第4話:泥と査問の足音
日が暮れかかった野営地は、重苦しい空気に包まれていた。
生き残った兵士たちは泥と血にまみれ、与えられた薄いスープを無言ですすっている。誰も彼もが疲労の限界を超えていた。
私はテントの隅に座り込み、今日の「収穫」を麻袋から取り出していた。
砕けた杖の破片、ひび割れた魔力石、使い物にならなくなった防具の金具。他の兵士から見ればただのガラクタだが、私にとっては価値のある物資だ。
「……これは放電率が高いな。回路が焼き切れている。こっちはまだ三割ほど蓄電できそうだ」
私は魔力石を手のひらで転がしながら、ブツブツと独り言を漏らす。
魔力石というのは、要するに「エネルギーを貯めておく電池」のようなものだ。中身が空になればただの石ころだが、構造の歪みや傷の入り方によって、効率よく魔力を引き出せるかどうかが変わる。
先ほど戦場で、私が敵の火球を崩壊させるために使ったのは、品質の悪い「不良品の電池」だった。ほんのわずかなノイズを起こすだけなら、あれで十分だったのだ。
「今日のノルマはこれくらいか。明日はもう少し効率よく立ち回らないと……」
私が石を袋にしまおうとした、その時だった。
ザッ、ザッ、ザッ。
泥を強く踏みしめる、統率の取れた足音が近づいてきた。
野営地にいる平民の兵士たちの足音ではない。もっと重く、訓練された軍靴の音だ。
テントの入り口の幕が荒々しく跳ね上げられ、三人の大男が足を踏み入れた。
黒い軍服に、銀色の腕章。軍の内部を監視する「憲兵」だった。
周囲にいた兵士たちが、怯えたように後ずさりする。無理もない。最前線に憲兵が現れるということは、誰かが反逆罪や脱走の容疑で連行されることを意味している。
憲兵の一人が、冷たい目でテントの中を見渡し、私に視線を固定した。
「認識番号七七四番。戦場清掃員の貴様だな」
「……はい、そうですが」
私は座ったまま、静かに答えた。
心臓の鼓動は少しも早くならない。頭の中で、彼らがここに来た理由を瞬時に計算していた。
(脱走の疑い? いや、私は規定の持ち場を離れていない。窃盗? 規定内の死体漁りしかしていない。ならば――)
「貴様を拘束する。立て」
憲兵は理由を一切説明せず、腰の剣に手をかけた。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「質問は許可されていない。抵抗するなら、この場で斬り捨てる」
殺気は本物だった。
私は一瞬、足元にある魔力石を使って彼らの目を眩まし、逃走する確率を計算した。
……成功率、およそ〇・五パーセント。
外にはさらに数人の憲兵が待機している気配がある。ここから逃げ切るのは物理的に不可能だ。
「分かりました。従いましょう」
私は抵抗することなく立ち上がり、両手を前に差し出した。
ご都合主義の奇跡は起きない。状況を俯瞰し、最も生存確率の高い選択をする。それが私の生き方だ。
憲兵たちは少し拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに重い手枷を私の手首にはめ込んだ。
「歩け」
背中を強く小突かれ、私はテントの外へと歩き出した。
向かう先は、平民の兵士が決して近づくことを許されない、軍上層部が滞在する中央の司令部テントだった。
(……どうやら、私の『計算』を見られていたようだな)
冷たい夜風に吹かれながら、私は静かに息を吐いた。
戦場で、あの巨大な火球を石ころ一つで崩壊させた異常な事象。それに気づき、私という存在に目を付けた者がいる。
無能な太った指揮官ではない。もっと冷酷で、頭の回る厄介な相手だ。
司令部テントの重い幕が、私の目の前で開かれる。
中から漏れ出す眩しい光に目を細めると、巨大な作戦卓の向こう側で、腕を組んでこちらを見据える一人の女性将校の姿があった。
「連れてきました、エレン・ヴァイス中佐」
憲兵の報告を聞き、彼女は氷のような冷たい瞳で私を観察した。
それが、私と「理の観測者」との、最初の遭遇だった。




