#29 鏡面
我々、隕石孔調査軍は、幾多の犠牲を払いながらも、この果てしない巨大な孔の深淵へと歩みを進めていた。第十二階層での奇妙な敵を乗り越え、次なる第十三階層へと続く巨大な縦穴が発見された時、先行した偵察機から一つの報告がもたらされた。
それは、これまでの過酷な戦いを思えば、実に拍子抜けするような内容だった。
『第十三階層の入り口、敵影は一。大型のブレスドラゴン級が一匹、入り口にて停止中!』
無電から聞こえてきたその報告に、前線基地の司令部や我々パイロットたちは奇妙な顔を見合わせた。
これまでの階層の入り口では、何十、時には百に近い翼竜の群れが我々を待ち受けていた。それがたったの一匹だというのだ。あまりにも身も蓋もなさすぎる。何かの罠ではないかと疑うのは当然だった。
事実、接近した偵察機に対し、そのブレスドラゴン級は口を大きく開け、灼熱の炎を放ってきたという。だが、その偵察を担っていた複座の双胴竜には、新たに防御魔導を会得した優秀な魔導士が乗り込んでいた。
『敵の炎を確認、防御魔導を展開……着弾するも、問題なし。敵、炎を完全に防御』
偵察機からの余裕を含んだ報告。今や、防御魔導や重力魔導といった新たな術式を会得した魔導士が何人もいる我々にとって、たった一匹のブレスドラゴン級など、取るに足らない相手だ。かつては全滅の危機すら感じた巨大竜だが、我々もまた進化しているのだ。
この状況を受け、軍司令部は直ちに攻撃命令を下した。
「第一対竜戦闘隊が攻撃の先陣を切る。我々、第二対竜戦闘隊は後方で待機し、不測の事態に備えて支援に回れ」
シュタイナー大尉の指示により、私は愛機である単座の「撃竜」のコックピットに身を沈め、第一戦闘隊の出撃を見守ることとなった。第一戦闘隊の撃竜と双胴竜の編隊が、勇ましく爆音を轟かせて第十三階層の入り口へと突入していく。
やれやれ、今回、我々は後方か。しかし、思えばあまりにも毎回、前面に出され過ぎていた。他の戦闘隊の手前、第二対竜戦闘隊ばかりに勝利を味合わせるわけにはいかない。そういう司令部の配慮だろう。
それほどまでに誰もが、一撃で終わる簡単な掃討作戦だと信じて疑わなかった。
だが、その楽観は、一瞬にして凄惨な地獄へと変わる。
『第一戦闘隊、目標を捕捉! これより魔導砲による一斉射撃を開始する!』
無線の向こうで、第一戦闘隊の隊長が叫んだ。十数機の戦闘機から放たれた極太の光の魔弾が、たった一匹のブレスドラゴン級に集中する。それは完璧な十字砲火であり、いかなる強固な装甲を持っていようと、一瞬で塵と化すはずの威力だった。
しかし、直後に無線から響いてきたのは、歓喜の声ではなく、血を吐くような絶叫だった。
『馬鹿な、魔導砲全弾、弾かれた!? こっちに向かって……』
直後、耳をつんざくような破壊音が聞こえてきた。ふと前方を見ると、第一対竜戦闘隊の何機かが撃墜され黒煙をたなびかせて地面に激突する様子が目に入る。
後方で待機していた私の魔力探知機と目視の視界に、信じられない光景が映し出された。第一戦闘隊が放ったはずの魔導砲の光弾が、ブレスドラゴン級の手前で反射するかのように跳ね返されて、自らが放った魔弾が第一戦闘隊に襲いかかったのだ。
自らが放った最大火力の魔弾を至近距離で跳ね返された第一戦闘隊の機体は、防御魔導を張る間もなく、回避する暇すら与えられなかった。
十五機いた第一対竜戦闘隊の三分の一ほどが撃墜された。十機程度まで減った第一対竜戦闘隊は、後退するほかない。
『第一戦闘隊、作戦失敗! 直ちに後退せよ!』
第一対竜戦闘隊の隊長からの悲痛な後退命令が響いた。地上には、五機の撃竜と双胴竜がバラバラに散らばっていた。
我々は戦慄した。
なんということだ。あのブレスドラゴン級は、ただのブレスドラゴン級ではなかった。受けた魔導攻撃をそっくりそのまま跳ね返す、いわば「鏡」のような特異な防御魔導を持っていた。
魔法を跳ね返す相手に対し、我々の最大の武器である魔導砲を撃ち込めば、それは文字通り「自殺行為」に他ならない。
またしても、我々は強固な難題に直面した。ただ数が多いだけの絶望とは違う、理不尽極まりない能力を持ったたった一匹の敵に、完全に進行を止められてしまったのだ。
前線基地へと逃げ帰った我々は、直ちに司令部テントで緊急の作戦会議を開いた。
「敵は魔導を反射する特異な障壁を持っている。ならば、魔力を含まない純粋な物理攻撃ならば、反射されないのではないか?」
レーマン大佐が提案したのは、二百五十キロ爆弾を使用した物理的な強襲作戦だった。とはいえ、ただの爆弾では敵の障壁自体を貫通することはできない。そこで、爆弾の先端に強力な「魔石」を取り付け、着弾の瞬間に魔力的な干渉を起こして障壁を中和し、その隙に二百五十キロの爆薬を叩き込むという作戦が立案された。
狙うのは、敵が炎を吐くために口を開いたその直後。口元の障壁が最も薄くなる一瞬だ。
「二番機で、私が行きます」
私は志願した。それができるのは、私の二番機以外にない。防御魔導を使える撃竜乗りが増えたため、同型機が配備されつつあるというが、現状は私の二番機しか爆装はできない。
作戦はすぐに実行に移された。二番機は単機で突入し、第二対竜戦闘隊は後方から固唾を呑んで見守っていた。
『目標捕捉! 炎の予備動作を確認。……今だ!』
機体下部から、魔石付きの特製二百五十キロ爆弾が切り離される。爆弾は放物線を描き、口を開けたブレスドラゴン級の喉元へと正確に吸い込まれていった。
だが、私の思惑は無残にも打ち砕かれた。
ドゴンという重い爆発音が響き渡ったが、爆弾は敵の口に届く手前、あと数メートルという空間で空しく炸裂してしまったのだ。先端の魔石だけでは、鏡の竜が口元に張っている局所的な防御魔導を完全に貫くことができず、あとわずかのところで魔石が燃え尽き、爆弾そのものは残った防御魔導の表面で爆発するにとどまった。
『駄目だ! 後退しろ!』
隊長からの命令が響く。物理攻撃ならば反射はされないものの、貫くこともできなかった。魔導は反射され、物理は弾かれる。これでは手出しのしようがない。
部隊に重苦しい絶望の空気が漂う中、我々の窮地を聞きつけた陸軍のミュラー大尉が、一台の装甲車に乗って飛行場へとやってきた。
「またしても、苦戦しているようだな」
ミュラー大尉は、泥にまみれた軍服の埃を払いながら、ブリーフィングの行われているこのテントに現われる。
「何か、妙案でもあるのか?」
立て続けに空軍がやられて、苛立ち気味のシュタイナー大尉は、半ば投げやりにミュラー大尉へ尋ねた。が、そんな態度を意に介することなく、ミュラー大尉はこう続けた。
「いや、案があるにはある。二百五十キロ爆弾が、あと少しというところまで迫り、爆発したと聞いた。ならば、その爆弾を投下し爆発させた後は、これまでの経験上、やつの魔導障壁が薄くなっているものと思われる。そこに我が戦車隊の七十五ミリ徹甲弾と魔導砲戦車の集中砲火を浴びせたならば、あの忌まわしい障壁に物理的な大穴を開けることができるかもしれない。だが、問題は射程距離だ。我々の戦車では、あのブレスドラゴン級の炎よりも、我が戦車隊の射程は短い。せめて倍の射程があれば、あれを狙い撃つことができるのだが」
ミュラー大尉をもってしても、妙案が浮かばない。もはや、手詰まりではないか?
そう思った矢先だ。そうだ、射程距離だ。それさえ伸ばすことができれば、奴を狙い撃つことができる。
「ミュラー大尉、フィッシャー軍曹、意見具申!」
「軍曹が、私に意見具申か?」
「そうです。要するにミュラー大尉の隊の戦車砲から放たれた徹甲弾が、その竜に届けばいいんですよね」
「それはそうだが、残念ながら七十五ミリ砲ではブレスドラゴン級の炎射程外からあの口を狙うことはできない」
「つまりそれは、通常の弾道を描いた場合の話ですよね。でももし、半分の重力の中を飛翔したならば……」
その言葉を聞いて、シュタイナー大尉もミュラー大尉もその意味を悟った。
実に簡単な理屈だった。直前で、あの魔導を会得できたのはまさしくこのためだったのではないかと思えるほど、絶妙なタイミングだった。
「私の撃竜ともう一機、重力魔導を扱える魔導士の乗った双胴竜がいれば、放たれた数発の徹甲弾を標的まで届かせることが可能です」
私は力強く言い切った。かくして、陸空が連携した三度目の攻撃作戦が幕を開けた。
第十三階層の入り口。遥か遠くの安全圏に陣取ったミュラー大尉の機甲大隊が、砲身を高く天へと向ける。
『全車、目標、鏡の竜の口! てーっ!』
轟音とともに、数発の七十五ミリ徹甲弾が放たれた。砲弾は放物線を描いて飛翔していくが、そのままでは敵の遥か手前で失速し落下してしまう。
「それじゃ行きますよ!」
『了解!』
私と、双胴竜にて重力魔導を持つ魔導士が叫ぶ。砲弾の軌道と並走するように、二機は空を飛んだ。そして、空中に浮かぶ鉄の塊に向けて、魔石の杖を突き出す。
「我が重圧なる力よ、悪しき者へ飛翔する砲弾の、地面からの束縛を解き放て!」
重力魔導の術式を展開し、飛翔する徹甲弾を包み込む。ずしりと魔力を削られる感覚があったが、弾頭にかかる重力は劇的に減少し、徹甲弾はまるで重さを失った矢のように、一直線にブレスドラゴン級へと向かって飛んでいった。
一方、我々の接近に気づいたブレスドラゴン級が、大口を開けて灼熱の炎を吐き出してきた。
『炎が来る!』
『隊長、任せてください!』
ファルケンベルク曹長の機体が前方に躍り出た。二人は防御魔導を全開にして光の盾を作り出し、敵の炎を見事に逸らしてみせる。炎が逸れ、視界が開けたその直後だった。
『今だ! フィッシャー軍曹、爆弾を投下せよ!』
私の二番機が、再びあの魔石付き二百五十キロ爆弾を投下する。狙いは前回と同じ、敵の口元だ。
爆弾は再び敵の口元に展開する障壁に激突し、爆発を引き起こす。やはりそれだけでは貫けなかったが、爆発の衝撃によって、鏡の竜の防御障壁が一時的に薄くなった。
そしてそこへ、私たちが重力を操り、射程距離を伸ばした七十五ミリ徹甲弾が、矢のように降り注いだのだ。
薄くなった障壁の隙間を、ズーンという音と共に猛烈な運動エネルギーを保った徹甲弾が見事に貫通した。鋼鉄を砕くその一撃は、ブレスドラゴン級の喉から体内へと深く突き刺さり、その巨体の内側で致命的な破壊をもたらした。
『ギャアアアアァァァッ!!』
不快なまでの断末魔の悲鳴が響き、鏡のような魔力障壁を誇っていたその巨大竜は、徹甲弾の起こした大爆発によって四散した。青白い肉片と鱗が、雨のように第十三階層の暗闇へと降り注いでいく。
『目標の完全破壊を確認! 作戦は成功! これより、帰投する』
隊長が無線で作戦終了を告げると、陸軍と空軍の歓声が入り混じって響き渡った。ミュラー大尉の機甲大隊の、重力変化にも対応した正確な射撃の腕と重力魔導、そして兵科を超えた完璧な連携が、この理不尽な壁を打ち破った。
私は操縦桿を握りしめ、荒い息を吐きながら、空に漂う硝煙を見つめた。
勝つことはできた。だが、胸の奥底には冷たい疑念が渦巻いていた。
ただ物理で叩けばいいわけでもなく、ただ魔導で撃ち抜けばいいわけでもない。このところ、ありとあらゆる手段と魔導、そして陸空の知恵と技を総動員しなければ破れないような、パズルのような敵ばかり現れる。
まるで、この隕石孔の迷宮自体が、我々を試しているかのように思えてならない。
「しかし、何のために……」
思わず呟いたその私の言葉は、エンジンの爆音にかき消された。この底知れぬ暗闇の奥で、私たちを待ち受ける「未知の何か」は、確実に我々の限界を試し続けている。私の胸には、早くも次に現れるものへの不安でいっぱいになっていた。




