第四話
学園が長期休暇に入ったタイミングで、手紙の指示に従い、アリアナはとある場所に来ていた。
部屋へ入ると、女性三名、男性一名が頭を下げ礼を尽くしていた。
「顔を上げてくださいませ。フォスティーヌ様、アンジュ王女殿下。ソニア様。そして、フェルナン王太子殿下」
「ルクレール帝国アリアナ・ルクレール第一王女殿下に挨拶申し上げます」
「今日はお誘いいただき、ありがとうございます。長い話になるわ。どうぞお座りになって」
アリアナは上座のソファーに腰を下ろし、口を開く。
「フォスティーヌ様、バトン家では楽しく過ごさせていただいてますわ。良い方を紹介していただき、ありがとうございます」
「恐れ入ります」
「フェルナン王太子殿下、さすがにプロポーズはやり過ぎですわ。ミルティナ様に王族への正しい態度を教えるためだとしても、演技だと分かっていても吃驚いたしました」
「ははは。申し訳ございません。ですが、若干、本気でしたよ。」
「アンジュ王女殿下、ソニア様。……お覚悟ができたということですか?」
「「……はい……」」
「……そうですか」
クルサード王国の宗主国、ルクレール帝国第一王女、アリアナ・ルクレール。それがアリアナの本当の名で、地位だ。
時は一年ほど遡る。
ルクレール帝国で開かれた春の夜会に、属国の代表としてフォスティーヌが参列していた。
外交ができる王族は、側妃であるフォスティーヌしかいない。
宗主国に対して側妃を送るなど無礼であるが、国王夫妻が不甲斐ないことは報告が上がっていたため、気にすることはない。
逆に出席したならば、どれだけの無礼を犯すことだろう。他の属国に侵略する理由を与えるようなものだ。間違いなくクルサード王国は消滅する。
フォスティーヌは、属国内の順位に沿って、王族へ挨拶に向かう。もちろんクルサード王国は最低位。長いこと列に並び、ようやく対面する。
国王陛下、王妃陛下、皇太子殿下と挨拶をし、アリアナに続く。
「クルサード王国側妃フォスティーヌがご挨拶申し上げます。
……あの、……無礼を承知で申し上げます。王女殿下、お疲れではありませんか?」
アリアナは目を見開いた。そんな事を言う者はいなかったからだ。
フォスティーヌは、倒れる寸前だった頃を思い出していた。
あの頃、身体的にはまだ若干の余裕があった。
覚悟はあったものの自分の時間が取れず、仕事以外で人と話すことがない方が精神的に辛く、徐々にミスも多くなっていた。
可愛い我が娘を乳母に任せっきりなることも罪悪感で胸をえぐり、ソニアの助けがなければ、娘を残して天に召されていただろうと今でも思う。
休憩の間にソニアと学生時代の思い出を語り、何気ない女同士の会話をしたことで、自分の役目を思い出し、再び奮い立つことができた。
フォスティーヌは、たった十代の王女殿下が、あの頃の自分と同じように見えて、思わず口に出してしまった。
「……フォスティーヌ様、帰国の前に、別途お時間をいただくことは可能ですか?」
アリアナは、目に涙を溜め、それでもこぼすことなく、震える声で言った。
「承知いたしました」
フォスティーヌは返事をしてその場を辞した。
その後、直ぐに連絡が届きフォスティーヌは再び登城した。夜会の片付けに多少のあわただしさは残っていたが、通された部屋は王族の私室に近く静かだった。
そこに姿を見せたアリアナは、昨日の夜会と違って、見事に結い上げていた髪はハーフアップに留めて、化粧も控えめにシンプルなドレスを纏っていた。
挨拶を交わし席につくと、アリアナはゆっくりと口を開いた。
「……。あの、昨日の言葉の真意を聞きたくて……。疲れてるかなんて聞かれたことがなかったものですから……」
フォスティーヌは、自分の経験と境遇を話した。
心が疲れたこと。
ソニアが助けてくれたこと。
今のアリアナの表情が、心を病んた時の自分に似ていると感じたことを……。
「表情……。顔に出てしまっていたのですね」
「いいえ、気づく方はいらっしゃらないでしょう。
私は属国ながら、幼き頃から王妃教育を受けてまいりました。
殿下と同じように気持ちを顔に出すなと厳しく言われて育ちました。
外交に必要なものです。表情ひとつで腹を探られますからね。
私は心の苦しみを経験したからこそ、そう感じられたのでしょう。
勝手に殿下の御心を推察してしまいましたが、合っておりますか?」
アリアナは目を瞑ってフォスティーヌの話を聞いていた。しばらく沈黙は続き、重い口を開いた。
「……そのとおりです。今の私は王族としての矜持を失っているのです。
教育も執務も無理なく熟しておりますが、心に穴が空いたように流れ出ていくのです……」
アリアナの話によると、フォスティーヌと同じ様に身体に異常はない。睡眠もとれているという。
学園でも仕事でも同年代の令嬢達が側近として付いてくれているし、日常の世話も侍女がいる。休憩をとれば気遣ってハーブティーを入れてくれる。疲れはない。
ある日、視察の帰りにふと馬車の窓から外を見やると、側近の令嬢達がカフェテラスにいた。彼女達は、アリアナの見たことのない顔で笑っていた。
一瞬の事だったが、その一瞬でわかった。
彼女達は、仕事として自分の側にいる。
アリアナと一緒にいることは仕事なのだ。
淑女らしく微笑むことはあるが、あのように笑うなんて知らなかった。
アリアナは彼女達を友人だと思っていた。けれど彼女達からすれば、自分は上司だった。
側近として支えてくれている。感謝している。
だが、彼女達は仕事を終え、家に帰ってからアリアナを思うことはあるのだろうか。……いやないだろう。
たった一瞬の景色がアリアナを孤独にした。
それは家族を見る目にも及ぶ。
父は国王、母は王妃、兄は皇太子。
お父様に褒められたことはあっただろうか。
お母様に抱きしめられたことはあっただろうか。
お兄様に遊んでもらったことはあっただろうか。
私は王女として接し、接しられ、
娘として愛されたことはあるのだろうか。
想いは加速する。
更にその猜疑心は婚約者にも向けられた。
公爵家嫡男の彼は、王女殿下を娶れるなんて光栄です。と言う。エスコートもスマートで、アリアナを常に気遣ってくれていた。そこに微笑みはあっても笑顔はなかったと気づいた。
アリアナは王女だ。それは今までもこれからも変わらない。婚姻して公爵夫人になっても元王女として兄を補佐していくことだろう。
王女でなければ……。
王女でなければ……。
王女でなければ……。
「その想いが止まらないのです……」
ああ、この方はなんて繊細なのだろう。
上に立ちすぎたからこそ人に頼ることを知らず、
上に立っているからこそ弱音を吐かない。
だから視野が狭くなり、人を疑っている。
そんな自分を責めている。
この方には休養が必要だ。
「……我が国に来られませんか?
クルサード王国は、碌な外交もできず、殿下のお顔を知るものは私の手のものだけです。他国に比べて過ごしやすいでしょう。
家門の信用できる者の籍を用意いたしましょう。
ただの令嬢として学園に通い、御心を取り戻してください」
「……休んでもいいのでしょうか……」
「休んでください!心が壊れてしまわれます!」
フォスティーヌは言葉を強く出す。
「準備ができたらご連絡いたします。
ただ、陛下方には、ご自分で今の気持ちをご説明ください。殿下が切実に訴えて通じない方々ではありませんでしょう」
夜会での国王夫妻と皇太子の姿を思い出す。彼らはフォスティーヌに答えるアリアナの異変に気づいているようだった。
……コクンとアリアナが頷く。
「いいですか、殿下。人を疑っているのは、皆からの愛を忘れているだけです。思い出す為に、少しの時間ですが自由になりましょう」
アリアナはボロボロと泣き、ありがとうございますと告げた。
面会が終わり、部屋から出ると、控えていた侍女達が涙を流し礼を言った。
「ありがとうございます。
私達は王女殿下でなく、アリアナ様であるからこそ、仕えてまいりました。
小さい頃からお世話をし、成長を見守ってまいりました。
殿下を愛しく思う気持ちがなければ、こんなにも長いことお仕えすることはありません。
自分の殻に閉じこもり始めた殿下をお助けできず、自分達の無力を感じていました。
クルサード王国へのお誘いありがとうございます。
私達も殿下がそちらへ向かえるよう尽力いたします」
ほら、ちゃんと殿下を愛してらっしゃる方はいるわと、部屋に戻りそう伝えたいけれど、アリアナにそれを自覚できる力は今はないだろう。
フォスティーヌは少しの間、閉じられたドアを見つめ、そして王城を去った。
泣き止んだアリアナに、フォスティーヌはひとつ頼み事をしていた。
アリアナを受け入れるからではないと前置きしつつ、
「クルサード王国を潰してほしいのです」
と……。
読んでいただき、ありがとうございました。




