第五話
クルサード王国の中枢が愚かなのは、宗主国をはじめ、他の属国にも知れ渡っている。
会議や夜会に出席するのは、国王夫妻でなく、宰相でもなく、側妃フォスティーヌだからだ。
帝国語も話せず、執務もしない。ただ贅を貪っている愚か者達。
国の最高位である国王に物申しても愚かなのだから理解ができない。
どうしたものか、とフォスティーヌとソニアは悩んでいた。
そこへ訪れたのが、フェルナン王太子殿下だった。
愚か者のうちの一人と思っていたが、それは演技だったことを知った。
フェルナンは自分の血を最も嫌っていた。残したくもないと言う。時が来たら両親と共に自分も終わりにするために愚か者を装っていたのだ。
「いつか子供を持った時、父や母のような、人間の容姿を持つ動物だったら耐えられない」と婚約さえしていなかった。
ソニアが手で顔を覆い号泣する。
「今日はご相談があって参りました。
フォスティーヌ様、宗主国ルクレール帝国にこの国を断罪していただくことはできませんか。
父を廃位させられる権力はルクレール帝国しかありません。そして、アンジュ王女にクルサード王国の王になっていただきたい!」
「……アンジュに?」
「はい。僕は二つの汚れた血が入っていますが、アンジュは一つで済んでいます。」
汚れた血など言い方が悪く、ソニアおば様には申し訳ないが…と話を続ける。
ソニアは泣きながらいいえ、いいえと首を振る。
「……それに、僕は王家の血を継いでいるかわかりません。母は父の側近とも体の関係を持っているのです……」
「それは違う!貴方は間違いなくあの人の子供だわ!私はあの人の幼い時を知っている。貴方はあの人にそっくりよ!」
「……そうですか……。それは……良かった……のかな」
とフェルナンは苦笑した。
「殿下、貴方は今まで私が知っていた貴方ではなく、とても聡明に見えます。
貴方がこの国を治める方が良いのではないですか?」
「僕が変われば彼らは警戒するでしょう。だからこのままでいいのです。僕らが退いた後を任せられるのはアンジュとフォスティーヌ様しかいません」
フェルナンは自分で考えられる子だった。
この勉強は何のためにしているのだろう。
家庭教師に聞くと、この国の王となり、国民を守り、発展させるためですよ。と言う。
では、父上と母上はそういう仕事をしているのかと聞くと、教師は言葉を詰まらせ、答えなかった。
フェルナンは、両親に直接聞いてみた。
「父上と母上はいつ仕事をしてるの?」
すると母マジェスタが、
「まー!フェルナンったら!お父様とお母様は、この国で一番偉いのだから仕事なんてしなくていいのよ〜」
そして父リカルドが、
「そうだよ、フェルナン。国王というのは働かなくても威厳を持って座っていればいいんだ。」
と言った。
じゃあ何故自分は王子教育など受けているのだろう。と更に疑問に思ったが、何となく、これ以上は聞かないほうが良いと判断して口を噤んだ。
勉強は嫌いではない。分からないことが分かるのは面白い。
色々なことを見たい、知りたい年頃のフェルナンは、ある日、日課の散歩を離れまで延ばしてみた。
そこはたくさんの文官が出入りし、働いていた。
「なにちてるの?」
「え?」
後ろからいきなり話しかけられフェルナンは吃驚した。小さな小さな女の子。
「あなたはだぁれ?わたちはアンチュ」
「アンチュ?」
「アンチュ!」
「アンチュ?」
「ア〜ン〜チュ〜!」
「ああ、アンジュね」
「そう!あなたは?」
「僕はフェルナン」
「フェルちゃん?」
「フェルナン」
「フェルちゃん?」
「もういいよ、フェルちゃんで……」
「フェルちゃん、アソぼ!」
アンジュはフェルナンの腕を引っ張り、離れの中へ連れて行こうとする。
「ダメだよ!アンジュ!僕は……」
「なんで?」
「だって、ここは……僕と世界が違う……」
フェルナンは、そんな気がした。
「おなじよ?」
「違う」
「おなじよ?だってフェルちゃんも、くるちゃーどおうこくのこくみんでちょ?
わたちのおかあたまは、みんながちあわちぇでありますようにって、はたらいちぇるのよ」
えへん!とアンジュは腰に手を当て胸を張った。
自慢の母親らしい。
フェルナンは、両親に尋ねた時、「国民が幸せになれるよう働いている」と答えてほしかった。
この小さな女の子のように…。
「ごめんね……」と、アンジュの手を離し、フェルナンは王城に戻った。
その後、離れの主は、側妃フォスティーヌ様だと知った。そしてアンジュは異母妹だということも。
「僕の妹……」
そして離れは王宮として、この国を守っていることも知った。
相変わらず派手で堕落した生活をしている両親に嫌悪感を持ち始めた頃、マジェスタと四阿でお茶をしていたら、一人の同じ年頃の少女が迷い込んできた。
「まあ!小さい時の私にそっくり!」とマジェスタは手招きした。
「貴女の母親はソニアかしら。」
「はい、そうです。私はミルティナといいます」
「まあやっぱり!フェルナン!この娘は私の姪っ子よ!貴方の従兄妹よ!」
マジェスタと同じ色の髪と瞳。だが、雰囲気はおとなしく、どちらかというとオドオドしていて、
「そっくりだわ」と言うものの、雰囲気は全然違っていた。
ミルティナを座らせ、何故王城に居るのか聞くと、
「アンジュ王女殿下の遊び相手に、お母様と一緒に来ました」
勉強の時間が来たので、その間散歩をしてたら迷ってしまったのです。と言うミルティナに、
「まあ!ソニアはフォスティーヌのところにいるの!?ふふふ。仕事しか出来ない女同士で惨めね」
「……惨め……ですか?」
ミルティナが尋ねると、マジェスタはミルティナの頬を撫でながら、
「そうよ。勉強しなくても、魅力があれば私のように国一番の女になれる。仕事なんてする必要はなくなる。自分の好きなように生きられるわ!
貴女は私にそっくり。きっと高い位の方に見初められて、働かず綺麗なものに囲まれて過ごすことができるわ。
覚えておいて。可愛いや美しいは無敵なのよ」
フェルナンは母親の浅い言葉と傲慢さに吐き気がしたが、ミルティナは違っていた。
「そ、そうなんですね!!
フォスティーヌ様とお母様は仕事ばかりで、つまらない人生だなぁと思ってたんです!
勉強は嫌いではありませんでしたが、いらないものだったのですね!
な〜んだ損しちゃった!惨めなお母様の言うとおりにしてきて、馬鹿みたい!」
そこに迷い込んだ時の少女はいなかった。
どんどんマジェスタに似ていく。
「王妃様が私のおば様なんて、知らなかったわ!お母様ったら隠してたのね!嫉妬よ!なんて僻みっぽいの!」
「そうなの!ソニアは昔から口うるさくてたまらなかったわ!教育のハイドフェルド家なんて言って、たかが子爵のくせに」
「……でも私も子爵令嬢だわ……」
「大丈夫よ!私も元子爵令嬢だもの!陛下と恋に落ちたのもこの美しさのおかげよ。
私にそっくりな貴女なら……、そうね、いずれは私の養子に迎えて、ルクレール帝国の皇太子妃になることもできるわ!」
「素敵!!」
フェルナンは目眩がした。
何という……、何という浅はかさ。そして何という身の程知らず。
フェルナンはもうあと何年かで学園に入学する。王子教育も恙無く進み、国王夫妻である両親が遊び暮らしくているのを異常だと理解していたが、これほどとは……と頭を抱えたくなった。
そして新たに第二のマジェスタが生まれた瞬間を目にした。
「私も王妃様になるわ!!」
それからフェルナンは、王子教育を受けなくなった。この国に失望し、未来を見いだせないからではなく、アンジュを守るためだった。
あの可愛い異母妹に、ミルティナを近づけたくない。国のために働いている母親を胸を張って自慢していた小さな女の子を守りたいと、フェルナンは愚かなフリを始めた。
そしてミルティナを王城に住まわせ、自ら監視するようにした。
マジェスタとミルティナの相手をし、商人を呼び、贈り物をしたり、外へ買い物にも連れて行った。
しかし、フェルナン自身のための支出は無かったことが後に分かる。彼は質素な生活で、王族として必要不可欠な物だけを揃え、決して絢爛にすることはなかった。
「ソニアおば様には娘と引き離すような真似をして申し訳ないと思っていました」
と、フェルナンが頭を下げる。
「いいえ!いいえ!
私達は姉マジェスタに似てくる娘に手を焼いておりました。
叱りつけても反省することなく、親を侮蔑する始末。王城に住み始めた時、抗議はしましたが、安堵もありました。私は親失格です」
頭を上げてください。とソニアはフェルナンに謝罪はいらないと涙ながらに言う。
「学園でミルティナはやりたい放題です。高位貴族と下位貴族はクラスが分かれているため、クラスでは女子生徒を使用人のように扱っています。
僕にできることは、一日一回は顔を出すように促し、クラスメイトと離すことぐらいでした。」
「ええ、報告は上がってるわ。ミルティナが権威を見せるために貴方に会いに行っていると思っていたけど、違かったのね」
「フォスティーヌ様、ルクレール帝国に奏上することは可能ですか?」
「……そうね、ちょうど来週には会議のためにルクレール帝国に向かう予定よ。
ただ、我がクルサード王国は、属国の最低位。王族との面会がかなうかは向こう様の予定次第ね。
でもいいのかしら?このままでは貴方は断罪される側よ。貴方の才が埋もれるのは惜しいと思う」
「……命乞いのための演技かもしれませんよ……」
「それはないわ!貴方の瞳は言葉以上に真摯に心を伝えてくれたもの!」
「……ありがとうございます。元より覚悟していました。僕を信じてくれて感謝します。ありがとうございます」
それからフォスティーヌは、宗主国ルクレール帝国に渡り、奇跡的にアリアナと約束を交わすことができた。
読んでいただき、ありがとうございました。
2話目は22時にアップします。




