表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/39

#30 地中

 我々がこの果てしない隕石孔(クレーター)の奥深くに足を踏み入れてから、どれだけの時間が経っただろうか。

 第一階層での初陣から始まり、理不尽な死地を何度も越えてきた。光学迷彩で姿を消す翼竜、魔導砲を無効化する異常空間、そしてすべてを反射する鏡の竜など。常識が一切通用しない、理不尽極まりないこの古代の迷宮で、我々調査軍は文字通り血の海を渡りながら、ついに「第十四階層」へと到達していた。


『第十四階層、異常なし。広大な岩盤が広がっているのみ』


 先行していた偵察機からの無電が、仮設基地の作戦指令所に響いた。

 それを聞いた誰もが、微かな安堵の息を吐きかけた。だが、この隕石孔が我々に平穏な道を用意してくれるはずがないということも、歴戦の生き残りである我々は骨の髄まで理解していた。

 その予感は、次の瞬間に最悪の形で現実となる。


『真下に、魔力反応! 岩盤が赤く発光、これは……うわぁーっ!!』


 突如として、偵察機の通信士の悲鳴が無線を引き裂いた。

 直後、スピーカー越しにも伝わってくるすさまじい爆音と、機体が軋む音。


『地面から(ブレス)の放出を確認! 左翼被弾! 全速で離脱する!』


 切羽詰まった操縦士の絶叫と共に、ノイズが激しく走る。辛うじて致命傷を免れた偵察機は、命からがら第十四階層から逃げ帰ってきた。


 帰投した機体を見て、整備兵たちは消火と乗員救出に走る。左翼先端のジュラルミン板は高熱で黒焦げにひしゃげており、あと数メートルずれていれば、間違いなく空中で消し炭になっていただろう。

 直ちに開かれた陸空合同のブリーフィングで、偵察機の搭乗員は青ざめた顔で報告した。


「敵の姿は、全く見えませんでした。ただ、強い魔力反応の後、何もない平坦な岩盤がいきなり赤熱したかと思うと、地面そのものが割れて、そこから極太の火炎柱が吹き上がってきたのです」

「地面からだと?」


 報告を受けたレーマン大佐は、忌々しげに舌打ちをした。


「どうやら敵は、完全に地底に潜っているらしいな。それが竜なのか、それとも新種の魔物なのかすら分からん。だが、あの偵察機のジュラルミンを溶かすほどの熱……放ってきた(ブレス)の威力は、間違いなく翼竜に匹敵するものだ。地上の魔物では考えられない」

「空も当然ですが、陸軍の戦車隊が岩盤の上を進撃すれば、下から丸焼きにされて一網打尽、むしろ、陸軍にとっての方が脅威です」


 司令部の士官たちは、苦々しいこの報告に混乱するばかりであった。もっとも、その矢面

に立たされる兵士らと比べれば、まだマシな方だ。彼らはただ、不機嫌な大将閣下のその顔色ばかりを気にしているだけだった。


◇◇◇


 司令部からの報告を、陸空合同のブリーフィングで語る第二対竜戦闘隊隊長、シュタイナー大尉が腕を組みながら険しい顔で言った。

 ミュラー大尉が帽子を取り、ガシガシと頭を掻きむしる。


「魔力反射の次は、もぐらか。次から次へとよくもまあ、変則的な手ばかり繰り出してくるものだ。呆れてモノも言えんぞ」

「呆れてばかりもいられんよ、ミュラー大尉」

「分かっている。だが、さすがの俺の戦車隊では、分厚い岩盤の下に潜る相手では手が出せん。戦車砲は地面に向けられないからな」


 陸軍が足止めを食らえば、この先への進軍は不可能になる。かといって、空軍が上空から闇雲に魔導砲を撃ち込んだところで、広大な第十四階層のどこに潜んでいるかも分からない敵を仕留められるはずがない。

 重苦しい沈黙が指令所に降りた。

 だが、見えない敵、常識外れの敵を相手にするのは、これが初めてではない。私はふと、ある考えが閃き、一歩前に出た。


「隊長。フィッシャー軍曹、意見具申」

「具申許可する。フィッシャー軍曹、何か良い策でも思いついたか?」


 シュタイナー大尉が、どこか期待を込めたような目で私を見る。


「強行偵察に出るべきと進言します。敵が炎を吐くということは、その直前に必ず膨大な魔力を発するするはずです。低空で飛び、機体の『魔導探知機』の感度を最大まで引き上げ、地中の魔力動態を捉えられないか試してみたいのです」

「……なるほど。地中を泳ぐ魔力の波を、二番機に積まれた大型の探知機で捕捉しようというわけか」

「はい。ですが、私一機の探知機では範囲に限界があります。第二対竜戦闘隊の全機で上空に散開し、互いの探知機で兆候を探り、奴の場所を予測するのです」

「だがそれは、危険と隣り合わせだな。うまく捉えられなければ、下から狙われ、回避の猶予がほとんどないぞ」

「どのみち、危険は承知の上です。これまで我々の前に、危険でない戦場などありましたか?」


 私のこのひと言を聞いた隊長は、短く頷いた。


「よし、作戦を承認する。第二対竜戦闘隊、直ちに出撃する!」


 千四百馬力の星型エンジンが咆哮を上げ、私の乗る「撃竜」の二番機は、不気味なほど静まり返った第十四階層の広大な空間へと滑り込んだ。

 眼下には、見渡す限りの黒々とした岩盤が広がっている。一見すると何の変哲もない地下の荒野だ。だが、この足元のどこかに、巨大な熱を放つ魔物が潜んでいる。


『フィッシャー軍曹、高度を下げすぎるなよ。いつでも回避できるようスロットルは開けておけ』

「了解です、隊長」


 上空の安全圏には、シュタイナー大尉をはじめとする第二戦闘隊の僚機が散開し、魔導探知機で地上の監視網を形成している。私はその下で、いわば「囮」として岩盤すれすれを飛び回っていた。

 コックピット内の魔導探知機から、不規則な電子音が鳴り響く。


『……来たぞ! お前の直下に向かって巨大な魔力反応探知! 高速で移動している!』


 ファルケンベルク曹長からの鋭い警告が飛んだ。

 直後、私の機体の魔力探知機も警報を鳴らす。直後、真下で岩盤がマグマのように赤く透け始めた。


「退避!」


 私は操縦桿を限界まで引き、機体を急上昇させながら横転(ロール)を打つ。

 コンマ数秒後、私が先ほどまでいた空間を、岩盤を突き破った極太の火炎柱が通り抜けていった。風防ガラス越しに凄まじい熱波が叩きつけられ、機体が乱気流で木の葉のように揺さぶられる。

 容赦のない攻撃だ。奴は地中を自由自在に移動し、こちらの動きに合わせて的確に狙いをつけてきている。

 地面に接近したが、思ったよりも魔力探知機は役に立たないな。むしろ、低空を飛ぶ私は囮に徹し、上空にいる複数機の魔力探知で予測するという方法を取った方が賢いのではないか。


『反応が消えた。また深く潜ったぞ』

「逃がしません! 全機、先ほどの移動方向から次の浮上場所を予測してください!」


 私は再び高度を下げ、このまま囮の機動を続ける。

 右から、左から、斜め下から。地底の化け物は執拗に私を丸焼きにしようと、次々と炎を吹き上げてくる。私はその度に変態的な機動で炎を躱し続けた。冷や汗が全身から噴き出し、操縦桿を握る手が白く鬱血する。


『……捉えた! 前方およそ五百メートル、敵の魔力反応が停止! 急速に魔力を溜め込んでいる。(ブレス)を撃つ直前の兆候だ!』

「了解!」


 ヴァーグナー曹長の報告を受け、私は機体を反転させ、赤熱し始めた岩盤の中心に向けて急降下する。

 奴が炎を放つために地表近くに留まっている今が、最大のチャンスだ。


「我が光の魔力よ、悪しき地底の獣を貫け!」


 両翼の二十ミリ魔導砲から、極太の光の魔弾が放たれる。魔弾は赤熱した岩盤に真っ直ぐに突き刺さった。

 やった、仕留めた。そう確信した瞬間だった。が、命中したはずの魔導砲の光が、岩盤の表面でパッと拡散し、霧散してしまったのだ。


「なっ……弾かれた!?」

『駄目だ、あの岩盤そのものが、微弱な魔力を帯びている。天然の魔力障壁となって、魔導砲を防いでいる』


 隊長がが悔しげに叫ぶ。が、こちらはがっかりしていられない。直後、無傷の地底獣から放たれた反撃の炎が、私の機体を飲み込もうと迫り上がってきた。


「くっ……!」


 私はフラップを全開にし、機体が空中分解しかねないほどの急制動と急旋回をかけて、辛うじて炎の奔流をすり抜けた。翼の端の塗料が焦げ、焦臭い匂いがコックピットに充満する。


『これ以上の攻撃は無意味だ。フィッシャー軍曹、これより帰投する』


 シュタイナー大尉の撤退命令に従い、私は悔しさに苛まれながら第十四階層を後にした。


 仮設の基地に戻った我々は、再び作戦会議のテント内で顔を突き合わせた。

 状況は芳しくない。敵の位置は特定できるようになったが、魔導砲が天然の岩盤装甲に阻まれてしまうのでは、手出しができない。


「岩盤の魔力が魔導砲を拡散させるなら、物理的な破壊力で岩盤ごと吹き飛ばすしかありません」

「だが、通常の爆弾では、魔力を持つ岩盤で弾かれ、手前で爆発してしまうだろう?」


 ミュラー大尉の指摘に、私は頷いた。


「その通りです。ですから、物理的な爆発力と、魔力を相殺する力を掛け合わせる必要があります」


 私が提案したのは、『二百五十キロ爆弾』の先端に魔石をつけたものだ。

 魔石にあらかじめ、魔力を込めておく。すると着弾の瞬間、魔石が岩盤の微弱な魔力と干渉してそれを中和・無効化し、その直後に二百五十キロの純粋な物理的爆発力が、無防備になった岩盤と地底の魔物を粉砕する。

 すでに何度も使っている攻撃方法だ。それでも効かなければ、そこに魔導砲を撃つだけのことだ。


「なるほど、それしかないな。だが、爆装したまま、地対空の(ブレス)をかわせるのか?」


 シュタイナー大尉が懸念を示す。重い爆弾を積めば、当然機動性は著しく低下する。先ほどのようなアクロバット回避は不可能になる。


「いえ、機動性ばかりが、(ブレス)を交わす術ではありませんから」


 今回は、爆装された二番機を操縦し、地中の敵に物理攻撃を加えることになった。そして、先ほどと同じように十六機の戦闘機を上空に展開させ、魔力探知の包囲網を構築する。


「お前が囮と攻撃の要を兼ねるということか。ともかく、死ぬなよ、マルガレーテ」

「隊長。死ぬつもりなんてありません。見ててください」


 大尉が珍しく私の名前(ファーストネーム)を呼んだことに微かに胸が熱くなったが、今は地中の魔物を屠ることに集中しなければならない。


 再び、第十四階層の暗闇の空へ。

 私の乗る二番機の胴体下には、先端に魔石が妖しく光る巨大な二百五十キロ爆弾が懸架されている。機体は重く、操縦桿の反応は鈍い。


『……敵動態、捕捉。フィッシャー機に向かっている。距離、六百!』

「了解。爆撃体制に入ります」


 私は鈍重な機体を操り、指定されたポイントの真上を旋回した。

 来た。足元の岩盤が、再び不吉な赤色に染まり始める。奴は私が動きの鈍い的だと気付いているのか、これまで以上に巨大な魔力を溜め込んでいるのが探知機の反応から読み取れた。


『敵の魔力反応、停止! 発射態勢に入った!』


 逃げない。私はそのままの高度と位置を保った。

 岩盤が割れ、地獄の釜の蓋が開いたかのように、極太の(ブレス)が真っ直ぐに私目掛けて撃ち出された。


「今だっ! 我が魔導の光よ、炎を阻む盾となれ!」


 私は左手に握った魔石の杖を突き出し詠唱し、全魔力を込めて「防御魔導」の障壁を機体前面に展開した。

 猛烈な(ブレス)が私の機体を襲う。以前なら、焼けるような腕の痛みとの葛藤があったが、今は冷却器のおかげでほとんど痛みがない。

 やがて、(ブレス)が消える。と同時に、爆弾の投下レバーを力一杯引く。

 ガコンッ、という重い音がして機体がふっと軽くなる。

 投下された二百五十キロ爆弾は、先ほどの(ブレス)の軌跡を逆行するように、一直線に赤熱した岩盤の割れ目へと吸い込まれていった。

 先端の魔石が岩盤の魔力と接触し、青白い閃光が弾けた。地表の微弱な魔力が完全に無効化される。そして、次の瞬間。

 ドーンという、第十四階層全体を揺るがす、途方もない大爆発が巻き起こる。

 強固な岩盤が紙屑のように吹き飛び、爆風が私の機体を数百メートル上空まで跳ね上げる。

 もうもうと立ち昇る土煙と炎の中から、巨大な肉塊が天高く放り出されるのが見えた。

 それは、硬い鱗に覆われた長い胴体と、醜悪な頭部を持つ「羽根のない竜」といった様相だ。二百五十キロ爆弾の物理的破壊力を至近距離で浴びたその化け物は、空中で無惨にも爆発四散し、どす黒い体液と肉片の雨となって地表に降り注いだ。


『目標の完全破壊を確認! 地底の魔力反応、消滅!』


 無線からの報告が、私を安堵させる。私は操縦桿を握り直しながら、荒い息を吐き出した。


「ふうっ……」


 気付けば、私はコックピットの中で深い息をはき出していた。それはまさに、安堵の表れだ。

 かつてなら恐怖で足がすくんだはずの異常な敵に、常識外れの戦術。だが今は、予想外の攻撃に慣らされ始めた。こうなるともう、不安や恐怖よりも、次はどんな理不尽な化け物が我々の前に立ち塞がるのか、そしてそれをどうやって打ち破ってやろうかという「楽しみ」の感情が勝っている自分がいた。

 もはや、狂気である。この迷宮の深淵に当てられ、私自身が戦闘の悦びに魅入られていることを自覚していた。


『よくやった、フィッシャー軍曹。だが、今回は少々、無茶が過ぎたな』


 無線越しに聞こえるシュタイナー大尉の声には、明確な心配の色が滲んでいた。

 だが、私は知っている。大尉のその声の奥にも、私と同じように、次なる強敵との死闘を待ち望むような、微かな情熱が籠っていることを。

 彼自身もまた、この底知れぬ狂気の淵で、次の敵の出方を楽しみ始めていることに気付いていないのだ。


「ええ、隊長。ですが……この先も、まだまだ楽しませてくれそうですよ」

『おい、戦いは命がけだぞ、楽しんでどうする』


 私は血に塗れた風防ガラスの向こう、さらに深く続く暗黒の縦穴を見据えながら、狂気じみた笑みを深めた。

 隕石孔の底に何が待っているにせよ、私は必ずその敵の技を見抜き、裏をかき、すべてを叩き落としてみせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ