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灰燼(かいじん)の設計者  作者: 蒼牡蠣
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第2話:崩壊の引鉄(ひきがね)と、ただの石ころ

空が、赤く煮えたぎっていた。


見上げる私の視界を埋め尽くすほどの巨大な火球が、ゆっくりと、だが確実に私たちの陣地へと降下してくる。

周囲の空気はすでに異常な高温に達し、呼吸をするだけで肺が焼けるように痛い。泥まみれの地面は一瞬で干上がり、ひび割れ始めている。


「逃げろ! 早く逃げろぉっ!」


誰かが叫んだが、無駄なことだ。

あれだけの質量の魔法が着弾すれば、爆風と熱波だけで半径数百メートルは消し飛ぶ。走って逃げ切れる距離ではない。

先ほどまで威張り散らしていた太った指揮官は、完全に腰を抜かし、涙と鼻水を流しながら地面を這いつくばっている。


絶望。

それが、この場にいる全員を支配している感情だった。ただ一人、私を除いて。


(……見掛け倒しもいいところだ)


私は目を細め、上空の火球をじっと観察した。

巨大な炎の塊に見えるが、私の目には無数の「線の絡み合い」として映っている。

魔力とは、ただ闇雲に集めれば強くなるものではない。建物を建てるのと同じで、骨組み(術式)が堅牢でなければ、出力が大きくなるほど自重で崩れやすくなる。


敵の魔術師は、威力を誇示するために無駄な魔力を注ぎ込みすぎている。

その結果、火球の中心にある最も重要な「結び目」――魔力を束ねる限界点に、許容値を超える負荷がかかっていた。

例えるなら、細い糸で無理やり巨大な鉄塊を吊るしている状態だ。その糸にほんの少しの衝撃を与えてやれば、鉄塊は勝手に落ちて砕け散る。


私は、右手に握った杖の破片を軽く振った。

先ほど指揮官が自爆させた杖の欠片だ。中には、ほんの爪の先ほどの微弱な魔力が残っている。私自身は魔法を使えないが、この「中に魔力が入った物体」を物理的な質量を持つ道具として使うことはできる。


(距離、約五十メートル。風向きは南東。火球の降下速度と外殻の熱膨張率から計算して……今だ)


私は、石を投げるように、その小さな破片を空に向かって真っ直ぐに放った。


「な、何をしている! 狂ったか!」


近くにいた兵士が、私の不可解な行動を見て叫ぶ。

無理もない。巨大な質量兵器に向かって、小さな石ころを投げつけているようなものなのだから。常識的に考えれば、ただの狂人の行動だ。


だが、私の投げた破片は、正確な放物線を描き、火球の中心――最も負荷がかかっている「結び目」へと吸い込まれていった。


カチンッ。


炎の轟音にかき消されるほどの、小さな、小さな衝突音。

私が投げた破片の微弱な魔力が、極限まで張り詰めていた火球の術式に干渉し、ほんのわずかな「ノイズ」を生み出した。


次の瞬間、空中で致命的な異変が起きた。


「……え?」


絶望して目を閉じていた兵士の一人が、間抜けな声を漏らす。

降下してきていた巨大な火球が、空中でピタリと止まったのだ。

いや、止まったのではない。火球の表面が波打ち、内部からボコボコと不気味な膨張を始めている。


「術式の崩壊が始まったな」


私は短く呟き、飛んでくる熱風に備えて姿勢を低くした。


巨大な鉄塊を吊るしていた「糸」が切れたのだ。

行き場を失った膨大なエネルギーは、外に向かって放たれるのではなく、内側の構造を破壊しに向かって暴走を始めた。火球は自らの熱を食い破るように内側に収縮し――直後、限界点を迎えて霧散した。


シュゴォォォォォォッ!!


爆発ではなく、巨大な圧力釜が破裂したような音。

上空を覆っていた赤い炎は、一瞬にして無数の火の粉と白い蒸気になり、ただの熱風となって戦場を吹き抜けていった。


「……は?」


「消え、た……?」


泥だらけの兵士たちが、信じられないものを見たという顔で空を見上げている。

先ほどまでそこにあった死の塊が、無害な風に変わってしまったのだから。奇跡が起きたと、彼らは本気で思っているのだろう。


だが、これは奇跡でも何でもない。ただの単純な物理法則と、構造計算の結果だ。


私は立ち上がり、服についた泥を軽く払い落とした。


「さて、仕事の続きをするか」


戦場はまだ終わっていない。私は再び、地面に転がる使えそうな部品を探し歩き始めた。

背後で、腰を抜かしていた指揮官が、化け物でも見るような目で私を見つめていたが、私は振り返らなかった。

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