#35 不死身
第十六階層から先、第十七、第十八階層と、我々隕石孔調査軍は道なき道をひたすらに進んできた。大地は無残に隆起し、戦車の履帯すら拒むようなガタガタした地形が延々と続いていた。
そんな中、我々航空隊の偵察機が、ごつごつとした地表の岩肌を飛び越えて、ついに第十九階層の手前へと到達した。
偵察機からの報告によれば、そこには一匹の竜が待ち構えていたという。
大きさで言えば、あの巨大なブレスドラゴン級と通常のワイバーン級の中間ほど。偵察機が接近すると、その竜はこちらを認識して攻撃を仕掛けてきたが、吐き出してくる炎はさほど激しいものではなく、偵察機は余裕を持ってそれを回避し、その姿を写真に収めて堂々と帰還してきた。
「写真を見る限り、未知の個体だな。だが、炎の威力が弱いというのは解せない」
「何か、引っかかることでも?」
「以前にもあったばかりだろう。第十三層で、攻撃力はさほどではないものの、こちらの魔導をすべて鏡のように跳ね返してくるやつが」
「あ……」
第十六階層に作られた前線基地のブリーフィングテントで、シュタイナー大尉が偵察写真を睨みつけながら言った。それを聞いて、私はそんな敵がいることを思い出した。
今回のこの一見、貧弱な竜、その存在を、我々の過去の経験が警鐘を鳴らしていた。第十三階層で出会った、魔導攻撃をすべて反射するという厄介な「鏡の竜」のことがあった。一見すると弱そうに見えても、この迷宮の奥深くに配置されている守護者が、ただの的であるはずがないのだ。
「今回も何か、悪辣な罠があるに違いない。そう判断した司令部は、第一、第二、第三の対竜戦闘隊をすべて発進させ、遠距離から一斉に魔導砲による飽和攻撃を仕掛け、あの竜を仕留める作戦を立案した」
隊長の言葉に、我々、パイロットは頷いた。罠を発動させる前に、圧倒的な火力で粉砕する。理にかなった作戦だ。
その数時間後、数十機の戦闘機が大編隊を組んで、第十九階層の空域へと突入した。暗い空間の奥、偵察機の写真通りの中型の竜が、確かにぽつんと一匹で空中に浮遊していた。
『全機、魔導砲発射! 罠の存在が考えられる、撃ち終えたら即座に回避運動に入れ!』
シュタイナー大尉の号令と共に、全機から一斉に極太の光の魔弾が放たれる。赤い光の雨が竜を包み込んだ。
反射されるか、あるいは強力な魔力障壁で防がれるか。私は操縦桿を握りしめて身構えた。
だが、結論から言えば、そのどちらでもなかった。
数十発の魔導砲の直撃を受けたその竜は、魔導を跳ね返すどころか、あっという間に肉と骨を粉砕され、ボロボロの肉片となって岩肌に降り注いだのだ。
「えっ、まさか……やったのか!?」
誰かが無線で歓声を上げた。なんという脆い敵だ。拍子抜けするほどあっさりと爆発四散してしまった。
罠などなかったのか、私が考えた、まさにその矢先だった。
ちょうど竜の肉片が落ちた辺りの岩肌が、ガラガラと不気味な音を立てて崩れ出した。かと思うと、周囲の岩石がまるで目に見えない磁石に吸い寄せられるように空中に舞い上がり、砕け散った竜の肉片に寄り集まっていく。岩と岩が結合し、それは瞬く間に「竜の形」へと再形成された。
岩で構成されたその竜は、何事もなかったかのように再び我々の前に立ちはだかり、大口を開けて炎を放ってきた。
『なんだと!? 岩が集まって復活したぞ!』
『馬鹿な! 全機、再度攻撃!』
我々は旋回して再び魔導砲を撃ち込む。光の弾が岩の竜を打ち砕く。岩は脆くも崩れ去り、パラパラと地面に落ちた。
だが、数秒後にはまた周囲の岩を巻き込み、ガラガラと音を立てて竜の姿に復活する。そして、再び我々に向けて炎を吐く。
まさに、不死身の竜だ。
どれほど魔導砲を浴びせて粉々に砕いても、周囲の岩石を使って瞬時に復活する。何度攻撃しても、その繰り返しだ。倒しても倒してもキリがない。やがて各航空隊の魔導士たちは次々と魔力切れを起こし、これ以上の戦闘は不可能となった。
『全機、撤退! 第十六階層へ帰投する!』
結局、我々はその空域を撤退するしかなかった。
第十六階層の前線基地に戻った我々は、すぐさま作戦会議を開いた。
テントの中には、陸軍第五機甲大隊のミュラー大尉の姿もあった。彼もまた、頭を抱えていた。
「陸軍でも、この先の進軍について厄介な問題を抱えているんだ」
ミュラー大尉が地図を指差しながら口を開いた。
「厄介な問題? 進軍そのものが困難な状況でもあるのか」
「第十七階層以降の地面を見ただろう。これまで以上に起伏が激しく、トラックの走破は不可能だ。履帯付きの戦車でなければ、とても乗り越えられない。しかし、我々の頼みの綱である『魔導砲戦車』は車体が大型な上、重すぎるゆえに、その険しい地形を乗り越えられないことが判明した」
「つまり、前線に出られるのは、現状では通常砲を積んだ中型戦車だけ、ということですか?」
私が尋ねると、ミュラー大尉は重々しく頷いた。
「そうだ。私の中型戦車を揃えた第五機甲大隊であれば通れるが、当然のことながら、魔導砲は使えず通常砲しか撃てない。これではあの不死身の竜相手に、陸空での共同作戦は大きく制約される」
「ましてや今度の敵は、攻撃力以上にその『不死身』という特性が問題だ」
シュタイナー大尉が腕を組みながら言った。
「これまでの経験上、ああいった異質の物質をまとう竜は、その魔力の供給源となる『核』が存在する。それを破壊すれば、再生を止めて倒すことができるはずだ」
「その通りです。が、あの竜が砕け散る瞬間、それらしいものは全く見当たりませんでした」
私が言うと、皆が沈黙した。
せめてその「核」がどこにあるのかさえ分かれば、あるいは見えてさえいれば、ミュラー大尉の通常砲弾による狙撃で破壊するという作戦も取れる。だが、核が見当たらない以上、陸軍の通常砲ではどうにもならない。魔導の力で広範囲を吹き飛ばせる我々航空隊だけで対処しなくてはならないのだ。
それから数日間、我々は何度もあの第十九階層へと出撃を繰り返した。
戦闘機からの魔導砲で攻撃し、竜は脆くも崩れ去る。だがすぐに岩が集まり復活し、炎を吐く。やがてこちらの魔力が尽きて撤退する。これ繰り返しだ。
連日の出撃と、先が見えない徒労感。さすがに戦闘機隊のパイロットたちにも疲労と焦りの色が濃く滲み始めていた。
いくら炎が弱いといっても、回避を誤れば命取りになる。避けては通れない相手だ。事実、この精神を削るような鬱屈した連日の戦いの中で、我々はすでに三機もの双胴竜を失っていた。
「何か、どこかに必ず弱点があるはずだ」
六日目の出撃の際、私は操縦桿を握りしめながら、敵の挙動をじっと観察していた。
遠距離から撃ち壊しているだけでは、詳細が掴めない。私は決意を固め、スロットルを押し込んで単機でその不死身竜へと急接近した。
『フィッシャー軍曹! 何をしている、近すぎるぞ!』
隊長の制止の声を振り切り、私は敵の目の前まで肉薄した。竜が大口を開け、炎を放とうとする。
「我が魔導の光よ……すべてを拒む盾となれ!」
私は左手の杖で防御魔導を展開し、炎を真正面から受け止めた。そしてその至近距離から、二十ミリ魔導砲の魔石を握りしめて詠唱し、魔導砲を放つ。
至近距離での直撃。不死身竜の岩の身体は、これまで以上に粉々に砕け散った。
私は機体をスリップさせ、爆風と岩の破片を避けながら、その崩壊の瞬間をこの目に焼き付けようと凝視した。
やはり復活する。周囲の岩が浮き上がり始めた。
しかし、その直前に私は、風防ガラス越しにあるものをはっきりと捉えた。
魔導砲の爆炎の反射を受けて、一瞬だけキラリと光るものが落ちていくのを見たのだ。
それは、本当に小さな、人間の拳ほどの大きさしかない「赤い球体」だった。が、あっという間に見失ってしまう。
だが、ガラガラと崩れた岩の破片に紛れてその赤い小さな球が地面へと落下し、その直後におそらくその「赤い球」が落ちたであろう場所の周囲の岩が寄り集まって、再び竜を形成していったのだ。
「……多分、あれが核だ!」
私は思わずコックピットの中で叫んでいた。
帰投後、私はすぐさまシュタイナー大尉のもとへ向かった。
「隊長、核らしきものの存在を確認しました」
「なんだと?」
「ただし、小型でとても戦闘機では追いかけられません。そういえば、あの竜が吐き出す炎はお世辞にも強いとは言えません。下手をすればワイバーン級以下です。私はずっと疑問でした。なぜあんなに弱いのかと。ですが、小さな核しか持たないとなれば、合点がいきます」
私は興奮気味に説明を続けた。
「あの竜が持っている核は、見たところ人間の拳ほどの大きさしかありません。核が小さいから、蓄えられる魔力も小さく、結果として炎の威力も弱いのです。しかし、その小さな核が破壊されない限り、奴は周囲の物質を利用して何度でも身体を再構築し、蘇るんです」
「拳ほどの大きさか、暗がりの洞窟の中、速度の速い航空機ではとても狙い撃ちできないな。正体が分かったところで、どうしようもないぞ」
隊長が諦めに似た言葉を述べる。が、私は反論する。
「はい。ですから、通常の魔導砲では不可能です。弱い竜とはいえ、すでに我々は三機の双胴竜を失っています。この精神を削るような鬱屈した戦いを、次で終わらせるための策を考えました」
私は決意を込めて、大尉にある提案をした。
そして、その翌日。
私はあの「爆装」仕様の二番機に乗り込んでいた。
胴体の下には、二百五十キロ爆弾が重々しく懸架されている。七.七ミリ機銃は撤去されているが、今回の作戦にはもちろん、関係ない。というか、最近は機銃を使うこと自体が稀だな。よほどの小型の魔物が現れない限り、攻撃力としてはおぼつかない兵器だ。
そして今回、出撃するのは、第二対竜戦闘隊の単座式「撃竜」四機のみ。双胴竜は基地で待機だ。少数精鋭で、あの小さな核を確実に仕留める。
第十九階層の手前、やはりあの不死身竜が我々の前に立ちはだかった。
『作戦通りにいくぞ。フィッシャー機は上空で待機。我々三機で、まずは奴を粉砕する!』
シュタイナー大尉の号令と共に、隊長、ファルケンベルク曹長、ヴァーグナー曹長の三機が編隊を組み、竜へと突撃した。
三機から放たれた魔導砲が、岩の竜を完璧に捉え、木っ端微塵に粉砕する。
ガラガラと崩れ落ちる無数の岩の破片。
私は上空で旋回しながら、その崩壊の瞬間を鷹のように見下ろしていた。
「……見えた!」
爆炎の中でチラッと光る、あの拳大の赤い球体。岩と共に、重力に従って地面へと落下していく。
私はその落ちていく軌道と着地点を予測する。
操縦桿を前に倒し、千四百馬力のエンジンを唸らせて急降下に入る。重い機体が風を切り裂き、目標地点が風防ガラスの中で急速に拡大する。
地面に落ちた赤い核を中心に、再び周囲の岩がガラガラと寄り集まろうとしていた。
復活のプロセスが始まる。だが、遅い。
「ふっかつなど、させてたまるか!」
私は投下レバーを力一杯引いた。ガコンッという振動と共に、胴体から切り離された二百五十キロ爆弾が、岩が寄り集まりつつあるまさにその中心点――おそらくは赤い核がある場所へと、真っ直ぐに吸い込まれていった。
私は機体を急激に引き起こし、そのまま大きく反転し全速力でその場を離脱する。
直後、地鳴りのような轟音と共に、猛烈な大爆発が第十九階層の空間を揺るがした。
二百五十キロの純粋な物理的破壊力。それが、集まりかけていた岩の破片ごと、その中心にあった小さな核を完全に吹き飛ばしたのだ。
爆風に煽られながら機体の姿勢を立て直し、私は旋回して爆心地を見下ろした。もうもうと土煙が立ち昇る。が、岩が集まる様子は見られない。
我々四機は、しばらくの間その上空を旋回し続けた。
一分、二分……やがて土煙が晴れても、岩が寄り集まる不気味な音は二度と響かなかった。竜は、ついに復活しなかったのだ。
それはつまり、「核」の破壊を意味していた。
『目標、完全に沈黙。フィッシャー軍曹の読み通り、あの竜の核を破壊できた。これで、第十九層から障害が消えたぞ』
隊長の安堵に満ちた声が無線から聞こえ、ファルケンベルクとヴァーグナーからも歓声が上がった。
私も、ホッと息を吐き出して操縦桿を握る手の力を抜いた。
こうして、我々を苦しめた不死身の竜を打倒し、第十九階層を制覇することに成功した。
改めてその空域を見渡すと、第十七、第十八階層のようなガタガタした地形ではなく、そこは再び平らな地面が広がる場所となっていた。
しかし、これまでの階層と比べて、極めて狭い空間だ。両側の岩壁が不自然なほど迫っており、まるで何かの「通路」のようにも感じられる。
この異常な狭さ……その奥がもしかして、いよいよ最後の階層なのではないか?
私は前方の暗闇を見据えながら、ふとそんな予感を抱いた。
幾多の罠、強力な守護者たち。それを乗り越え続けた我々は、いよいよこの隕石孔の真の底へと近づいているのかもしれない。
そんなことを考えながら、私と第二対竜戦闘隊の僚機たちは勝利の余韻と共に、第十六階層の基地へと帰投の途についた。




