#2 襲撃
かつて、魔導士とは地上に巣食う魔物と戦うための存在だった。
強大な魔物を相手に戦いを挑み、倒した数だけ稼ぎが得られる。
が、それも今や、昔話となりつつあった。
そう、魔導士を必要としなくなったのだ。銃や砲が発達し、それで倒せる敵が大半であり、魔導士がいなくとも魔物を倒す術が発達していった。
もちろん、魔導士の力を返還する魔導砲なるものがあるが、それを扱わねば勝てない魔物というのは地上にはほとんどいなくなってしまった。
魔導士は、もはや不要の存在となりつつあった。
そんなところに、魔導砲しか受け付けない敵が現れた。それが、この隕石孔の中央に不自然に開いた穴の奥に巣食う翼竜だ。彼らは空を飛び、かつ硬く魔力のこもったうろこで覆われているため、機関銃や機関砲が効かない。
そう、魔導士にとっては、その力を発揮できる最後の場所、ということになる。
で、複座機に乗り込むという手もあったが、被撃墜率が高く、なおかつ戦闘機を自身で操れないというもどかしさがあり、魔導士学校を出てすぐに二年間、航空予科練に進んだ。
やはり私は、魔導士として活躍したい。だから、魔導士として最後の戦場ともいえるこの隕石孔の迷宮へと足を踏み入れた。
「ところで、一つお聞きしたいのですが」
翌日のブリーフィングの後、私は思い切って隊長に疑問をぶつけてみることにした。
「なんだ?」
おっかない目で、こちらを睨みつけてくる。うう、やっぱり歴戦の隊長ともなると目力があるというか、猛獣に睨まれた草食動物のように縮み上がりそうになる。が、そこは勇気を出して尋ねた。
「な、なぜ政府は、この隕石孔に専用の航空隊まで組織して調査を進めるのでしょうか?」
当然、隊長ならその理由を御存知だろう。そう思っていた。が、帰ってきた答えは実にそっけないものだった。
「知らん」
「えっ?」
「だから、俺にもわからん、と言っている」
「あの……この狭い空間で、かなり高度な航空技術を要する戦場に、二つの部隊を送り込んでまで調査をしているというのは、いささか大げさではありませんか?」
「それは、俺も考えた。が、軍の命令である以上、それに従うだけだ」
理由も分からずに、シュタイナー大尉はこの戦いに身を投じているというのか? そこでさらに私は尋ねる。
「ならばなぜ、隊長は軍に入り、対翼竜戦に身を投じると決めたのですか?」
「ここが、魔導士として最後の活躍の場だからだ。お前も、同じ理由でここに来たのではないのか?」
うっ、痛いところを突いてきた。私も人のことは言えなかったな。なんだ、隊長も同じなのか。
「ともかくだ、この隕石孔の奥まで進むため、翼竜を排除せよというのが軍からの命令だ。それを、俺の持つ魔力で解決するまでのことだ」
清々しいばかりの軍人魂だ。理由など求めない、ただ、戦うためにここにいる。そう言い切った。
結局のところ、私もそうだ。活躍の場を探したら、ここに行きついた。幸いにも私は予科練で相応の成績を得て、加えて魔導士学校でもかなり上位の成績を得ていた。それゆえに、いきなり初陣から単座の「撃竜」に乗って出撃することとなった。
「とにかくだ、その疑問はいずれ、進むうちに分かる。今はともかく、竜と戦い、これを倒し、そして生還することだ」
「はっ!」
結局、私はその疑問を解消することなく、このおっかない隊長との会話を終えた。
さて、整備場へ向かうと、私の機体に六つの竜のマークが描かれていた。
「こ、これは……」
「なんだ、フィッシャー軍曹。撃墜マークってやつを、知らないのか?」
よく見れば、各々の機体に竜の絵が描かれている。竜の絵が一匹を現し、一回り大きな竜は十匹を示しており、話しかけてきたヴァーグナー曹長の機体側面には二十と三匹を撃墜したマークが描かれていた。
はぁ、なるほど、自身の戦果をこうやって誇るのか。まだたったの六だが、この先も竜を倒せばさらに増える。たったそれだけのことではあるが、なんだか誇らしくなる。この殺風景な地下の前線基地で何の娯楽もない中、これだけが生きがいともいえるかもしれない。
「ふん、まだたったの六匹だ。しかも、たまたま大群が攻めてきたからこその戦果だ。油断していると、次は堕とされるぞ」
と、その背後から苛立ちながら話しかけてくる隊員がいた。ファルケンベルク曹長。撃墜数は三十五匹。我が第二対竜航空隊では隊長に次ぐ撃墜数を誇っている。
「はっ、肝に銘じます」
「ふん、肝に銘じるくらいでどうにかなる戦いではない。これから、嫌というほど分からせられるからな」
ファルケンベルク曹長は吐き捨てるようにそう告げて、その場を去っていった。
ああ、やっぱり私、どこか疎まれているのかな。それを代弁するかのように、ヴァーグナー曹長が鼻の頭を掻きながら、呟くように言った。
「いきなり新人が六匹撃墜だからな。焦ったんだろうよ。まあ、気にすることはないよ。僕なんて、こんな撃墜数でよく同じ階級でいられるな、とまで言われたからね。ああいう人なんだよ」
第二対竜航空隊には単座の撃竜が四機、複座の双胴竜が十六機。隊長を含め、総勢、三十六人。操縦士が二十人に、双胴竜への同乗魔導士が十六名。操縦士であり魔導士なのは、たったの四人しかいない。
単座の撃竜が開発され、魔導士ながら操縦士となった者は、それまでの複座の戦闘機よりも多くの撃墜数を得るようになった。だが、なかなか操縦と魔導を共に極められる者は少なく、どうしても複座の双胴竜に頼らざるを得ないのが現状だ。
そんな中、私ともう一人の魔導士兼操縦士が着任し、それぞれ第一、第二対竜航空隊に配属された。なお、単座の撃竜が一機、未帰還となっているが、それは私と同じく前日に配属されたばかりの新人の機体だった。戦果を挙げる間もなく、堕とされてしまったという。
国は総力を挙げて魔導士の中から操縦士の適性を持つ者を探していた。たまたま私は適正ありと判断され、ならばと志願して航空魔導士ともいうべき新たな魔導士の道を目指した。無論、他の者も同様だ。
なお、わが第二対竜航空隊の撃竜乗りは、私とヴァーグナー曹長、ファルケンベルク曹長に隊長のシュタイナー大尉の四人だけ。第一対竜航空隊は来たばかりの新人を失ったため、撃竜乗りは三人だ。なお、第一対竜航空隊は双胴竜を七機失ったため、現在、この飛行基地には全部で三十二機の対竜戦闘機しかない。
また押し寄せてこなければいいのだが……今のところ、レーダーや魔力探知機には反応がないという。
この殺風景で何もない地下では、唯一、華やかな場所がある。といってもそこは、売店だ。あとは食堂兼居酒屋がその隣に設置されているくらいだ。
「いらっしゃーい!」
その売店に立ち寄ると、景気のいい声が響いてくる。あの声は、ヨハンナ・ベッカーだ。この前線基地において、女は私とこの売店の店員の二人しかいない。愛想よく物を売りさばく彼女に、基地の隊員や整備員らは癒されている。
「あ、マルガレーテじゃないの! 聞いたわよ、六匹も落としたんだって!」
まだ出会って二度目だというのに、この馴れ馴れしさだ。だが、不思議と嫌な気がしない。まるで何年も前からの旧友のように話せる。
「そうだけど、危ない戦いだった……」
「そんな中で、ちゃんと生きて帰ってきたんだよね。すごいじゃない。そっちの方が、私にとっては驚きだよ」
「そ、そうか?」
「陸軍の連中でさえ手を焼く翼竜相手に、よくまあ死なずに帰ってきたなと思うわよ。てことで、次も死なないでねぇ~」
簡単に言ってくれる。無論、死ぬつもりなどない。が、戦いというやつは思い通りに行くとは限らないからな。次もこの笑顔を拝めるかどうか。
なんてことを考えながら、私はスナック菓子とコーラを取り、ニッケル貨と銅貨を一枚づつ、渡す。それを受け取ったヨハンナは、私に銅貨を一枚、返してくる。
「これ、私からの餞別。次も頑張ってねぇ~」
そういいながら、ポケットから銅貨を一枚取り出しコインケースに入れると、私に渡した分のつじつま合わせする。ちょっとした額ではあるが、少しだけ嬉しい。私は近くのテーブルに座ると、その菓子を食べつつコーラを飲んだ。
売店の方を見ると、大勢の男たちが寄ってきていた。私が言うのもなんだが、あちらの方がいかにも「女」だからな。ブロンドの髪に大きな胸、明るく整った顔立ち。一方の私はと言えば、銀色の短い髪に薄い胸。背も低く、正直、男児が軍服を着て歩いているようなものだ。実際、配属された初日には、子供がやってきたと思われたほどだ。
にしても、あの男たち、明らかに売店で物を買うついでに、ヨハンナを口説こうとしているな。そりゃああれほどの美人なら、言い寄る男も大勢いる。が、ヨハンナは軽くあしらいつつ、さっさとその大勢の男たちを捌いていく。
一方で、私に言い寄ってくるもの好きはいないらしい。飛行帽を被った男と見間違えるような軍服姿の小娘など、誰も相手にする気はない、ということか。
と思いきや、テーブルの向かいの席に、ドンと誰かが座る音がする。あまりの勢いに、私は振り向いた。が、そこにいたのは、シュタイナー大尉だった。
で、その隊長、なぜか私の方をじーっと見ている。大きなサンドを片手に、瓶入りの乳飲料を飲みながら、無言で私を凝視している。
「あ、あの、隊長。何か?」
あまりにもその目力のある視線が気になるので、思わず尋ねてしまった。が、隊長から返ってきた返事は、そっけないものだ。
「隊長が隊員を見ることは、奇妙な事か?」
うーん、なんだろう。間違ってはいないが、それを言ったら隊員はぜんぶで三十五人いる。私以外の隊員も、こうして凝視するのだろうか?
「いえ、奇妙とまでは言いませんが、なんといいますか、食べている姿を凝視されるのはあまり心地よいものではなく……」
しまった。隊長相手に、思わず口ごたえしてしまった。ちょっと気まずいな。が、隊長はあまりにもそっけない返事を返す。
「気にするな。銅像でもいると思え」
とてつもなく威圧感のある銅像だなぁ。まあ、いいか。とにかく、この戦場でのささやかな贅沢を楽しんでいるというのに、いちいち気にしていたらもったいない。
とはいえ、いくら隊長とはいえ、コーラ瓶を飲み干す私をじっと見ている姿は、とても銅像には見えない。なんだか、監視されているようだ。何の罰なんだ、これは?
などと、とても和やかな雰囲気とは言い難いこの憩いの場を、さらに緊迫に包む出来事が発生する。
『敵襲ーっ! オーガが三体、基地の敷地内に侵入!』
この売店周辺の空気が凍り付く。私と、それに隊長が立ち上がる。まさに緑色の巨人が三体、こちらに迫っていた。
どうして、あれほど大きな魔物の接近を、敷地内に入るまで探知できなかったのか? 見張り員や監視員の不甲斐なさを嘆いても仕方がない。私は、その三体の魔物のいる方に向かって走る。
「おい、守備隊にまかせるんだ! ここは身を引け!」
隊長が叫ぶ。が、私はそれでも走っていった。
理由がある。
あのオーガ、表面に鱗がついている。そして守備隊の持つ兵器は、通常の砲だ。
「てーっ!」
守備隊が一斉に射撃、砲撃する。滑走路の端で砂塵が舞い上がり、魔物の姿が見えなくなる。
「やったか!?」
そう、守備隊の隊長が叫んだ、まさにその直後だ。緑色の腕が、その隊長につかみかかる。
「うがっ……」
片手でその胴体を握りつぶしてしまった。内臓まで潰されて血まみれとなり、すでに息絶えたその隊長を見て、隊員たちは動揺する。
「撃て撃てーっ!」
後退しつつ、銃撃を加えるが、やはりというか歯が立たない。通常、陸のオーガであればあれだけの攻撃を受けたなら即、死滅するはずだ。
が、やつには翼竜と同様、鱗が生えている。ということは、翼竜と同様に、通常弾が効かないのではないか?
「おい、止まれと言ってるだろう!」
そこに隊長が追い付いてきた。私は隊長に進言する。
「あのオーガ、通常弾では倒せません」
私のその言葉に、隊長が迫る三体の緑の巨獣を前に、私に尋ねる。
「ならば、どうすればいいか?」
「これを使います」
私は腰に、先端に魔石の付いた短い杖を携えている。魔導士として、当然の装備だ。無論、同じ魔導士である隊長もそれを持っている。
「まさか、それであの巨獣を倒すというのか?」
その隊長に、返答している暇はない。すでに敵は目の前だ。私は杖を腰から抜き、一体のオーガに、その杖の先を向ける。
そして、詠唱する。
「……我が光の魔力よ、卑劣なる巨獣に、正義の鉄槌を与えよ!」
猛烈な光が一撃、あの守備隊の隊長を握りつぶしたオーガの腹を貫く。隊長を握りつぶしたように、今度は自身も内臓をつぶされる。いや、吹き飛ばしたと表現した方が正しいか。
一撃で絶命したオーガは、通常砲の上に覆いかぶさるように倒れる。それを見た残りの二体が、こちらに迫りつつある。
私は杖を向ける。が、二体同時は無理だ。が、次の瞬間、隣で詠唱が聞こえてきた。
「……水の精霊よ、邪悪なる魔物の光を奪いたまえ!」
隊長が、水魔導を放つ。二発連射、それはオーガの顔にそれぞれ命中する。
「俺の魔導特性は水だ、あれを倒すことはできない。が、目を眩ませることはできる」
その言葉の意味を理解した私は、再び詠唱を唱える。
「我が光の魔力よ、うろたえる巨獣に、確実なる死を与えたまえ!」
動けなくなったオーガの内、まずは一体、叩く。同様に、もう一体にも私は光魔導を唱え、倒す。
『魔物、消滅! 周囲に気配なし!』
見張り員が叫ぶ。一体、どうやって入り込んできたのかは分からないが、ともかく魔物はすべて、排除した。
が、驚くべき事実を知る。
ここの陸軍守備隊は、魔導砲を持っていなかった。当然、魔導士もいない。整備庫内には対空用の魔導砲が二基あったが、それを持ち出す間もなく戦いは終わった。
しかしだ、非常識な話だな。魔物しか出ないこの場所に、どうして守備隊には魔導士と魔導砲が配備されていないのか?
守備隊の隊長が一人、無残にも殺されてしまったが、幸いにも被害はそれだけで済んだ。私は、失った魔力を補充するかのように、もう一度売店へ出向き、コーラを買う。
「すまない、また魔物が現れるかもしれないから、これを一本くれ」
そう言いながら、私は第金の銅貨六枚を渡す。
が、ヨハンナはそれを受け取らない。
「何言ってるの! マルガレーテ、あんたあの巨獣を倒したんだよ! 代金なんて、もらえるわけないじゃない!」
「いや、だけど……」
「魔導士にコーラ一本を渡したとなれば、この売店にも魔物撃墜マークが三つ、つけられるのよ! それに比べたら、コーラの一本や二本、安いものよ!」
笑いながら私にコーラを渡してくるヨハンナを、後ろに立つ店長が半分苦笑いで見届けている。
もらったコーラを、私は一気に飲み干した。身体から抜けた力が、再びみなぎる。魔力補充には、こいつが最適だ。
「なんとか、なったな」
そんな私の隣で、同様にコーラをもらった隊長が立っている。私などよりも素早くそれを飲み干すと、私の背中をポンと叩いた。
陸上戦闘の訓練以来、この杖を使った。実戦訓練でゴブリンを三体ほど倒した経験はあるが、あれほど巨大な魔物を倒したのは初めてだった。
「にしてもだ、フィッシャー軍曹、貴官には相当魔力があるな。でなきゃ、あれほどの魔物を力押しで倒すことなど敵わなかった」
相変わらずの目力の強い視線で私を見ているが、今は威圧感など感じない。むしろ、戦いに勝てたことへの爽快感の方が上回っている。
不意な襲撃事件は、辛うじて小規模な被害で幕を閉じた。が、同時にこれは、この前線基地の脆弱さを露わにする事件でもあった。




