2-7 勝利の代償、ラスボスの覚醒
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
僕が多芸谷城を鮮やかに制圧し、北畠一族の妻子たち37人を完全な人質として確保したという一報は、瞬く間に織田軍の本陣へと伝わった。
「お、おい……嘘だろ。あの猿、本当にやりやがったのか!?」
「大河内城の強固な防衛線を前に俺たちが足止めを食らっている間に、まさか背後の隠家を根こそぎ落としてくるとは……」
本陣に帰還した僕を待っていたのは、柴田勝家や丹羽長秀といった織田家のそうそうたる重臣たちの、驚愕と、どこか恐怖の入り混じった視線だった。そりゃそうだ。彼らが正面から泥泥の消耗戦を繰り広げていた間に、僕は現代の戦略的思考をフル活用して、敵の最も柔らかいアキレス腱を完全に握り潰したのだから。陣幕の奥、床几にどっかりと腰を下ろした信長は、僕の姿を見るなり、その鋭い眼光をさらに細めた。その口元には、底知れない、しかし確実に満足げな笑みが浮かんでいる。
「ふん……戻ったか、猿。阿坂城での正面突破に続き、今度は多芸谷城の別業を焼き払い、北畠の身内をことごとく生け捕りにしたか。貴様のその小賢しい知恵、やはり俺の目に狂いはなかったな」
「もったいなきお言葉にございます、信長様」
僕は血の滴る太ももの傷(阿坂城でもらった狙撃の跡だ)の痛みを堪えながら、深く平伏した。信長は立ち上がり、僕の前に歩み寄ると、冷徹な声音で問いかけてきた。
「して、猿。この37人の人質、どう使う? 大河内城の門前に並べて一人ずつ首を刎ね、具教めの心をへし折るか? それとも、城内に肉片として投げ込み、恐怖で自壊させるか?」
キィィン、と陣幕の中の空気が一瞬で凍りつく。周囲の武将たちがゴクリと息を呑んだ。さすがは天下の魔王、発想が精神病質者すぎる。
未来の僕ならジュネーブ条約(Geneva Convention)ならびに国際人道法(international humanitarian law)についてご説明申し上げるところだが、今の僕もそんな野蛮な真似をするつもりは毛頭ない。なぜなら、そんなことをすれば北畠軍は「降伏しても皆殺しだ」と絶望し、それこそ全員が文字通りの死兵と化して徹底抗戦に及ぶからだ。そうなれば、織田軍の被害も計り知れないものになる。
(綺麗事じゃ天下は取れない。だけど、無駄な残虐行為はただのリスク増大だ。ここは現代の交渉術を見せてやる!)
僕は顔を上げ、信長の目を真っ向から見据えた。
「恐れながら信長様。この37人の人質、殺してはなりません。むしろ……ことごとく無傷のまま、大河内城の中へ『送り届ける』べきです」
「……何だと?」
信長の眉がピクリと動く。周囲からは「猿、正気か!?」「せっかくの最強のカード(人質)を無償で手放すというのか!」と非難の嵐が巻き起こった。でも、僕は動じない。フッ、これだから力押ししか知らない戦国脳は困る。
「皆の者、静まれ」
信長の一言で、騒がしかった陣内がピタリと静まり返る。信長は僕をじっと見つめ、「続けろ」と顎で促した。
「信長様、北畠を力だけでねじ伏せようとすれば、我が軍も相応の傷を負います。しかし、この妻子たちを『無傷で返す』という圧倒的な寛仁を見せつければどうなるでしょうか。敵はまず、我が軍がいつでも多芸谷城を落とせるという『絶対的な武力』を思い知らされます。そして同時に、無闇な殺生をしないという信長様の『器の大きさ』に圧倒されるのです。心理的負債を植え付ける、と言い換えてもよろしいかと」
僕は一呼吸置き、さらに言葉を強めた。
「身内を人質に取られて戦意を喪失している北畠の者たちに、この最高の大義名分と慈悲をセットで叩き込みます。そうすれば、彼らは恐怖ではなく『感謝と畏怖』によって、自ら信長様の軍門に降るでしょう。戦わずして勝つ——これぞ真の平定にございます」
僕のプレゼンテーションが終わると、陣幕の中は静まり返った。信長はしばらく僕を睨みつけていたが、やがて、ククッ……と腹の底から響くような笑い声を漏らした。
「はっはっは! 面白い! 人質をあえて返すことで、敵の心を物理的にへし折るか。猿、貴様の泥臭い謀略、やはり一味違うな。良かろう、その策、採用する!」
信長は即座に使者として不破河内守と菅谷九右衛門の2人を指名した。
「不破、菅谷。その37人を連れて大河内城へ向かえ。猿の描いた筋書き通り、派手に恩を売ってこい!」
「ははっ!」
こうして、戦国時代の常識を覆す、前代未聞の「人質返還&和平交渉」が幕を開けた。
その頃、大河内城の内部は、文字通りの大統制崩壊に陥っていた。
「多芸谷の城が落とされただと!?」
「国司様の一族の妻子、子供たちがことごとく織田の手に落ちた……!?」
剣聖・塚原卜伝の弟子であり、最強の戦闘力を誇る北畠具教入道も、この一報には顔面を蒼白に染めていた。息子の左中将信意も、次男の長野次郎長教も、あまりの衝撃に言葉を失っている。どれだけ本城を鉄壁のタワーディフェンスで守り抜こうとも、背後の最愛の家族を人質に取られては、戦う大義名分が完全に消滅する。城内には絶望の毒が回り、今にも自壊しそうな雰囲気が漂っていた。そこへ、城門の外から大声が響き渡った。
「織田家が使者、不破河内守、菅谷九右衛門である! 多芸谷城にて生け捕りとした国司一家の妻女らを送り届けに参った! 国司殿に対面し、我が主・信長様の真意をお伝えしたい!」
「な、何だと……!? 妻子を送り返してきただと!?」
具教入道は我が耳を疑った。罠か? それとも何らかの呪術か?だが、城門を開けて確認させると、そこには確かに、怯えながらも怪我一つない無傷の妻子たちの姿があった。
「あなた……!」
「父上……!」
涙ながらに駆け寄る家族の姿を見て、具教入道の頑なだった心が、音を立てて融解していくのが分かった。無事だった。殺されていなかった。その圧倒的な安堵感が、織田への敵対心を急速に削ぎ落としていく。これこそが、僕の仕掛けた認知的不協和の利用だ。具教入道はすぐに使者の二人を城内へと招き入れ、対面した。不破河内守が進み出て、僕があらかじめ渡しておいた「完璧な交渉台本」を読み上げるように、厳かに口を開いた。
「国司殿、まづは御一族の無事なる帰還、お喜び申し上げます。……そもそも、我が主・信長様は、北畠家に私怨など一切ございませぬ」
その言葉に、具教入道は目を細めた。
「私怨がないだと? ならばなぜ、70,000もの大軍で我が領土を蹂躙したのだ」
菅谷九右衛門がすかさず言葉を引き継ぐ。ここからが僕の仕込んだ「大義名分」のターンだ。
「それは、信長様が将軍家・足利義昭公の台命を奉じているからにございます。信長様は三好の悪党どもを討ち果たし、足利家を再興せんと命を懸けておられる。しかるに、伊勢を領する北畠家は、将軍の御上洛に対して一兵の扶助もなさらず、そればかりか、将軍就任の御慶の使者すら送られておらぬ。これは将軍家を蔑ろにし、三好の謀反人どもに同調する不義の振る舞い。ゆえに、信長様は天下の理の元に、当国を征伐せざるを得なかったのです」
「くっ……」
具教入道が言葉を詰まらせる。そう、これは単なる織田の侵略戦争ではない。戦国時代の最高権力者である将軍の命令による「公戦」であるという建前。このコンプライアンスを突きつけられると、いくら名門の北畠といえども反論が極めて難しくなる。不破がさらに追い打ちをかける。
「数日間にわたる対陣により、伊勢の軍民の嘆きは少なからず。これ以上、無道不義の合戦を続け、民を苦しめることが信長様の本意でありましょうか? いや、断じて違います。もし、国司殿が将軍家への出仕を誓い、信長様と和睦して一国の民を安んじるならば、北畠の家名を未来永劫、長久たらしめることを約束いたしましょう。……これを受け入れるならば、我が軍は即座に包囲を解き、帰国いたします。もし、あくまで勢いを争うとおっしゃるなら――」
不破の目が、一瞬だけ鋭く光った。
「我が70,000の大軍、ただちに総攻撃を開始し、台命のままに北畠の血脈をこの世から消滅させるのみ。……どちらを選ぶか、よくよく思惟されよ」
完璧な飴と鞭戦略。妻子を無傷で返されたという強烈な「貸し」がある以上、北畠側に拒絶の選択肢など存在しなかった。ここで徹底抗戦を選べば、それこそ「大義名分を持たない、ただの往生際の悪い見苦しい賊」として歴史に名を残すことになる。具教入道は、一族の重臣たちを集めて短い相談を行った。
誰もが、戦意を完全に喪失していた。勝てる見込みのない戦、守るべき家族はすでに敵の慈悲によって生かされている状態。結論が出るのは早かった。具教入道は使者に向き直り、震える声で条件を提示した。
「……信長殿の寛仁の心、確かに受け取った。我が北畠家、将軍家への出仕を誓い、織田家との和睦を願い出る。……ただし、名門としての最後の一線を守りたく思う。信長殿のご子息のうちお一人を、我が長男・信意の養子としてお迎えしたい。さすれば、両家は親族となり、未来永劫、織田家とともに伊勢の栄えを祈ることができよう」
「――!!」
本陣でこの報告を聞いた瞬間、僕は心の中で激しいガッツポーズをキメた。
(キタァーッ! 完全に僕のシナリオ通りだ!)
名門のプライドを保つための「養子縁組」。だが、その実態は、織田家による北畠家の「合法的な吸収合併」に他ならない。信長の次男である茶筅丸――後の織田信雄だ。歴史上ではちょっとおっちょこちょいというか、色々とやらかしてしまう問題児として有名だが、今の僕にとっては、北畠家という巨大なパイを合法的に乗っ取るための「最高のトロイの木馬」である。
信長はこの和睦条件を快諾した。すぐさま次男の茶筅丸を北畠の養子として大河内城内へと送り届け、ここに織田家と北畠家の和平が完全に調ったのである。
「包囲を解け! 撤収の準備にかかれ!」
数日前まで血で血を洗う地獄の戦場だった大河内城の周囲から、70,000の織田軍が次々と陣を引き払っていく。武将たちも足軽たちも、命拾いした安堵感からか、とりどりにかき集めた荷物をまとめ、帰陣の準備に活気立っていた。戦わずして、伊勢一国が織田の支配下に入った。
僕の胸の中の「日輪の熱」が、ドクンと誇らしげに脈打った。現代知識を駆使した僕の内政と外交の勝利だ。――そう思った、まさにその瞬間だった。戦国時代の強制力は、僕の予想を超えた形で牙を剥いた。
「何だと……!? 楠正具が逃亡した!?」
帰陣の最中、本陣に飛び込んできた斥候の報告に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。楠七郎左衛門正具。かつて我が織田軍の隙を突き、鮮やかな奇計を用いて本陣への夜襲を成功させ、70,000の大軍を散々に恐怖に陥れたゲリラ戦の超プロフェッショナル。彼は、国司である北畠家が織田と和睦したという一報を聞いた瞬間、こう直感したらしい。
「北畠一族は許されても、信長の本陣を二度も血に染めたこの俺が、まともに許されるはずがない」
その直感は、100%正しい。信長は身内には寛大(な時もある)だが、自分に牙を剥いた反逆者に対しては地の果てまで追い詰めて抹殺するタイプだ。正具は、和睦のドサクサに紛れて自身の拠点である八田城をあっさりと放棄。少数の精鋭ゲリラ部隊を引き連れて、伊勢国から脱出してしまった。これだけなら、ただの敗残兵の逃亡だ。「まあ、一人の武将が逃げたくらい、大局には影響ないでしょ」と見過ごすこともできた。でも、問題はその「亡命先」だった。
「報告によれば……楠正具は伊勢を立ち、摂津国、石山本願寺へと赴いた模様にございます!」
「――な、何だって!?」
その瞬間、僕の脳裏に、未来の歴史教科書で見た「織田信長最大の悪夢」の文字がフラッシュバックした。石山本願寺。広大な一向宗のネットワークを統括する、戦国時代最強・最悪の宗教武装組織。強固な石垣に囲まれた文字通りの巨大要塞であり、独自の経済圏と、死を恐れない無数の信者を抱える、織田家天下統一への最大の障害。
歴史上、信長はこの本願寺を相手に、実に10年という途方もない歳月と、一族の有力武将たちを多数失うという、文字通りの泥沼の死闘を繰り広げることになる。そこに、ゲリラ戦のエキスパートであり、織田の戦術を身をもって体験した楠正具が合流する……?それって、敵のボス組織に、こちらの弱点を知り尽くした超優秀なアドバイザーが加入するようなもんじゃないか!
(マジかよ……歴史の強制力が働いたのか? 伊勢を結果的に初級で手に入れた反動で、未来の難易度が致死級に跳ね上がってるじゃないか!)
僕が心の中で頭を抱えて冷や汗を流していると、隣から、バリバリと周囲の空気を引き裂くような、凄まじい殺気が立ち上った。
「……楠正具め」
信長だった。その顔は、怒りのあまりに歪み、目は完全に血走っている。机を叩きつける音が本陣に響き渡った。
「我が軍を散々に騒がせ、愚弄した挙句、国司とともに降参すれば、合戦の習いとして過去の勝敗など水に流して重用してやるつもりであったものを……! あまつさへ、あの不穏の根源、石山本願寺の坊主どもに属するとは何事か! これは俺に対する、明白な反逆であり、侮辱だ!」
信長の逆鱗が完全にマックスまで激化している。刀の柄に手をかけ、今にも摂津国へ軍を向けそうな勢いだ。
「許さぬ……断じて許さぬぞ、正具! 本願寺もろとも、骨の髄まで粉のごとくになし捨ててくれるわぁぁぁッ!!」
「信長様! お静まりください!」
「今は惣軍をまとめるのが先決にございます!」
柴田勝家や丹羽長秀、そして明智光秀までもが慌てて信長の身体を抑えにかかる。僕も必死になって声を張り上げた。
「信長様! 楠一人のためにここで軍を動かせば、せっかく調った伊勢の平定が水の泡となります! 本願寺の坊主どもは、こちらが動けばそれこそ『仏敵』として周囲の門徒を煽り立てましょう! 今はまず、大義のままに京へ上り、天下に織田の威光を示すべきです! 奴らを粉砕するのは、今ではございませぬ!」
「……ぬうぅぅ……!」
諸将と僕の必死の制止により、信長は辛うじて怒りの炎を胃の底へと押し下げた。しかし、その目に宿った本願寺への深い憎悪の炎は、消えるどころか、より一層冷酷に、深く、根を張ったのが分かった。歴史の歯車が、最悪の方向へとカチリと噛み合った音が聞こえた気がした。
激しい嵐のような怒りを孕みつつも、織田軍は予定通り、惣軍をまとめて伊勢を発った。道中、和平を結んだ北畠具教・信意父子も、僕たちの軍勢を途中の道まで恭しく見送り、織田家への絶対的な服従をアピールした。名門・北畠家を実質的に従えた織田軍の威容は、周辺の諸大名たちにとって凄まじい威圧感となったことだろう。
永禄12年11月、僕たちは大々的なパレードを敢行しながら、めでたく京都への入洛を果たした。京の町は、僕が近代知識を用いて構築した内政システムのおかげで、活気に満ち溢れていた。町衆たちは、伊勢を一瞬で平定して帰ってきた織田の軍勢を、歓声と畏敬の念をもって迎えた。将軍・足利義昭も、表向きは信長の圧倒的な武功を称賛し、五色の祝辞を述べた。
(……でも、この平和も、いつまで続くか分からないんだよな)
僕は、京の賑わう街並みを見下ろしながら、自分の太ももをそっとさすった。阿坂城で受けた矢傷の跡が、冬の訪れを告げる冷たい風に吹かれて、ずきりと小さく疼いた。京都での滞在と政務の引き継ぎを終えた僕たちは、同11月13日、ついにホームグラウンドである美濃の岐阜城へと帰城した。岐阜城の天守から見下ろす美濃の山々は、鮮やかな黄金色と紅色に染まり、静かに僕たちを迎えてくれた。
戻ってきた。死線を潜り抜け、また一つ、伊勢平定をクリアして、僕はここに立っている。現代では、どこにでもいる普通の日本人だった僕。そんな僕が、戦国時代の荒波の中で、何万人もの命を動かし、名門を乗っ取り、歴史を裏側から操作している。人を騙し、罠に嵌め、冷酷な知略を巡らせる自分に、時折ふと、ぞっとするような冷たい感覚を覚えることがある。楠正具の逃亡によって、未来の「石山合戦」というさらなる地獄の扉が開いてしまった恐怖もある。
だけど――。
それでも、僕の胸の奥にある「日輪の熱」は、消えるどころか、さらに激しく、熱く燃え上がっている。この狂った戦国のシステムを、最短のルートで、最小の犠牲でぶち壊す。誰もが戦に怯えず、明日のご飯を心配しなくていい平和世界を創り上げる。
(そのためなら、僕はどれだけでも悪魔になろう。泥を被り、血に塗れた覇道を突き進んでやろうじゃないか)
僕は小さく笑い、新しい未来を掴み取るために、力強く一歩を踏み出した。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎智伊勢國平定
木下藤吉郎、國司父子そのほか一族らが妻子どもを生捕り、本陣へ参りければ、信長卿大によろこび給ひ、藤吉郎を近く召され、勢州平定の謀を問ひ給ふに、藤吉郎謹んで申しけるは、「北畠と力を以て争はんに、實に勞して功なきなり。今生捕るところの婦人三十餘人ことごとく城中へ送り歸し、このついでに威を示して和平を説かば國司を始め北畠一家の者、みな君の寛仁に服し、たちまち勢州平治すべし」と。信長これに隨ひ給ひ、不破河内守、菅谷九右衛門兩人を使者として、かの生捕を召し連れ、大河内の城へ遣はしける。勢州の國司具教入道父子そのほかの一族ら、多藝谷の妻子を敵に奪はれ大きに驚き、城中騒動大方ならず。このとき信長より生捕の婦女を送り來り、「國司に對面して一言を申さん」と呼ばりければ、具教入道再び驚き、まづ妻子どもの無事に歸ることを喜び、城門を開きて使者を招き、對面して信長の趣意を聞く。不破、菅谷申しけるは、「昨夜味方の将士多藝谷を襲ひ、國司一家の妻女を生捕り、人質として戦はんとす。これ信長が心にあらず。故に今ことごとくこれを送つて、信長が本心を國司に告ぐ。そもそも信長、北畠一家に對し私の恨なし。いやしくも將軍家の台命を領じ、三好を討つて足利を再興せんと欲す。しかるに國司父子居ながら勢州を領じ、將軍御上洛の扶助もこれなく、剰へ御慶の使者をだに到來せず。これ將軍家を蔑ろにし奉り、三好に同じきふるまひなりと、信長に命じて當國を征伐し給ふ。ここを以て信長が軍馬を當國に加ふること、私のことにあらず。然るにいささかも無道不義の合戰をなし、軍民を苦しめんことこれあらんや。退いて思慮を加ふるに、數日の對陣、軍民の歎き少しきにあらず。國司、將軍家へ出仕をだになし給ふものならば、信長と和睦ありて一國の民を安んじ、北畠の家を治め、長久の計をなし給ふべし。右領承あるに於ては、圍を解いて歸國すべし。また信長と勢ひを争はん所存に候はば、大軍ただちに攻め討ち、台命の旨に任すべし。この兩條よくよく思惟これあり、返答承り候べし」と演べければ、具教入道、一族宗徒の者に相談して、「信長の子息のうち一人、信意の養子に賜はらば、以後親族となりて、兩家の榮を祈らん」と返答しければ、不破、菅谷の兩士城を出で、信長にこの旨を達す。これによつて信長の次男茶筅丸を北畠の養子として城中へ送り、兩家の和平調ひしかば、四方の圍を解いて、歸陣の催しとりどりなり。ここに當國八田の城主楠七郎左衛門正具は、さきに謀計を以て信長が大軍を退かしめ事は前編に見えたり。このたびも夜討をなして本陣を騒がしければ、國司と信長と和睦調ひしと聞き、信長われを深く惡み給はんことを恐れ、八田の城を捨てて、攝州石山本願寺にぞ赴きける。信長これを聞いて大に怒り、「楠正具わが軍を騒がすこと度々(たびたび)なれども、國司とともに降参せば、合戰の習、勝敗を以て恨を殘すことなし。仔細なく親しむべきを、あまつさへ本願寺に屬するこそ奇怪なれ。よしよし、おのれ正具、本願寺もろともに粉のごとくになし捨てん」と怒り給ふを、柴田、丹羽、木下、明智さまざま宥め参らせ、惣軍をまとめ、まづ京都へ上り給ふ。國司父子も半途まで送り進らせ、めでたく入洛し給ひ、同十一月十三日、本國美濃に歸城ありける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿38日目でUU日別274人達成!御礼投稿 2/3話 〜
ランキング露出が無いにもかかわらず、投稿初日は91人/日だった重要指標UUがなんと今週は274人/日の方にご覧頂けました(^^)(ブクマは低調なので皆様どうやって本作に辿り着いて頂いてるのか不思議ですw)心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。




