#1 初陣
『翼竜、ワイバーン級、急速接近中! 数、およそ五十、距離三十キロ! 警戒ライン突破!』
「第二対竜戦闘隊、総員出撃する。全機、搭乗!」
警報と同時に、すでに集結していた我が第二対竜戦闘隊三十五人の前で、シュタイナー大尉が号令をかける。飛行場の端では、単座機の「撃竜」四機と、複座機の「双胴竜」十数機がエンジン始動を終え、発進準備を整えつつある。私を含む隊員は皆、敬礼を済ませるとすぐに各機に乗り込む。
「機関も照準も良好! あとは頼むぜ、ルーキー!」
私の乗り込む単座の撃竜の席には、エンジン始動と各部チェックを終えた整備員がおり、パイロットである私と交代する。私は、その名の通り「竜を撃破」するために設計されたこの機の狭いコックピットに乗り込む。
エンジンから伝わる振動でビリビリと震える座席に座ると、ベルトを閉める。軽く操縦桿を前後左右に振って尾翼の動きをミラーで確認しつつ、左右ペダルを交互に踏んでエルロンの動きをチェックする。それを終えると私は、整備員に手を振る。すると整備員は車輪止めを外した。
スロットルを少し上げて、そろそろと滑走しつつ、所定の場所に並ぶ。軽い単座機は前方に、その後方にやや重い複座の「双胴竜」が並ぶ。
なお、単座の撃竜の方が少ない。現在、ここには四十機の対竜戦闘機があるが、撃竜はそのうち八機。それはそうだ。この機体に求められるのは、操縦の腕だけではない。竜を落とすためには、通常の機関銃だけでは効かない。魔力が必要だ。このため双胴竜には、操縦士と魔導士とが別々に乗っている。
なお、私は操縦士でもあり、魔導士だ。だから単座戦闘機に乗ることができる。
『全機、発進せよ!』
無線で発進命令が出される。前方の撃竜が滑走路へと向かい、発進する。すぐに私の順が来て、滑走路まで滑走する。
前の機体が離陸を終え、発進よしの旗が上がる。私はスロットルを徐々に上げ、滑走路を滑るように走る。速度が百二十を超え、操縦桿を少し右に傾けつつ手前に引く。
ギアが地面を離れる。プロペラの回転とは逆向きに左へ回ろうとする機体をうまく水平に保ちつつ、私の機体は上昇した。
私の名は、マルガレーテ・フィッシャー。二十四歳。階級は軍曹。女魔導士でありながら航空予科練を経て操縦士となり、撃竜の操縦士として赴任した。今回が初陣だ。
そしてこの場所には空がない。五百メートルほどの高さに天井がある。
そう、ここは隕石孔中心に開いた、巨大な洞窟の中だ。
幅千八百メートル、高さ千五百メートルほどの広い通路が、螺旋状に奥へと続いている。この隕石孔には、翼竜と呼ばれる硬い鱗で覆われた厄介な魔獣がいる。
我がザクセン共和国の真ん中にあるこの隕石孔へは、昔から何度も人々が調査すべく挑んできた。が、それを守る翼竜がそれを阻む。高射砲などで堕そうにも、魔力的な何かで覆われているのか、通常弾では歯が立たない。
さて、そんな厄介な魔獣を蹴散らし、どうにかこの隕石孔の第一階層まで辿り着いた隕石孔調査軍は、そこに飛行場を建設した。そこを拠点とし、さらに奥へと進むべく翼竜と戦うべく対竜戦闘隊を発足、駐留させた。そんな戦闘機隊に昨日、着いたばかりの私も、いきなり戦闘に参加することとなる。
速力二百七十で飛び続ける我が第二対竜戦闘隊の向こう側に、何やら影のようなものがいくつか見えてきた。隊長機より、無電が入る。
『来たぞ。ワイバーン級が五十。十番、十一番、十二番、発光弾発射!』
この隕石孔の中はいわば地下なのだが、なぜか薄明るい。が、戦うとなるといささか不便だ。このため、夜目に強い竜の目眩しも兼ねて発光弾が放たれる。
互いの中ほどで、眩い光がパッと三つ、光る。この狭い戦場で、数十の竜と戦闘機とがぶつかり合う。
私は増速した。まずは目前に現れた竜に機関銃を三連射、浴びせかける。
バリバリと音を立てて放たれた銃弾は、無論、効くはずもない。簡単に弾き返されてしまう。が、そのおかげで奴は私に敵意を向けてきた。大口を開き、炎を吐き出した。
左右ペダルで旋回させつつ、操縦桿を手前に引いてその炎の弾を避ける。ワイバーン級と我が機体がすれ違う。奴は翼を大きく広げて減速し、その場で羽ばたきながらくるりと向きを変える。戦闘機には、できない動きだ。
が、そんな動きは想定済みだ。私は急旋回しつつ、操縦桿の先端についた魔石を握りつつ、詠唱を唱える。
「我が光の魔力よ、邪悪なる竜にその力を叩きつけよ!」
撃竜には、機首に七.七ミリ機銃、そして翼には二十ミリ魔導砲が装備されている。この魔導砲こそが、翼竜を堕とす唯一の武器だ。
翼竜が向きを変えようと空中停止しているその時が、まさに狙い目だ。我が魔導砲の先端が赤く光、そして魔弾が放たれる。
不意を突かれた翼竜は、胴体と片方の羽に魔弾をもろに食う。鮮血を撒き散らしながら、その哀れな竜は錐揉み状に落ちていく。
っと、そんな側から、別の機体が目前を通り過ぎる。ただでさえ狭い戦場だ、そんな場所に九十もの竜と戦闘機が舞っている。
それを避けつつ、かつ地面すれすれで上昇に転じると、今度は別のワイバーン級が私に向かって炎を吐いてきた。失速覚悟でフラップを下ろし、無理やり機体を捻じ曲げどうにかこれを避ける。
初陣で、初の撃墜の喜びに浸っている暇などない。次を撃たねば、こちらがやられる。小回りの効く単座戦闘機ですらこの有様だ。複座の双胴竜ともなると、やや苦しいのではないか?
実際、すでに二機の双胴竜が撃墜されていた。炎を食らったのか、それとも回避にしくじって地面か天井に激突したか。ともかく私はこの乱戦の中、こちらに攻撃を仕掛けてきたあの竜を落とすべく急旋回する。
だがその竜は、空中停止をしない。大きく翼を広げたまま、悠々と旋回してこちらの後ろにつこうとしていた。そして、再び口から炎を噴き出す。
私はフラップを下ろしつつ操縦桿を手前に引き、上昇しつつターンする。天井すれすれで回ると、大きく羽を広げたそのワイバーン級を目前に捉えた。
猛烈なGがかかる中、私は詠唱を唱える。
「我が魔導の光よ、愚かなるあの竜に、正義の鉄槌を放て!」
二十ミリ魔導砲から、二発の弾が放たれる。一発は外れたが、もう一発は首元をかすめる。が、それが致命傷だったようで、その竜は力を失い、その場で長い首をへし折るように墜ちていった。
が、まだ敵はいる。ざっとまだ二十以上は生き残っているようだ。私はすかさず旋回し、強烈なGに耐えながらも詠唱しつつ、魔弾を放つ。七.七ミリ機銃で竜の目を狙いつつ激昂させ、こちらに向かわせては魔導砲でそいつらの頭や胴体を撃ち抜いた。
残り三匹となったところで、奴らは逃げ出した。逃がすものかと追撃に入るが、そこに隊長機から無電が入る。
『深追いは無用、全機、帰投する』
気づけば私は、六匹の竜を撃墜していた。ここで私はふと、正気に戻る。
あれほど大きな竜の命を、六体分も奪ってしまった。いや、奴らには我々のような知能や感情があるわけではない。堕とされて当然だ。
味方も、何機かやられた。やらなければやられる。ここはそういう「世界」だ。しかし、少なからず罪悪感を覚える。
ギアを下ろし、飛行場へと降り立つ。整備場まで滑走させた後にエンジンを切る。ヒューンという音と共に、プロペラが徐々にその回転を止めた。
「やるじゃねえか、六匹も堕としたんだって?」
地上に降りた私に、整備兵の一人がそう語りかけてきた。ゴーグルと飛行帽を外しつつ、私は短く答える。
「そうらしいですね」
「らしいって、お前さん、自分で堕とした竜の数を数えていないのか?」
「いえ、ただ戦うのに必死だったので」
無論、六匹を堕としたことは自覚していたが、初陣で功を誇るのも気まずいと思い、そう答えておいた。どうせ地上で観測員が、戦闘記録を残してくれてるはずだから、私の口から敢えて答えるまでもないだろうと、そう考えていた事もある。
「ワイバーン級、撃墜四十七。対して被害数、双胴竜が七、撃竜が一、未帰還だそうだ」
直後に行われたブリーフィングで、隊長より第一、第二対竜戦闘隊の戦果と被害状況が知らされた。やはり、複座の双胴竜は被撃墜数が多いな。魔導砲を放つために操縦士と魔導士とが別々というのは、やはりこの狭い戦場で戦うには不利なことを裏付けている。
「なお、今回もっとも撃墜数が多かったのは、フィッシャー軍曹だ」
加えて、思わぬことを言い出す隊長のこの言葉に、私は急に顔が熱くなるのを感じた。
「た、隊長、私、そんなに堕としていたのですか?」
「前線観測員が確認している。全部で六匹。初陣にしては上々過ぎる結果だ」
隊員全員の視線が、一気に私に集まる。気恥ずかしい。あまりこちらを見ないでほしいものだ。
「撃墜数はともかくだ、第二戦闘隊は全機、帰還した。つまり、次に撃墜王となるチャンスを、貴官らは持っているということだ。そのことを肝に銘じて、次の戦いに向けて励め」
「はっ!」
「では、これにて解散する」
隊長のシュタイナー大尉が解散を命じるや否や、私はぐるりと隊員たちに囲まれてしまった。
まずい。もしや、初心者の分際で撃墜数トップとか、ベテランたちの嫉妬や怒りを買ってしまったのか?
と思いきや、隊員の一人にいきなり頭をなでられた。
「お前、すげえな。いきなり六機かよ」
「いやあ、頼もしい新人が来てくれたもんだ」
「今夜はみんなで飲むぞ! 初陣祝いだ!」
三十五人の隊員が一斉に身体中をまさぐってきやがった。単座の撃竜乗りが三人に、複座の双胴竜乗りの操縦士、魔導士が三十二人。もちろん、他はすべて男ばかりだ。ちょっと待て、いくら新人でも、こういう扱いはいいのか?
で、その晩は酒を飲み交わしての大騒ぎだった。酔っぱらう頭の中で、私は彼らを見てこう考えた。
この隕石孔の存在は、もう数万年も前から存在する。が、我が国がこの隕石孔への調査を本格的に着手し始めたのは二年前。しかも、今や軍隊まで動員しての調査だ。
一体、この奥に何があるのか? 国が総力を挙げるほどの何かが、あるというのだろうか。




