#34 大襲来
やはり、この暗黒の深淵において安息の時間は決して長くは続かない。
「報告! 第十七階層へと向かった偵察機から、追加情報! 魔物および翼竜の集団が、こちらに向けて進軍中!」
伝令兵の張り裂けんばかりの叫び声が、第二対竜戦闘隊の集まるテント内の空気を一瞬にして凍りつかせた。全員の表情が、一瞬にして休息を楽しむ人間から、死地に赴く兵士のそれへと変わる。久しく忘れていた戦慄が、背筋を駆け抜けた。
もたらされた報告は、まさに耳を疑うような内容だった。第十七階層へと続く巨大な空洞の奥に集結していた、未だかつてない規模の魔物と翼竜の大群が、この第十六階層に向けて進軍を開始したというのだ。そこには百を超えるのブレスドラゴン級の群れとリジガードラゴン級、また地上の万単位の大小の魔物たちが、この十六階層に続く回廊を黒く塗り潰されているとのことだった。
それは、調査軍をこの迷宮から完全に排除しようとする、この洞窟の防衛機構の明確な「総力戦」の意思表示に他ならなかった。
「総員、直ちに出撃態勢に移行せよ!」
第二対竜戦闘隊隊長であるシュタイナー大尉の、鋭くも落ち着き払った号令が飛ぶ。
飛行場の端では、数十機の単座戦闘機「撃竜」と複座の「双胴竜」が一斉にエンジンを始動させ、千二百馬力の星型エンジンが放つ重低音が地響きのように重なり合った。焦げたオイルと高オクタン価の航空燃料の匂いが、極限まで高まったパイロットたちの緊張感と混ざり合う。
「フィッシャー軍曹、機体の準備は完了している! 今回も例の『お土産』付きだ!」
「ありがとう、感謝します!」
整備兵の言葉に頷きながら、私は自らの愛機である「撃竜」の二番機に飛び乗った。
胴体の下には、通常の装備に加えて、先端に高純度の魔石が組み込まれた二百五十キロ爆弾が懸架されている。これは対リジガードラゴン級攻撃用の、いわばあの黒竜対策兵器とも呼べる代物だ。
キャノピーを閉め、操縦桿を握る。手に伝わる、この機体特有の千四百馬力エンジン特有の小刻みな振動が、私の魔力と呼応して機体全体と同期するのを感じた。
やることは至って簡単だ。かつてないほどの大群が押し寄せてくるというのなら、そのすべてを我々の火力と魔力で殲滅する。それしかない。
以前の我々であれば、この圧倒的な数の暴力を前に絶望していたかもしれない。だが、今の我々は違う。数多の死闘を経て、我々は劇的な進化を遂げていた。幸いなことに、私以外にも強固な防御魔導を使いこなせる魔導士が二十人以上おり、さらに新たな戦術として「重力魔導」をも会得している。
以前の我々と比べ、この何か月かの間に劇的に進化したのだ。
『第二対竜戦闘隊、全機発進!』
シュタイナー大尉の号令と共に、私はスロットルを全開に押し込んだ。
滑走路を疾走し、機体がふわりと宙に浮く。数十機の戦闘機が美しい編隊を組み、我々は第十七階層へと続く巨大な縦穴へと降下していった。
やがて、前方の暗闇の先に、絶望的なまでの光景が広がった。
空を埋め尽くすほどの巨大な翼の壁。無数のブレスドラゴン級の群れがあり、リジガードラゴン級が先行し、まるで二重、三重の城壁のような陣形を組んでこちらに迫ってくる。魔導探知機によれば、後方のブレスドラゴン級の数はざっと百匹を超えている。
『まずは前衛に立ちはだかるリジガードラゴン級を叩く! フィッシャー軍曹、ファルケンベルク曹長は防御魔導を展開、俺の機体とヴァーグナー曹長機は、それぞれの機体の後ろに回り込み突入する!』
隊長の指示に従い、私は隊長機を、ファルケンベルク曹長機はヴァーグナー曹長機を後ろに付け、真っ直ぐリジガードラゴン級の群れへと突っ込んだ。
奴らはその巨大な顎を開き、空を焼き尽くすほどの爆炎を放射してくる。
「我が魔導の光よ、すべてを拒む盾となれ!」
私は操縦桿の魔石に魔力を込め、機体の前方に青白い防御魔導の障壁を展開した。ファルケンベルク曹長機も同様に障壁を展開し、我々は炎の海を真っ向から弾き返しつつ進む。
リジガードラゴン級の眼前に肉薄した瞬間、私は機体を少し上昇させて降下し、その口元に爆弾を投下すべく、レバーを引いた。
「くらえっ!」
投下された二百五十キロ爆弾が、リジガードラゴン級の口元に吸い込まれるように飛翔する。そして、その口元に接触するが、奴の口周りには依然として強固な魔導障壁が展開されていた。が、魔石付きの爆弾でその表面を削りつつ、最後に爆弾そのもののもつ物理的破壊力との合わせ技で、その障壁をガラスのように粉砕した。
しかし、その程度で倒れる相手ではない。しかし、そんなことは過去の戦いの経験で想定済みだ。
防御魔導後方にいた二機と共に、四機で一斉に魔導砲を放つ。
『今だ、撃てえっ!』
やつの障壁が吹き飛んだ直後の口元に、撃竜が放った四発の二十ミリ魔導砲が、リジガードラゴンの口元に注がれる。頭部が破壊され、その首と巨体をも貫いた。
かつては我々をあれほど苦しめた強敵が、たった一撃で堕とされる。黒い巨竜は断末魔の咆哮を上げる間もなく内側から破裂し、巨大な肉片となって墜ちていく。
完璧な連携だった。
『よし、前衛は崩れた! が、まだ油断するな、続いて後方のブレスドラゴン級を掃討する!』
リジガードラゴン級の後ろから現れたのは、百匹以上のブレスドラゴン級の群れだ。
だが、もはや奴らはただの巨大な的に過ぎない。
『背びれの結節点を狙え! 一撃離脱だ!』
ファルケンベルク曹長の撃竜が、鋭いインメルマン・ターンからブレスドラゴン級の死角に潜り込み、背中の弱点に魔導砲を叩き込む。
一方で、高Gに弱いヴァーグナー曹長は、あえて直線的な動きで敵の炎を誘い、防御魔導で耐え凌いだ瞬間にカウンターの魔弾を放つという彼独自の戦法で確実に撃墜数を稼いでいた。
後続の双胴竜も攻撃に加わる。すでに弱点の知れたブレスドラゴン級を、手慣れた手つきで叩き落とす。そこに、第一、第三対竜戦闘隊も追いつき、次々とブレスドラゴン級を叩き落としていった。かつて、一匹を相手にするだけでも大変だった凶暴な竜を相手に、まるでウサギ狩りでも楽しむかのように我々はその巨大な赤い龍を叩き落としていく。
私も防御魔導を使いたいところだが、ここは我慢だ。この戦いにはまだ、先がある。魔力消費を抑えつつ、このブレスドラゴン級を堕とさなければならない。
空を埋め尽くしていた巨大竜の群れは、我々の多様化した戦術の前に次々と火だるまになって墜落していくばかりだ。防御魔導で正面から立ち向かう者、ドッグファイトに持ち込んで背中を狙い撃つ者。それぞれが自身の特性を最大限に活かし、この圧倒的な大軍をどうにかやり過ごしていく。
ふと視線を下に向けると、地上でも壮絶な戦いが繰り広げられていた。
ミュラー大尉が率いる陸軍機甲大隊だ。地上は万単位のオーガやゴブリンといった魔物で溢れ返っていたが、陸軍の進撃は止まらない。
前衛にはおよそ十両の魔導砲戦車が、車体全体に巨大な防御魔導の障壁を張り巡らせたまま、魔物の密集地帯へと猛然と突撃していく。車内には複数の魔導士が搭乗し、絶え間なく魔力を供給しながら突撃しているようだ。
小型の魔物たちは、戦車が展開する防御魔導の障壁に触れた途端に弾き飛ばされ、文字通りキャタピラの下ですり潰されていく。以前ならば戦車にとりついてハッチをこじ開けるという悲劇が見られたが、防御魔導を前に吹き飛ばされていく。
一方、防御魔導を展開していない後方の魔導砲戦車は、装甲の厚いオーガなどの大型魔物に対して砲撃を行い、次々と青白い閃光で巨獣を吹き飛ばしていた。
さらにミュラー大尉の指揮する機甲大隊の戦術は、見事の一言に尽きた。魔導砲戦車の攻撃に連動して、徹甲弾を大型の魔物に撃ちこむ。さらに戦車からの機銃掃射と随伴する歩兵と連携して、ゴブリンやコボルトどもを叩き落とす。やつらは弱いと思った相手に群がる癖がある。それを利用し、通常砲しか撃てず防御魔導も使えない機甲大隊に群がっていく。逆にそれを利用して後退しながら敵を引き付け、突出したところを前方と側面から一網打尽に攻撃する。魔導を使わずとも、あれだけの戦い方ができるのかと感心してしまう。最前線基地の売店でヨハンナが見せつけるように惚気ていた、あの大尉の姿が脳裏をよぎるが、私はこの光景に感心せざるを得ない。
さすがは歴戦の士官だ、と。
かつてならば、これほどの魔物の大群に遭遇すれば、我々調査軍はなすすべもなく蹂躙され、数千の犠牲者を出していたはずだ。だが、今の我々は違う。これほど多くの敵に対し、様々な魔導と戦術を駆使して圧倒しているのだ。
我々は、気づけば強くなっていた。
だが、敵も黙って殲滅されるのを待っているわけではなかった。
『上空より新たな敵影! ワイバーン級の群れが多数降下してきます!』
死角である洞窟の天井付近から、数十匹のワイバーン級が急降下してきた。奴らは我々の陣形を乱すべく、高速で散開しながら襲い掛かってくる。
「フィッシャー軍曹より各機へ、重力魔導で叩き落とす!」
『了解!』
私と数人の航空魔導士たちは、風防ガラス横の杖についた魔石に、新たな術式を込めた。魔導砲を撃ち合うだけの単純な空戦など、もう古い。
「大地の枷よ、空を舞う愚か者にその重みを知らしめよ!」
私たちが一斉に放った重力魔導の不可視の波動が、急降下してくるワイバーン級の群れを捉えた。
直後、ワイバーンたちの動きが不自然に止まる。奴らの体感重量が一気に数倍に跳ね上がり、巨大な翼では到底自重を支えきれなくなったのだ。
『ギャアアアアッ!』
悲鳴を上げながら、ワイバーン級の群れが一気に錐揉み状態で落下していく。そのまま地面に激突して動けなくなった奴らに対し、上空で待機していた双胴竜の編隊が容赦なく魔導砲の雨を降らせた。
ドーム状の地下空間に、断末魔の咆哮と爆発音がこだまする。奇襲を仕掛けたはずのワイバーン級ですら、一方的に蹂躙されていく。
多様化した戦術を身に着けた我々は、気づけば驚異的な軍隊へと変貌していた。再び一匹のリジガードラゴン級が姿を現したが、今度は爆弾の代わりに魔導砲と防御魔導のコンビネーションであっさりと叩き落とした。
『全空域、敵影なし。地上の魔物群も完全に沈黙した』
シュタイナー大尉の静かな報告が、無線に流れた。
かつてない大軍を前に、多大な犠牲を覚悟した戦いだった。しかし蓋を開けてみれば、苦戦するかと予想された戦いは、その予想とは裏腹に、あっけなく勝利で幕を閉じた。
もちろん、犠牲がゼロというわけではない。陸軍歩兵、戦車隊で数百人、航空戦力も七機が堕とされた。が、あの大軍を前にこの犠牲の少なさは、もはや圧勝と言ってもいいほどだ。
魔物の大群など怖くはない。そう思うのは、いささか慢心かもしれない。しかし、どんな絶望的な状況でも、知恵と魔力、そして仲間の連携で乗り越えられるという絶対の自信が、調査軍全体にあふれていた。
「隊長、地上では少数の魔物の掃討戦に入ってます。我々も参加しますか?」
『いや、空中の脅威に備えて待機しよう。それよりもだ、この第十七階層の地形を見てみろ』
隊長の言葉に促され、私は眼下の第十七階層を見下ろした。
そこには、これまで私たちが制圧してきた階層とは全く異なる、異様な光景が広がっていた。
地面はひどく隆起し、巨大な岩の棘がそこかしこから突き出している。金属の配管がその隆起した地形へ巻き付くように露出している。とにかく、地面全体がガタガタに歪んでいた。
これはつまり、この第十七階層には基地など作れない、ということを意味する。
「これは……ひどい有様ですね」
『滑走路を造るための平地はおろか、テント一つ張るスペースすら見当たらない。戦いには勝ったが、この地を橋頭保とすることは不可能だろうな』
隊長の言う通りだった。これほどの大群を迎え撃ったわりには、この第十七階層という場所は得られるものの少ない、基地建設に適さない場所だった。
今までが比較的平坦な場所ばかりだったというのに、ここには滑走路を造るための平地がほとんどない。工兵隊がどれだけ爆薬を使って整地しようにも、この巨大な岩の棘と金属の残骸をすべて取り除くには途方もない時間がかかる。
これでは基地建設は諦めるしかないだろう。これを知った司令部もそういう決断を下すのではないか。我々は勝利の余韻に浸る間もなく、第十五階層の基地へと引き返すしかなかった。
その後、我々航空隊はさらに深部である第十八階層への威力偵察を行った。
またしても想像を絶する魔物の大群が待ち受けているのではないかと警戒していたが、予想は大幅に外れる。
第十八階層には、文字通り「何も」現れなかったのだ。
ワイバーンの一匹すら飛ばず、ゴブリン一匹すら歩いていない。不気味なほどの静寂が支配する空間だった。しかし、その地形は第十七階層と同様だった。大地は無残に隆起し、ガタガタした地面が果てしなく続いているだけだった。
この連続する不自然な地形を重く見た軍司令部は、最終的に一つの判断を下した。
第十六階層から先は、地盤の崩壊が激しく、基地建設が不可能なのではないか、と。
そこで一時的に進軍の足を止め、平地が広がっていた第十六階層に基地建設を進めることとなったのだ。
第十五階層の基地で自室のテントに戻った私は、ベッドに身を投げ出しながら、これまでの戦いを振り返っていた。
第一階層から始まり、血みどろの死闘を繰り返しながら、ここまで潜ってきた。無数の竜を堕とし、強大な魔力を振るい、時には絶望的な壁にぶち当たりながらも、仲間たちと共に乗り越えてきた。
そして今、第十七階層、第十八階層と、不自然なまでに荒廃し、かつ敵の姿が消えた空間に辿り着いた。
「もしかしたら……」
私はテントの天井を見つめながら、ぽつりと呟いた。
もしかすると、この果てしなく続くと思われていた巨大な洞窟の終わりが、見えてきたのかもしれない。
特に確たる根拠があるわけではない。魔導士としての直感と、最前線を飛び続けてきた戦闘機乗りとしての肌感覚だけが、私にそう告げているだけだ。
あのガタガタに崩れた地形は、この迷宮の最深部、すなわち軍上層部が探し求めている「未知の何か」の中枢機能が近いことを示しているのではないか。ここを作った者たちは、敢えて平面をなくして基地を作らせないようにしたのではないか。さらにあの大群、防衛機構である魔物と翼竜の大群が一気に押し寄せてきたのも、中枢を守るための最後の悪足掻きだったのかもしれない。
もし本当に終わりが近いのだとすれば、その先には何が待っているのだろうか。
シュタイナー大尉が語った、ルートリンゲンの魔道具工房での穏やかな生活。その未来図が、私の胸の中で少しずつ現実味を帯びてきているのを感じる。
だが、まだ油断はできない。終わりの手前には、必ず最大の試練が待ち受けているものだ。それに、例の幻想のこともある。
私はそっと左腕を伸ばし、袖をめくった。防御魔導に、重力魔導。立て続けに魔力を通したこの左腕は、あの冷却器をもってしても、火傷をなくすことまではできなかった。
「どうした、痛いのか?」
「はい、ですが、いつものことです。すぐに治ると思います」
横で寝るヘルマンが、私の左腕を眺めながら声をかけてきた。が、私は軽く答えるにとどめた。
その痛々しい皮膚の表面を眺めながら、私はふと思う。
最後まで飛び抜き、必ず真実を暴き出して生き残る。その強い決意と共に、私は次なる出撃の時に備え、私は眠りについた。




