2-6 悪魔の一手、卑劣なる勝利
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
僕の太ももに刻まれた深い傷痕が、まだ時折鈍い痛みを主張していた永禄12年(1569年)の秋。阿坂城での僕の決死の突破と、大宮一族への冷酷な粛清は、織田軍の伊勢侵攻において決定的なターニングポイントとなった。
でも、戦乱という名のシステムは、一つのエラーを潰した程度で停止するほど甘くはない。伊勢平定の次なる舞台、いや、真の地獄と呼ぶべき最終局面に僕たちは直面していた。ターゲットは、伊勢国司・北畠具教が本拠とする大河内城。
北畠具教といえば、ただの国人領主ではない。あの剣聖・塚原卜伝から剣の奥義『一の太刀』を直接授かったとされる、文字通りの剣豪大名だ。自ら前線で剣を振るう戦闘力の高さに加え、伊勢という土地に深く根を下ろした絶対的なカリスマ性も持ち合わせている。彼が籠城の拠点に選んだ大河内城は、周囲を険しい谷と深い森に囲まれた、天然の巨大要塞だった。
城の内部には、具教の長男である左中将 信意、次男の長野次郎 長教をはじめとする北畠一族の精鋭、さらには忠誠心で結ばれた屈強な郎党たちが約30,000人、文字通り「死兵」となって立て籠もっていた。それに対し、我が織田軍は70,000騎の大軍。数の上ではダブルスコア以上の圧倒的優位。でも、現実はそう簡単に計算通りには動いてくれない。
「……落ちないな。マジで」
僕は陣幕の隙間から、遠くにそびえる大河内城の威容を睨みつけ、思わず舌打ちをした。信長は70,000騎の兵を十重二十重に配置し、蟻の這い出る隙間もない完全包囲網を敷いた。息をつく暇も与えない波状攻撃を仕掛け、新手の部隊を次々と投入して24時間体制の攻城戦を行っている。
だが、無情にも戦局は完全に膠着していた。池田勝三郎信輝が率いる部隊が、搦手から命がけの突撃を敢行し、多大な犠牲を払いながらようやく外郭を攻め落とすという戦果を挙げた。
「いける! このまま本丸まで押し潰せ!」
誰もがそう思った瞬間、北畠軍の真の恐ろしさが牙を剥いた。彼らは二の丸へと後退するや否や、鉄壁の防衛陣形を瞬時に再構築し、猛烈な反撃に出たのだ。弓矢と鉄砲の雨が降り注ぎ、近づく織田の兵たちは次々と血だまりの中に沈んでいく。さらに最悪なことに、北畠軍の抵抗は城の中だけにとどまらなかった。
後方の八田城に立て籠もっていた楠七郎左衛門正具が、信長様の本陣に対して奇計を用いた夜襲を仕掛けてきた。闇夜に乗じて少数のゲリラ部隊が織田の陣に潜り込み、火を放ち、混乱に乗じて兵を斬り捨てる。大軍であるがゆえの指揮系統の鈍重さを突かれた、見事な戦術だった。織田の陣営はパニックに陥り、攻城の勢いは完全に削がれてしまった。
「……クソッ。完全なタワーディフェンス・モードに入られてるじゃないか」
70,000人の兵站を維持するのは、ただでさえ至難の業だ。飯を食うだけでも莫大な米が消えていく。戦が長引けば長引くほど、織田軍の士気は下がり、逆に「あの織田の大軍を押し返している」という事実が北畠軍の士気を限界突破させる。陣中に漂うのは、焦燥という名の猛毒だった。信長の不機嫌のバロメーターも限界を振り切ろうとしている。
(……このままでは、伊勢平定というグランド・デザインそのものが頓挫しかねない。盤面を強制的にひっくり返す、規格外が必要だ)
僕は陣幕に広げられた伊勢の簡素な絵図面を、食い入るように見つめた。正攻法で落ちないなら、ルールを根底から変えるしかない。相手が最も嫌がる場所、一番痛い急所を突く。
「……ここだ」
僕の指が、絵図面の一点に止まった。大河内本城から東南の方向。険しい山の半腹に位置する、多芸谷城である。斥候たちからの報告を総合すると、この多芸谷城という場所は、要塞というよりは、別荘に近い性質を持っていた。左手にはどこまでも広がる伊勢の蒼い海。沖合にはカモメが飛び交い、波の音が絶え間なく聞こえる。右手には切り立った岸壁があり、松や柏が深く鬱蒼と茂っている。猿や鹿の鳴き声がこだまする、まさに一幅の絵画のような絶景ポイントだ。
元々は、教養人でもある北畠具教が遊山のために設けた別荘だったらしい。だが、地形そのものが天然の要害であるため、少し手を加えれば堅固な防衛拠点に化ける。北畠父子は、この多芸谷城の「防御力の高さ」と「本城から離れた隠れ家的な立地」に目をつけ、あるものを隠していた。それは――北畠一族の妻女たち、老臣、そして幼い子供たち。
大河内本城という血みどろの最前線から彼らを逃がし、この多芸谷城に非戦闘員たちを隔離していたのだ。もちろん丸腰ではない。大河内宮内少輔と森本飛騨守という2人の将に、2,000人の精鋭をつけてガッチリとガードさせている。
「……見つけたぞ、アキレス腱を」
僕は、自分の口元が暗く歪むのを感じた。非戦闘員である女・子供を狙う。それは、武士の風上にも置けない、外道で卑劣な戦術だ。未来の僕なら条約違反だと眉をひそめただろう。でも、ここは狂気と暴力が支配する戦国時代。そして僕は、日輪のバグとしてこの狂った世を最短で終わらせる覚悟を決めた。数万の兵が泥沼の消耗戦で命を散らすくらいなら、敵の最も柔らかい場所を抉り出し、心を物理的にへし折って降伏させる方が、よほど全体としての「被害」は少なくて済む。
(綺麗事で天下は取れない。泥を被るのが、バグである僕の仕事だ)
10月23日の夜。僕は、手足として動かしている若手の中でも特に有能な2人、浅野弥兵衛と堀尾茂助を密かに呼び出した。弥兵衛は後の浅野長政、茂助は「仏の茂助」の異名をとる堀尾吉晴。どちらも僕が目をかけ育て上げた、SSR級のポテンシャルを秘めた腹心たちだ。
「弥兵衛、茂助。今夜、盤面を動かす」
薄暗い灯火の下、僕は彼らに極秘のミッションを告げた。
「多芸谷城を落とし、北畠の妻子を根こそぎ『回収』する」
「……多芸谷を? しかしあそこは、険しい山に守られた要害。容易には近づけませぬ」
弥兵衛が眉をひそめる。僕はにやりと笑った。
「だから、僕が派手に陽動をやる。お前たち2人は、屈強な兵500だけを連れて、獣道から城の右手にある裏山へ登れ。完全なステルスミッションだ。音は立てるな、火も使うな。闇に同化しろ」
「我らが裏山に潜伏し……その後は?」
茂助が真剣な眼差しで問う。
「僕が正面から二千の兵で派手に仕掛ける。敵の意識がすべて『前』に向いた瞬間、お前たちは裏から搦手に突入しろ。そして――」
僕は声を一段低くして、冷酷な指示を付け加えた。
「山に火を放て」
「火を……!」
「そうだ。焼草をたっぷり持っていけ。城兵の心理を焼き尽くすんだ。女子供を確保し、本丸を制圧しろ。いいか、絶対にしくじるなよ」
「「ははっ!!」」
2人は力強く頷き、闇の中へ消えていった。そして、運命の10月24日の暁。夜明け前の冷たい空気が肌を刺す中、僕は2000人の手勢を率いて、本道から龍蔵庵山の尾根伝いに進軍していた。僕自身が真っ先に立ち、城の正面ゲート(追手)の堀際まで一気に肉薄する。視界を覆うほどの深い朝霧が立ち込めていた。一寸先も見えない白濁した世界。奇襲にはこれ以上ない最高のコンディションだった。
「よし……ぶっ放せェッ!!」
僕の号令とともに、2000の軍勢が一斉に鬨声を上げた。
「えい、えい、おぉぉーーーッ!!」
静寂に包まれていた山谷に、突如として地を揺るがすような轟音が響き渡る。元来、この多芸谷城は険しい地形に頼りきっており、守備隊にはどこか油断があった。「織田の本軍は大河内城にかかりきりで、こんな辺境まで攻めてくる余裕はないだろう」という希望的観測だ。連日の膠着状態ですっかり気が緩み、熟睡に入っていた城兵たちは、突然の轟音に跳ね起きた。
「敵襲ゥゥッ! 織田の軍勢が正面から来たぞォッ!」
「なんだと!? 防ぎ矢を射よ! 鉄砲に弾を込めろ!」
城内は一瞬にして阿鼻叫喚のパニックに陥った。大将である大河内宮内少輔と森本飛騨守は慌てて兵を叱咤し、正面の防衛ラインを固めようと駆け回る。弓や鉄砲が闇雲に放たれ、白い霧の中に火花が散った。だが、僕はここでわざと「寸止め」の指示を出していた。
「急いで攻め上るな! 空鉄砲を撃ち鳴らせ! 喚き声を上げ続けろ!」
僕の目的は、この正面から力押しで城を落とすことではない。敵の注意を100%、この正面ゲートに釘付けにすることだ。朝霧が深く、視界がゼロに近いことが幸いした。敵からは、こちらが2000の兵なのか、10,000の大軍なのか判断がつかない。「大軍が一度に押し寄せてきた」と錯覚した城兵たちは、次から次へと正面の防衛に集結していく。裏門がお留守になることも気づかずに。
「……かかったな、阿呆どもめ」
その頃、裏山(搦手)に潜んでいた浅野弥兵衛と堀尾茂助の別働隊は、正面の喧騒を聞き届け、静かに牙を剥いていた。
「今だ。時は至った!」
500人のステルス部隊は二手に分かれた。堀尾茂助は250人を率いて、手薄になった搦手から一気に城内へ乱入した。正面の防衛に戦力を全振りしてしまった敵陣には、裏口を支える兵士は一人も残っていなかった。たまに出くわすのは、逃げ惑う老人や婦女ばかり。武力を持たない非戦闘員たちだ。茂助の部隊は無人の野を行くがごとく本丸へと馳せ入り、あっという間に北畠一族の妻子たちを制圧し、生け捕りにした。ミッション・コンプリートである。
一方、浅野弥兵衛は、茂助が城内に突入したのを見計らうと同時に、用意していた焼草を用いて、裏山の鬱蒼と茂る樹木に一斉に火を放った。折しも、夜明け特有の強い朝嵐が吹き荒れていた。強風に煽られた炎は瞬く間に燃え広がり、どす黒い煙が城内へと一気に吹き下ろした。
「な、なんだ!? 火の手が上がっているぞ!?」
「搦手が燃えている! 裏から敵がッ!」
正面に張り付いていた城兵たちが背後を振り返り、絶望の叫びを上げた。黒煙が視界を奪い、炎の熱風が肌を焼く。すさまじいパニック状態。彼らは慌てて本丸へと引き返そうとしたが、時すでに遅し。本丸の防衛ラインは、すでに堀尾茂助によって完全に制圧されていた。
「撃てェッ!」
茂助の合図とともに、本丸側から城兵たちへ向けて鉄砲の雨が降り注ぐ。前からは僕の2000の軍勢、後ろからは炎と銃弾。完全に挟撃ち状態だ。肝を潰し、魂を失った城兵たちは、手の舞い足の踏み所もわきまえず、ただ逃げ惑うだけの烏合の衆と化した。
「……勝負ありだ」
正面の堀際で陣頭指揮を執っていた僕は、搦手から立ち上る黒煙と火の手を見て、ニヤリと笑った。軍扇を力強く握り直し、天へ向けて振り下ろす。
「よし、今こそ一息に乗り入れよォッ!!」
僕の絶叫に近い采配を受け、2000人の軍卒たちが爆発的な鬨の声を上げ、旋風のごとく急斜面を攻め上った。バキィィッ! と音を立てて城戸を物理的に破壊し、城内へ怒涛の勢いで乱れ入る。慌てふためく城兵たちを、容赦なく切り伏せ、薙ぎ伏せ、追いまくっていく。もはや軍隊としての体をなしていない敵陣に、抵抗する力は残っていなかった。主将である大河内宮内少輔と森本飛騨守も、この絶望的な状況を前に完全に心が折れ、這う這うの体で獣道を求めて逃げ出す始末だった。鮮やかすぎるほどの、完全勝利。
僕は悠然と歩を進め、制圧された本丸へと足を踏み入れた。火の粉が舞い、黒煙が漂う本丸の庭には、縄で縛られ、地に座らされた北畠一族の妻女や老人たちの姿があった。恐怖に震え、泣き叫ぶ声が響いている。生け捕りにされた老若婦人、その数すべて37人。北畠具教が最も愛し、最も守りたかった「アキレス腱」が、今、僕の手の中にある。これを人質として突きつければ、いかに堅固な大河内城とて、いかに頑強な具教の意志とて、粉々に砕け散るだろう。
「……恨むなら、この狂った乱世を恨んでくれ」
僕は縛られた女子供たちを一瞥し、心の中でそう呟いた。罪悪感がないわけではない。未来人の魂を持つ僕にとって、非戦闘員を戦の道具にする行為は胸クソが悪くなるほど嫌悪感を伴うものだ。でも、あのまま大河内城で数万の兵が殺し合いを続ける地獄を見過ごすよりは、僕一人が「卑劣な悪魔」のそしりを受ける方が、はるかに合理的で、はるかにマシだ。胸の奥に宿る「日輪」が、冷たい炎を上げて燃えているのを感じた。
「弥兵衛、茂助。よくやった」
僕は血と煤にまみれた二人の若将に声をかけた。
「この城の守りは、お前たちに任せる。僕は戦利品を連れて、一足先に本陣へ戻る」
「はっ! 御武運を!」
僕は、生け捕りにした37人の人質を引き連れ、まだ朝露の残る山道を下っていった。信長がこの「最高の盤面操作」を見て、どんな冷酷な笑みを浮かべるのか。そして、伊勢の空に完全な織田の旗が翻る日が、もうすぐそこまで来ていることを確信しながら。
僕の歩む覇道は、敵の血と、自らの魂を削る泥にまみれながら、いよいよ乱世の深淵へと突き進んでいく。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎多藝谷を取る
さても信長の大軍、國司の本城大河内に押寄せ、十重二十重に取圍み、息をもつがず攻めたりける。もとよりこの城究竟の要害に、國司北畠具教入道不知齋、息男左中將信意、次男長野次郎長教を主將として、一族郎等三萬餘人、堅固に籠城したりければ、左右なく攻め落とすべき様もなかりける。されども寄手大軍なれば、新手を入れ替へ、晝夜隙なく攻めけるほどに、池田勝三郎信輝が攻口、搦手の方を乗り崩し、終に惣軍城の外郭を攻め取り、國司の軍勢は二の丸に楯籠り、きびしく防ぎ戰ふほどに、ここにて數日勝負の色も見えざりけるところに、八田の城に籠りたる楠七郎左衞門正具、奇計を以て信長の本陣を夜討し、大きに織田の軍を騒がしければ、寄手も今は攻めあぐんで見えにけり。ここに於て木下藤吉郎一計を施し、多藝谷の城を乗り取らんとす。そもそもこの多藝谷といへるは、大河内の本城より東南に當たつて嶮岨の山あり、その山の半腹に城を構へ、絶頂に物見を設け、左は蒼海滿々(さうかいまんまん)として、沖のかもめ、飛び交ふ千鳥、さながら畫きなせるごとく、右は岈々(がが)たる岸壁に、松柏いや深く生ひ繁り、猿鹿の啼く音に腸を断つ、勢北第一の景地なれば、國司入道不知齋遊山の別業なり。しかも要害堅固にして、防ぐに便ある城地なれば、國司父子は、妻女一族宗徒の女房たち、小兒老人をこの城に籠め置き、大河内宮内少輔、森本飛騨守兩將、二千餘人にてこれを守護す。木下藤吉郎この城を襲ひ落し、國司父子一族の妻子を奪ひ取らんと、十月二十三日の夜、淺野彌兵衞、堀尾茂助に屈強の兵士五百人を引率せしめ、間道より進んで、かの城の右手に繁りたる山あるに忍び登り、焼草を用意して、時刻の至るを待たせ置き、その身は手勢二千餘人、本道より進み、龍藏庵山の尾前より、自ら眞先に進んで上りけるが、二十四日の曉、城の追手の堀際に至り、一度に鯨波を上げたりける。元來この城嶮岨を頼み、防戦の備もはかばかからざりけるに、このほど織田勢も退屈して、はかばかしき合戦もあらざれば、いよいよ怠り城中熟く寝入りけるに、俄に鬨の聲山谷に響き、敵はや枕上に攻寄せければ、「すはこそ敵の寄せたるぞ。防矢射よ、鐵砲に玉をこめよ」と、うろたへ騒ぐこと大方ならず。大将大河内宮内少輔、森本飛騨守ら、士卒を制し持口を固め、弓鐵砲を打出し、ここを破られじと防ぎける。木下藤吉郎、わざと急には攻め上らず、空鐵砲を鳴らし鬨を作り、大軍一度に攻め上る形勢をなしけるに、朝霧深く立ち蔽ひ、寸尺の間も見え分かねば、城兵ことごとくこの手に集まり、味方を助け防ぎける。このとき淺野彌兵衞、堀尾茂助、追手の方に鬨の聲響きわたれば、時分はよしと、五百人を二手に分け、堀尾茂助二百五十人を引いて搦手より城中へ亂れ入るに、支ふる兵士一人もなく、たまたま出合ふものとては、老人婦女の類にて、物の用に立つ者なし。茂助が勢本丸に馳せ入り、國司父子の妻子、そのほか一族どもの女房をことごとく生捕りける。淺野彌兵衞は、堀尾が搦手へ亂れ入るを見ると等しく、かの繁りたる樹木へ一時に火をさしければ、折節朝嵐きびしく吹きて、黒煙城中に吹き下し、すさまじきこと云はん方なし。城兵これを見てあわて騒ぎ、本丸へ入らんとすれば、堀尾茂助本丸を堅め、鐵砲を雨のごとく打出せば、いとどさへうろたへ騒ぐ城兵、肝を散らし魂を失ひ、手の舞足の踏み所をわきまへず。木下藤吉郎 持口よりこの火の手を見て、「すは今こそ一息に乗り入れよ」と采配おつ取り下知すれば、二千餘人の軍卒、大きに鯨波を發し、旋風のごとく攻め上り、城戸を破つて亂れ入り、あわてふためく城兵を、切り伏せ薙ぎ伏せ追ひまくれば、主將大河内宮内少輔、森本飛騨守、這ふ這ふ道を求めて逃げ出でける。木下藤吉郎本丸に入りて生捕を算ふるに、老若婦人すべて三十七人、藤吉郎、淺野、堀尾に城を守らせ、自ら生捕を引き連れ、信長卿の本陣へこそ急ぎける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜 投稿38日目でUU日別274人達成!御礼投稿 1/3話 〜
ランキング露出が無いにもかかわらず、投稿初日は91人/日だった重要指標UUがなんと今週は274人/日の方にご覧頂けました(^^)(ブクマは低調なので皆様どうやって本作に辿り着いて頂いてるのか不思議ですw)心からの感謝を込めて少しですがまとめて投稿させて頂きます。是非お時間のある時にお楽しみ下さい。




