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#5 移動

 第一階層から第二階層へと続く、幅八百メートルほどのなだらかな螺旋通路を、膨大な数の兵員と車両が土煙を上げながら下っていく。

 私は整備兵らと共に、陸軍の装甲車の横を行軍していた。その私の頭上を、十数機の双胴竜が飛んでいくのが見えた。

 本来ならば、私もあの空を飛んでいるはずだった。上空には、地上部隊を護衛する数十機の戦闘機隊が、爆音を上げながら頭上を旋回する 。だが、今の私は陸軍の歩兵や、航空隊の整備兵たちと共に、エンジンのうなり声と無限軌道が岩を砕く音にまみれながら、重い足を引きずって地上を歩いていた。


 先の第二階層占領作戦での死闘において、私は乗機である単座の撃竜を失ってしまった 。右翼はワイバーン級に引きちぎられ、機体は岩盤に激突し大破。とても修繕できる状態にはない。シュタイナー大尉の機体に無理やり同乗して救出されなければ、今ごろ私はあの赤茶けた大地で、オーガの餌になっていたか、竜の爆炎で黒焦げにされていたことだろう。

 命があったのは幸いだが、全身の打撲と軽い捻挫、そして何より、たった六匹の撃墜マークを描いたばかりの真新しい愛機を失った喪失感は、想像以上に私の心と体を重くしていた 。


「おい、フィッシャー軍曹。足は大丈夫か? 辛けりゃ、装甲車の後ろに乗せてもらうよう掛け合ってやるぞ」


 隣を歩いていた整備兵の一人が、気遣うように声をかけてきた。先の基地で、いつも私の機体のエンジンを始動してくれている兵士だ 。


「お気遣い、感謝します。ですが自力で歩けますから。それに、陸軍さんたちの車両は、弾薬と負傷兵で満載ですし」


 私は気丈に振る舞いながら、周囲を見渡した。なんていうか、自分で歩きたかったというのが本音だ。何かにもたれてぼーっとしていたら、あの撃墜の瞬間を思い出してしまい、正気でいられるかどうか自信がない。

 現に昨夜も夢の中に、ワイバーン級が現れて私の襲い掛かってきた。そんな悪夢にうなされながらも、私は一刻も早く戦線に戻らねばならない。

 ここ数日の激戦の爪痕が、通路のあちこちに生々しく残っている。破壊された陸軍の四式中戦車の残骸、ひしゃげた装甲車、そして、山のように連なる緑色の巨獣オーガの死骸が無造作に転がっていた 。

 空から見下ろしていた地獄を、今度は自分の足で歩いている。血と硝煙、そして魔物の体液が混ざり合ったひどい悪臭が、この隕石孔の空気を重く淀ませていた。

 ふと、前方から怒声とけたたましい銃声が響き渡った。


『敵襲! 右岩陰より、小型の魔物群!』


 警告の声と共に、暗がりから這い出してきたのは、犬ほどの大きさを持つ四足歩行の醜悪な魔物、ハウンドゴブリンの群れだった。その数はおよそ二十。オーガや翼竜に比べれば取るに足らない存在だが、今の疲弊した行軍部隊にとっては十分な脅威だ。


「総員、短連射にて反撃! ゴブリンどもを蹴散らせ!」


 隊長らしき人物の指揮のもと、陸軍の歩兵たちが小銃を構え、一斉に射撃を開始する。バリバリと響く銃声、その銃弾を受け、バタバタと倒される小型の魔物。この程度の魔物であれば通常弾でも倒せる。現れた魔物の大半が弾丸を浴びて倒されるが、すばしっこい数匹が銃火を潜り抜け、部隊の側面に肉薄してきた。

 一匹が、すぐ斜め前を歩いていた通信兵の喉笛に向かって跳躍する。


「危ない!」


 私は痛む足を踏み込み、腰のホルスターから先端に魔石の付いた短い杖を抜き放った。陸上戦闘の訓練以来使っていた、魔導士としての基本兵装だ。

 思考よりも早く、唇が詠唱を紡ぐ。


「我が光の魔力よ、卑小なる悪魔を、打ち払え!」


 短い杖の先端から放たれたまばゆい光の弾が、空中に躍り出たハウンドゴブリンの眉間を正確に撃ち抜いた。魔物は悲鳴を上げる間もなく空中で爆散し、黒い灰となって通信兵の足元に降り注ぐ。

 間髪入れず、私は杖の狙いを次々と変え、迫り来る魔物たちに光の魔弾を連射した。ものの数秒で、側面を脅かしていた五匹の魔物はただの散乱する肉塊へと変わった。


「た、助かった……。そういえばあんた、操縦士な上に、魔導士だったな」

「大丈夫? 怪我はない?」

「いや、無傷だ。あんたのおかげで、助かった」


 襲われた通信兵が、私に礼を言いながら立ち上がる。

 そうだ。上空の制空権を一時的に確保し、巨大な魔物を退けたとはいえ、ここは依然として昔から魔物が巣食う隕石孔の深淵だ。一瞬の気の緩みが死に直結することを、私は痛いほど思い知らされたばかりだ。気が抜けない。

 その襲撃を受けて、私は杖を常に握りしめたまま、行軍を続ける。

 やがて陸軍の一団は、先の戦闘で最も激しい砲撃戦が行われたと思われる場所へとたどり着く。そこで、岩壁が大きく崩落した地帯へと差し掛かった。

 歩みを止めず、ふとその崩れた岩肌に目を向けた私は、その違和感に気付く。


「……あれは?」


 自然の岩盤の一部がえぐり取られていた。おそらくは戦闘機か、あるいは翼竜が落ちた時に生じたものだろう。その崩れた岩のその奥に、異質なものが露出していた。

 冷たい銀色に鈍く光る、太い金属の配管。よく見ればそれが何本もの束になり、岩の奥深くへと規則的に伸びている。さらにその端には、岩ではない明らかに人工的な模様が施された金属板のようなものが埋め込まれていたのだ。

 背筋に冷たいものが走った。墜落直前、地面すれすれで見たあの金属の光沢は、おそらくこれだ。てっきり、撃墜された機体の破片かと思っていたが、それは明らかに我々の作り出したものではない。

 なんだ、ここは。ただの巨大な隕石孔(クレーター)ではないのか?

 いや、冷静に考えてみれば、この規則正しいらせん状の孔が、自然にできるわけがない。人為的なものを感じていたが、それは私の想像する以上の何かのようだ。

 他の兵士らは気にも留めていない様子だ。一見すれば、くすんだ表面のおかげで岩にしか見えない。だが、操縦士である以上、私は視力がいい。その眼で見たそれは、明らかにあれは金属製の何かだと、私は確信する。

 しかし、誰が何のために、これほど深い地下にこんな巨大な金属の構造物を埋め込んだのか?


 私の脳内に去来したのは、国が軍隊まで動員してこの隕石孔を調査する理由だ 。隊長が「いずれ進むうちに分かる」と言ったその言葉の意味が、不気味な輪郭を伴って私の頭をかすめた。この迷宮は、どう考えても自然にできたものではない。おそらくは、我々の技術などよりもはるかに優れた文明によって成されたものに違いない。我々はその文明が作り上げた「何か」の巨大な腹の中を進んでいるのではないか。


 数時間もの過酷な行軍の末、我々はついに第二階層の奥深くに開けた平地、新たな前線基地となるポイントへと到着した。

 すでに先行した工兵隊によって滑走路の整地が始まっており、仮設のテントが次々と建てられている。慌ただしく物資が運び込まれる混沌とした風景の中で、一際場違いな、しかしひどく安心する声が響き渡った。


「はい、いらっしゃーい! 疲れた体には、甘いコーラが一番よ!」


 声のする方を見ると、急造の木箱を並べただけのカウンターで、ヨハンナが満面の笑みを浮かべて部隊を労いつつ、商売を始めていた。ブロンドの髪を揺らしながら、愛想よく商品を売りさばいている 。

 この地獄のような行軍の直後に、彼女の姿を見るとは思わなかった。この前線基地において数少ない女性である彼女は 、危険を承知でこの最前線まで降りてきていたのだ。


「ヨハンナ、最前線まで来てたのか?」

「あ、マルガレーテじゃない! 墜落したって聞いたけど、無事だったのね、よかった!」


 私を見るなり、ヨハンナはカウンターから身を乗り出して手を振った。まるで古くからの友人のようなその馴れ馴れしさに、ささくれ立っていた私の心がふっと解けるのを感じた。


「でも、機体ごと叩き落とされたんでしょう? あらら、怪我だらけじゃない。まさか、歩いてここまで来たの?」

「それはそうだ。自身の機体を失ったのだからな」

「まったく、双胴竜に乗せてもらうという手だってあったのに。ほら、これサービス」


 そう言って、ヨハンナは瓶入りコーラと、スナック菓子の袋をドンと私の前に置いた。


「サービスでなくていい、代金はちゃんと払う」

「いいのよ。あんたは基地を襲ったオーガを倒した、いわば私の命の恩人なんだから。それに、ここからは先はもっと過酷になるんでしょ? しっかり栄養補給しておきなさい」


 そうヨハンナは言うので、私はありがたくそれを受け取って、近くの空いている弾薬箱を椅子代わりにして腰を下ろした。コーラの栓を抜き、一気に喉に流し込む。炭酸の刺激と甘みが、乾き切った体に染み渡り、失われていた魔力がわずかに回復していくのを感じる。


 周囲の喧騒を遠くに聞きながらスナック菓子をかじっていると、ふと、基地の入り口付近が異様に静まり返ったことに気がついた。

 ざわめきが波を打つように消え、兵士たちが次々と道を開け、直立不動の姿勢をとっていく。

 その真ん中を、数人の士官を引き連れた一人の軍人が歩いてきた。

 隙なく仕立てられた特注の軍服。胸元にいくつもの勲章が冷たい金色の光を放ち、肩と胸には豪奢な飾緒が揺れている。白髪交じりの髪を撫でつけ、鋭い鷹のような目つきをしたその男は、年齢は五十代半ばだろうか。

 この砂埃と血の匂いが充満する最前線には、あまりにも不釣り合いな存在だった。それほどまでに、かなり上の階級の軍人だとその軍服からも分かる。

 すなわち、あれは大将閣下だ。


「あのお方、もしかして軍の上層部?」


 私が近くにいた兵士に小声で尋ねると、古参の軍曹が、口をほとんど動かさずに答えた。


「エーベルハルト大将閣下だ。この隕石孔調査軍の全権を握る指揮官だよ」


 やはり大将閣下だった。軍の中枢のそんな雲の上の存在が、なぜこんな安全すら確保されていない危うい第二階層の地下深く、泥と血にまみれた前線基地へ自ら足を運んだのか?

 疑問が渦巻く中、エーベルハルト大将の一行が私の座る場所のすぐ横を通り過ぎようとした。私は弾かれたように立ち上がり、手に持っていたコーラ瓶を素早く足元に隠すと、背筋を伸ばして最敬礼の姿勢をとった。

 エーベルハルト大将は、泥と埃にまみれ、腕に包帯を巻いた一介の女性下士官である私を一瞥することすらなかった。無関心に、ただ前だけを見て通り過ぎていく。

 しかし、彼が私の目の前を通り過ぎたその一瞬、なぜかゾッとするような感覚が、私の全身の産毛を逆立てた。

 魔力ではない。彼は魔導士ではないのだろう。だが、彼の背中から発散される「何か」が、私の直感に強烈な警鐘を鳴らしていた。

 それは、底知れぬ暗闇の奥深くを覗き込んだ時のような、異様なまでの恐怖感。数千もの命が失われることすら誤差程度にしか考えていないような、人間性の欠落した薄暗い感情のようなものを感じ取った。

 上空で相対した、あの「ブレスドラゴン級」の機械的で冷酷な瞳を見た時と、どこか酷似した感覚だった。


「…………」


 私は敬礼の手を下ろすことも忘れ、遠ざかっていく大将閣下と取り巻きの士官たちの背中を、ただ見つめていた。

 この隕石孔の奥に隠された人工的な構造物。我々を排除しようとする、機械的な動きを見せる竜の群れ。そして、この地獄の底に現れた軍の中枢たる冷徹な将軍。

 その点と点が、一本の線で繋がっているように感じる。おそらく我々は、ただの隕石孔調査のためだけに、この深淵に潜っているのではない。

 彼らは、この孔の底にある「何か」を知っているのではないか?


 手の中で生ぬるいコーラの瓶を強く握り締めながら、私は再び未知の深淵へと続く、さらに暗い螺旋の奥を見据えた。この戦いの先にはおそらく、私たちの想像を絶する運命が待ち構えている。その予感だけが、鉛のように私の胸の奥に居座っていた。


◇◇◇


 第二階層の一角、仮設の滑走路が作られ、その端には仮組みの小屋が作られていた。


「レーマン大佐、戦況はどうか?」


 エーベルハルト大将は、士官の一人に尋ねる。


「はっ、先の戦いで、撃竜が二機、双胴竜十二機が撃墜されました。陸軍歩兵部隊にも多数の犠牲が出ており、また装甲車部隊の大半が壊滅。死者は二千七百を越えます。負傷者も多数おり、現状、半分以上の兵士が戦闘不能な状態です」

「そうか」


 多数の空軍機、一万の陸軍の四分の一以上が壊滅したという報告を受けても、眉一つ動かすことなくそれを聞き終える。

 その大将閣下が、驚くべきことを言い出した。


「早速だが、この先の偵察を行う」


 まだ負傷兵も多く、前線基地の整備すら終えていない現状で、非情な決断を下す。


「閣下、お言葉ですが、とてもじゃないですが今、軍事作戦を展開することは……」

「我々、調査軍の任務は、一日も早くこの隕石孔を調査し、その成果を首相閣下へ届けることだ。多少の犠牲は構わん。補充の手続きもすでに済ませてある」


 まるで陸軍や空軍の兵士、機体など、盤上の駒に過ぎないと言わんばかりの扱いだ。が、上官に逆らえるわけもなく。この作戦参謀は答える。


「はっ、では早速、深部への調査を実施いたします」


 それを聞いたエーベルハルト大将は、作戦参謀にも聴き取れぬほどの小声でこうささやく。


「まだほんの入り口だ。先は長い」


 無論、この言葉の意味を知るのは、エーベルハルト大将をはじめ、ごくわずかな高官だけだ。

 大将閣下は、小屋の窓から薄暗い迷宮の奥を覗き見る。

 まるで、その先に何があるのかを、見定めているように。

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