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#4 死闘

 空も陸も、すでに戦場というよりは巨大な屠殺場と化していた。兵士やオーガ、竜の屍が第二階層のあちこちに散らばり、凄惨な光景が広がっている。

 その眼下の第二階層では、陸軍の機甲部隊がオーガの群れに飲み込まれつつあり、彼らを援護すべき我々第二対竜戦闘隊もまた、上空で絶望的な消耗戦を強いられていた。

 巨大なブレスドラゴン級が放つ火炎柱が、薄暗い地下空間を真昼のように照らし出す。その閃光のたびに、我々の仲間が次々と空から叩き落とされていった。

 だが、戦闘の甲斐もあり、ブレスドラゴン級の数が少なくなってきた。しかしそこに、ワイバーン級が二十体、現れる。

 まったく、きりがない。こちらはブレスドラゴン級を相手にするだけで精一杯だったんだぞ。なぜ今頃になって、ワイバーン級が現れるのか。


『魔力が……もう魔力が保たない! 後退しろ!』


 無線からは、近くを飛ぶ複座機の双胴竜に乗る後席の魔導士の悲鳴が聞こえてきた。友軍機にも、魔力切れを起こす機体が徐々に出始めた。

 私は操縦桿を激しく横に倒し、機体を滑らせながら声のした方角を見る。右斜め上方、一機の双胴竜が、三体のワイバーン級に完全に包囲されていた。

 魔導士の魔力が尽きた双胴竜は、ただの鈍重な的でしかない。前席の操縦士が必死に機体をスリップさせて逃れようとするが、相手は空の捕食者だ。一体のワイバーン級が、戦闘機には不可能な鋭角の空中停止ホバリングから急降下し、その巨大な鉤爪を双胴竜の胴体へと深々と突き立てた。


『ぎゃあああっ……』


 バリバリという金属がへし折れる音とともに、操縦士と魔導士の絶叫が無線に響き、直後にぶつりと途絶えた。

 鉤爪に胴体を真っ二つに引き裂かれた双胴竜から、人体のごときものが空中に投げ出されるのが見えた。しかし、それらが地面に落ちるよりも早く、別のワイバーンが大きな顎を開き、空中で彼らを噛み砕いた。血の雨が、キャノピーに黒い斑点となってこびりつく。


「くそっ! やらせるか!」


 私は激昂とともにスロットルを押し込み、単座機である「撃竜」のエンジンを限界まで回した。機銃の掃射でワイバーンの注意を惹きつけ、すれ違いざまに魔導砲のトリガーを引く。


「我が光の魔力よ、邪悪なる竜にその力を叩きつけよ!」


 魔力を込めた光の弾が、仲間を食らった竜の頭部を正確に吹き飛ばす。だが、一匹を屠ったところで戦局は好転しない。

 すでに私自身も限界だった。幾度もの急旋回による強烈なGと、絶え間なく魔力を絞り出している代償として、鼻筋から血が流れ落ち、ひどい頭痛が視界を明滅させている。ヴァーグナー曹長の機体も、高Gの連続に耐えきれなくなったのか、動きが著しく鈍り始めていた。


『右舷上方から来るぞ! 避けろ!』


 隊長であるシュタイナー大尉の鋭い警告が、ノイズ混じりの無線から飛び込んできた。私は隊長の声を聞き、期待をねじりつつ降下するインメルマン・ターンでそれをかわす。

 ギリギリだった。赤い火球が、まさしく左翼の脇をかすめた。隊長の声がなければ、私の機体は落とされていた。

 そのまま急旋回を続け、私はその竜の背後へと回る。そして詠唱し、二発の魔弾を食らわせる。

 だが、徐々に視界がぼやけてきた。魔力切れ寸前の症状だ。撃った二発も、一発が当たっただけだ。が、どうにかそれはワイバーンの右の翼をもぎ取り、その竜を生きたまま地面にたたき落とした。

 ここで思わず気が抜けた。これが、油断だった。


『回避だーっ!』


 再び、隊長の声が無線から響く。ふと上を見上げれば、暗い影が迫っている。

 だが、遅かった。

 私の機体の完全な死角――上方から急降下してきた一頭のワイバーン級が、その太い尾を鞭のようにしならせ、我が「撃竜」の右翼を強打したのだ。

 凄まじい衝撃に、私はコックピットの中で激しく跳ね返され、計器盤に頭を打ちつけた。


「がっ……!」


 鼓膜を破るような破壊音。右翼の半分が根本からひしゃげ、宙を舞っているのが見えた。揚力を失った機体は瞬く間に錐揉み状態に陥る。

 狂ったように回転する視界。高度計の針が、致命的な速度でゼロへと向かっていく。


「動け……動けっ!」


 私は血を吐きながら操縦桿を引き、ペダルを蹴り飛ばすが、ワイヤーが切断されたのかエルロンもラダーも全く反応しない。迫り来る第二階層の荒涼とした岩肌。このままでは岩壁に激突して木っ端微塵だ。

 私は死に物狂いでスロットルを絞り、再度のレバーで左翼のフラップを強制的に展開させ、どうにか機体の回転を強引に相殺した。

 その直後、凄まじい轟音とともに機体は地面に滑るように落ちる。

 強烈なGで腹をベルトが圧し潰し、キャノピーが粉々に砕け散る。機体は岩を削り、火花と土煙を上げながら数十メートル滑走して、巨大な岩盤に激突してようやく停止した。


「……はぁ、はぁっ……」


 全身の骨が軋み、口の中は血の味で満たされていた。だが、まだ生きている。

 機首からは黒煙が上がり、漏れ出した燃料の臭いが鼻をつく。いつ爆発してもおかしくない。私はシートベルトを外し、這いずるようにしてコックピットから外へ転がり出た。

 だが、安堵する暇など一秒もなかった。

 ドス、ドス、という重い羽ばたき音とともに、私を撃ち落としたワイバーン級が、地上の獲物を確実に仕留めるべく舞い降りてきたのだ。

 間近で見る竜は、空で相対するよりもはるかに巨大で、そして不気味だった。その瞳には獣の怒りや飢えはなく、ただ無機質に「標的の排除」を実行しようとする機械的な冷酷さだけが宿っていた。

 周囲を見渡しても、味方の陸軍は遠く離れた場所でオーガの群れと死闘を演じており、私を助けに来られる者など誰もいない。

 そこで私は腰のホルスターから、先端に魔石の付いた短い杖を抜き放つ。

 残された魔力はわずかだ。こんな小さな魔石の杖一本で、あの分厚い鱗を貫ける保証はない。が、やらなければ、やられる。

 竜が大きく息を吸い込む。喉の奥で、周囲の空気を焼き焦がすほどの灼熱の炎が圧縮されていくのが見えた。


「……そこだ!」


 私は震える両脚に力を込め、杖を両手で握り締めた。


「我が光の魔力よ、弱点をさらす愚かなるあの竜に、正義の鉄槌を放て!」


 私が最後の一撃を放つ。口を開いたその竜は、私の放った渾身の一撃を食らい、頭部を吹き飛ばして倒れる。血飛沫が、ここまでまき散らされる。

 が、竜は一匹ではない。その斃れた竜目掛けて、別のワイバーン級が現れる。

 ああ、終わりか。私の二十四年の人生は、こんな薄暗くて血生臭い、しかも空の上ではなく地上で、その最後を迎えようとしていた。

 が、その時だ。鼓膜を突き破るような轟音とともに、ワイバーンの横っ腹を極太の青白い魔弾が貫いた。


「ギャアアアアッ!」


 断末魔の咆哮すら途中で掻き消え、巨大な竜の胴体が内側から弾け飛ぶ。撒き散らされた鮮血と内臓の雨の中を、一機の「撃竜」が矢のようにすり抜けていった。

 その胴体には、青い帯が二本、描かれている。第二対竜戦闘隊隊長である証、つまりあれはシュタイナー大尉の機体だった。

 上空を掠めた機体は、そのまま大きく旋回する。かと思いきや、あろうことか車輪(ギア)を出し、瓦礫と岩が転がるこの荒れ地に強行着陸を試みたのだ。

 軽量な単座機が、不整地で激しくバウンドする。機体がひっくり返りかねない無茶苦茶な着陸だ。尾輪が岩を弾き飛ばし、主脚のサスペンションが悲鳴を上げる中、大尉の機体は私のわずか数メートル手前で土煙を上げて急停止した。


「軍曹、乗れ! 早くしろ!」


 キャノピーを跳ね上げた大尉が、血気迫る顔で怒鳴りつけてきた。


「無茶です! 撃竜は単座ですよ!」

「俺の膝に乗れ! 早く!」


 躊躇などしている暇はない。撃破されたワイバーンの血の匂いを嗅ぎつけ、地上のオーガたちがこちらへと進路を変え始めていた。

 私は痛む足を引きずりながら大尉の機体に飛び乗り、無理やりコックピットへと身体を滑り込ませた。

 狭い。あまりにも狭すぎる。が、私の身体が小さいことが幸いした。どうにかおさまる。

 大尉の太ももの上に跨るように座り、身を屈める。私の背中には大尉の分厚い胸板が密着し、大尉の両腕が私の脇の下をすり抜けて操縦桿とスロットルを握っている。機内に充満するオイルの匂いと、大尉から発せられる強烈な汗と熱気が、狭い空間に閉じ込められていた。


「舌を噛むなよ、振り落とされるな!」


 キャノピーが開いたままの状態で、大尉はスロットルを全開にした。

 千二百馬力のエンジンが爆音を轟かせ、機体が猛烈な勢いで前進する。目の前には、丸太のような腕を振り上げたオーガが立ち塞がっていた。

 そんなオーガに向かって、七.七ミリを撃つ。無論、あのオーガには効かない。が、目くらましにはなったようで、一瞬動きが止まる。


「上がれーっ!」


 大尉が操縦桿を力任せに引く。機体はオーガの巨腕を鼻先数十センチでかわし、無理やり宙へと舞い上がった。

 風圧が顔面を容赦なく叩きつける中、私は大尉の腕の間に挟まれながら眼下の惨状を見下ろしていた。

 幾多の戦車が炎上し、多数の歩兵が命を落とし、空では何機もの双胴竜が墜ちた。だが、生き残った陸軍部隊はどうにか陣形を立て直し、魔導砲隊が多数のオーガを次々と撃退し始めていた。

 そう、上空のブレスドラゴン級がいなくなり、ワイバーン級もその大半を撃退した。おそらくはやつらも、魔力切れなのだろう。数匹が飛び去って行くのが見える。


「あ、あの、隊長」

「なんだ」

「助けていただき、ありがとうございます」

「まだ、無事に帰りついたわけではない。今ここにまた翼竜が現れたなら、ひとたまりもないぞ」


 そう呟く隊長だったが、幸いにも翼竜はこれ以上、現れなかった。

 多数の犠牲を出したものの、どうにかこの第二階層を制した。事実、隕石孔調査軍が第二階層の入り口に防衛線の構築を始めている。

 多大なる犠牲と引き換えに、我々は第二階層への橋頭堡を築き上げた。


「あの、隊長」

「なんだ」

「……私、臭くないですか?」


 自身もそうだが、先ほどから血飛沫を大量に浴びている。しかもこの狭いコックピットの中、風防ガラスを閉じたままの飛行だ。気になって仕方がない。

 が、隊長はこう返す。


「排気ガスの方が、よっぽどか臭い」


 大尉の冷徹な声が、私の耳元で響く。うーん、強がっているのか、それとも気を遣っているのか、その口調のトーンからは推測できない。

 で、私はそのまま、隊長の膝の上で座ったまま、しばらくの間、旋回飛行を続ける。が、警戒が解け、一路、第一階層の飛行場へと戻ることになった。

 本来ならば、安堵すべき時だ。しかしこの時はどちらかと言えば、自身の機体を失ったことに落胆していた。命があったのは幸いだった、が、せっかく六匹の撃墜マークを描いた真新しい機体を、早くも失ってしまったのだ。そのショックは、思いの外大きい。


「すいません、隊長。私、貴重な一機を失ってしまいました」


 そう告げる私に、隊長はこう答える。


「単座機一機、すぐに作れる。が、操縦士はそうはいかない」


 その一言が、私にとってはせめてもの救いだった。

 ところでこの時、私はふと、不時着した際に削り取られた岩壁の奥から、冷たい「金属の装甲」のようなものが露出していたのを思い出した。だが、今はそれを口にする余裕はない。というより、落ちた双胴竜の機体の一部がそう見えただけなのだろうと、その程度に感じていた。

 真の絶望がこの深淵の底で口を開けて待っていることを、この時の我々はまだ、知る由もなかったのである。

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