#7 障壁
『なんだここは……!?』
隊長機から無線で、奇妙な言葉が漏れる。私は口にこそ出さなかったが、その異様な光景に戸惑いを隠せずにいた。
未知の空間へと機体を進めた我々を待ち受けていたのは、自然の造形物とは到底思えない光景だ。
これまで見慣れていたゴツゴツとした岩肌は完全に姿を消した。代わりに視界を埋め尽くしたのは、鈍い銀色を放つ金属の装甲板と、規則的に壁面を這う太い配管の群れだった。
それは、私が墜落した際に崩れた岩盤の奥で見た、あの金属構造物と同じものだ。だが、規模が違う。幅七、八百メートルほどの巨大な洞窟の両側の壁が、まるで巨大な機械の胎内のように、緻密に計算された人工物で覆い尽くされているのだ。
照明はない。しかし、金属板の隙間や配管の継ぎ目から、青白い脈動のような光が漏れ出しており、洞窟全体を不気味に照らし出している。
『こ、ここは本当に、隕石孔の中なのか?』
無線から、ヴァーグナー曹長の震える声が漏れ聞こえた。誰もが同じ思いだろう。数万年前に落ちた隕石が作った隕石孔。そう教えられてきたこの場所は、どう見ても「誰かが意図して作り上げた巨大な建造物」だった。我々は今、ただの地下迷宮ではなく、人類の理解を超えた超巨大な遺物の中を飛んでいるのだ。
『周囲に気を取られるな、前方の索敵に集中しろ! おそらく、何か来るぞ!』
シュタイナー大尉の鋭い声で、私はハッと我に返った。そうだ、ここは敵地の真っただ中だ。未知の兵器が潜んでいるかもしれない空間に、我々は戦闘機で踏み込んでいるのだ。
奥へ進むにつれ、その人工的な様相はさらに色濃くなっていく。やがて、前方の空間が大きく開けた。
そこには、これまでとは比べ物にならないほど巨大な空洞があり、その最奥部に鎮座する「それ」を見て、私は息をのむ。
無数の太い金属パイプが垂直に立ち並び、まるで天高くそびえる巨大なパイプオルガンのような威容を誇るパイプ状の機械構造物。そのパイプの一本一本から、強烈な青白い魔力光が明滅しながら放たれている。
そして、そのパイプオルガンの前――我々の行く手を阻むようにして、一匹の竜が空中に静止していた。
『ブレスドラゴン級が一匹! 全機、攻勢に転じる!』
隊長機が叫ぶ。が、これまで戦った赤いブレスドラゴン級よりもさらに一回り大きく、その全身を覆う鱗は赤というより、背後の機械と同じ青白い金属的な光沢を放っている。
まるで、あのパイプオルガン型の機械を防衛するためにだけ存在する、特別製のブレスドラゴン級といった感じの、冷酷で無機質な存在感を漂わせる。一匹の獣というよりは、不気味な壁のようにも見える。
『各機、攻撃開始! あの一匹に集中砲火!』
シュタイナー大尉の命令を受け、我々第二対竜戦闘隊の撃竜および双胴竜は一斉に散開し、その青白い巨竜へと襲いかかった。
私も真新しい愛機を駆り、降下しながら二十ミリ魔導砲の照準を巨竜の背中に合わせる。
「我が光の魔力よ、立ち塞がる障壁を打ち砕け!」
操縦桿の魔石から魔力を注ぎ込み、光の魔弾を放つ。周囲の味方機からも、次々と極太の魔弾が巨竜へと殺到した。たった一匹に、撃竜が四機に双胴竜が十一機。これだけの機体の集中砲火を浴びれば、いかなる強力な障壁の鱗を持つ巨大竜であっても、それらを貫通し肉片すら残らないほどの爆発を起こすはずだ。
魔導砲の一斉射撃により、爆発が起きる。が、次の瞬間、私は自らの目を疑う。
巨竜の表面で、空間が歪んだかのような強烈な青い波紋が広がった。我々が放った数十発の魔導砲の直撃は、その波紋――目に見えない強固なエネルギーの障壁に触れた途端、まるでガラスに当たった水滴のように弾け飛び、霧散してしまったのだ。
『なんだと、魔導砲が全く通用しない!?』
『なんだこれは、硬すぎる! これまでの翼竜とは、明らかに違うぞ!』
無線から、隊員が皆、パニックに陥っていることが手に取るようにわかる。書くいう私もその一人だ。まさかとは思うが、あのパイプオルガン型の機械から強力な魔力を供給されているとでもいうのか。
そんな我々の動揺を嘲笑うかのように、巨竜がゆっくりとその巨大な顎を開いた。
喉の奥で、これまでに見たこともないほどの極度に圧縮された白光が渦巻いている。
『来るぞ! 全機、即時回避!』
シュタイナー大尉の絶叫と同時だった。
放たれたのは炎というよりは、青白い光の奔流だった。直径数十メートルに及ぶ光の柱が、空洞の真ん中を一直線に薙ぎ払う。
「くっ……!」
私は操縦桿を横に倒し、岩壁ならぬ金属壁すれすれまで機体をスリップさせて、どうにかそれを巧みにかわした。全機、この不意打ちをかわすことができた。もしも、少しでも反応が遅れていれば、機体ごと蒸発していただろう。
直撃こそ免れたものの、凄まじい熱がキャノピー越しに伝わり、直後に発生した乱気流で機体が激しく揺さぶられる。壁際ギリギリまで回避した数機の撃竜と双胴竜はどうにか生き延びたが、陣形は完全に崩壊していた。
『くそっ、化け物め、どうやって倒せばいいんだ!』
双胴竜の一機からの魔導士が無線越しに叫ぶ中、巨竜はすぐさま第二の充填を始めていた。口内に再び死の青い光が収束していく。その勢いは、これまでの比ではない。
『第二波が来るぞ! 散開しろ!』
再び極太のエネルギー柱が放たれる。私はフラップを展開して失速ギリギリの急旋回で回避軌道に入る。視界の端で、三機の撃竜と十機の双胴竜が壁際へと逃れるのが見えた。
だが、逃げ遅れた機体があった。旋回性能に劣る双胴竜一機と、そして、一機の撃竜。
『くそっ、機体がいうことを効かない!』
先ほどの乱気流で姿勢を崩した影響か、ファルケンベルク曹長の撃竜が、その巨大竜の口の射線上に取り残されていた。
このままでは二機とも、直撃コースだ。
思考よりも先に、私の体は動いていた。スロットルを全開に押し込み、真新しい機体をファルケンベルク曹長の機体と、迫り来る白光の間へと滑り込ませる。
『フィッシャー軍曹、何をしている! 回避しろ!』
隊長の焦燥に満ちた声が響くが、私は答えない。右手で操縦桿を限界まで引き据えながら、空いた左手で腰のホルスターから魔石の杖を抜き放った。
墜落したあの日、私は間近で迫り来るワイバーン級の姿を見た。奴らが展開する「魔力の装甲」――その光の波紋がどのように構成され、どのような術式でエネルギーを中和しているのかを、魔導士としての直感と視覚で焼き付けていたのだ。
あれは単なる硬い壁ではない。飛来する魔力と相反する魔力の波をぶつけ、相殺する盾ともいうべき仕掛けのようだった。それと同じものを生み出せば、あの炎をはじき返すことができるかもしれない。
私は杖の先端を、迫り来る死の奔流に向け、自らの魔力のすべてを注ぎ込んだ。
「我が魔導の光よ……相反する極光となりて、すべてを拒む盾となれっ!!」
魂を削るような詠唱とともに、杖の先から放たれた極限の魔力が、我が機の直前に幾重もの光の波紋、すなわち、防御魔導の術式となって展開された。
直後、ブレスドラゴンの放った熱線の奔流が、私の展開した盾に激突する。
凄まじい衝撃。音すら消失するほどの閃光と圧力が、機体をミシミシと軋ませる。左腕の骨が砕けそうなほどの反動に、私は奥歯を噛み砕く勢いで耐え抜いた。
「ああああああっ!!」
盾の表面で炎が分散し、火花となって周囲へ飛び散っていく。
だが、カバーしきれなかった後方の双胴竜が一機、そのあふれ出た閃光の余波に巻き込まれ、通信の悲鳴すら残せずにチリとなって消滅した。
数秒が数時間に感じられるほどの拮抗の末、ようやく光の奔流が途切れた。
『はぁっ……はぁっ……!』
限界を超えた魔力の放出に、私の視界は白濁し、鼻からツーッと生温かい血が流れ落ちた。杖を握る左手は感覚を失い、ダラリと垂れ下がっている。
だが、振り返ると、ファルケンベルク曹長の撃竜は無傷で浮かんでいた。
『お前……今の障壁は、なんだ?』
曹長が驚くのも無理はない。私も咄嗟に、ぶっつけ本番で出した技だ。だから、こう答える。
「帰投してから、詳細は話します。まずは生き残ることを最優先で」
「……わ、分かった。恩に着る」
その直後だ。隊長機より無電が入る。
『……全機、直ちに帰投せよ! これ以上の戦闘は不可能だ、撤退する!』
ファルケンベルク曹長の言葉を遮るように、シュタイナー大尉の悲痛な、しかし決然とした命令が響き渡った。
シュタイナー大尉はかつて、過去に不利な状況での戦闘を強行し、多数の部下を失ったという深いトラウマがあると話していた。同じ過ちを二度と繰り返したくない、その強い意志が、この撤退命令には込められていた。
あの青白い巨竜は、まだ平然とパイプオルガンの前に浮遊している。あんなものを相手に、今の我々はあまりに無策だ。
我々は隊長の命令に従い、逃げるように機首を反転させ、第二階層の前線基地へと敗走した。
基地の仮設滑走路に降り立った。そんな我々を待っていたのは、安堵の言葉ではなく、氷のように冷たい軍規の恫喝だった。
着陸し、憔悴しきった体をコックピットから引きずり出した我々の前に現れたのは、作戦参謀であるレーマン大佐だ。数名の士官を伴い、歩み寄ってきた。彼の視線の先には、整列した我々の前に立つシュタイナー大尉がいた。
「シュタイナー大尉。貴官はなぜ、目前の障害を排除せず、敵前逃亡という愚かな決断を下したのか!」
信じがたいことだが、この参謀は現場を知らない。あれほど無敵な敵を相手にあのまま残っていれば、我々は全滅していたことは確実だ。しかし、レーマン大佐の言葉からは、そんな悲壮な現実など考慮するつもりはないと見える。
「レーマン大佐、我々は分岐路前の翼竜排除には成功しました。が、その奥に潜む敵の戦力は、我々の想定を遥かに超えております。あのブレスドラゴン級の防御魔導は、第二対竜戦闘隊全機の集中砲火ですら傷一つつけられませんでした。これ以上の攻撃続行は不可能と判断し、貴重な航空戦力と魔導士温存のため、帰投した次第です」
大尉は直立不動のまま、毅然と反論した。だが、大佐の恫喝は続く。
「温存だと? 敵を倒さねば、温存など無意味だ。エーベルハルト大将閣下は、一刻も早くあの右ルートの奥を制圧せよと命じておられるのだ。その敵をどうにかするのが、貴官の役目であろうが」
大将閣下、その名が出た瞬間、私は基地で彼とすれ違った時の、あの人間性の欠落した薄暗い気配を思い出し、背筋が凍りつく。およそ人の心の温かみが感じられないお方だと思っていたが、その冷淡さは想像以上だということのようだ。
「再度、第二対竜戦闘隊に命じる。燃料と弾薬の補給が済み次第、即時再出撃せよ。あの巨竜を落とすまで、帰投は許されない。これは大将閣下からの命令である」
それを聞いた隊員らは一瞬、返す言葉を失った。が、隊長が声を振り絞る。
「大佐、それは全滅しろと、そう仰られるのですか。その命令に、どのような意味があると申されるのです?」
「命令は命令だ。ともかく、その巨竜を叩き落とすことを考えよ。以上だ!」
有無を言わさぬ恫喝を残し、レーマン大佐は背を向けて去っていった。
残された我々の間に、重苦しい絶望の沈黙が落ちた。双胴竜の搭乗員たちは青ざめ、うなだれている。あの圧倒的な力の前に、再び晒される恐怖。彼らの絶望は痛いほど分かった。
このまま大部隊で突っ込めば、的が大きくなるだけで全滅は免れない。
だが、その時、私の脳裏に先ほどの戦闘での記憶が蘇ってきた。
「隊長、フィッシャー軍曹、意見具申!」
静寂を破った私の声に、隊員たちの視線が一斉に集まる。シュタイナー大尉が、疲労を浮かべた目で私を見る。
「何だ、フィッシャー軍曹。具申、許可する」
「大部隊での強襲は無意味です。あの巨竜の見えざる盾は非常に強力で、第一、第二対竜戦闘隊の一斉砲撃ですらもはじき返すでしょう。ですが、炎を放つ直前の口の周辺は、その盾が存在しない隙間と考えます。そこを突く攻撃を加えれば、奴を倒せるのではありませんか?」
「隙間だと? だが、やつはその前に炎を放つ。その一撃をかわしつつ、次の一撃を放つ前にやつの目前へ出ない限りは、その隙間とやらに魔導砲を与えることはできないぞ」
シュタイナー大尉が怪訝な顔で尋ねる。私は隊長をまっすぐ見据えたまま、こう返す。
「今度の作戦は、単座式の『撃竜』四機だけの少数精鋭の編隊で行います」
「は? 四機だと? おい、ただでさえ十機以上の攻撃が通用しない相手に、たった四機で挑めと言うのか!」
「数が少ない方が、私の力を発揮できます」
そして私は、作戦の概要を隊長に伝える。それは一歩間違えれば全員が消し炭になる、狂気の沙汰とも言える作戦だった。
が、あの大将閣下の命を受けてただ無駄死にをするよりは、遥かに勝機のある賭けだ。実際、私はやってのけた。
私の進言を受けて、シュタイナー大尉はしばらく沈黙し、やがて深く息を吐き出した。
「……出撃するのは、俺と、フィッシャー軍曹、ファルケンベルク曹長、そしてヴァーグナー曹長。単座式の撃竜に乗る四名だけだ。他の者は待機しろ」
「隊長! 我々に、残れというのですか!?」
双胴竜の乗員らが、隊長に詰め寄る。が、隊長はこう返す。
「これは命令だ。そして、我々は必ず帰ってくる」
双胴竜の乗員たちが言葉を呑み込む中、撃竜パイロットの四人は互いの顔を見合わせていた。
恐怖はない、といえば嘘になる。が、まったく勝算のない作戦というわけではない。むしろ無理難題を突き付けてきた司令部に、一矢報いてやりたい気持ちの方がはるかに大きい。
そんな中、整備兵長から報告が入る。
「撃竜、四機の燃料補給、および弾薬装填、完了しました!」
「承知した。これより、第二対竜戦闘隊、撃竜四機、発進する。エンジン始動!」
「はっ!」
四機の撃竜が、次々とエンジン始動を終える。我々は再びあの絶望に等しい戦場へ赴く覚悟を胸に、再び愛機へと乗り込む。あの巨大な障壁を打ち破り、その本体を倒すべく、四機の撃竜はまさに発進態勢に入った。
◇◇◇
「なんだと!? たった四機で!?」
「はっ、第二対竜戦闘隊、単座の撃竜四機のみで発進しました」
「何を考えている……十機以上の攻撃すら無効化する敵を相手に、たった四機だけとは。やつらめ、双胴竜乗員を残すとは、明らかなる命令違反ではないか!」
士官より報告を受けたレーマン大佐は、怒りの声を上げる。が、その横でエーベルハルト大将がこう返す。
「なにか、作戦があるのではないか」
「作戦、ですか?」
「少なくとも第二対竜戦闘隊の隊長であるシュタイナー大尉が、無策で向かうとは考えられない。何か、策があってのことだろう。どちらにせよ、作戦が成功し、その大型のブレスドラゴン級が守る機械さえ手に入れられるのであれば構わない」
「はっ、ですが、全機全滅した場合は……」
「第一対竜戦闘隊を送り込むまでだ。ともかく、吉報をまとうではないか」
参謀にそう告げつつ、大将閣下はある紙を広げていた。そこには、不可思議な模様、というより図面のようなものが描かれており、それを眺めつつほくそ笑んでいるようだった。




