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新訳 太閤記 ~ 転生 豊臣秀吉、未来を識る僕は史実の道を静かに歩む 〜  作者: 条文小説


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1-109 勝利の余波と、群がり来る者たち

挿絵(By みてみん)


 『太閤記たいこうき』は、豊臣秀吉の伝記に用いられる題名。太閤は摂政・関白経験者で、その子が同様に摂関となった者が称する号であるが、ここでは秀吉を指す。秀吉の伝記・一代記の総称として用いられるが、小瀬甫庵の著作である『太閤記』を指すこともある。秀吉を中心とした人物を描いた戯曲作品は特に太閤記物という。

 『絵本太閤記』(えほん たいこうき、旧字体:繪本〜)は、江戸時代中期に書かれた読本よみほん。豊臣秀吉の生涯を描いた講談をもとに、武内確斎が文を著し、岡田玉山が挿絵を入れた。全7編84冊。出典:Wikipedia

 三好みよしの残党による本圀寺ほんこくじ襲撃という、突発的な大乱戦。僕が仕掛けた盤外の奇策と、竹中半兵衛の冷徹な指揮、そして味方の勇戦によって、この騒動は文字通り一夜にして鎮圧された。


 夜が明け、京の都に再び平和な朝の光が差し込む頃には、敵の主力はすでに完全に落失おちうせ、都の喧騒は嘘のように静まり返っていた。


 するとどうだろう。昨日の死闘の最中にはどこで息を潜めていたのか、将軍家を支持する(と表向きは標榜している)畿内の武士たちが、次々と本圀寺へと集まり始めたのである。


「義昭様! 逆徒退散のよし、誠に慶賀の至りに存じます! 我らも加勢に駆けつけましたが、すでに賊軍は平らげられた後との事、無念でなりませぬ!」


 彼らは口々にそう言い訳を並べ立てながら、将軍・足利義昭に謁見えつし、勝利を祝賀して回った。


 未来の感覚からすれば「都合の良い時だけすり寄ってくるハイエナどもめ」と呆れ果てるところだが、これが戦国の世における正しい処世術だ。勝馬に乗るタイミングを見極める嗅覚こそが、彼らの生存戦略である。


 足利義昭は、そんな遅れてきた忠臣たちの思惑など気にも留めない様子だった。自らの命が助かり、都が守られたという事実だけで、将軍の御気色おんけしきは最高潮にうるわしかった。足利義昭は謁見に訪れた者たちへ気前よく褒詞ほうしを与え、銘々に褒美を下賜かしした。


 皆々も大いに悦び、ホクホク顔で退出していく。


「……やれやれ。これでひとまずは一件落着ですね、藤吉郎殿」


 竹中半兵衛が、縁側で白湯をすすりながら微かに苦笑を漏らした。


「ええ。将軍様のご機嫌が良いのは何よりです。……ですが、本当の『嵐』はこれからやって来ますよ。しかも、とびきり巨大で、機嫌の悪い嵐が」


 僕は東の空、遠く美濃みのの方角を見つめながら、小さく息を吐き出した。僕たちがここで勝利の美酒に酔っている頃。


 事の顛末てんまつを知らせる第一報の早馬は、すでに魔王の眠る城へと到着しようとしていた。


 時計の針を少しだけ戻す。その頃、我らが信長は、本拠地である美濃の岐阜城にて、穏やかな年越しを過ごしていた。畿内を平定し、長年の悲願であった上洛を成し遂げた直後である。常に戦陣にあった信長にとって、久々に訪れた心安らぐ正月のはずだった。


 しかし、正月5日。京都から馬を限界まで乗り潰して駆け込んできた緊急の伝令が、その平穏を木端微塵に打ち砕いた。


『――申し上げます! 三好の逆徒が10,000の軍勢をもって、将軍様の御座所である本圀寺を急襲!事態は一刻を争う急の危機にございます!急ぎ上洛され、凶徒を平治されたく存じます!』


 その凶報を聞いた瞬間、信長がどれほどの衝撃を受けたか。


 「はなはだ驚き」と未来の歴史書には記されているが、おそらくそんな生易しいものではなかったはずだ。自らが心血を注いで築き上げた天下布武の大義名分が、留守の間に根底から覆されようとしているのだから。


 並の大将であれば、まずは重臣を集めて軍議を開き、兵糧を整え、出陣の吉日を占うところだろう。だが、信長は違った。


 未来の合理主義者である僕から見ても、信長の「決断から実行までの速度」は常軌を逸している。


「出陣する。馬を引け」


 その一言で、信長は正月の宴をすべて放り出し、わずかな供回りだけを連れて直ちに岐阜の城を打ち立った。季節は真冬。濃尾平野には冷たい雪が舞い、街道は凍りついている。そんな最悪の行軍条件の中を、信長は一切の躊躇ためらいもなく、文字通りの『神速』で西へと馬を駆けた。


 そして翌日の正月6日。信長は、もう近江国の高宮たかみやの宿まで到着してしまった。岐阜から高宮まで、未来の距離にしても約60kmの雪道を、軍勢を率いてわずか一日で踏破した。怒りと焦燥に駆られた魔王の執念が、人間の物理的な限界を凌駕した瞬間だった。


 高宮の陣に到着した信長は、馬から降りる暇も惜しんで次なる行軍の指示を出そうとしていた。そこへ、京都からの第二の伝令が、転がり込むようにして到着した。


 僕が本圀寺の防衛戦を終えた直後に走らせた、勝利の報告であった。


『――御注進! 凶徒は一旦、御所へ押し寄せて猛攻を仕掛けましたが、諸将の勇戦によりことごとく退散いたしました! 現在、京都は完全に静謐せいひつを取り戻しております!』


 その報告を聞いた瞬間。殺気立っていた信長の全身から、ふっと力が抜けたという。


「……そうか。退いたか」


 安堵された信長は、そこで初めて馬の歩みを緩めることを許した。これ以上の強行軍は、兵や馬の疲労を限界まで削るだけだ。事態が収拾しているのなら、焦る必要はない。信長は近江の瀬田せたにて陣を張り、丸一日、人と馬の足をゆっくりと休ませたのである。


 そして正月7日。雪化粧を施された京の都に、信長は堂々たる威風を漂わせて帰還を果たした。沿道に立ち並ぶ町人たちは、つい先日まで大乱戦の恐怖に震えていたが、信長の無事な姿を見て、心の底から安堵の胸を撫で下ろした。


 「やはり、あのお方がいれば都は安泰だ」。そんな空気が、京の町全体を包み込んでいたのである。


 京へ到着した信長は、その足で直ちに本圀寺へと向かい、将軍・足利義昭に謁見した。


「上様、ご無事で何よりに存じます。この信長、留守を突かれたこと、一生の不覚。……合戦の勝利、心よりお慶び申し上げます」


 信長が深く平伏すると、足利義昭は自ら立ち上がり、信長の手を取らんばかりの勢いで歓喜の声を上げた。


「おお、信長! よくぞこれほど迅速に上洛してくれた! その忠節、誠に見事であるぞ!」


 足利義昭は、岐阜からわずか数日で飛んできた信長の圧倒的な行動力に、心からの満悦まんえつを隠しきれなかった。


 そして、義昭の視線は、信長の後方に控えていた僕――木下藤吉郎と、竹中半兵衛へと向けられた。


「……とりわけ此度の戦、木下藤吉郎の動きは見事であった! 江州から風の如く取って返し、敵の背後を突いたその采配。そして、留守を預かっていた竹中半兵衛の、敵を欺く神算鬼謀。彼らの才謀がなければ、余の命は間違いなくあの夜に絶たれていたであろう!」


 将軍足利義昭自らによる、最大級の賛辞。それを聞いた信長は、鋭い鷹のような目で僕たちをチラリと一瞥いちべつした。その瞳の奥には、「でかしたぞ、猿」という確かな満足の色が浮かんでいた。


「……身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。すべては、信長様の御威光あってこその勝利にございます」


 僕は深く頭を下げ、あえて自分個人の手柄ではなく、組織全体の功績であることを強調した。ここで出過ぎた真似をして、周囲の古参武将たちから無用な反感を買うのは愚の骨頂だからだ。


 信長は深く頷き、僕たちをはじめ、防衛戦に尽力した諸将の功績をことごとく取り上げ、手厚い恩賞を下賜したのである。


 だが、恩賞を与えてそれで終わり、という甘い男ではない。魔王の思考は、すでに「なぜこのような危機が起きたのか」という根本的な原因究明と、再発防止策へと向かっていた。


「義昭様」


 信長は、低いが、決して逆らうことの許されない絶対的な響きを持った声で進言した。


「此度のわざわいは、すべて将軍家が『要塞でもない単なる寺院』に偶座ぐうざしておられたことに起因いたします。防衛の要を欠いたままでは、またいつ逆徒に隙を突かれるか分かりませぬ」


 信長は、地図が広げられた広間を見渡し、力強く宣言した。


「――二条室町にじょうむろまちに広大な地面を選び、新たに将軍家のための『居城』を造営いたします」


 それは、単なる屋敷の改修ではない。深い堀を穿うがち、高く分厚い石垣を積み上げ、鉄砲の弾を弾き返す強固な城塞を、この京の都のど真ん中にゼロから作り上げるという、とてつもない大事業メガ・プロジェクトの立ち上げだ。


 信長は即座に、行政と土木工事のスペシャリストである村井民部丞むらいみんぶのじょう貞勝さだかつと、島田所之助しまだところのすけ秀満ひでみつの両名を普請奉行ふしんぶぎょうとして指名した。


「金と人手はいくらでも出す。最高の素材を集め、一刻も早く完成させよ!」


 永禄12年の正月。厳しい寒さの残る都の空の下、新城建設のための『手斧始ちょうなはじめ』の儀式が執り行われた。数千人の職人や人足たちが駆り出され、巨大な木材が切り出され、石が運ばれていく。カン、カン、という小気味良い手斧の音が、冬の澄んだ空気に幾重にも響き渡った。


「……圧倒的ですね」


 僕は建設予定地の脇で、その凄まじい熱気を帯びた工事現場を眺めながら呟いた。武力で敵を粉砕するだけではなく、巨大な建造物をそびえ立たせることで、織田と幕府の『揺るぎない権力』を視覚的に天下へと知らしめる。これが、信長という男の描く国作りのスケールなのだ。


 目を閉じれば、あの日、冷たい道路の上で感じた『日輪』の熱が、今も確かに僕の胸を焦がしている。


 戦の刃音が静まった都に響く、新しい時代を築き上げるための槌音つちおと


 僕が今生きるこの戦国の世は、血生臭い破壊の段階を越え、いよいよ巨大な創造の季節へとその扉を開け放とうとしていた。




【繪本太閤記 作:武内確斎 絵:岡田玉山 寛政9年】




信長のぶながふたたじやうらく


さて此度こんど騷動さうどう、そのこえたかかりければ、將軍家しやうぐんけ御味方おんみかた武士ぶし、追々 本國寺ほんこくじあつまりけれど、てきはや落失おちうせて京都きやうとすでにしづまりければ、皆々將軍みなみなしやうぐんえつし、兇徒きようと退散たいさんたてまつりければ、將軍しやうぐんおん氣色けしきうるはしく、銘々に祿ろくたまはり、褒詞はうしあづかりければ、皆々 よろこ退出たいしゆつす。ときに織田信長おだのぶなが美濃岐みののぎにて越年ゑつねんあり。正月五日、京都よりさつ到着たうちやくし、「三好みよし逆徒ぎやくと大軍たいぐんを以て本國寺ほんこくじを攻め討つこときふなり。いそ上洛じやうらくして平治へいぢあるべき」よしこえければ、信長のぶながはなはおどろき、すぐ岐阜ぎふを打立ち、翌日江州よくじつがうしう高宮たかみやちやくたまへば、またまた京都より使節しせついたり、「兇徒きようと一旦御いつたんごしよおし寄せ攻め討つといヘども、諸將しよしやう勇戦ゆうせんによりことごとく退散たいさんして、京都靜謐きやうとせゐひつおよぶ」よし注進ちうしんありければ、信長大のぶながおほい安堵あんどし給ひ、瀬田せたにて一日人馬の足を休め、同七日京どうななかきやうちやくし、本國寺ほんこくじに至り將軍にえつし、合戰の勝利せうりし給へば、將軍しやうぐんにも信長迅速のぶながじんそく上洛御じやうらくご滿悅まんゑつ思召おぼしめされ、とりわけ木下、竹中が才謀さいぼうを感じ給ひ、一々 御物語おんものがたりありければ、信長ことごとく恩賞おんしやう沙汰さたに及び、かつ「將軍家しやうぐんけ要害ようがいもなき寺院じゐん偶座ぐうざし給ふが故に、かかるわざはひもあんなれ」とて、「二條室町にでうむろまち地面ぢめんを選び、新に將軍の居城を造營ざうえいすべし」とて、村井むらゐ民部丞みんぶのじよう島田しまだ所之助兩人しよのすけりやうにん普請ふしん奉行ぶぎやうと定め、永祿えいろく十二年正月より、手斧てをのはじめいとなみける。

〜参考文献〜

太閤記 底本:『史籍集覧』第6冊,近藤出版部 - Wikisource

https://share.google/AxQqE2xRgf0LcmxAN

絵本太閤記 武内確斎 著 夕陽亭馬齡 編

夕陽亭文庫 Amazon Kindle https://x.com/bpaaw700


〜舞台背景〜

 織田家の内政のスペシャリスト、村井民部丞むらいみんぶのじょう貞勝さだかつと、島田所之助しまだところのすけ秀満ひでみつ、あたりを知っていたら相当な歴史ヲタクではないでしょうか。もちろん私は知りませんでしたが、ググってたら「大河ドラマ」や「信長の野望」のどのシリーズに登場してて、どのシリーズに登場しないのかを纏めてる方がいらっしゃいました。面白い記事でしたけど⋯相当なヲタクw

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