2-21 朝駆けの狼煙、姉川開戦
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
元亀元年(1570年)6月27日、深夜。遠藤喜右衛門という一人の男が、狂気に満ちた特攻の決意を固めていたまさにその頃。浅井・朝倉連合軍の陣営である三田村の夜闇は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
だが、その静寂は文字通りの『無』ではない。研ぎ澄まされた刃のような殺気が、夏の夜の湿った空気にネットリと溶け込んでいる。横山城を包囲する織田陣営の片隅で、僕は、胡座をかいたまま夜の闇を睨みつけていた。
未来の日本で死に、気づけば戦国時代の尾張で『日吉丸』として生まれ変わっていた僕。前世の記憶という名の『攻略本』を持ち、泥水すするような底辺から這い上がって、ようやく織田信長という魔王の直臣にまで出世した。
未来知識によれば、この近江の地で織田軍と浅井・朝倉連合軍が激突する合戦――世に言う『姉川の戦い』が起こることは確定している。でも、教科書に書かれているような「何年何月にどこで誰が戦って勝ちました」なんていう数行のテキストは、現実の戦場ではクソの役にも立たない。いつ、どのタイミングで、敵がどう動くのか。それを察知できなければ、未来知識を持っていようが、あっさりと首と胴体が泣き別れになるのがこの戦国時代だ。
「……申し上げます」
ふいに、闇の中から低い声が響いた。僕が今宵、浅井・朝倉の両陣営へ放っていた斥候の兵である。泥にまみれた彼らは、息を殺して僕の前に膝をついた。
「どうした。敵陣の様子に変わりはあったか?」
「はっ。宵の口までは何の変哲もございませんでしたが、先刻より、両陣営ともに夥しい数の煙が立ち上っております」
「――煙、だと?」
「はい。夜中にも関わらず、兵糧を炊く煙が天を衝くように。陣のそこかしこで、にわかに食事の用意をいたしているように見受けられます」
僕は思わず、膝を打った。夜中に大量の飯を炊く。それはつまり、腹ごしらえをしてから夜明け前に一斉に出撃する――『朝駆け』の確定演出に他ならない。歴史の知識が、ピタリと現実のパズルと噛み合った瞬間だった。間違いない、浅井長政は明日……いや、もう数時間後の夜明けに、全軍を挙げて信長の本陣へ急襲をかけてくるつもりだ。
「よくやった、ご苦労! 少し休んでおけ!」
僕は斥候に労いの言葉を投げつけると、即座に立ち上がった。草鞋を引っ掛け、帯刀を確かめる。目指すは、この軍勢の絶対的支配者である織田信長の本陣だ。未来人としての常識なら、「深夜に上司を叩き起こして報告するなんて……明日の朝でいいか」と躊躇するところだが、この時代でそんな悠長なタイムカードはない。数時間の遅れが、数万の死体となって跳ね返ってくる。
「――申し上げます!」
虎御前山から陣を移し、姉川の手前に陣取る信長の本陣。篝火がパチパチとはぜる中、僕は平伏して声を張り上げた。上座には、床几に腰掛けた信長がいた。甲冑は解いているものの、その身から放たれる覇気は周囲の空気をビリビリと歪ませている。この男の前では、自分が未来から来た転生者だろうが何だろうが関係ない。ただの一挙手一投足で命を奪われかねない、圧倒的な存在感があった。
「猿か。夜半に何事だ」
「今晩も、僕は浅井と朝倉の両陣営へ斥候を放っていました。すると先刻より、両陣とも、にわかに兵糧の用意をしていると見え、夥しい煙が立ち上っております!」
信長の双眸が、鋭く光った。夜の猛禽類のような瞳が、僕を真っ直ぐに射抜く。
「……ほう」
「これは、敵が明日の夜明けに奇襲を仕掛けようとしている前触れです! 敵は、僕たちが横山城攻めに気を取られている隙を突いて、一気に本陣まで攻め込んで短期決戦に持ち込むつもりなのでしょう。どうか一刻も早く全軍に命令を出し、合戦の準備をお進めください!」
僕は一気に捲し立てた。心臓が早鐘を打つ。信長の機嫌を損ねれば「貴様ごときが指図するな」と一刀両断にされかねない。だが、ここで意見具申できなければ、織田軍は後手に回り、最悪のバッドエンドを迎えかねない。数秒の、永遠にも感じられる沈黙。篝火の爆ぜる音だけが陣幕の中に響き渡る。やがて、信長はニヤリと唇の端を歪めた。
「……尤もなり」
地を這うような、それでいて芯まで響く声。
「猿の申す通りよ。長政め、城に引き籠もるだけの臆病風に吹かれたかと思えば、いざとなれば牙を剥くか。面白い」
信長は立ち上がった。その瞬間、本陣の空気が完全に『戦』の色に染め上げられた。
「夜中ではあるが、俄に諸将を召集せよ! 直ちに陣立てを組む。姉川の地で、小賢しい浅井と朝倉の息の根を完全に止めてくれるわ!」
深夜の陣幕に、織田家の錚々(そうそう)たる武将たちが続々と集結した。誰もが眠い目を擦るどころか、殺気に満ちた顔で完全武装を整えている。この切り替えの早さ、さすがは戦闘狂揃いの魔王軍だ。
上座の信長が、采配を片手に次々と陣立てを読み上げていく。僕は末席でそれを聞きながら、脳内の歴史知識と照らし合わせていた。
「まず、一番備! 坂井右近正尚、2,000人!」
「ハッ!」
歴戦の猛将、坂井右近が進み出る。彼が最前線の防波堤役だ。
「二番備! 池田勝三郎信輝、2,000人!」
「三番! 蜂谷兵庫頭頼隆、2,000人!」
「四番! 佐久間右衛門信盛、2,000人!」
「五番! 森三左衛門可成、2,000人!」
次々と名乗りを上げる猛将たち。のちの歴史に名を残すオールスターだ。『退き佐久間』の異名を持つ守りのスペシャリスト・佐久間信盛と、『攻めの三左』と恐れられる槍の名手・森可成が後詰めに控える布陣。完璧なパーティ編成である。
「その次、余の旗本先手として――木下藤吉郎、3,000人!」
「――ハハッ!」
僕は深く頭を下げた。心臓がドクンと跳ねる。旗本先手。つまり、大将である信長を直接守るための最後の盾であり、前線が崩れた際には遊撃部隊として飛び出す最も重要な役目だ。未来から転生してきたただの一般人が、この戦国最強の魔王の命を預かる位置にいる。熱く滾るような高揚感が全身を駆け巡った。
「同じく旗本二番手、安藤伊賀守は左に備えよ! 氏家常陸介は右に備えよ!」
「「御意!」」
美濃三人衆の重鎮二人が、僕の左右の脇を固める。
「俺は自ら旗本の勢4,000人を率いる! 跡備は明智十兵衛光秀、前田又右衛門利家、各々3,000人!」
背後に控えるのは、あの明智光秀と、傾奇者として知られる前田利家だ。史実を知る僕からすれば、本能寺の変の首謀者と加賀百万石の祖が並んで待機しているという、不思議な光景である。
「後陣は、菅谷九右衛門、川尻与兵衛、福富平左衛門ら3,000人! そして、横山の城の押さえには、舎弟の信包を主将とし、丹羽五郎左衛門長秀、不破河内守ら2,000人を残す! 以上だ!」
信長が采配を振り下ろす。その瞬間、諸将の間に地鳴りのような歓声と殺意が渦巻いた。手配はすでに定まった。夜はいまだ明けていない。だが、もはや一刻の猶予もない。数万の軍勢が、うねる巨大な龍のように、決戦の地『姉川』へと押し出していった。
一方、その頃。織田軍が密かに、かつ迅速に陣形を整えて進軍を開始していたのと時を同じくして、浅井・朝倉連合軍もまた、静寂の中で殺意を研ぎ澄ませていた。僕が脳内に持つ歴史知識は、彼らの布陣と狂気を鮮明に映し出している。
浅井の若き当主、備前守長政。彼は愛妻であるお市の方を城に残し、父・久政に3,500の兵を添えて小谷城の守備として残置した。背後の絶対防御を固めた上で、長政自身は都合10,000騎の精鋭を引率し、三田村表へと出陣していた。長政の目は、血走っていた。義兄である信長への愛憎、浅井家当主としての矜持、そして何より、この決戦に勝利しなければ一族が滅亡するという絶望的な背水の陣が、彼を修羅に変えていた。
その浅井軍の先陣を務める男こそ、浅井家中において『勇猛無双の剛兵』と謳われる戦鬼――磯野丹波守貞満。高宮三河守、宇大和守、山崎源太左衛門、赤田信濃守といった、いずれ劣らぬ一騎当千の猛将たちを従え、その数およそ5,000人。
磯野丹波守が率いる部隊は、文字通り血の匂いを楽しむような、勝ち立った歴戦の兵ばかりで構成されていた。その勢いは、檻から解き放たれた『猛虎』のごとく。彼らには、防御という概念すら存在しない。
27日の早天。空が白み始め、夜明けの冷たい霧が立ち込める中。三田村表の姉川を挟んで、織田の数万の軍勢と、浅井・朝倉の連合軍が、図らずも真正面から出合った。姉川の冷たい水面を隔てて、対岸にはビッシリと黒鉄の鎧に身を包んだ織田軍の段々(だんだん)の備えが見える。一の備え、二の備え、三の備え……と、幾重にも重なる重厚な陣形。それを見た磯野丹波守は、愛馬の上で獰猛な笑みを浮かべた。彼の手には、血を吸いすぎた巨大な槍が握られている。
「……見よ、あの織田の姑息な陣立てを。幾重にも盾を並べおって、まるで怯えた亀のようではないか」
磯野は、背後に控える5,000の荒くれ者たちに向かって、腹の底から響くような咆哮を上げた。
「野郎ども、よく聞け! あの重厚な敵陣を打ち破るには、小細工など不要! 我らは『長蛇の陣』にて、ただ一筋に突き入るのみ!」
長蛇の陣。つまり、横への広がりを捨て、ひたすら縦に長く伸びた突破特化の陣形である。
「さらに左右を顧みるな! 脇を突かれようが倒れようが、構わず前へ進め! 正面の敵をミンチに切り崩し、信長めが座す本陣まで一気に押し詰め、この勝負を一挙に決すべし!!」
「「「オオオオオオオッ!!」」」
磯野の下知が伝わると同時に、浅井の先陣5,000の兵から、地を揺るがすような怒号が上がった。彼らは文字通り、死を恐れぬ狂戦士と化していた。磯野自身が真っ先に馬腹を蹴り、姉川の冷たい水飛沫を上げて突撃を開始する。勇みに勇んだ猛虎の群れが、水面を割りながら織田陣営へと殺到してきた。
「……来るぞッ!!」
姉川の対岸、織田軍の旗本先手に陣取る僕は、遠くから迫り来る地鳴りのような足音と、空気を震わせる狂気の咆哮に肌を粟立たせていた。歴史知識として知っていた『磯野の姉川十一段崩し』。浅井の先陣が、織田の陣形を次々と食い破って本陣にまで迫ったという、あの伝説の猛攻。文字で見れば「すごい突撃だったんだな」で済むが、現実の戦場でそれを目の当たりにすると、まるで巨大な津波かダンプカーの群れがノーブレーキで突っ込んでくるような、絶望的な恐怖だった。
「ひるむな! 我らが一番備の意地を見せよ!」
そんな絶望的な突撃に対し、織田軍の先陣・坂井右近正尚は、決してパニックに陥ることなく、2,000人の兵を静々と、冷徹に繰り出した。両陣営の距離が、姉川の浅瀬を挟んで急速に縮まっていく。五十間。三十間。二十間。
――両陣が、射程距離に近寄った、その瞬間。
「……構え!!」
坂井右近の鋭い号令とともに、最前列に並んだ織田の鉄砲隊が一斉に火縄銃を水平に構えた。
「撃てぇぇぇッ!!」
ドガァァァァァンッ!!!
早朝の静寂を切り裂く、数千の鉄砲を連べ放つ爆音。白煙が瞬時に視界を覆い尽くし、火薬の焦げたツンとした硝煙の匂いが、戦場全体を包み込んだ。鉛の弾丸が雨あられと浅井の先陣に降り注ぎ、水を蹴って突進してくる兵士たちが次々と血飛沫を上げて倒れ込む。だが、磯野の狂戦士たちは、味方の屍を踏み越えて、なおも咆哮を上げながら前進をやめない。
「殺せェ! 信長の首を獲れェェッ!!」
「撃て! 二の矢、三の矢、間断なく放て!!」
鉄砲の轟音。弓弦の鳴る音。槍と槍が交錯する金属音。そして、肉が裂け、骨が砕け、命が散っていく断末魔の叫び。川の水は、瞬く間に赤黒い血の色に染め上げられていった。
合戦は始まった。のちに戦国最大の激戦の一つとして語り継がれる『姉川の戦い』の火蓋が、今、切って落とされた。
本陣の前衛で刀の柄を握りしめながら、僕は小さく息を吐いた。遠藤喜右衛門が昨晩、酒宴の席で語ったという狂気の特攻。磯野丹波守の鬼神のごとき突撃。歴史の歯車は、もはや誰にも止められない速度で回転し始めている。未来の科学も理屈も通用しない、力と血と執念だけが支配する世界。
「さて……」
僕は震える指先をギュッと握り込み、ニヤリと笑みを作った。
「日輪の夢を見た転生者が、この血みどろの地獄をどうクリアして生き残るか……見せてやろうじゃないか」
戦場の狂騒が、僕の鼓膜を震わせ続けていた。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
信長、長政三田村に陣を張る
その夜、木下藤吉郎、信長公に言上しけるは、「某、今宵淺井、朝倉の兩陣へ斥候を遣はし、敵のあさりを伺ふところに、宵のほどは何の變りたることもなかりしに、先刻より兩陣とも、にはかに兵糧の用意いたすと見えて、煙おびただしく立ちのぼり候。これは明曉朝がけの合戰を企てんず敵の結構に必定せり。はやく諸軍に御下知なしたまひ、合戰の御手配ありてしかるべし」とぞ申しける。信長もっともなりと思し召し、夜中俄に諸將を召され、備を配りを下知し給ふ。まづ一番備は坂井右近正尚二千餘人、二番備は池田勝三郎信輝二千餘人、三番蜂谷兵庫頭賴隆二千餘人、四番佐久間右衛門信盛二千餘人、五番森三左衛門可成二千餘人、その次は信長公の旗本なり。旗本の先手木下藤吉郎三千餘人、二番手は安藤伊賀守左に備へ、氏家常陸介右に備ふ。次は大將みづから旗本の勢四千餘人、跡備は明智十兵衛光秀、前田又右衛門利家おのおのの三千餘人、後陣は菅谷九右衛門、川尻與兵衛、福富平左衛門ら三千餘人、橫山の城の押へには、御舍弟信包殿を主將として、丹羽五郎左衛門長秀、不破河内守二千餘人、手分すでに定まりければ、夜いまだ明けざるうちに、はや姉川へと押出す。淺井備前守長政は、父久政に三千五百人を添へ、小谷の城に残し置き、その勢都合一萬餘騎、先陣磯野丹波守貞滿を大將として、高宮三河守、宇大和守、山崎源太左衛門、赤田信濃守ら、すべて五千餘人、後陣は備前守長政自分五千餘人を引率し、二十七日の早天に、三田村表姉川において、兩陣はしなく出合ひたり。淺井の先將磯野丹波守、勇猛無雙の剛兵なれば、附き従ふ士卒ことごとく勝ち立つたる兵にて、その勢猛虎のごとし。丹波守はるかに信長勢の段々(だんだん)に備へたるを見て、諸士に向ひて申しけるは、「この敵を破るには、長蛇に備へ、ただ一筋に突き入つて、さらに左右を顧みず、正面を切り崩し、信長の旗本まで押し詰め、勝負を一擧に決すべし」と下知を傳へ、自身眞先に馬を進め、勇みに勇んで押寄すれば、信長の先陣坂井右近二千餘人、しづしづと繰り出し、兩陣矢頃に近寄りぬれば、まづ備へたる鐵砲を連べ放ち、はや合戰を始めける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
磯野員昌は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。浅井氏、後に織田氏の家臣。近江国佐和山城主。員昌は佐和山城を本拠とし、武勇に長けたことから対六角氏戦で度々武功を重ね、合戦では浅井軍団の先鋒を任されるようになる。大野木国重、野村定元、三田村秀俊らと共に浅井四翼と謳われた。元亀元年(1570年)6月28日の姉川の戦いでは、織田軍に深く斬り込み、一時は織田信長の本陣近くにまで迫ったが、後に控えていた織田側の稲葉一鉄、氏家卜全、安藤守就らが駆け付け、その後、朝倉軍を撃破した徳川家康軍の増援もあり、浅井側は総崩れとなり敗退した。この員昌の織田本陣に迫る猛攻は、「員昌の姉川十一段崩し」という逸話として残る( 浅井三代記)出典:wikipedia。




