えの浅い一言……失礼ながら、笑えてしまいます」


「貴様ァッ!!」


 顔を真っ赤にして激怒した勝家が、自ら大太刀に手をかけたその瞬間。


「――よせ、権六」


 低く、どこか面白がるような声が、背後から響いた。木立の影からゆっくりと姿を現したのは、虎の皮の半袴に、茶筅髪。そして鋭い漆黒の瞳を持つ男。


 間違いなく、僕が探し求めていた「急騰銘柄テンバガー」――織田信長、その人だった。


「……信長様」


 僕は静かに、けれど深く平伏した。信長は僕の目の前まで歩み寄り、見下ろすようにして口を開いた。


「面白い口を叩く猿だ。間者でないのなら、一体何のために俺の前に現れた?」


 試すような視線。ここで平凡な答えを返せば、即座に首が飛ぶだろう。僕は顔を上げ、信長の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。そして、この戦国という時代において最大の「誇大広告ハッタリ」を放った。


「信長様。本日、この御狩場でどれほど多くの鹿や猿を獲ましても、天下国家を治めるためには何の益もございません。ですが――もし、僕という男一人を獲りなされば、たちまちのうちに天下を平定し、四民は万歳をうたうことになりましょう。それを進言するために、推参いたしました」


 周囲の兵たちが、息を呑む音が聞こえた。一介の素浪人が、尾張の主に「自分を雇えば天下が獲れる」と言い放ったのだ。狂っているのはどちらだと、誰もが思ったはずだ。だが、信長だけは違った。彼の瞳の奥に、明らかな「好奇の炎」が灯るのを感じた。


「……大きく出たな。では問う。貴様、武道や兵法において、何事かを心得ておるのか?」


 ここが勝負の分かれ目だ。僕は声を張り上げ、腹の底から言葉を紡いだ。


「僕は、天の動きから地理まで学び、軍学や兵法についても一通り修めています。……そして実際に、信長様が今日この時間にここへ来られることも予測していました。乱世なら孔明、平和な世なら周公――それくらいの働きは必ずしてみせます。どうか僕を召し抱え、その力を試してください!」


 信長は、しばし僕の顔を黙って見つめていたが、やがて腹を抱えて「カハッ」と笑い出した。


「ハハハハハ! 乱世の孔明だと!? この猿面が、よくもまあそこまでデカい口を叩けたものだ!」


 信長はひとしきり笑った後、スッと真顔に戻り、傍らに控えていた一人の武将を呼んだ。


「又右衛門! この大ボラ吹きの猿を、お前の部下に預ける。少しばかりこき使って、その『孔明の才』とやらが本物かどうか、試してやれ」


「は、ははっ!」


 こうして僕は、首を刎ねられることもなく、足軽頭である藤井又右衛門ふじいまたえもんという男の配下として、無事に織田家への就職ジョブインを成功させたのだった。


 その日の夜。清洲城の一角にある又右衛門の詰所に呼ばれた僕は、彼と二人きりで向かい合っていた。


「さて、藤吉郎とやら」


 又右衛門は、腕組みをしながらいぶかしげに僕を見た。


「昼間は殿の御前で大層な大口を叩いていたが……お前、本当にそれほどの兵法や天文地理に通じているのか? もし嘘なら、ただでは済まんぞ」


 彼の警戒は当然だ。又右衛門は元々津島の裕福な商人であり、その財力を買われて信長に取り立てられた実務家ビジネスマンだ。僕のような得体の知れないビッグマウスを、手放しで信用するはずがない。


 僕は、昼間の堂々とした態度から一転して、深く頭を畳に擦り付けた。


「……又右衛門様。正直に申し上げます。昼間に大将の御前で申し上げた『乱世なら孔明』という言葉は……すべて、大嘘ハッタリでございます」


「な、なんだと!?」


 又右衛門が顔を真っ赤にして立ち上がろうとしたのを、僕は必死で制止した。


「お待ちください! 僕の父は、かつて先代・備後守(信秀)様に仕えた足軽でした。ですが戦で足を射られ、村に引っ込んで百姓になりました。僕はその息子です。……ただ、どうしても、どうしても織田家で御奉公がしたかったのです!」


 僕は言葉に熱を込め、涙ぐむような芝居パフォーマンスを打った。


「僕のような学もない、身分も低い、こんな猿のような顔の百姓のせがれが、まともに『奉公させてくれ』と願っても、誰も見向きもしてくれないでしょう? だから……口に任せて、あんな大嘘を吐いてしまったのです。すべては、信長様の目に留まりたかったため。…どうか、どうかお見逃しいただき、草履取りでも、馬飼いでも構いません!下働きとして、忠勤を尽くさせてください!」


 僕の「あまりにも哀れで必死な告白」を聞いて、又右衛門は毒気を抜かれたように座り直した。


「……呆れた奴だ。殿の御前でそのような大嘘を吐くとは、度胸が良いのか、ただの馬鹿なのか……」


 又右衛門は呆れ果てていたが、その目にはどこか「こいつ、面白い奴かもしれない」という、商人特有の面白半分な光が宿っていた。


 翌日。又右衛門から「藤吉郎の申したことはすべて大嘘ハッタリだった」という報告を受けた信長は、怒るどころか、またしても大爆笑したという。


「カハハハ! 不敵な奴だ! 言語道断だが、最高に愉快な小悪党ではないか!よかろう、奴を中間に召し抱えてやれ!」


 信長という男は、やはり僕の分析プロファイリング通りだった。身分や家柄、見栄などどうでもいい。彼は「常識を破ってでも目的を達成しようとする、その圧倒的な行動力と機転」そのものを評価イグジットしてくれた。


(……ここからだ)


 清洲城の冷たい廊下を磨きながら、僕は胸の奥で燃える「太陽」の熱を感じていた。


 未来の歴史の教科書が記す「豊臣秀吉の出世物語」は、奇跡や偶然の産物ではない。すべては、知識と計算、そして命を懸けたプレゼンテーションによって構築された、必然の論理ロジックだ。


「中村藤吉郎高吉……か。悪くない名前だ」


 僕は磨き上げた床に映る自分の顔――猿と呼ばれたその顔に向かって、不敵な笑みを浮かべた。時代は今、猛烈な速度で動き出そうとしている。僕はこの狂気の魔王の傍らで、誰よりも速く、誰よりも高く、この戦国の空を駆け上がってみせる。




【太閤記 小瀬甫菴道喜輯録 近藤出版部 大正8年】




秀吉公素生 六


只信長公につかへ、韓信張良か如く用いられ、時めき出なは、且は一門の眉目、且は国家の邪路を正さん為にても有へきか、爾之思所にまかすへしといさめけれは、やかて刀わきさし衣服に至る迄調へ、木下藤吉郎秀吉と名乗て、直訴の用意をそせられける、其比信長公は清洲に御在城ありけるに、永禄元年九月朔日に直訴せられけるは、某父は織田大和守殿に事へ、筑阿弥入道と申候て、愛智郡中村の住人にて御座候、代々武家の姓氏をけかすと云共、父か代に至て家まつしけれは、某微小にして方々使令の身と成て不㆑能㆑達㆓君門㆒、唯願くは御廕を仰奉㆑存旨申上しかは、信長公彼か威儀立翔フルマひを御覧して、打笑せ給ひつゝ仰けるは、輔車ツラカマチは猿にも似たも、心もかろく見えしか気もよく侍らんとて被㆓召出㆒けり、筑阿弥か子なれはとて、しはしか程は小筑とそ呼給ひける、秀吉新参の事なれは、御前近く事へ奉る事は及ひなきにより、近習の人々に近付其用なとを承り、一両年は左様の体にてくらし被㆑申けるか、ある時同国犬山城の近辺焼動として、信長公未明に打出給ふに、馬に乗いさめる者あり、誰そと宣へは、木下藤五郎秀吉とそ名乗ける、其後程へて、鴨鷹の為暁かた出させ給ひつゝ、誰か有そと尋させられけるに、藤吉郎是に候と答奉る、敬㆑上尽㆓臣職㆒者は必公庭に隙なしと聞しか、近年藤吉郎か勤め、実ゲニ左も有そかしと御感の御気さし始て有けり、如㆑此勤め行、漸日を累ね月を経しかは、直に御用を奉る程に成にけり、臣としては君の御心緒を能知て事へん事、為㆑臣上の枢要と思ひ、朝には信長公の御行ひを見奉り、暮には人にも間、後々は伺もし侍るに、好み給へる品々には、第一大器にして勇才兼備り、国柱にも立へき人、第二名士には非共忠義の志あつく、総軍をもやすく推廻すへき力も有て贔負偏頗等なき士、第三武名香しく、万事の裁判廉直に、於㆓軍中㆒可㆑励㆑衆才有者也、かくのことくなれは、管仲不㆑受㆓鮑叔之智㆒、穣苴不㆑候㆓晏嬰之薦㆒と見えたり、雑事は得たる事にも驕らす、さすか卑下もせす、只有のまゝなると、物ことはかをやるものとそみえし、或曰、世人の云所は、信長公は鷹方の上手相撲の達者を、甚すき給ひつるやうに有しかとも、其等は時の興にして、小袖帷子やうの物をのみ賜りき、治国平天下の器と、おはし給ふには、莫太の領地を賜り事し度々に及へり、天下を随へ給ひしより後、兼て好み侍る輩には、二十万石三十万石宛御加増も有し也、

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜【御礼投稿(5話/8話)】開始1週間で1,000PV達成!〜

 いつもご覧いただきありがとうございます。投稿開始からわずか数日で1,000PVを超えることができました。予想以上の反響をいただき嬉しい気持ちでいっぱいです。ささやかではありますが心からの感謝の気持ちを込めて、これまで書き溜めていた話をまとめて投稿いたします。お時間のあるときにお楽しみいただけましたら幸いです。また評価・ブックマークも頂けたらもっと、もっと嬉しいですw

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