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灰燼(かいじん)の設計者  作者: 蒼牡蠣
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第9話:観測される異常点と、灰燼の底の真実

冷たい雨が、すり鉢状の巨大なクレーターを打ち据えていた。


数日前まで、ここには自軍の誇る『三色の絶対障壁』が聳え立ち、難攻不落の総指揮所が置かれていたはずだった。

だが今、眼前に広がっているのは、異常な高熱によってガラス状に融解し、黒光りする広大な窪地だけだ。


「……生存者は、外縁部を警備していた小隊のみ。内部にいた将軍閣下をはじめ、魔術師団は完全に炭化。遺体の識別すら不可能な状態です」


雨合羽を着た副官が、震える声で報告書を読み上げる。

クレーターの縁に立つ男――敵国であるヴァルン帝国の第一魔導特務軍、ユリウス・フォン・ノイマン大佐は、報告を聞き流しながら静かに泥濘へと足を踏み入れた。


ユリウスは帝国内でも類を見ない「魔力の流体解析」の権威であり、同時に冷酷な戦術家でもあった。

彼は泥を避けることもなくクレーターの中心へと歩みを進め、ガラス状に固まった地面に片膝をついた。そして、白手袋を外した右手を直接地面に触れさせる。


「大佐、危険です。まだ残留魔力が――」


「黙れ。気が散る」


ユリウスは目を閉じ、焦土に残された微弱な魔力の痕跡パルスを自身の脳内へと読み込んでいく。

彼にしかできない、事象の逆再生リバース・エンジニアリング


(……馬鹿な。何だ、この痕跡は)


ユリウスの端正な顔が、微かに歪んだ。


敵軍の大砲による破壊ではない。上位魔法による相殺でもない。

残された魔力の波形は、障壁そのものが「内側から勝手に暴走し、自滅した」というあり得ない事実を告げていた。


三色の絶対障壁は、彼自身が基礎理論を構築した完璧な防衛システムだ。

熱、流体、硬度。三つの力が循環し、外部からの干渉を完全に無効化する。システム自体に欠陥はない。

ならば、なぜ自滅したのか。


ユリウスは立ち上がり、すり鉢状の底――最も高熱が発生した爆心地を鋭い目で見下ろした。

そこには、炭化した人間の骨や灰に混じって、奇妙な形にねじ曲がった鉄の塊が転がっていた。


「……おい。あれを拾え」


指示された副官が泥にまみれながら鉄の塊を拾い上げ、布に包んで差し出す。

それは、どこの軍隊でも使われている、安物の歩兵用投げ槍の先端部分だった。異常な高熱に当てられてドロドロに溶け、その後急激に冷却されたことで、いびつなキノコのような形に固まっている。


ユリウスはその鉄の塊の直径を、冷たい目で測った。

およそ十センチ。


その瞬間、彼の脳内で一つの恐ろしい仮説が閃いた。


(十センチ……。まさか、障壁の頂点にあった『排熱口』に、こいつが蓋をしたのか?)


背筋を、氷のような悪寒が駆け抜けた。


絶対障壁の唯一の弱点。内部で発生した熱を空へ逃がすための、直径十センチの極小の隙間。

それは常に高熱の陽炎に覆われており、視認することは不可能。当然、外部からの攻撃も高熱によって弾かれる。

だが、もし。


(もし、誰かがその『排熱の仕組み』を完全に理解した上で、熱膨張率の計算まで完璧に行い、ただの鉄の塊を放り込んだとしたら?)


熱で膨張した鉄が排熱口を塞ぐ。

行き場を失った熱が内部で暴走し、完璧だった防衛システムを内側から食い破る。


「……大佐? いかがなされましたか。顔色が……」


「退がるぞ。ただちに本国へ報告しろ」


ユリウスの口から出た声は、彼自身でも驚くほど掠れていた。


「報告を、ですか? 敵の新型魔法による攻撃だと……」


「違う! こんなものは魔法ではない!」


ユリウスは副官の言葉を怒鳴り声で遮った。

周囲の兵士たちが一斉に息を呑む。常に氷のように冷徹なユリウスが、これほど感情を露わにするのは初めてのことだった。


「新型魔法などという生易しいものではない。我々の陣地は、ただの『物理的な計算』によって破壊されたのだ」


ユリウスは、黒焦げになった鉄の塊を忌々しげに睨みつけた。


奇跡でも、圧倒的な力でもない。

魔法というシステムそのものを物理法則の視点から分解し、最も致命的な急所を、最も原始的な手段で突いてくる存在。

盤面のルールそのものを根本から否定する「異物」が、敵軍の中にいる。


「……化け物め」


ユリウスは雨の降る空を見上げ、震える声で呟いた。


「神聖なる魔法を、ただの機械の欠陥品のように扱う狂人がいる。全軍の防衛術式を見直せ。……これまでの戦争は、今日で終わったのだ」


泥と灰に塗れた戦場に、ユリウスの重い足音だけが虚しく響いていた。

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