2-4 豊臣オールスターズ、ここに爆誕
『太閤記』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。
『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia
――さて。虎之助と助作の、あまりにも重すぎる忠誠心をなんとか未来知識で丸め込んだ僕だったが、墨俣の城内は相変わらず人材不足という名のデスマーチが続いていた。
織田信長という、戦国界の風雲児の下で生き残るには、どれだけ手駒があっても足りない。特に、これから始まる本格的な美濃攻略、そしてその先の全国展開を見据えれば、敵の前線を力づくでこじ開ける圧倒的な『物理破壊力』が喉から手が出るほど欲しかった。
「虎之助は育ちつつあるが、あいつはどちらかといえば万能型の槍将だ。もっとこう、理不尽なまでの暴力で戦場をかき回すような、規格外が欲しい……」
執務室で一人ごちた時、僕の脳裏に「ある少年」の顔がふと浮かんだ。実は、僕には足軽時代から、ずっと目を付けておいた『隠し玉』がいた。それは、僕がまだ織田家の下っ端足軽として、尾張の泥濘のような農村を駆け回っていた頃の話に遡る。
ある日、陣笠を被って村里を歩いていた時のこと。ひどく貧しげな桶屋の敷地を通りかかった僕は、自分の目が狂ったのか、あるいはこの世界の物理演算がバグを起こしたのかと、本気で頭を疑う光景を目撃した。
そこには、まだ言葉もおぼつかない、数えで2歳(実質、1歳半を過ぎ)の幼児がいた。その幼児の小さな腰には、不釣り合いなほど太い藁縄が巻き付けられており、その縄の先には――なんと、大人が二人掛かりでようやく運ぶような、巨大で重っ苦しい『石臼』ががっちりとくくり付けられていた。
普通、そんなものを括り付けられた赤ん坊は、重さに潰されて泣き叫ぶか、身動き一つ取れずに転がっているはずだ。親が目を離した隙の事故か? 助けなければ! と駆け寄ろうとした僕の足は、次の瞬間にピタリと止まった。
「ばぶーっ、だぁーっ!」
とか何とか、腹の底から響くような野太い声を上げながら、その幼児は超重量の石臼をガラガラと凄まじい音を立てて引きずり、何事もないかのように庭中をハイハイで這い回っていた。引きずられた地面には、くっきりと深い轍が刻まれている。
(おい、なんだあの筋力は!?)
未来の記憶を持つ僕は、脳内で激しいツッコミを入れた。と同時に、前世の歴史知識のデータベースが、瞬時にその少年の正体を弾き出した。
少年の名は、市松。のちに豊臣政権の武闘派筆頭として、その名を天下に轟かせることになる猛将――福島正則その人だ。
「これは絶対に、他所に渡してなるものか……!」
僕はその場で確信した。将来の狂戦士を、無課金で手に入れる千載一遇のチャンスだ。僕はそれからというもの、自分の乏しい食い扶持を削って、折に触れてはその桶屋の主人・新左衛門の家へと通い詰めた。
市松が喜びそうな美味い食べ物(時には、幼児には早すぎる川魚や、大食らいの彼を満たす米俵)や、おもちゃ代わりに木刀などを、これでもかと心を込めて贈り続けたのだ。
「藤吉郎様、いつも市松をいたわってくださり、本当にありがとうございます。ただの足軽のお方とは思えぬほどの太っ腹……!」
新左衛門夫婦は、僕のこの異常なまでの熱意にすっかり感激し、僕をまるで本物の主君か、あるいは恩人のように厚く敬い、もてなしてくれるようになった。こうして、僕と未来の猛将との間に、誰よりも強固な『先行投資という名の縁』が結ばれた。
それから数年が経ち、市松はすくすくと、いや、恐ろしいほどの速度で「規格外」に成長していった。骨は太く、長高く、同年代の子供たちよりも二回りもデカい。その上、飯を大人の3倍は平らげる大食漢で、あろうことか7歳にして大人が飲むような濁り酒を「ぷはーっ、美味い!」と喉を鳴らして好むという、完全に中身が世紀末の荒童子へと仕上がっていた。
近隣の男女は、彼のあまりの大胆不敵さと人間離れした怪力に本気で怯え、口々にこう囁き合っていたという。
「新左衛門のところの市松は、人間じゃねえ。あれは世に言う『鬼子』だ……。いつか人を殺すぞ」
そして市松が7歳になった年の春、案の定、その懸念は最悪の形で的中することになる。いわゆる『市松の暴走撲殺未遂事件』である。
事の始まりは、よくある子供同士のくだらない諍いだった。近所に住む、市松よりも4〜5歳は年上のガキ(もうすぐ元服を迎えるような、11、12歳の少年)が、市松の大食らいや桶屋の貧しさをからかったらしい。普通の子供なら言い返すか、泣いて終わる。だが、市松の怒りの沸点は異常に低く、かつその破壊力は戦車並みだった。
「お前、今なんつった……? ブチ殺すぞ」
市松は低い声で唸るや否や、自分より遥かに体格が上のはずの年上の少年を、片手で襟首を掴んで軽々と持ち上げ、そのまま大地へと叩きつけた。ドゴォッ、と鈍い音がして、地面の土が飛び散る。少年はそれだけで意識が飛びかけ、頭からおびただしく血を流して喚き叫んだ。しかし、市松の暴走は止まらない。馬乗りになると、その太い足を相手の胸に踏み付け、まだ小さな、しかし既に鋼鉄のように硬い拳を、少年の顔面に全力で叩き込み始めた。
「ブチ殺してやる! 息の根を止めてやる!!」
7歳児の口から出ていいセリフではない。本気の殺意だった。少年の顔はまたたく間に腫れ上がり、血の海と化した。異変を察知した両親の新左衛門夫婦が、文字通り死に物狂いで駆けつけ、大人がかりで市松を引き剥がさなければ、その少年は間違いなくその場で文字通りの「ひき肉」になっていただろう。
「お前という奴は! いい加減にしろッ!」
新左衛門夫婦は慌てふためき、暴れる市松を無理やり引き連れて家へと帰り、物置に閉じ込めて涙ながらに激しい折檻を行った。だが、問題はそこでは終わらない。ボコボコにされた相手の親は大激怒し、一族を引き連れて新左衛門の家に怒鳴り込んできた。
「我が子が殺されかけたんだぞ! あんな鬼子、このまま済ますわけにはいかん! 役人へ即刻訴え出て、きっちり糺明してもらう! あいつは死罪か、良くて流罪だ! 親のお前たちもただでは済まんぞ!」
新左衛門夫婦は、「役人」という言葉を聞いて顔を真っ青にして床に何度も頭を擦り付けた。言葉の限りを尽くし、涙を流して詫びを入れたが、相手の怒りは収まらない。騒ぎを聞きつけた近隣の隣家の人々が集まり、「まあまあ、子供のすることだから……」「新左衛門さんもこれほど詫びているし、役人に知られれば村全体の恥にもなる。どうか穏便に済ませてくだされ」と、ともどもにとりなしたことで、辛うじてその場は金銭による示談で事なきを得た。
だが、新左衛門夫婦は、市松のあまりにも不敵な振る舞いに、完全に子育ての限界を感じていた。
「新左衛門さん……この子の生い立ち、とても桶屋などを生業とする者には育ちませんよ。この溢れる暴力と怪力、このままここに置いておけば、いつか本当に人を殺して、我が家どころか村ごと破滅します」
妻の言葉に、新左衛門も深く頷いた。
「ああ。だが、もしこの力を、正しい場所――武家に仕えて使うことができれば、この尋常ならざる膽力と怪力は、かえって高い名誉と高名をなすやもしれん」
夫婦の相談は定まった。預ける先は、ただ一人しかいない。年ごろ市松を我が子のように愛し、折に触れて訪ねてきてくれた、あの木下藤吉郎様だ。彼らは、僕が再び村を訪れるのを、今か今かと首を長くして待つことにしたのだった。
しかし、当時の僕はといえば、人生最大の転換期を迎えていた。信長からの無茶振りによって、敵地である美濃の最前線に墨俣城を爆速で築き上げ、その城主として、毎日が繁忙期を遥かに超える超激務に追われていた。
「美濃の斎藤軍が夜襲を仕掛けてきたぞー!」
「建築資材の丸太が足りん!」
「虎之助と助作が身内の口封じで暗殺沙汰を起こしやがった!」
と、毎日がトラブルであり、全く暇がなく、のんびりと尾張の桶屋へ行って市松の顔を見る余裕など、一分一秒たりとも存在しなかった。待てど暮らせど藤吉郎が来ない。しびれを切らした新左衛門夫婦は、ついに一念発起した。
「待っていても来ないなら、こちらから行くしかない!」
なんと父親の新左衛門は、まだ7歳の市松の手を強く引き、戦火の絶えない最も危険な最前線、墨俣の城へと直接赴くという強行軍に出た。そしてある日の朝、墨俣城の城門前で、にわかに大きな騒ぎが巻き起こった。
「うわああああっ!? なんだこのガキは!?」
「どけ! 藤吉郎の叔父貴に会わせろ! 会わせないと、全員ぶっ飛ばすぞ!」
城門を守っていた頑強な足軽たちが、一人の7歳の少年に次々と投げ飛ばされ、地面を転がっていた。少年――市松は、門番の槍の柄を素手で掴んでへし折り、大暴れしている。その後ろで、父親の新左衛門が「これ、市松、暴れるんじゃない! す、すみません、門番の皆様、申し訳ございませぬ!」と、ブルブル震えながらペコペコと頭を下げていた。
騒ぎを聞きつけた僕が城門へと駆けつけると、そこには門番3人をお手玉のように転がし、鼻を鳴らしている市松の姿があった。その骨太な体躯と、ギラギラとした野生動物のような眼光は、数年前の比ではない。
僕は内心で狂喜乱舞しながらも、周囲の目を気にして、サッと威厳のある主君の顔を作った。
「おい、市松、城門で何をしてるんだ。新左衛門も、よくぞここまで無事で来たね。ひとまず、中へ入れ」
執務室へと2人を通し、人払いをすると、新左衛門は僕の前にどっと平伏し、涙ながらにこれまでの次第を語り始めた。7歳にして起こした喧嘩の件、役人に訴えられかけた恐怖、そして、この子の規格外の暴力を桶屋では制御しきれないという絶望。
「藤吉郎様、かねがね市松の勇気を愛してくださったあなた様だけが、我が家の頼みの綱にございます。勝手なお願いとは重々承知しておりますが、どうかこの市松を、お側近くの城中にとどめ置き、武家の奉公人として召し抱えてはくださいませぬか! このままでは、この子は本当に本物の『鬼』になってしまいます。武士として、人のためにその怪力を使えるよう、厳しく鍛え直していただきたいのです!」
新左衛門は畳に額をこすりつけ、必死に懇願した。
僕は、顎を撫でながらフム、と思わせぶりに唸ってみせた。だが、その内面はガッツポーズの嵐だった。
(待ってました! 福島正則がタダで、向こうから仕官を求めてやってきた! これで僕の陣営の戦闘力が一気に跳ね上がる!)
しかし、ここでも未来知識が必要だ。簡単に引き受けすぎては、ありがたみが薄れるというもの。
「……新左衛門。貴方たちの覚悟、確かに伝わった。市松のその怪力、確かに普通じゃない。一歩間違えれば天下の悪党、だが正しく導けば、天下無双の猛将となる器だ。よし、この市松、僕が責任を持って預かり、一端の武士に育て上げてみせよう」
「おぉ……! ありがたき幸せ、本当に、本当にありがとうございます!」
新左衛門は感極まって涙を流し、何度も僕に感謝の言葉を述べた。市松はといえば、僕の顔をじっと見つめ、「おじき……いや、藤吉郎様。俺、強くなれるか?」と、少年の純粋な瞳で問いかけてきた。僕はその大きな頭を乱暴に撫で回し、「お前は俺の『最強の矛』になるんだよ」と笑って答えた。こうして、市松は墨俣の城中にとどまることとなった。
さて、城に居着いた7歳の暴走重戦車・市松。問題は、この野生の塊のような少年をどう教育するかだ。僕には現代の歴史知識や戦術の概念はあっても、実戦の高度な剣術や、戦国時代の複雑な兵学を体系的に教えるほどの技術はない。何より、僕も城主としての実務で忙殺されている。
そこで、僕は我が陣営の「最高峰の教育者」であり、天才軍師である竹中半兵衛を呼び出すことにした。
「お師匠、ちょっとまた頼みたいことがあるんだ」
「はあ、藤吉郎殿。今度は何ですか? また虎之助が何かを斬ったのですか? あるいは助作が予算のことで泣きついてきたのですか?」
半兵衛は最近、虎之助の暗殺事件の処理や、助作との調整でかなり胃を痛めており、その白い美貌に心なしか疲れが見えていた。目の下にうっすらとクマがある気がする。すまない半兵衛、ブラック職場で本当にすまない。
「そうじゃない。新しい仲間を入れたんだよ。名前は市松。彼を、虎之助や助作と一緒に、お師匠の弟子にしてやってほしいんだ。剣術と兵学の基礎を、叩き込んでやって欲しい」
「新しい弟子、ですか……?」
半兵衛が不思議そうに首を傾げたその時、部屋の襖をガラリと開けて、市松が入ってきた。7歳とは思えない太い体躯、鋭い眼光、そして部屋に入った瞬間に漂う、圧倒的な『野生の猛獣』のプレッシャー。半兵衛は市松を一瞥するなり、そっと自分の胃のあたりを押さえ、遠い目をした。
「……藤吉郎殿。私に対する嫌がらせですか? 虎之助だけでも手一杯の猛獣だというのに、さらに輪をかけて凶暴そうな、檻から出たばかりの肉食獣を連れてくるとは。私の命が美濃攻略の前に尽きてしまいます」
「頼むよお師匠様! この子は将来、僕たちの陣営の絶対的な主力になる逸材なんだ。お師匠の知恵で、この荒駒に手綱を付けてやってくれ!」
半兵衛は深いため息をつき、「はぁ……分かりました。藤吉郎殿の頼みとあれば、私の命があるうちに、なんとかこの猛獣を『武士』に躾けてみせましょう」と、不承不承ながらも引き受けてくれた。こうして、市松の半兵衛塾への入門が決まった。だが、ここからの市松の成長スピードは、まさに「規格外」の一言、僕の想像を遥かに超えるものだった。
市松は一見、ただの頭の固い脳筋に見えたが、実はとんでもない才能を隠し持っていた。それは、理屈を飛び越えた『戦場における本質的な勝利への嗅覚』――いわゆる、天才的な野生の勘だった。半兵衛が、中国の大陸から伝わる複雑な陣形や、兵站のロジック、敵を包囲する戦術を竹簡や木札を使って教えると、普通の子供は頭を抱える。だが、市松は違った。彼はそのギラギラした眼で盤面をじっと見つめると、ガハハと豪快に笑ってこう言った。
「なるほど、先生! 要するに、敵がたくさんいるように見えても、一番弱くて脆いところに、俺がこの手持ちの全兵力と、俺自身の力を一番デカい一撃としてブチ込めば、敵の陣形なんて全部ひっくり返って崩壊するんだろ!?」
その言葉を聞いた瞬間、半兵衛は目を見開いた。市松の言っていることは極めて乱暴だが、戦術の本質である『兵力の集中と敵の弱点への打撃』を、完璧に見抜いていた。言葉や形式に囚われず、戦いの本質を直感的に理解する才能。
「……まさか、これほどまでの『出藍の才』があるとは。単なる脳筋の野蛮人かと思えば、戦の本質を生まれながらに知っている。教え甲斐があるというより、恐ろしい子供です、市松は」
半兵衛は驚嘆し、それからは市松の特性に合わせた「超攻撃型・突撃戦術」の極意を、惜しみなく叩き込んでいくようになった。
市松が加わったことで、墨俣の城内は、にわかにとんでもない熱気に包まれることとなった。16歳になり、いよいよ武士としての貫禄が出てきた加藤虎之助と、7歳にして大人の足軽を凌駕する体躯を持つ福島市松。この2匹の若き猛獣による、凄まじいまでの切磋琢磨が始まったのだ。城の中庭からは、毎日、夜明けから日暮れまで、木刀が激しくぶつかり合う凄まじい衝撃音が響き渡っていた。
「市松! お前の踏み込みは甘い! 力だけに頼るな、それでは俺の槍は防げんぞ!」
「うるせえ、虎の兄貴! 理屈なんて関係ねえ、上から叩き潰せば俺の勝ちだろ! うおおおおおっ!!」
2人が木刀を全力で振り下ろすたびに、中庭の地面の土が削れ、凄まじい風圧が巻き起こる。7歳の市松は、流石に体格と経験で勝る16歳の虎之助に何度も泥まみれにされて転がされていたが、何度倒されても、ゾンビのようにケロリと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて再び突撃していく。
「へへっ、楽しいなぁ、虎の兄貴! 次だ、次!」
「ふん、その意気だけは認めてやる。来い!」
その凄まじい訓練の様子を、14歳の片桐助作が、片手に軍目付の帳面と算盤を持ったまま、冷ややかな、だがどこか呆れたような視線で見つめていた。
「2人とも、訓練の手を少し緩めてください。中庭の柵がもう3枚も壊れています。これ以上壊されると、今月の墨俣城の修繕予算が完全に赤字になります。これ以上、僕に無駄な計算をさせないでください、頭が痛くなります」
「ガハハ! 堅いこと言うなよ、助作! 壊れたら俺が木を切り出して直してやるよ!」
「市松、お前は直すどころか、さらに破壊するだろうが。お前は黙って素振りをしていろ」
虎之助が市松の頭を小突く。助作は深いため息をつきながら、帳面にサラサラと数字を書き込んでいく。性格も、戦い方も、才能の方向性も完全に正反対な3人の少年たち。だが、その根底にあるのは、僕――木下藤吉郎という一人の男に対する、絶対的で、純粋で、無垢な忠誠心だった。
(これだよ、これ。僕が前世の記憶を頼りに、ずっと作りたかった『最強の豊臣オールスターズ』の雛形が、今、この墨俣の小さな城で、ついに完成しつつあるんだ……!)
僕は執務室の窓から、中庭で泥まみれになって笑い合っている3人の姿を眺めながら、胸の奥にある「日輪の熱」が、さらに激しく、熱く燃え上がるのを感じていた。
福島左衛門太夫正則。のちに賤ヶ岳の大地を敵の血で染め上げ、豊臣家の強固な柱礎となり、さらには芸州広島の大守として天下にその名を轟かせることになる、歴史上の大英雄。彼の若き日の暴走と、僕との奇跡的な出会いは、この狂った戦国時代を根底からひっくり返すための、小さくも決定的な一歩だった。
「よし……。僕も、主として、負けていられないな」
僕は誰にも聞こえない声で小さく呟き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。頭の中にある現代の歴史知識と、僕を信じて集まってくれた、最強の仲間たち。これだけのカードが揃っているんだ。
転生理由なんて、やっぱり後付けでいい。本当に重要なのは、この最高の仲間たちと共に、この先どんな面白い物語を描くかだ。
外では、虎之助と市松の木刀がぶつかり合う心地よい音が響き、助作が算盤を弾く音が続く。時代は激動の渦中にあるが、僕たちの未来は、今、確かにこの手の中にある。
僕は新しく手に入れた最強の『手足』たちの働きを信じ、次なる戦いへと、小さく震える指先で、だが確実に、未来の天下を掴むための第一歩を踏み出した。
【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】
福島市松の傳
木下藤吉郎、いまだ足軽にてありしとき、ある村里を往きけるに、貧しげなる桶屋の内に、二歳ばかりの小兒の腰に太き索をつけ、石臼の大きなるをくくり附けたりけるが、かの小兒この石臼を物の數とせず、引きずりて這ひ廻りけるを見て、その怪力を愛し、常にこの家に訪ひ來りてこの小兒をいたはり、折節の贈物なども心をこめて送りければ、かの桶屋新左衛門夫婦、藤吉郎を厚く敬ひ、主人のごとくもてなしける。この小兒名を市松と呼んで、その力あくまで強く骨太く長高く、大食にて酒を好み、大膽不敵の荒童子なりければ、近隣の男女大いに恐れ、「何さまこれは世に云へる鬼子なるべし」とて恐れあへり。市松七歳のとき、同じ村なる小兒と諍ひをなし、おのれより四五歳も長ぜし者を大地へ打ちつけ、足を上げて踏み附けければ、頭よりおびただしく血流れ、喚き叫ぶを、拳を以ていたく叩き、「打殺さずんば止むまじ」と罵りけるを、父母聞きつけてあわてふためき、漸うに伴ひ歸り、「歳に似合はぬ大膽のふるまひなり」と、さまざま折檻なしけるところへ、相手の方には以てのほかに憤り、「このままにては濟ますまじ。地頭、役人へ訴へ、急度糺明なすべし」と怒りければ、新左衛門夫婦大いに心を痛め、いろいろと申し宥め、詞を盡し詫びけるに、隣家の者寄り集まり、「小兒のことなり、父母の詫言に免じ、穏便に濟まし給へかし」と、ともどもにとりなしつつ、辛うじて事濟みたり。さても新左衛門夫婦は、市松が不敵のふるまひに心を苦しめ、「この兒の生立とても桶屋など業とする者にあらず。武家に仕へて人とならば、おのづから高名譽をなすこともあらん」とて、夫婦相談を定め、かの藤吉郎、年ごろ市松を愛し訪ひ來れば、この人を頼まんと、その來るを待ちけれど、このとき木下藤吉郎洲俣に砦を築き、自他のことについて暇なく、新左衛門方へも來らざりければ、市松を伴ひ洲俣の城へ赴き、藤吉郎に逢ひてしかじかのよし物語り、武家の奉公を頼みければ、藤吉かねがね市松が勇氣あるを懇望しければ、大いによろこび市松を城中にとどめ置き、これも竹中半兵衛が弟子となし、劍術兵學を敎へけるに、出藍の才ありて、終に福島左衛門太夫正則とて、豊臣家の柱礎となり、藝州廣島の大守となれり。
〜参考文献〜
太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource
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絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編
夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700
〜舞台背景〜
多くの媒体で「なんで加藤清正や福島正則は秀吉からの恩を忘れ関ヶ原で徳川家康についたの?」という記事があります。様々な見解の存在する歴史マニアが大好きなお題ですが、私は清正や正則、そして且元も「一貫して最後まで豊臣家への忠節を尽くした」と思ってます。




