#3 進撃
「軍司令部より本日、第二階層占領作戦が発令されることになった」
ブリーフィングで、シュタイナー大尉から告げられる。つまりだ、いよいよ我々はこの巨大な隕石孔のさらに深く、第二階層へと足を踏み入れることとなった。
そのブリーフィングにて、第二対竜戦闘隊のシュタイナー大尉が作戦の概要を告げる。今回の作戦は陸軍との共同作戦であり、前線基地を第二階層の奥深くに構築するための、軍を挙げた大規模な進撃作戦となる。
作戦に参加する航空戦力は、単座機の「撃竜」が七機、そして複座機の「双胴竜」が三十四機。先日の一戦で未帰還となった八機の機体に対し、第一対竜航空隊に九機の双胴竜が補充された結果、総勢で四十一機となっている。第一、第二の対竜航空隊は総力を結集しての出撃だが、一方の陸軍がといえば、魔導砲隊が三十門、通常砲の戦車に装甲車が多数、加えて歩兵。陸軍主力はおよそ一万となっている。こちらも、この狭い戦場にしては大兵力だ。
「これより我々は、未知の領域へと進撃する。偵察機によれば、ここから二十キロ以上奥に進んだところに開けた平地があるという。そこを前線基地とするべく、この共同作戦が立案された。すでに陸軍の各部隊は前進を開始している。各機、陸軍の地上部隊を上空から援護しつつ、空からの脅威を完全に排除せよ」
大尉の声が、飛行場の端で響き渡る。焦けたオイルの匂いと、張り詰めたパイロットたちの緊張感が混ざり合い、独特の空気を生み出していた。
私は愛機である「撃竜」のコックピットに滑り込む。すでに整備員がエンジン始動を終えていた。キャノピー越しに見下ろすと、第一階層からさらに下へと続く螺旋状の巨大な通路を、すでに陸軍の部隊が進み始めていた。
四十一機のエンジンが一斉に火を噴き、千二百馬力の咆哮が地下空間を震わせる。我々、第二対竜航空隊は滑走路まで滑走すると、一機ずつ離陸を開始する。私の機体が滑走路を疾走すると車輪が地上を離れ、前方を飛ぶ友軍機と合流する。ふと地上を見ると、後方の魔導砲隊、そしてその前衛には戦車や装甲車を連ねた陸軍部隊が土煙を立てて進んでいるのが見える。その頭上を旋回しながら、さらに薄暗くなる深淵へと、我が軍は進撃を始めた。
◇◇◇
第一階層と第二階層を繋ぐ、幅八百メートルほどの大きく広く、なだらかな螺旋通路が続く。上空には、爆音を響かせながら旋回しつつ、地上を護衛する戦闘機隊が見える。
陸軍機甲大隊のギュンター・ミュラー大尉は、先頭を進む四式中戦車のキューポラから身を乗り出し、双眼鏡で前方の暗がりを睨みつけていた。
彼の指揮下にあるのは、中戦車十二両、装甲車八両、そしてそれに追従する歩兵二個中隊だ。エンジンの轟音と履帯が岩を砕く音が、鼓膜を劈くように響き続けている。
「不気味なほど、静かだな」
ミュラー大尉が、そう呟いた直後だった。
ズンッと、重い地鳴りが鼓膜を揺らした。戦車のアイドリングとは違う、巨大な質量が地面を打つ音だ。
「大尉! 前方の岩陰に大型の魔物らしきものが多数、接近中とのこと!」
車内の通信手が金切り声を上げる。ミュラーが再び双眼鏡を覗き込んだ瞬間、前方の「暗闇」が動いた。
そこに現れたのは、先日第一階層の基地を襲撃したという緑色の巨獣。そう、オーガだ。だが、その数が違った。五体、十体どころではない。通路の奥から、岩肌と同化していた無数のオーガが、濁流のように押し寄せてきたのである。その数は優に五十を超えていた。
「全車、戦闘態勢! 徹甲弾装填、初弾斉射、てーっ!」
ミュラー大尉の号令と共に、十二門の七十五ミリ戦車砲が一斉に火を吹いた。
凄まじい砲口の閃光が薄暗い地下通路を照らし出す。放たれた砲弾は、正確に先頭集団のオーガたちの胴体を捉えた。
これでやつらもおしまいだろう。そう思った矢先、ミュラー大尉は自らの目を疑った。
着弾の瞬間、オーガの表面を覆う鱗が不自然な青白い光を放ったのだ。分厚い鋼鉄の装甲すら容易く貫くはずの徹甲弾が、まるで目に見えない「透明な硬石の壁」に衝突したかのように火花を散らし、粉砕しながら弾き返されたのである。
「馬鹿な……対魔物用の徹甲弾の直撃だぞ!? なぜやつらは平然としていられるんだ!」
特製の徹甲弾が全く通用しない。その事実が、陸軍兵士たちの間に致命的な絶望を伝播させた。
通常弾を弾く魔物というものは、地上にも存在する。だが、この対魔物用徹甲弾が効かない巨獣というのは、彼らにとっても初めてだ。
最大の武器が効かない相手を前に、最前線の兵士たちには凄惨な現実が襲い掛かる。
「ひ、ひぃぃっ!」
装甲車から展開していた歩兵たちが、恐怖に駆られて後退しながら一斉に機関銃や小銃を乱射する。無数の曳光弾がオーガに吸い込まれていくが、巨獣たちは痛痒すら感じていないかのように、歩みを止めることなく突進してくる。
先頭の一体が、雄叫びと共にミュラーの隣を走っていた僚機の戦車に飛びかかった。丸太のような腕が振り下ろされると、三十トンを超える鉄の塊が、まるで玩具のように横転させられた。キャタピラが虚しく空転し、中から這い出ようとした戦車兵が、オーガの巨大な足に無造作に踏み潰される。
「距離を取れ! 榴弾で足止めしつつ後退!」
ミュラー大尉は喉が裂けるほど叫んだ。だが、圧倒的な質量と暴力の前に、陸軍の陣形は瞬く間に崩壊していく。装甲車が紙屑のように引き裂かれ、血しぶきと兵士たちの悲鳴がエンジンの轟音を掻き消していく。
「おい魔導砲隊、何をしている! なぜ前進し、やつらを撃たないのか!」
ミュラー大尉は血を吐くような思いで、切り札ともいえる味方の魔導士たちとその魔導砲を抱えた部隊に向かって無線で叫んだ。
だが、肝心の魔導砲隊は前進しない。いや、できなかったというのが正しいだろう。
さらなる地獄の使者が、空の上から彼らに襲い掛かろうとしていたからだ。
◇◇◇
『地上部隊より空軍各機へ! 救援を乞う! 敵の鱗に通常弾では……ああーっ……!』
無線の向こうで途切れた悲鳴に、私は血の気が引くのを感じた。
眼下を見下ろせば、誇り高き我が国の陸軍部隊が、緑色の巨獣の群れに蹂躙されている。戦車の主砲が放つ閃光が散発的に光るが、戦線は完全に崩壊しかかっていた。
その後方には、魔導砲隊が迫っている。が、彼らは突然、歩みを止めた。前線では、魔導士たちの放つ魔弾を欲しているというのに、何をしているのか。その不可思議な軍事行動に、私は苛立ちを感じずにはいられない。
が、なぜ彼らが歩みを止めたのか、その理由を私は、その直後に知ることとなる。
『よし、全機、直ちに地上部隊を援護せよ!』
隊長からの無電で、地上支援の命令が出る。私が急降下に移ろうとした、まさにその時だ。
コックピット内のレーダーと魔力探知機が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。振り切れるほどの強い反応。地上からではない。前方の、さらに深い暗闇の空からだ。
『上空にも敵影多数! 大型の翼竜、ワイバーン級にあらず!』
先導する偵察機の乗員から入った無電の声と同時に、薄闇を切り裂いて極太の火炎柱が我々の編隊を襲った。
『全機、散開!』
私は咄嗟に操縦桿を右に倒し、機体を横転させる。直後、私の機体があった空間を、すべてを溶かすような灼熱の炎が通過していった。回避が遅れた複座機の「双胴竜」が一機、火炎に飲み込まれ火だるまとなって壁面へと激突し、砕け散った。
その火炎の光が、前方の敵を照らす。目前に現れたのは、通常のワイバーン級を二回りは上回る赤い巨体を持つ「ブレスドラゴン級」とよばれる大型翼竜の群れだった。その数、ざっと三十はいる。
だが、私が戦慄したのはその大きさだけではない。
彼らの動きには、野生の獣のような荒々しさが欠けていた。どこか機械的で、統率されたような不気味な規則性があるのだ。まるで戦闘機のように編隊を組み、一定の距離と陣形を保ちながら正確に我々に向かって迫ってくる。
それはまるで、侵入者を排除するためだけに作られた、戦闘マシンのようだ。あれを前にして、魔導砲隊が前進できないのは当然だろう。
「くそっ、やらせるか!」
私は操縦桿を激しく引き、急降下から一気に機体を引き起こす。猛烈なGが全身の血液を足元へと押し流し、視界の端が暗転しかける。奥歯を噛み締めながら、私は目前に迫る巨大なドラゴンの眉間を照準に捉えた。
まずは七.七ミリで一連射を放つ。それを受けた一匹のブレスドラゴン級が、こちらに向かってその大口を開き、対戦車ライフルほどの大きな牙を向けてきた。
炎を放つつもりだ。だが、大型ゆえにすぐには放てない。口の中に、赤い光が充満するのが見える。
私の照準は、まさにその開いた口の中央を狙い定めている。その大口に全速でつっこみながら、私は詠唱する。
「我が魔導の光よ、その正しき力をもって、赤い障害を打ち砕け!」
操縦桿の魔石を握りしめ、魔力を送り込む。翼の二十ミリ魔導砲から放たれた光の弾が、ブレスドラゴンの口内に直撃した。
あっけなく、そいつの口から腹にかけて我が光の魔導はこの大型翼竜の身体を貫き、その巨体を真っ二つに引き裂いた。力無く落ちていく赤いその巨体が、地上に激突するのが見える。
が、そこに別のブレスドラゴン級が迫る。私は旋回しつつ再び詠唱し、その背中に向けて二十ミリ魔導砲を放つ。
「我が魔導の光、大柄で愚かなる竜の背中に、我が魔力を叩きつけよ!」
的は大きい、ワイバーン級に比べたら、図体が大きな分、ブレスドラゴン級を狙うこと自体は容易だ。が、やつはワイバーン級のようには容易くは墜ちない。
奴の鱗の表面で、青白い波紋が広がった。先ほどの陸軍の徹甲弾を弾いたのと同じ現象だ。まるで目に見えない魔力の盾が干渉を起こしたかのように、私の放った魔弾は相殺され、火花となって散ったのだ。
あれは、鱗が硬いんじゃない。高エネルギーの装甲が、身体を覆っているんだ。
直感的にそう理解した。同等かそれ以上のエネルギー、相手の装甲の出力を上回る力をぶつけなければ貫通できない。もしくはそのエネルギーでは覆い隠せない口を狙うしかないが、ドッグファイトに入るとそれもままならない。
『フィッシャー軍曹! 別のブレスドラゴン級が迫っているぞ! 何ぼさっとしてやがる!』
左脇をすれ違ったファルケンベルク曹長の声が、無線越しに響く。が、言うは易しだ。ただでさえ機体の操縦で手一杯の極限状態で、どうやって狙えと言うのか。
だが、やらなければ地上の陸軍もろとも全滅への道を、まっしぐらに進むしかない。
「あああああっ!」
私は絶叫と共に、全身の魔力を右手に集中させた。魔導砲の砲身が、限界を超えたエネルギーに軋み声を上げる。
「我が魔導の光、あの剛結で忌まわしき鱗を貫けぇーっ!!」
詠唱、というより魂の叫びを上げた私の放った、特大の二発の魔弾がブレスドラゴン級を襲う。一発目が竜の鱗表面のエネルギーを弾き飛ばし、そして二発目がついにその鱗そのものを粉砕して貫いた。ブレスドラゴンの巨大な頭部を、見事に吹き飛ばす。
首から上を失った巨竜は、まるで枯葉のように力無く落ちていき、そのまま地上へと激突した。
ちょうどそこにいたオーガの一団の上に、私の堕とした赤色のブレスドラゴン級の胴体が覆いかぶさる。さすがの巨獣も、この重い鱗で覆われた巨大竜の身体の重圧に抗えず、押しつぶされていく。数体ではあるが、オーガの一団があっという間に圧死するのを見る。
が、全体から見れば些細な抵抗だ。空も地上も、まだ多数の敵が残っている。息つく暇もない。すぐさま反転し、今度は地上のオーガに向けて機首を下げる。
空も地獄なら、地上はさらなる地獄だ。我々は隕石孔の奥底で、かつてない激戦の渦に呑み込まれていた。
それからさらに二匹のブレスドラゴン級を落とすも、魔力の消費量が思いの外、多い。コックピットの脇に置いたコーラを飲み干し、少しは魔力が回復するものの、焼け石に水と言った感じだ。
この狂った戦場の先に、一体何が待ちうけているというのか。軍司令部は、これほど大勢の命と引き換えにするほどの何かがあると、本気で考えるのか? だがこの時は、そんなことを思い巡らせる余裕すら私に与えられないほどの現実を目の前にしており、ただひたすらに愛機を操っていた。




