表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/39

#28 重圧

 暗く冷たい地底、果てしなく続く隕石孔の迷宮も、ついに第十一階層へと到達した。

 我々、調査軍はこれまで多大な犠牲を払いながらも、どうにかこの第十一階層の平地に前線基地の建設を進めていた。工兵隊の不眠不休の作業により、岩肌が削られ、仮設の滑走路が敷かれつつある。そしてついに、我々第二対竜戦闘隊の「撃竜」や「双胴竜」が、その真新しい滑走路に降り立つことができた。

 オイルと硝煙の匂い、そして冷たい地下の風。削岩機で削られ発生した粉塵がまだ大量に基地の端に放置されており、時折吹く地底内の微風に乗って舞い上がる。

 どこまで潜っても代わり映えのしない前線基地の光景だが、ここに降り立てたということは、着実にこの孔の最奥へと近づいているという証でもあるはずだ。そう願いたい。


 しかし、息つく暇もない。次の第十二階層へのルートを探るべく、到着早々、我が隊から一機の複座式偵察機が暗闇の空へと放たれた。

 ところが、その偵察機が飛び立ってからわずか三十分後のこと。


『緊急事態! 偵察機が制御不能に陥り、第十二階層手前の空域にて墜落したとの報が入りました!』


 通信テントから飛び出してきた通信兵の悲痛な叫びが、基地の空気を一瞬にして凍らせた。


「墜落だと? 撃墜されたのではないのか?」


 レーマン大佐が通信兵に問いただす。


「はっ! 幸いにも後部座席に乗っていた観測員が命を取り留め、陸軍の車輌で回収され帰還中とのことです。当人によれば、機体が急に浮力を失い、いうことを効かなくなったと無電で報告しております」


 それから数時間後。泥と血にまみれ、満身創痍で基地にたどり着いた観測員が、野戦病院のベッドで青ざめた顔のまま、我々に恐るべき事実を語った。


「あそこにいたのは……間違いなく、ブレスドラゴン級でした。ですが、これまで遭遇した奴らとは違います」


 観測員は、恐怖に震える声で言葉を紡いだ。


「奴が……その巨大な口を開いた途端、急に身体が鉛のように重くなったんです。いや、身体だけじゃありません。機体そのものが、まるで巨大な見えない手で上から押さえつけられたかのように重くなり……浮力を完全に失い、そのまま地面へと叩きつけられました」


 操縦ミスでも、敵の直接的な攻撃を受けたわけでもない。ただ「重くなった」だけで墜落したというのだ。


「つまり、周囲の重力をいじるという、極めて厄介な魔導を使う敵だということか」


 レーマン大佐が、忌々しげに腕を組んで唸った。


「下手に近づけば、航空機は自身の重量を浮力で支えきれなくなり、揚力を失って墜落する。今の航空機で重力が倍になれば、浮力が得られずただの鉄の塊となる」


 大佐は深くため息をつき、厳しい顔で士官らをを見回した。


「もはや、これは空軍の戦闘機が正面から相手にできる敵ではない、か」


◇◇◇


 隊長からもたらされた偵察機の報告が、ブリーフィングテント内に重苦しい沈黙をもたらす。

 空を飛ぶ我々にとって、重力を操られるというのはかなり致命的だ。翼が空気を捉えられなくなれば、回避も攻撃もできずに地面に激突するしかない。


「とはいえ、隊長。空軍が駄目だからといって、陸軍に任せるわけにもいかないですよね」


 私が口を開くと、シュタイナー大尉も苦々しく頷いた。


「その通りだ。重力魔導の影響を受けにくい地上の戦車隊ならば近づけるかもしれん。だが、相手はあのブレスドラゴン級だぞ。奴が(ブレス)を吐けば、鈍足な戦車など一撃で消滅してしまう。魔導砲戦車といえども、やつにとっていい的に過ぎない」


 やはり、我々戦闘機隊が空から仕掛けるしかない。だが、近づけば落とされる。どうすればいいのか。

 八方塞がりの状況に、皆が頭を抱えた。


「ともかく、ここで悩んでいても始まらない。まずは奴の姿を見て、その魔導の性質を見極める必要がある。いつもの強行偵察だ」


 シュタイナー大尉の決断に、私はすぐさま一歩前に出た。


「隊長、ならば防御魔導の使える三機での出撃を進言します。私と、ファルケンベルク曹長、そして我が第二対竜戦闘隊の魔導士で、防御魔導が使えるクラウス上等兵の乗る双胴竜の三機で編隊を組み突入します」

「防御魔導が使える三機? まさか重力に対して、防御魔導が通用するとでも言うのか、フィッシャー軍曹」

「そういうわけではないですが、案があります。墜落を免れるための、最後の手段として使えます」


 そして私はその案を提示する。しばらく考えた隊長は、やがて短く頷いた。


「……分かった。出撃するのは俺と、フィッシャー軍曹、そしてファルケンベルク曹長。それに魔導士のクラウス上等兵が乗る双胴竜三番機、この四機で強行偵察に向かう」

「あの、隊長は防御魔導を使えないのでは……」

「後方にて指示を出す。まさか、指揮官不在で三機も送り出すわけにはいかないだろう」

「はっ、了解しました。ですが、前面に出過ぎないでくださいね」


 かくして、我々三機の単座戦闘機「撃竜」と、一機の複座戦闘機「双胴竜」はエンジンを轟かせながら、第十一階層の滑走路から飛び立った。

 第十二階層へと続く巨大な空洞を進む。

 暗闇を切り裂いて進む我々の前方に、やがてぼんやりと青白い燐光を放つ巨大な影が浮かび上がってきた。あれこそまさに、偵察機が捉えた敵だ。


『見えたぞ。ブレスドラゴン級だ』


 隊長の声が無線に響く。偵察機の報告通り、通路の真ん中に鎮座するように、巨大な翼竜が浮遊している。


(にしても……変だな)


 私は操縦桿を握りながら、ふと疑問に思った。第十一階層に基地を作る以前の偵察では、ここには何も現れなかった。なぜ今ごろになって第十二階層の手前に、たった一体だけ現れたのか。まるで、こちらの基地に反応して意図的にこの場所を守るために現れたと言わんばかりではないか。

 などと、敵の配置の不自然さに思考を巡らせていた、まさにその瞬間だった。


 ガクンッと突然、私の乗る撃竜の機首が、見えない巨大な力で押さえつけられたかのように下を向いた。


『なっ……!?』


 同時に、全身の血液が足元に押し流されるような、猛烈な圧迫感が私を襲った。まるで、急降下から一気に機体を引き起こした時にかかる強烈なGのようだ。

 だが、私は直線飛行しかしていない。スロットルも弄っていない。

 操縦桿を力一杯手前に引くが、機体は言うことを聞かない。機体全体が鉛の塊になったかのように、急激に高度を失っていく。


(これが……例の「重力魔導」か)


 あのブレスドラゴン級から発せられた不可視の領域。その中に入った瞬間、機体と私自身の重量が数倍に跳ね上がったのだ。


『くそっ! 引き起こせない! 墜ちるぞ!』


 ファルケンベルク曹長の悲鳴が響く。彼の機体も、そして双胴竜も、私の機体と同じようにコントロールを失い、真っ逆さまに地面へと落下していく。

 高度計の針が恐ろしいスピードでゼロへと向かう。このままでは、あと数秒で岩盤に激突して木端微塵だ。


『今だ! 防御魔導を展開!』


 隊長が無線で叫ぶ。それを聞いて私は左手の魔石の杖を握り締め、機首の下――迫り来る地面に向けて詠唱を唱えた。


「我が魔導の光よ、すべてを拒む盾となれ!」


 ファルケンベルク曹長も、双胴竜に乗る魔導士のクラウス上等兵も、私の意図を即座に理解し、同時に地面に向けて防御魔導を展開した。

 機体が地面に激突する直前。我々の機体下部に展開された青白い光の盾が、硬い岩盤と激突した。

 ドーンという凄まじい衝撃音が響く。だが、機体そのものは岩にぶつからなかった。強固な防御魔導の反発力がクッションとなり、まるで巨大なトランポリンに弾かれたかのように、我々の機体は地面で弾き返され、再び上空へとポンと跳ね上げられたのだ。


『今だ、反転して領域から離脱しろ!』


 隊長の命令を聞き、地面の反発で得た上向きのベクトルを利用し、我々は強引に機首を反転する。スロットルを全開にして、重力魔導の有効範囲から脱出した。

 あわや墜落というところからの、防御魔導を利用しての曲芸のような脱出劇。我々はどうにかして墜落を免れ、第十一階層の基地へと帰投した。


 滑走路に降り立ち、ブリーフィングテントに戻った我々は、重苦しい空気に包まれていた。


「やはり厄介な敵だということは分かった。しかし、あんな重力空間の中では攻撃どころか飛行すら維持できん」


 シュタイナー大尉が地図を睨みながら言う。


「ですが、収穫はありました」


 私が口を開くと、全員の視線が集まった。


「収穫?」

「はい。あの重力空間に突入した瞬間、私は魔導視界で奴の魔力の流れを見ていました。あのブレスドラゴン級が展開していた『重力魔導』の術式……その構造が、私にははっきりと見えたんです」


 その言葉に、テント内の魔導士たちがどよめいた。


「ならば、すぐにそれを試すぞ。敵の能力を知るには、自ら使ってみるのが一番だ」


 隊長の進言により、我々は滑走路の端へと移動した。

 重力魔導なるものを、私が会得した。そんな噂を聞きつけた魔導士たちが大勢見守る中、私は滑走路の脇に置かれた机の上に、バネ式の(はかり)を置いた。


「では、やります」


 私は杖を構え、記憶に焼き付けたあのブレスドラゴン級の魔力の流れを、自分の中に再現するように詠唱を紡いだ。


「大地の重圧よ、我が意に従い、その引力を強化せよ!」


 杖の先から放たれた目に見えない魔力の波紋が、机の周辺を覆った。

 ガチャンという音と共に、秤の上の重りが急に沈み込み、針が正確に「倍」の数値を指して止まる。


「おおっ……お、重さが、倍になった」


 驚くのはそれだけではなかった。私の展開した重力魔導の範囲内にいた数人の魔導士たちが、「うおっ!」「体が重い!」と次々に膝をつき、地面に手をついたのだ。彼らの身体にも、正確に倍の重力がかかっている。


「見事だな、フィッシャー軍曹。また一つ、魔導を会得できたか」


 シュタイナー大尉が感心したように頷く。その後、私の術式構築の理論を聞き、数人の魔導士たちが見事にこの「重力魔導」を会得することができた。

 しかし、そこで一つの冷静な疑問が投げかけられた。


「しかし隊長、この重力魔導、我々が会得したところで、いったい何の役に立つのでしょうか? 敵が使った魔導を真似できるようになったというだけで、肝心な敵を倒す方法に繋がりません」


 確かにそうだ。我々が敵を重くしたところで、奴が落ちる前に我々が堕とされる方が確実だ。それにおそらく、奴自身は自分の重力に耐性があるだろう。

 だが、私には確信があった。


「いいえ、役に立ちますよ」


 私は静かに言い放ち、再び杖を構えた。


「重力を『操る』術式構造が理解できたのなら、その出力のベクトルを反転させればいいだけのことです」


 私は先ほどとは逆の、魔力の流れを完全に反転させた術式を放つ。

 すると今度はカチャッ、という軽い音と共に、秤に乗っていた重りが、ふわりと宙に浮き上がったのだ。


「なっ……浮いた!?」


 それだけではない。私の周囲にいた者たちの身体が、重力から解き放たれ、地面からフワフワと浮かび上がったのである。まさに重力を打ち消す力を得た瞬間だった。


「これを使えば、あの厄介なブレスドラゴン級が展開する重力空間に入っても、自機にこの逆の魔導をかければ、重力を打ち消して浮力を保つことができます。つまり、墜落せずに奴の懐に飛び込めるということです!」


 私の説明に、隊長が頷いた。


「よし、第二対竜戦闘隊、直ちに再出撃だ! 重力魔導を会得した者たちを乗せて編隊を組み、あの忌まわしいを叩き落とすぞ!」


 それからわずか数十分後。我が第二対竜戦闘隊が、再び第十二階層の手前へと迫っていた。

 暗闇の奥、ブレスドラゴン級が再び我々を迎え撃つように大口を開けて待ち構えている。


『各機、重力空間に突入する! 逆・重力魔導、展開用意っ!』


 シュタイナー大尉の号令が無線に響く。

 私は操縦桿の魔石に魔力を注ぎ込み、先ほど会得したばかりの術式を機体全体に纏わせた。

 我々の編隊はブレスドラゴン級の領域へと突入する。グンッと一瞬、強烈な下向きの力が機体を襲う。そこで私は、左手で杖を握りしめ、逆の重力魔導をかけるべく詠唱する。


「我が重圧なる力よ、天をもって地となし、地面からの束縛を解き放て!」


 詠唱を唱えた直後、私の機体が浮力を取り戻す。エンジンは力強くプロペラを回し、揚力は完全に維持されている。私だけではない、周囲の四機の撃竜に、その力が及ぶ。他の双胴竜にも重力魔導を持つ魔導士が、逆向きの重力を発生させている。そのおかげで、浮力を保ったまま突入する。

 我々が墜落しないのを見て、あちらも必死に魔導を仕掛けてくる。ギシギシと機体が軋み、私の身体にも不自然な重さのムラがのしかかる。あちらが重力を強めれば、こちらも渾身の力で逆方向の魔力を強めて抗う。

 私が左手で杖を握り締め、ありったけの魔力で重力を相殺し続けている。その間に、隊長が叫ぶ。


『今だ! 撃てぇーっ!』


 重力制御の負担から解放されたシュタイナー大尉らが、一斉にブレスドラゴン級の口元目掛けて魔導砲を撃ち込んだ。

 極太の光の魔弾が、正確に巨竜の喉の奥へと吸い込まれていく。それが命中すると、凄まじい爆発音が空間を震わせた。首を根元から吹き飛ばされたブレスドラゴン級は、ガクンと力無く地面へと墜ちていった。


『目標、完全に沈黙。周囲の重力異常も消滅!』


 どうにか、この厄介な関門を打ち破り、第十二階層への道を切り拓くことができた。いや、今回はその勝利以上に、この「重力魔導」を会得できたことが私にとって大いなる収穫だったと言えるかもしれない。つまり、これからのさらなる戦いを生き抜くための、強力な切り札を増やしたことを意味していた。

 これで、生き延びる確率が増えたことは確かだ。次の試練がどんなものかは想像もつかないが、必ず乗り越えてみせる。そう私は決意した。


◇◇◇


 しかし、この空軍の華々しい戦果を、手放しで喜んでいない者がいた。

 第十一階層の前線基地。その奥に設けられた司令官室の中に、その者がいる。

 そこに一人座るのは調査軍司令官のエーベルハルト大将だ。第十二階層前のブレスドラゴン級撃破の報を受け、その士官が部屋を去ると、忌々しげに舌打ちをした。


「……またしても、あのフィッシャー軍曹か」


 大将は、机の上に置かれた報告書の束を床にたたきつけた。それは、今回の戦闘記録が書かれたものだ。しかし、本来ならば喜ぶべきところであるはずの味方の新たな魔導の会得。それをこの司令官は苦々しく感じているのはなぜだろうか?

 彼女が戦場で会得し、編み出してきた未知の魔導の数々。このまま彼女が多数の魔導を会得し続ければ、いずれ自らの真の目的の前に立ち塞がる、最大の障害になるかもしれない。その懸念が、この司令官の心を支配する。

 しかし、隕石孔の洞窟のさらに先へ進むためには、今の調査軍の戦力において彼女の力に頼るほかない。

 忌々しいと感じるものの、手出しできない司令官はただ一人、司令官室の中で他社に悟られることなく苦々しく感じるしかない。

 そんな軍の中枢で一人、黒い思惑を抱いていることなど露知らず、調査軍は今回の勝利を受けて歓喜していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ