#26 双頭竜
「第十階層の制圧、ご苦労だった。だが、息つく暇はないぞ」
ブリーフィングテントに集められた第二対竜戦闘隊の面々を前に、シュタイナー大尉が厳しい口調で告げた。
第十階層を辛くも制し、次なる第十一階層へと続く下り坂の通路。そこを飛行した偵察機が、命からがら持ち帰った一枚の白黒写真が、テント中央の机に置かれた。
「なんだ、こいつは……」
ファルケンベルク曹長が思わず声を漏らす。私も、驚きのあまり言葉が出ない。その写真に写っていたのは、我々がかつて遭遇した超大型翼竜「リジガードラゴン級」にも匹敵する途方もない巨体を持つ、真っ黒な化け物だった。だが、ただの巨竜ではない。
恐ろしいことに、そのどでかい胴体から、二つの首が生えていたのだ。
「偵察機の報告によれば、この双頭の巨大黒竜が第十一階層への道を完全に塞いでいるらしい。しかも、片方の頭から放たれた巨大な炎は、これまでのブレスドラゴン級のそれを遥かに凌駕する威力と範囲を持っていたとのことだ。偵察機は文字通り、命がけでこの写真を持ち帰った」
シュタイナー大尉の言葉に、テント内の空気が凍りついた。ただでさえ巨大なリジガードラゴン級に、二つの頭。写真からでもそのおぞましい姿が放つ絶望感がひしひしと伝わり、我々を慄かせる。
「まったく、頭一つでも厄介な相手だというのに、それが二つとはな……前回のリジガードラゴン級の時のように、上手く防御魔導で弾き飛ばし、天井や岩壁に頭部を突き刺して動きを止める手が通用するとは、とても思えんな」
大尉が腕を組みながらそうこぼすと、傍らに呼ばれていた陸軍のミュラー大尉が口を開いた。彼もまた、この作戦に関与すべく招かれていた。
「空軍の皆さんが奴の頭のどちらかを岩盤に突き刺してくれれば、前回と同様に我が第五機甲大隊の集中砲火で仕留めることも可能でしょう。ですが、頭が二つとなれば、片方が岩に刺さっても、もう片方の頭が我々を火だるまにする。そう簡単に行くとは到底思えませんな」
「その通りだ。ともかく、敵の強さと生態が分からないことには、作戦の立てようがない」
ということで我々、第二対竜戦闘隊に偵察の任務が下された。偵察とは名ばかりの、実質的な威力偵察である。敵の能力を引き出し、それを生きて持ち帰ることが求められるという、過酷な任務だ。
我々は単座の撃竜四機と、複座の双胴竜十三機の、全十七機で発進した。
今回は一番機を使うことにした。さすがに爆装は不要だし、一番機の風防ガラスの裏にも杖の支えを付けてもらったため、防御魔導を使うだけならこの機体だけでも可能だ。千二百馬力のエンジンを唸らせ、薄暗い洞窟の斜面に沿って降下していく。やがて、魔力探知機がけたたましい警告音を鳴らし始めた。
『見えたぞ。前方に、例の双頭の巨大黒竜だ』
シュタイナー大尉の無線が入る。第十一階層の入り口、暗黒の空間に、黒曜石のように鈍く光る鱗を持った双頭竜が確かに鎮座していた。その二つの首が、我々を見据えるように鎌首をもたげる。
『まずは撃竜四機で突入する! 防御魔導を最大展開し、敵の攻撃を引き出せ!』
「了解!」
私、シュタイナー大尉、ファルケンベルク曹長、そしてヴァーグナー曹長の四機が単縦陣を組み、双胴竜を後方に待機させたまま猛スピードで突っ込んでいく。
近づくにつれ、右側の頭の口の奥で、赤黒い不吉な光が圧縮されていくのが見えた。炎が来る。かつて機械の前に立ちはだかっていたあのブレスドラゴン級の時と同じ戦法だ。
「我が魔導の光よ……相反する極光となりて、すべてを拒む盾となれっ!」
私は操縦桿の魔石に全魔力を注ぎ込み、機首前方に防御魔導の障壁を展開した。直後、双頭竜の右の頭から、空間を焼き尽くすほどの極太の炎が放たれた。
ドドドドッという轟音と共に、私の展開した障壁が炎を弾き返す。機体が軋み、強烈な熱波が風防ガラス越しに伝わってくるが、なんとかそれを耐え凌ぐ。
そして、炎が消える。と同時に、四機が一斉に散開した。
『今だ! 炎を吐いた右の頭に魔導砲を集中させろ!』
隊長の号令に合わせ、我々四機は一斉に両翼の二十ミリ魔導砲の魔石に触れる。
「我が光の魔力よ、二股の不憫なあの竜に、その力を叩きつけよ!」
八発の光の魔弾が、炎を吐き終えて無防備になった右の頭部に殺到する。
ドーンという強烈な爆発が起き、双頭竜の右側の頭部が見事に吹き飛んだ。黒い鱗と肉片が宙を舞う。
「やったか!?」
ヴァーグナー曹長が歓喜の声を上げる。が、明らかに右側の首から上は、我々の集中砲火を浴びてなくなっている。実にあっけない、あっけなさすぎる。もしかすると、このまま左の頭も叩けるか?
そう思った矢先だった。信じられない光景が我々の目に飛び込んできた。
なんと、残された左側の頭が、宙を舞う右側の頭の肉片にガブリと食らいついたかと思うと、それをゴクリと飲み込んだ。すると、吹き飛ばされたはずの右の首の断面から、ボコボコと不気味な音を立てて新たな肉と骨が盛り上がり、瞬く間に右の頭が完全に修復されてしまったのである。
「な……なんだと!? 自分の首を食らって、再生しやがった!」
私は思わず絶叫した。頭を吹き飛ばされて数秒で完全復活するなど、生物の理を完全に逸脱している。
再び、右側の頭が炎を蓄えつつある。頭が復活するなんて、そんな卑劣な敵を相手にどう対処すればいいんだ?
『くそっ、一旦引くぞ! 敵の実力と特性は把握した、全機、帰投する!』
シュタイナー大尉の冷静な判断により、我々は深追いせずに機首を反転させ、前線基地へと逃げ帰った。
さて、基地に戻った我々は、直ちにブリーフィングテントで冷静に頭を突き合わせた。当然、議題はあの再生能力を持つ敵への対処法だ。
「頭を吹き飛ばしても、もう片方がそれを食べて復活させる。あんな化け物、どうやって倒せばいいんですか」
ファルケンベルク曹長が忌々しげに机を叩く。だが、私は今回の出撃と、偵察機の証言を思い返し、一つの仮説に思い至った。
「隊長、もしかするとあの頭は、一方が攻撃用、もう一方が復活用なのではないでしょうか?」
「なに? まさか、左右に役割があると? だが、どうしてそう考える」
「偵察機が遭遇した時も、そして我々撃竜四機に対して炎魔導を放ってきたのも、常に『右側の頭』のみでした。対して『左側の頭』はその間何もせず、その後に右の頭の肉片を食らい、復活させる行動のみをとりました」
私の言葉に、テント内の全員がハッとした顔になった。
「つまり、右側が攻撃用、左側が復活用ということか。だが、たった二回の目撃で、なぜそう言い切れる?」
シュタイナー大尉が私に、詰め寄るように尋ねる。
「もしも両側の首から炎を出せるのならば、我々四機に対して両方の首から炎で攻撃してくるはずです。単機だった偵察機ならばともかく、複数気に対しても単一攻撃ということは、元々、あの竜の首は右側しか攻撃できない、ということではないでしょうか」
「なるほどな……確かにそれは、理にかなっている」
「と、いうことはです。左側の頭を先に吹き飛ばせば、奴は復活できないはず。その上で、右の頭を堕とせばいいのではないかと」
「それも理にかなった意見だ。よし、再度出撃だ。今度は左の頭を狙うぞ」
そう考えた我々は、再び撃竜四機を先頭に出撃した。
再び、第十一階層の入り口に達する。待ち構えていた双頭竜が、再び右の頭から強烈な炎を放ってくる。私は前方に展開した防御魔導でこれをがっちりと受け止めた。
ここまでは、前回と同じだ。ここからが異なる。
『よし、狙いは左頭部だ! 一斉射撃、てーっ!』
炎が途切れた瞬間、我々四機は一斉に狙いを左の頭に集中し、二十ミリ魔導砲を放った。これで再生能力は断たれる、そう確信した。
が、やっかいなことに、現実はそこまで甘くはなかった。
こちらの左の頭の表面に、強烈な青白い魔力障壁の波紋が広がったかと思うと、我々の放った魔弾はまるで硬いガラスに当たった水滴のように、すべて空中で弾き返されてしまったのだ。左の頭は、再生能力だけでなく、我々の魔導砲すら無効化する異常なまでに強固な防御魔導を備えていたのである。
そして再び、右の頭が炎を充填し始める。
『駄目だ、退避しろ!』
我々は再び尻尾を巻いて撤退するしかなかった。
基地に帰り着いた我々は、完全に手詰まりとなっていた。
右の頭を壊せば左の頭が再生させる。左の頭を壊そうにも、魔導砲を完全に弾き返す鉄壁の防御魔導が張られている。これではパズルというより、ただの理不尽な無理ゲーだ。こうなると、どう手を打てばいいか分からない。
左の頭に、防御魔導を展開して突っ込むか? いや、右の頭が健在なうちに、それはできない。だが、右頭部を叩いた後に、すぐに左頭部のあの防壁に私の魔導防壁をぶつけたところで、前回のリジガードラゴン級と同じで、押し合いになる。
片側になったところで、リジガードラゴン級と戦った時のように弾き飛ばして、頭部を天井に突き刺すか。いや、今度もうまくいくとは限らない。なぜならあの時は、炎を吐くために防御魔導を解いた状態だったから頭が突き刺さって動けなくなった。防御魔導が健在なままの頭部が突き刺されば、頭部より大きな穴が開いて突き刺さらない可能性の方が高い。
「どうすればいいのか……」
隊長も困り果てている。そんな我々のもとに、ミュラー大尉がやってきた。我々の報告を聞きつけたらしい。
「空軍の皆さんが手こずっているようだな。話は聞かせてもらった。良い手がある」
ミュラー大尉はニヤリと笑みを浮かべた。
「どんな手があるというのか、ミュラー大尉」
シュタイナー大尉が身を乗り出すと、ミュラー大尉は力強く頷いた。
「聞けば、右の頭は叩けるが、左の頭の防御魔導が強力過ぎて貫けないときいた。となれば、我が第五機甲大隊を含む戦車隊の出番だ。通常砲戦車十両と、魔導砲戦車十両の合わせて二十両を引っ張り出し、援護する」
「戦車の砲撃で、あの防御魔導を抜けるのか?」
「ただ撃つだけでは弾かれる。そこで、フィッシャー軍曹のもつ『魔導障壁』とやらの出番だ」
ミュラー大尉は私を指差した。
「軍曹の防御魔導を張ったまま、まず右の頭部を叩く。その後すぐに敵の左頭部に突っ込んでもらう。敵の防御魔導と軍曹の防御魔導が激しく干渉し合うから、その防御能力が落ちるはずだ。その防御力が落ちた左頭部を、我が戦車隊が徹甲弾と魔導砲で撃ち落とす」
信じられないほど危険な作戦だった。私が敵の目前で衝突状態を維持しなければならない。一歩間違えれば、私は機体ごとミンチだ。だが、他に方法はなかった。
「陸軍にとって、危険ではないのか?」
改めて、シュタイナー大尉が尋ねる。が、ミュラー大尉は返答する。
「どうせここにいても、いずれ脅威になる相手だ。ならばさっさと出向いて先手を打つ。それだけのことだ」
やっぱり、豪胆なお方だなぁ。そりゃあヨハンナがひと目惚れするわけだ。
そして、翌日。準備を整えて、三度目の出撃を迎える。
今度は空軍の編隊だけでなく、地上を第五機甲大隊を含む合わせて二十両の戦車が配置につくことになった。
第十一階層の入り口に到達する。戦車隊の準備が整うのを見計らい、我々撃竜四機は再び防御魔導を張って突入を開始した。
『最初はまず、右の頭からやるぞ。突撃開始!』
隊長の指示通り、四機の撃竜が一直線で突入する。すると、巨大双頭竜の右の頭が炎を吐き出す。私の防御魔導が、それを完全に受け止める。その炎が消えた直後、他の三機が右の頭に向けて魔導砲を放つ。前回同様、右の頭が爆散する。
さて、ここからが本番だ。私はそこで回頭せず、スロットルを限界まで押し込み、まさに飛び散った右の頭の肉片を食らおうとしていた、残されたもう一方の左の頭目掛けて、機首に防御魔導を張ったまま全速力で突っ込んだ。
ギギギギッと、金属同士がこすれ合うような音を立てながら、私の展開した防御魔導と、左の頭が展開した防御魔導が激突する。後方の三機からの魔力供給を受けて強化した魔力障壁ではあるが、敵の障壁と拮抗しており、貫けない。
強烈な衝撃が機体を軋ませる。左腕が熱くなる。敵の左頭の防御魔導は強力過ぎて、やはり我々の力だけでは貫けない。だが、ミュラー大尉の言う通り、互いの魔導障壁が激しく干渉し合い、空間が歪むようなスパークを散らしており、その防御能力が急激に落ちているのが魔力の流れで分かる。
今、まさに砲撃のチャンスだ。私は血を吐くような思いでそう願った。
『撃てえっ!』
そこに、無線からミュラー大尉の号令が聞こえてきた。地上の二十両の戦車が、魔導砲と通常弾を叩きつけてきた。
最初に当たった魔導砲弾は防御魔導によって弾き返されたが、ミュラー大尉の隊が放った対魔物用の徹甲弾が、干渉と砲撃で薄くなった防御魔導の壁の隙を突き、左の頭に命中した。
パリーンというガラスが割れるような音と共に、左の頭の防御魔導が、その徹甲弾の開けた穴から完全に崩壊するのが見える。
『今だ! 戦車隊、第二射一斉砲撃っ!』
そこに、続けざまに十両の魔導砲戦車からの青白い光の一斉砲撃が加わる。我々はその発射を見届けると、そのまま急降下しつつ離脱し始める。
すでに防御を失った左頭部に、魔導砲の直撃が雨あられと降り注ぐ。断末魔の咆哮すら上げる間もなく、左頭部は跡形もなく吹き飛ばされた。
再生能力を担うはずの左頭部をも失い、右頭部も吹き飛ばされたままだ。両方の頭を失った双頭型のリジガードラゴン級の巨大な胴体は、もはやただの肉の塊となり、ドカンと凄まじい音を立ててその場に落ちた。
『目標、完全沈黙。陸軍および第二対竜戦闘隊に告げる。作戦終了、直ちに帰投する』
シュタイナー大尉の終了の号令が無線で響き、地上の戦車隊からは歓声が上がっていた。
私の左手も杖から手を離し、深く息を吐き出した。歓声を上げたいところだが、全身が汗と疲労で、身体が重くてできない。
今回もまた、我々は知恵と連携、そして自らの命を削るような無茶な作戦で、この理不尽な敵をどうにか倒した。まるで、毎回新しいルールのパズルのような戦いを強いられる我々にとって、今度の戦いでの勝利も、決して安息をもたらすものではなかった。
「次は、どんな敵が出てくることやら……」
私は風防ガラス越しに、双頭竜の巨大な死骸を見下ろしながら呟いた。
炎、不可視、音、そして今回は再生。階層を下るごとに、敵は我々の生み出した戦術を嘲笑うかのように新たな手で挑み、それがますます凶悪になっていく。それ以前にに疑問なのは、この隕石孔の洞窟には本当に「底」があるのだろうか?
しかも、これほどまでに精巧で悪意に満ちた防衛機構を作り上げたのは、一体どんな連中なのか。そして、軍上層部は何を求めて、我々をこの終わりの見えない奈落へと突き進み続けるのか。底知れぬ深淵への恐怖と、そんな尽きることのない不安が、私の心にのしかかってきた。




