2-5 胸の日輪と、藤吉郎の覚醒
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
僕が京の都で「天下の理」とも言うべき内政システムを確立し、京の町衆たちがしばしの平和を謳歌していた頃。戦国の時計の針は、容赦なく次の凄惨な戦いへと進もうとしていた。
永禄12年(1569年)秋、8月20日。信長は、ついに伊勢国を完全に制圧すべく、大々的に軍を起こした。動員された兵力は、尾張と美濃の精鋭を合わせてなんと70,000騎。未来の日本最大競技場が満杯になるほどの人間が、一斉にただ殺戮のために移動を開始する。その圧倒的な大軍勢が、地響きを立てながら伊勢路を目指して進発した。
さて、ここで大きな問題が生じる。去年の上洛以来、僕は帝都の守護代として、この都に留まり、休む間もなく政務を回し続けてきた。京の治安維持から公家衆との折衝、商人たちとの経済対策まで、この僕の現代知識に基づく超効率的な実務能力がなければ、信長が構築した統治機構は破綻していただろう。
当然、僕は今回の伊勢侵攻は留守番だろうと高を括っていたのだが――信長が「今度の合戦、藤吉郎がいなければ勝利はおぼつかない」諸将の前でそう言い放ったというのだ。なんと、織田御長丸、佐久間信盛、村井民部、林佐渡守、島田所之助という、織田家を代表する錚々たる5人の重臣たちを、わざわざ岐阜から上洛させたのである。何のために? ――そう、僕というたった1人の「代わり」を務めさせるために。
「藤吉郎。貴様は俺に同行しろ。伊勢の城を落とすには、貴様のその小賢しい知恵と、泥臭い突破力が必要だ」
重臣5人を束ねてようやく僕1人分の仕事量だと、信長が暗に認めてくれたわけだ。たとえそれが、いかに苛烈な奉公の道であろうとも、これほどまでに己の働きを買われて、胸の奥が昂らぬはずもない。僕は信長に召し連れられ、埃舞う戦場へと再び舞い戻ることになった。
その日のうちに桑名に着いた僕たちは、大軍の配置を整えた。そして8月26日、伊勢を平定するうえで最初の難関となる阿坂城へ攻め寄せた。70,000もの大軍がいっせいに鬨の声を上げる。その声は天地を揺らすほどの勢いで、阿坂城をぐるりと取り囲んだ。
この阿坂城を守っていた大将は、大宮入道含忍斎という老将だった。伊勢北部で一番の勇将として知られる歴戦の猛者だ。彼は、嫡子である大之丞景連と、次男の九兵衛為之らを筆頭に、わずか1,000人の兵とともに城へ籠城していた。たった1,000人で70,000の織田軍を防ぐため、彼らは城壁に無数の矢や石を備え、必死の覚悟で待ち構えていた。
「猿、お前が先陣を切れ」
「ははっ!」
信長の先陣を任された僕は、兜を深く被った直兜の精鋭部隊、800人を率いて最前線へと出た。
「かかれぇっ!」
号令とともに、僕らはどっと喚き声を上げて堀際へと押し寄せ、我武者羅に城壁を目指して攻め上った。――だが、ここで思わぬ大誤算が生じた。敵の副将である嫡子・大之丞が、近代無双の精兵――つまり、この戦国時代において規格外の腕を持つ「超一流のスナイパー」だった。
「撃て! 織田の犬どもを1人も近づけるな!」
大之丞は、惣門にそびえる堅固な櫓に陣取っていた。そこから、押し寄せる僕の部隊めがけて、間を置かず強弓を射かけてくる。ヒュンッ、と風を裂く音が響くたび、味方の足軽が1人、また1人と倒れていった。ある者は顔面を射抜かれ、ある者は首筋を貫かれ、声を上げる暇もなく地に伏していく。しかも恐るべきことに、大之丞の放つ矢には、無駄に外れる徒矢が一本としてなかった。百発百中。まさに、死神の狙撃である。
さすがに勇み立っていた僕の部隊も、どこから狙われているのか分からない恐怖に足を止められた。死傷者はみるみる増え、その数を正確に把握することさえ難しい。前線は、いまにも崩れかけていた。たった1人。大之丞、ただ1人の放つ凄まじい矢の前に、歴戦の織田兵たちが完全に呑まれている。誰もが身をすくませ、一歩を踏み出せずにいた。
(……マジかよ。あの狙撃手、チートすぎるだろ)
後方で馬にまたがる僕の背中にも、嫌な汗が流れていた。ここで攻めあぐねて退くようなことになれば、信長からどんな罵声を浴びせられるか分かったものではない。
「重臣5人も代役に立て、わざわざ貴様を呼び寄せてやったというのに、このザマか」
そんな声が今にも耳元で聞こえてきそうだった。いや、罵倒だけで済めばまだいい。ここで引けば、終わる。織田家中での僕の立場も、信長からの信頼も、これまで命を張って積み上げてきたものすべてが、水泡に帰すだろう。とはいえ、転生する前の「痛いのは嫌だ」などという平和ボケした感覚は、とうの昔に捨てたつもりだ。
ならば、やるしかない。僕は腹の底から湧き上がる怒りを押し出すように、鐙を強く踏みしめた。そして馬上で身を乗り出し、喉が裂けんばかりの声で戦場へ叫ぶ。
「おい、お前ら! 弓を射る敵は、あの伝説の源為朝か!? それとも平教経か!?」
源為朝。平教経。いずれも日本史に名を轟かせた、伝説級の弓の名手である。僕はその名をわざと持ち出し、恐怖に固まった味方を叱咤した。
「源為朝でもない、平教経のものでもない、ただの矢先に恐れをなし、見苦しくも攻め口から退くなど、織田の武士として恥を知れ! かかれ! かかれ! 進め、進めぇッ!」
叫ぶと同時に、僕は軍扇をバサリと開いた。そして、ためらう味方を招くように、激しく前へ振る。その場で命じるだけでは、兵は動かない。恐怖に呑まれた兵を前へ進ませるには、誰かが最初に死地へ飛び込まなければならない。ならば、その役目は僕しかない。僕は手綱を握りしめ、腹をくくった。
「続けぇッ!」
次の瞬間、総大将である僕自身が、真っ先に馬を駆けさせた。矢の雨が降り注ぐ死地の最前線へ。大之丞の狙う、あの惣門の真下へ向かって。大将である僕自身が命を投げ出すように前へ出た以上、部下たちも黙って見ているわけにはいかなかった。木下隊の士卒たちは、僕の狂気の号令に、むしろ勇気を奮い起こされたらしい。「えい、えいっ!」獣のような鬨の声を張り上げながら、彼らは再び、死の矢が降り注ぐ坂道を攻め上り始めた。怒涛の人海戦術。
それまで鉄壁のように見えた城方の守りも、さすがに揺らぎ始める。押し寄せる兵の波を前に、いよいよ持ちこたえるのが難しくなってきた。
「……あの先頭の小柄な将。木下藤吉郎か。小賢しい真似を!」
櫓の上から戦況を見下ろしていた大之丞は、一直線に迫ってくる僕の姿を忌々しげに睨みつけた。その目は、獲物を見定めた鷹のように鋭かった。次の瞬間、彼の意識が完全に僕へと向けられる。狙いは、僕。大之丞の手には、鎧さえも一撃で貫くという巨大な尖り矢が握られていた。ギリ、ギリ、ギリ……。弓が限界まで引き絞られていく。狙いは、僕の胸板のど真ん中。逃げ場はない。そして、非情な必殺の矢が放たれた。
その瞬間、時間が引き延ばされたように感じた。スローモーションのように、死の矢が迫ってくる。
――終わった。そう思った瞬間だった。胸の奥に宿り続けていた、あの温かい『日輪の熱』が、ドクンと強く脈打った気がした。
パァンッ!!
空気を弾く奇妙な音が響いた。なんと大之丞が矢を放つ直前、極限の張力に耐えきれず、彼の弓弦がふっつりと突然切れたのである。奇跡としか言いようのないバグ。そのせいで矢の狙いがわずかに下へと逸れ、僕の胸を貫くはずだった致命の一撃は、胸板ではなく、僕の太ももへと深々と突き刺さった。
「ぐおぉっ……!?」
肉を抉り、骨を削るような凄まじい激痛が脳を貫いた。でも、僕の心は不思議と冷たく、そして同時に煮えたぎっていた。転生者の生存本能と、日輪に選ばれたという謎の自負心が、痛覚を麻痺させるアドレナリンに変わっていた。
「……こんなもので、俺の歩みを止められると思うなよッ!」
僕は流れる血にも構わず、太ももに深々と刺さった矢を素手で掴んだ。そして、歯を食いしばる。「ぬぅ……っ!」力任せに、一気に引き抜いた。血しぶきが宙に舞う。抜き取った矢を地面へ叩き捨てると、僕は痛みを怒りへと変え、さらに前を睨み据えた。その姿は、まるで中国の古の豪傑――項羽や樊噲が乗り移ったかのようだった。恐怖よりも、痛みよりも、怒りが勝っていた。僕はそのまま馬から飛び降りる。そして、誰よりも先に惣門へと殺到した。
「押し破れぇッ!」
僕の叫びに応じ、味方の兵たちが一斉に城戸へ取りつく。体当たりする者。槍の柄で打ち据える者。楯を押しつけ、力任せに押し込む者。幾重にも重なった木戸が、ミシミシと悲鳴を上げた。やがて――。バキィッ!!城戸は、ついに破れた。
「突っ込めぇッ!」
僕たちはその勢いのまま、城内へとなだれ込む。死の矢が降る坂を越え、惣門を破り、ついに阿坂城の懐へ食らいついたのである。
「門が破られたぞォッ!」
「ひぃぃっ、化け物だ!」
僕の決死の突破をきっかけに、城兵たちは大きく乱れた。それまで踏みとどまっていた守りの線が、一気に崩れ始める。城内へなだれ込んだ織田の兵たちは勢いに乗り、逃げ惑う敵兵を次々と討ち取っていった。討たれた者たちは、まるで刈り倒された麻のように、幾重にも折り重なっていく。防衛線を破られた敵は、もはや踏みとどまることができなかった。彼らはたまらず本丸へと引き下がり、二の城戸を固めて、どうにか最後の防戦を試みるのが精一杯だった。
後方からその様子を見ていた信長は、僕がこじ開けた決定的な隙を見逃さなかった。すぐさま明智光秀、坂井右近、森可成らに命を下し、四方から一斉に城を取り囲ませる。そして、逃げ場を奪ったうえで、怒涛の勢いで攻め立てさせたのである。これによって、城中は絶望的な窮地に追い込まれた。
もはや落城は時間の問題。大将である含忍斎は、ついに一族の者たちを集め、重い口を開いた。
「……もはや、この城が持ちこたえられぬことは明らかだ」
含忍斎の声は低く、しかし不思議なほど落ち着いていた。
「だが、これは初めより死を覚悟した合戦。いたずらに士卒の命を散らすばかりでは、あまりにむなしい」
居並ぶ一族の者たちが、息を呑んでその言葉を待つ。含忍斎は、静かに周囲を見回した。
「ならば、一計を案じようではないか」
含忍斎の目は、狂気を帯びて濁っていた。
「偽って信長に降るのだ」
低く押し殺した声で、含忍斎は言った。
「そして対面を許されたその瞬間、一斉に飛びかかる。刺し違えてでも、あの魔王を冥途の道連れにしてくれよう。それこそ武士の本懐。これ以上の誉れが、ほかにあろうか。――お前たち、どう思う」
それは、敗北を悟った者たちによる自爆同然の策だった。だが、追い詰められた一族に、もはや冷静な判断力は残っていなかった。誰一人として異を唱えず、皆がその狂気の計略に同意する。やがて次男の九兵衛が櫓へ上がり、城外へ向けて声を張り上げた。
「降参いたす! どうか、命ばかりはお助けくだされ!」
しかし、相手はただの武将ではない。僕らの陣営の頂点に立つのは、あの織田信長である。信長は冷えきった目で櫓を見上げると、吐き捨てるように言った。
「かつて山路弾正が偽って降ったように、これも同じ偽りであろう。あのような見え透いた猿芝居に、この俺が騙されると思うか」
その声音には、迷いの欠片もなかった。
「ただ一揉みに攻め潰せ」
総軍勢へ向けて、皆殺しの下知が飛ぼうとした。だが、その寸前で、古参の老臣たちが慌てて信長を押しとどめた。
「お館様、お待ちください!」
老臣の一人が、必死の面持ちで進み出る。
「城将はすでに力尽き、降伏を願い出ております。ここで君主たるお方がそれをお許しにならねば、伊勢一国に残る他の城々は、皆こう考えましょう。――降伏しても殺される、と」
別の老臣も、深く頭を下げて言葉を継いだ。
「そうなれば、彼らは死に物狂いで徹底抗戦に及ぶはず。伊勢征伐は、いよいよ困難なものとなりましょう。ここは武断を抑え、仁慈の心をもって寛大にお許しになるべきかと存じます」
老臣たちの意見は、政治的な大局から見れば、きわめて正しい。感情のままに皆殺しにすれば、その場の脅威は消える。だが同時に、以後の城々に「織田には降るだけ無駄だ」という覚悟を与えてしまう。
そうなれば、戦は長引く。犠牲も増える。伊勢平定そのものが、面倒な泥沼に変わる可能性すらあった。信長も、その理屈に一理あると見たのだろう。一度は、大宮一族の降伏を許す方向へと心を傾けかけた。
――甘い。甘すぎる。
僕は、未来社会で身につけた合理的な思考と、戦国を生き抜くうちに染みついた冷酷な勘を、頭の中で一気に回転させた。あれは、本気の降伏ではない。あの櫓の上から響いた声。そして、含忍斎たちの目に宿っていた淀んだ光。あれを見れば、彼らが降伏の後に何を企んでいるかなど、考えるまでもなかった。
僕は血の滴る太ももを引きずりながら、信長のそばへ歩み寄った。そして、周囲の誰にも聞こえぬほど低い声で、そっと耳打ちする。
「……信長様。ご賢察の通り、大宮父子の降参が真であるはずはございません。奴らは必ず、信長様を狙って捨て身の謀を仕掛けてまいります」
信長は、わずかに目だけを動かして僕を見た。
「ならば、どうする、猿。ここで皆殺しにすれば、老臣どもの言う通り、後の戦に差し障るぞ」
「簡単なことでございます」
僕は、さらに声を落とした。
「信長様もまた、偽って降伏をお許しになればよろしいのです」
信長の目が、細くなる。
「続けろ」
「大宮父子には、大和国に新たな所領を与えると仰せください。十分な恩賞を約束し、命を助けるどころか厚く遇するのだと、甘い夢を見せるのです」
僕はそこで一度、血に濡れた太ももへ視線を落とした。痛みはある。だが、今はそれどころではない。
「ただし、対面はなさいませぬよう。すぐさま大和へ赴くよう命じ、城から送り出してください。そして――」
僕は唇を薄く開いた。
「道中、守りが手薄になったところで、誅殺なさればよろしい」
それは、極めて冷酷で、一切の無駄がない策だった。降伏は許す。仁慈も示す。他の城々には、織田に降れば命は助かると思わせる。だが、信長を害そうとした者だけは、生かしてはおかない。表と裏。慈悲と粛清。その両方を、同時に成り立たせる策である。僕の提案を聞いた信長は、しばし黙っていた。そして、やがて口角をわずかに吊り上げる。底冷えのするような笑みだった。
「ふん……」
信長様は小さく息を吐いた。
「俺も、まったく同じことを考えていたところだ」
その一言で、すべては決まった。信長は、すぐさま大宮父子をはじめとする一族十余人に対し、対面を一切許さなかった。
「すぐに所領となる大和へ赴け」
そう命じると、護衛の武士たちに彼らを急き立てさせ、半ば追い出すように城から送り出したのである。信長への捨て身の暗殺計画は、完全に空振りに終わった。あてが外れた含忍斎たちは、もはやどうすることもできず、すごすごと大和へ向かうしかなかった。
だが、その道中。人気のない山道には、すでに僕らが密かに伏せておいた数十人の屈強な力士たちが待ち受けていた。それは、護送のための人員などではない。大宮一族の命脈を絶つために用意された、暗殺部隊だった。山道に差しかかった瞬間、彼らは一斉に襲いかかる。
大宮の一族は突然の襲撃にまともな抵抗もできず、次々と地面へ組み伏せられた。腕をねじ上げられ、縄で縛り上げられ、声を上げる暇さえ与えられない。そして、その場で密かに首を刎ねられた。誰にも知られることなく。誰に弁明する機会も与えられぬまま。大宮一族は、ここにことごとく命脈を断たれたのである。
こうして、伊勢平定における最大の難所の一つ、阿坂城の戦いは幕を閉じた。僕の命を賭した正面突破。そして、血も涙もない冷酷な知略。その二つによって、戦は鮮やかに決着したのである。
戦後処理が一段落した陣幕の中で、信長は僕の顔を見るなり、今回の城攻めにおける僕の働きを大いに称賛した。
「皆の者、よく聞け」
信長の声が、陣中に響く。
「藤吉郎が阿坂の堅固な惣門を真っ先に打ち破ったあの勇壮さは、いにしえの剛勇、朝比奈三郎義秀が鎌倉御所の南門を打ち破ったという伝説にも、決して劣るまい!」
天下の魔王から贈られた、最大級の賛辞だった。周囲の武将たちから、いっせいに視線が向けられる。そこにあるのは、もはや単なる嫉妬ではなかった。驚き。警戒。そして、どこか畏れにも似た感情。木下藤吉郎という名が、彼らの中でまた一つ、別の重みを持ち始めたのが分かった。
「ありがたき幸せに存じます……!」
僕は深く平伏しながら、太ももに走る痛みをそっと噛み殺した。未来では、どこにでもいるしがない一般人だった僕。そんな僕が、今や伝説の武将と肩を並べる存在として語られている。それは、誇らしいことのはずだった。
けれど同時に、胸の奥にひやりとしたものが走る。戦乱の世の狂気にあてられ、僕はいつの間にか変わってしまった。人を騙すことにも。罠にかけることにも。命を刈り取ることにさえ、ほとんど躊躇いを覚えなくなっている。そんな自分に、ふと恐ろしさを感じる瞬間がないわけではない。
でも――。
それでも、僕の胸の中には、今も確かな太陽の熱が燃え続けている。この乱世を最短の道筋で終わらせる。誰もが、夜に怯えず眠れる太平の世を創り上げる。そのためには、僕自身が誰よりも理不尽な存在にならなければならない。この時代にとっての異物。歴史を狂わせるバグ。その役目を引き受け、泥をかぶり続けるしかない。
太ももの傷が、ずきりと疼いた。痛みは、僕がこの時代を生きている証だった。日輪の子、木下藤吉郎。僕の歩む覇道は、血と知略で塗り固められながら、いよいよ天下の中心へ向かって、まっすぐに伸びていくのである。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
藤吉郎勇戰阿坂城惣門を破る
永祿十二年秋八月二十日、信長卿勢州を征伐せんと、大に軍を發し、尾濃の勢七萬餘騎、伊勢路をさして進發す。木下藤吉郎は、去年より帝都の守護代として、都に留まり居たりしが、信長卿、「今度の合戰、木下にあらずんば勝利おぼつかなし」とて、織田御長丸、佐久間信盛、村井民部、林佐渡守、島田所之助ら五人を上洛させ、藤吉郎に代はらしめ、召し連れて出陣し給ふ。その日は桑名に著し給ひ、同二十六日阿坂の城へ押寄せ、鬨を作つて攻め給ふ。
この城を守る大將は、勢北第一の勇將大宮入道含忍齋、嫡子大之丞景連、次男九兵衞爲之ら、わづかに一千餘人籠城し、織田の大軍を防がんと、矢石を備へて待ち居たり。信長の先陣木下藤吉郎、直兜の勢八百餘人、どつと喚いて堀際へ押し寄せ、無二無三に攻め上る。城將大宮大之丞は近代無雙の精兵にて、惣門の櫓に上り、近寄る敵をさし詰め引き詰め矢つぎ早に射たりけるに、さらに徒矢はなかりけり。さしも勇みに勇んだ木下が勢、死傷の者數を知らず。大之丞一人が矢先に射白まされ進みかねて見えたりける。藤吉郎これを見て大に怒り、鐙踏ん張り大音にて、「弓射る敵は教經なるか、爲朝なるか。ただ一人の矢先に恐れ、見苦しくも攻口を退くことのあるべきや。かかれや、かかれや、進め、進め」と扇を開き味方を招き、眞先に馬を駈け出せば、木下が士卒この下知に勇氣をまし、ゑいゑい聲にて攻め上れば、今はこの城堪へがたくぞ見えにける。大將大之丞安からず思ひ、大の尖り矢きりきりと引き絞り、木下が胸板を的に切つて放つに、藤吉郎が運や強かりけん、弓弦ふつつと切れて狙ひ下り、藤吉が高股に中る。藤吉郎ことともせず、その矢を取つてかなぐり捨て、項羽、樊噲が勇を露はし、難なく城戸を打ち破り、一同に亂入す。城兵さんざんに亂れ騒ぎ、討たるる者麻のごとし。本丸へ引籠り、二の城戸を固めて防ぎ戰ふ。信長これを見て明智光秀、坂井右近、森可成らに命じ、急に四方より攻め討たしむ。これによつて城中大きに苦しみ、大將含忍齋一族を集め計議しけるは、「もはやこの城堪へつべうも覺え侍らず。所詮死を究めし合戰、いたづらに士卒の手に命を落さんより、僞つて信長に降參し、對面のとき飛びかかつて刺し違へ、冥途の供に召し連れなば、いかばかり嬉しからん。汝らいかに所存ありや」と尋ねければ、みな一同はこの計をよしとし、九兵衞爲之矢倉に上り、降參のよし呼ばりけるに、信長、「先に山路彈正が僞つて降參せしごとく、これもまた僞なるべし。ただ一揉に攻め潰せ」と、惣軍勢に下知し給ふを、諸老臣みな諫めて曰く、「城將力盡きて降を乞ふ。君これを宥し給はずんば、勢州一國の城はみな降參する者なく、必死となりて戰ふべし。然るときは容易に征伐なしがたからん。ただ仁慈を以て謝宥あるべし」と申しければ、信長卿もこれに同じ、大宮が降參を寛し給ふ。ときに藤吉郎、信長卿にささやきて申しけるは、「君ご賢察のごとく、大宮父子の降參眞實にてはあるべからず。君も僞つて降を宥し、大和の國にて所領を與へ、すぐにかの國へ送り遣はし、道にて誅戮し給ふべし」と申しければ、信長卿、「我もさこそ思ふなり」とて、大宮父子一族十餘人、信長卿の對面なく、「すぐに大和へ赴くべし」と、送りの武士これを催促す。大宮入道案に相違し、すごすご大和へ赴きける道にて、力士數十人大宮を待ち受け、ことごとく搦め捕り、密に首を刎ねにける。信長卿、今度の城攻め、木下が武勇衆に越えしを大に感じ給ひ、「秀吉が阿坂の惣門を打ち破りし勇壯は、往古朝比奈三郎義秀が、鎌倉御所の南門を破りしにも劣るまじ」とて、深く稱美し給ひける。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN
絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
阿坂城は、伊勢国一志郡阿坂(現在の三重県松阪市大阿坂町)にあった日本の城。白米城・椎之木城とも称する。1982年(昭和57年)に阿坂城跡附高城跡枳城跡の名称で国の史跡に指定されている。出典:wikipedia
「南郭からは視界をさまたげるものがない絶景を楽しめます」「白米城主郭からの360°の大パノラマが一番のオススメ」「山頂にある城跡からは伊勢湾まで見通せます」
「白米城からの眺望が素晴らしかったです」⋯
行かれた方のコメントどおり、確かにものすごい絶景ですね。写真を見ただけですがw




