#8 撃破
千二百馬力の星型エンジンが咆哮を上げ、四機の「撃竜」が薄暗い地下の空を矢のように駆け抜けていく 。
先ほどの戦闘から帰投したばかりで、燃料と弾薬を補給してすぐの再出撃 。我々、第二対竜戦闘隊の撃竜四機は、再びあの絶望に等しい右側の洞窟へと機首を向けていた 。
単座式の撃竜の狭いコックピットの中で、私は操縦桿を握る手にじっとりと汗が滲むのを感じていた 。先ほどの戦闘で、あの巨大な青白い巨竜が放った光の奔流を防ぐため、私はありったけの魔力を絞り出して防御魔導を展開した 。その代償として、未だに全身の骨が軋むような疲労感と、頭の奥を鈍く締め付ける痛みが少し、残っている。
だが、休んでいる暇などない。出撃前に、気休めながらコーラをがぶ飲みし、魔力を補充した。大部隊での強襲が無意味だと悟った私は、やや無謀な作戦を具申した 。そして今、私はその作戦の先頭を飛んでいる。
『……全機に告ぐ、通信は、聞こえているか?』
ノイズ混じりの無線の向こうから、シュタイナー大尉の重苦しい声が響いた 。
「フィッシャー機、明瞭に聞こえてます」
『ファルケンベルク機、問題なし』
『ヴァーグナー機、良好であります。ですが隊長、本当にあの作戦、やるのでありますか?』
ヴァーグナー曹長の声には、隠しきれない不安が震えていた。高Gに弱く、機動戦では遅れをとりがちな彼にとって 、一発でも被弾すれば蒸発しかねない今回の作戦は、死地に等しいプレッシャーだろう。
『大将閣下からの命令だ。となれば、やるしかないだろう。大丈夫だ。先ほどの戦闘では、それは上手く機能したのだからな』
隊長の言葉は厳しいが、その声のトーンにはいつものような冷徹な響きはなかった。むしろ、不安な我々を諭すようにも聞こえた。
しばらくの沈黙の後、隊長が再び口を開いた。
『会敵する前に、お前たちには、話しておくべきことがある』
プロペラの風切り音とエンジンの爆音だけが響く中、何の脈絡もなく、隊長の独白が始まった。
『先の戦いで、俺は早々に撤退を命じた。本来ならば、レーマン大佐の言う通り踏みとどまり、戦うべきところだったはずだ。だが、それでは無駄死にする部下を増やすと俺は判断した。その、理由に関わる話だ』
「隊長、それはどういう……?」
『かつて俺は戦闘機隊を率い、多くの部下を無駄死にさせた経験がある』
思いがけない言葉が、隊長の口から発せられる。その後に語られたのは、この隕石孔調査が始まり、我々が第一階層のあの平地を制圧した際の作戦時の時の話だった。
当時、新型の戦闘機である「撃竜」はすでにロールアウトしていたものの、魔導士でありながら操縦技術を兼ね備えた人材は今よりもさらに少なく、撃竜を実戦で操れる者は全軍でたったの三人しかいなかったという。
第二対竜戦闘隊の隊長に任命されたシュタイナー大尉は、その貴重な撃竜の内、二機を直掩とし、さらに複座式の双胴竜十機を率いて、第一階層の制圧作戦に出撃した 。激戦の末、彼らは見事に第一階層の平地部分の制空権を確保し、陸軍が前線基地を構築するための橋頭堡を築くだけの翼竜撃墜に成功した。
『そこまでは、完璧な作戦だった。我々は勝利の美酒に酔う権利があった。だが、俺はそこで、増長した決断を下してしまったのだ』
無線の奥から、隊長は落ち込んだ声を響かせながら、その話を続けた。
『周辺の暗がりに、まだ翼竜の残党が潜んでいる可能性があった。俺は後顧の憂いを絶つため、そしてさらなる戦果を求める功名心から、部隊に奥への進撃を命じた。だが、そこで我々を待っていたのは、残党などではなかった。それまで見たこともない数の、ワイバーン級の大群だったのだ』
私は息を呑んだ。私が初陣で遭遇したあの乱戦 以上の地獄が、そこでは行われたのだという。
『疲弊していた我々の部隊は、瞬く間に包囲された。機動性に劣る双胴竜が次々と火だるまになって墜ちていくのを見ながら、俺は彼らを守ることができなかった 。退路すら絶たれ、ただ逃げ惑うしかなかった。結局、あの地獄から帰還できたのは、俺の撃竜と、ボロボロになった双胴竜二機だけだった。その時はまだ貴重だった撃竜一機とそのパイロットをも失い、俺の独断専行が、数十名の尊い部下を死に追いやったのだ』
だからなのかと、私は理解した。
大将閣下の理不尽な命令に対し、レーマン大佐が全滅覚悟の突撃を強要してきた時 、大尉が頑なにそれを拒んだ理由が。彼は、二度と同じ過ちを繰り返したくなかったのだ。状況が不利だと悟った時、無謀な突撃で部下を散らすことへの強烈なトラウマが、彼の心を縛り付けていた。
だが、それでも彼は今、自らが先頭集団に立ち、たった四機でこの死地に臨んでいる。
『だが、今回は勝機がある。敵は一匹、強敵には違いないが、フィッシャー軍曹の具申した作戦が上手く進めば、生きて帰れる。いや、生きて帰るぞ』
「はっ! 小官もがんばります」
『了解しました、隊長!』
『やってやりましょう!』
ファルケンベルク曹長とヴァーグナー曹長の声にも、迷いはなくなっていた。隊長の過去の痛み、苦しみを共有したことで我々、四人の間の見えない絆が、鋼のように強固なものになったのを感じた。
やがて、前方の景色が一変した。
ゴツゴツとした岩肌が消え、鈍い銀色を放つ金属の装甲板と、青白い光を脈動させる太い配管の群れが現れる 。人類の理解を超えた、超巨大な機械の胎内。右側の洞窟の最奥部だ。
『見えたぞ。前方に大型のブレスドラゴン級!』
シュタイナー大尉の声が無線から響くと、四機のパイロットに緊迫が走る。
洞窟の最奥。巨大なパイプオルガンのような機械構造物の前に、あの青白い光沢を放つ巨大なブレスドラゴン級が、まるで不動の門番のように空中停止して待ち構えていた 。
我々四機の接近を感知したのだろう。巨竜はゆっくりとその鎌首をもたげ、深淵のような大口をガバッと開いた。その喉の奥で、周囲の空間を歪ませるほどの極度に圧縮された青白い熱線が充填され始める 。
『作戦開始! 単縦陣に移行!』
隊長の号令と共に、四機の撃竜が一列に並ぶ。その先頭を飛ぶのは、私だ。
千二百馬力のエンジンを限界まで回し、私は真っ直ぐに巨竜の正面へと突っ込んでいく。正面衝突を避けようとする本能が警鐘を鳴らすが、私は操縦桿を握る手に渾身の力を込め、視線を巨竜の口内に一点集中させた。
本来ならば、あの炎を吐かれる前に魔導砲を撃ち込むことができればいい。なぜならば、やつが魔導を発することができるということは、そこに防御魔導の穴があるということに他ならない。いくら強固な防御壁を用いても、攻撃の時だけは必ず穴を開けなくては撃つことができないからだ。
とはいえ、初弾の回避は不可能だ。やつの口元に向かってまっすぐに進んだままそれをかわし、第二射を放つまでの間にその口元に肉薄して魔導砲を撃ち込むしかない。
が、普通はそんなことをすれば、我々はあの大型の翼竜が放つ炎魔導で、一瞬にして消滅されてしまう。
しかしだ、私は先ほど、咄嗟にではあるが防御魔導を使った。撃竜程度の小柄な機体ならば、私のその防御魔導は守り切れることが先ほどの戦闘で証明された。
となれば、私の防御魔導の陰に、残り三機の単発機を隠したなら、どうか?
これが、四機一列で突入する理由であり、今回の作戦だ。
が、果たして次も、奴の炎を跳ね返すことはできるのか?
『来るぞ!』
巨竜の喉の奥で白光が限界まで膨れ上がった瞬間、直径数十メートルに及ぶ死の奔流が放たれた 。
自信はない、が、今さらできませんといえるわけもない。死力を尽くすしかない。
「我が魔導の光よ……相反する極光となりて、すべてを拒む盾となれ!」
私は左手に握り締めた魔石の杖を突き出し、魂を削るような詠唱を叫んだ 。全身の魔力が一気に杖の先端に寄せ集められ、機体の前方に幾重もの青白い光の波紋――防御魔導の障壁が展開される 。
直後、すべてを蒸発させる熱線が、私の展開した盾に激突した。
ドドドドッという、鼓膜が破れそうなほどの轟音が響く。機体を構成するジュラルミンの骨組みが悲鳴を上げ、凄まじい衝撃が私をコックピットのシートから伝わってくる。眼球が裏返りそうなほどのGと、網膜を焼き尽くすような閃光。左腕の骨がミシミシと軋み、口の中に、血の味が広がる。
防げるか。いや、なんとしても防ぐ。後ろには、私のこの魔導を信じて追従する隊長ら三機の撃竜がいる。私の魔導がここで破られれば、全滅は必至だ。
私は奥歯を噛み砕く勢いで耐え抜いた。盾の表面で熱線が分散し、猛烈な乱気流となって周囲の金属壁を焼き焦がしていく。
わずか数秒の出来事が、永遠に感じられる。そしてようやく、青白い光の濁流が途切れた。
熱線を撃ち尽くした巨竜が、第二射の充填を行うために、その大口を開いたまま大きく息を吸い込むモーションに入った。見えないエネルギー装甲が、その口の周辺だけぽっかりと口を開けている 。
「今です、隊長!」
私は血を吐きながら叫び、操縦桿を思い切り右へ蹴り倒した。私の機体が右へと急激にスリップし、背後に隠れていた三機の撃竜の前に、無防備な巨竜の喉奥が完全に晒される。
『撃てっ!』
シュタイナー大尉の絶叫が、無線に轟いた。
ファルケンベルク曹長、ヴァーグナー曹長、そしてシュタイナー大尉。三機の撃竜の両翼に搭載された二十ミリ魔導砲が一斉に火を噴く。放たれた計六発の極太の魔弾は、あの障に阻まれることなく、巨竜の開かれた口内へと正確に吸い込まれていった。
直後、巨竜の体内から爆発が起きる。長い喉元に亀裂が走り、それが胴体にまでつながると、その隙間から強烈な光が漏れ出した。
『ギィィヤアアアッ!!』
金属性のやすりを擦り合わせたような断末魔の咆哮が、この広い洞窟内に響き渡る。首から喉、そして腹の奥底までを光の魔弾で貫かれた巨竜は内側から膨張し、爆発によって生じた裂け目が広がるように四散していった。
青白い肉片と鱗の破片が雨のように降り注ぐ中、我々四機はその爆風をすり抜け、宙返りをして態勢を立て直した。
『……目標の完全消滅を確認。周囲に、魔導反応なし』
シュタイナー大尉の、安堵に満ちた報告が響く。
『やった……やったぞ! 本当にあの化け物を倒した!』
ヴァーグナー曹長が歓喜の声を上げる。私も、全身の力が抜けそうになるのを堪えながら、深く、長く息を吐き出した。
にしてもすさまじい力だ。魔力のほとんどを使い果たしてしまった。その証拠に、杖を握る手から血が流れている。それだけ大量に魔力が流れた証拠だ。口の中も、血生臭い。そんな血まみれになった左手で操縦桿を握り直し、機体を旋回させる。
『フィッシャー軍曹。貴官の具申と勇気、そしてその魔力に感謝する。よく耐えてくれた』
隊長から、労いの言葉が無線を介して伝わる。
「隊長……しょ、小官は自身の役目を果たしたにすぎません」
『いや、あれは、誰でもできるというものではない。ともかく、作戦終了だ。全機、第二階層の前線基地へと帰投する 』
四機の撃竜は編隊を組み直し、私たちが命懸けで切り拓いた暗闇の通路を、再び爆音を轟かせながら帰路についた。
私たちは勝ったのだ。圧倒的な力を持つ守護者を打ち倒し、未知の領域を切り開いた。
だが、その先に何が待っているのか。この時の私たちはまだ、この洞窟の奥に待ち構えているものの存在を知らなかった。
◇◇◇
数時間後。
第二対竜戦闘隊が死闘の末にブレスドラゴン級を撃破し、安全が確保された右側の洞窟の最奥部。
まるで巨大なパイプオルガンのような機械構造物が鎮座するその空間に、大勢の工兵部隊と歩兵がなだれ込み、瞬く間に周囲を制圧していた。
その物々しい警戒網の中、鈍い青光りを放つ巨大な金属円柱の前に、エーベルハルト大将とその側近であるレーマン大佐をはじめとする数名の士官たちが立っていた 。
「大将閣下。第二対竜戦闘隊の報告通り、敵の守護竜は完全に排除されております。これが、大将閣下の探されていたものなのでしょうか?」
レーマン大佐が誇らしげに報告する 。多数の犠牲を払い、最終的には四機の戦闘機による決死の作戦で得られた結果だが、大佐の顔には末端の兵士たちの苦労を労う色は微塵もない。
だが、エーベルハルト大将の反応は、大佐の期待を裏切るものだった 。
大将は、自身のカバンから大切そうに取り出した一枚の古びた図面――そこには、幾何学的な文様と、我々の言語ではない古代の文字列がびっしりと書き込まれた羊皮紙のようなもの――を広げ、目の前の巨大な機械構造物と見比べていた。
「……違う、これではない」
大将の低い声が、静まり返った空間に響いた。
「はっ? 閣下、今、なんと……」
「これではないと言っているのだ、レーマン大佐!」
常に冷徹で感情を表に出さない大将が、突如として苛立ちを露わにし、図面を握りしめた。
「残念だが、これはこの隕石孔に隠された機械本体ではない。おそらく、魔力供給源の末端の一つなのだろう」
「末端……でありますか?」
「そうだ。これは末端の機械に過ぎん。本体は、さらに奥にある」
「ですが、ここは行き止まりで……」
「分岐した左側こそが、本体へとつながる道なのだろう。まだ、戦いは終わったわけではない、ということだ」
大将の言葉に、周囲の士官たちは愕然とした表情で、顔を見合わせた。
魔力の供給源。それだけで、あれほど強大な竜を無限に生み出し、鉄壁の防御を与えることができるというのか。ならば、この大将閣下が渇望する「本体」とやらは一体、どんな代物なのか。
「大将閣下……」
レーマン大佐が、恐る恐る、しかし核心を突く質問を投げかけた。
「我々はすでに、数千名以上の将兵と多数の機体を失っております 。この隕石孔……いえ、この巨大な古代の施設は、いったい地下何層まで続いているのですか? 我々は、どこまで潜ればよいのでしょうか」
大佐の問いに対し、エーベルハルト大将は何も答えなかった。
彼は図面を折りたたみ、ゆっくりと顔を上げて、さらにその奥――パイプオルガン型の機械の裏側から、さらに暗く、深く続いている巨大な縦穴を見下ろした。
その瞳の奥には、数千の兵士の命など路傍の石としか思っていない、冷酷で狂気じみた光が宿っていた。
「……本国政府に至急、通信を繋げ」
大将は、深淵から目を離さないまま、冷たく言い放った。
「現在の戦力では、これ以上の下層への侵攻は不可能だ。陸軍の三個師団の追加投入、および航空魔導士のさらなる補充を要請する。我々は、必ずここの『中枢』を手に入れるのだ」
地下深くから吹き上がってくる冷たい風が、大将の豪奢な飾緒を揺らした 。
我々が命を懸けて潜り続けているこの穴は、ただの隕石孔などではない。人類の叡智を集めても余りある、不可思議な機械がはびこる明らかに何かの文明の痕跡だ。
そんな真実を知らない空の英雄たちは、今日もまた、自らの血でその道を切り拓くために飛ぶのだ。この先の果てしない深淵に、何が待ち受けているかも知らぬままに。




