#25 自爆竜
第九階層の無血「制圧」から数週間。我々隕石孔調査軍の陣形は、着々と整いつつあった。
前線基地の建設は順調に進み、第一階層から続く巨大な螺旋通路の輸送用鉄道が、第九階層まで敷設された。機関車が黒煙を吹き上げながら、弾薬や物資、そして新たな兵員を次々と運び込んでくる。陸軍のミュラー大尉率いる機甲大隊も新型戦車の補充を受け、活気を取り戻していた。売店のヨハンナも相変わらず元気で、殺伐とした前線に明るい笑顔と冷えたコーラや様々な嗜好品を提供してくれている。
そんな二人が、こっそりと付き合っていることはその二人以外、私とシュタイナー大尉だけが知っているのだが……
一見すれば、我々の進軍は磐石の体制に入ったかのように思えた。
だが、この巨大な隕石孔の深淵が、我々をそうやすやすと迎え入れてくれるはずがなかった。
実に困った問題が、散発的に起きていたのだ。
「魔導探知! 対空機関砲、てーっ!」
地上から怒号が響く。空を見上げると、小型の翼竜が三匹、猛烈な速度で降下してくるのが見えた。大きさは人間ほどもない。だが、その小さな体には不釣り合いなほどの高密度の魔力をまとっていた。
それらは迎撃の弾幕をすり抜け、建設中の資材置き場や、物資の集積所にそのまま突っ込んだ。
ドーンという凄まじい爆発音が、地下空間に響き渡る。自らの命と引き換えに施設や人命を奪う、自爆攻撃だ。
「ミクロワイバーン級」と名付けられたこの新手の小型竜は、まさに神出鬼没だった。魔力探知機に引っかかったかと思うと、すでに目視できる距離にまで肉薄しており、防御する間もなく施設や兵器に突撃して自爆する。この猛烈な速度と魔力をまとった自爆攻撃に対する、有効な対処法が見つかっていなかった。
「また偵察機がやられました。ミクロワイバーン級の自爆攻撃です」
司令部テントで、作戦参謀のレーマン大佐が苛立たしげに報告書を机に叩きつけた。
「なんという厄介な存在か! 偵察すらもまともにできんのでは、先に進めんではないか!」
普段は冷徹なエーベルハルト大将でさえ、見えない敵からのじわじわとした被害に焦りを隠せないようだった。いくら使い捨ての駒とはいえ、次への進軍ルートを探る目となる偵察機を落とされ続けては、作戦の立てようがない。
そこで白羽の矢が立ったのが、我々第二対竜戦闘隊だった。
「シュタイナー大尉、貴官の部隊で第十階層への強行偵察を行えとの命令だ。ミクロワイバーン級の巣を突き止め、可能ならばこれを叩け」
レーマン大佐が大将閣下からの直接の命令を伝えてくる。もちろん、我々に拒否権などない。
にしても、なんという理不尽だ。それにどうしていつもこの手の強行偵察を、我々に依頼してくる?
いや、その理由は分かっている。なにせ我々、いや、私にはそれを防ぐ術があるからだ。
『全機、発進せよ!』
シュタイナー大尉の号令で、私、ファルケンベルク曹長、ヴァーグナー曹長を含む撃竜四機が滑走路を蹴り上げた。
第九階層からさらに奥、第十階層へと続く暗い回廊へと進入する。
『来るぞ! 小型の魔力反応、多数!』
探知機を積んだ私の二番機から、警告の無電を飛ばす。暗闇の奥から、青白い光の尾を引いて無数のミクロワイバーン級が弾丸のように飛来した。
当然、我々目掛けて突撃してくる。だが、我々は偵察機のような非武装の機体ではない。
「防御魔導、展開!」
私は風防ガラス脇の杖の魔石に魔力を込め、詠唱する。
「我が魔導の光よ、突撃する自暴自棄な竜の盾となれ!」
機体前方に光の障壁を展開した。他の撃竜は私の後方に入り、そのまま前進する。
ミクロワイバーン級が次々と障壁に激突し、爆散していく。強固な防御魔導の前では、小規模な自爆攻撃など、文字通り虫が風防ガラスにぶつかるようなものだ。
だが、敵はどういうわけか少数だ。一度に、最大でも四匹しか現れない。まるでこちらの戦力に合わせて突っ込んでくるようだ。ともかくそのまま弾幕を押し通るようにして、我々は第十階層の手前、巨大な空洞に差し掛かった。
そこで、我々は途方もない光景を目にすることになる。
『な、なんだあれは……』
ヴァーグナー曹長が絶句する。
空洞の中央。無数のミクロワイバーン級が、まるで電球の周りに群がる蛾のように集結していた。いや、違う。集結しているのではない。「構成」しているのだ。
無数の小型竜が寄り集まり、一匹の巨大な翼竜の姿を象っていたのである。
まるで無数の生物が一つの意思を持ち、巨大な竜をかたどっている。その一部が、ミクロワイバーン級として第九階層まで自爆攻撃に向ってきていたのだ。
第九階層には、何もいなかった。が、そこはこの一匹とも無数ともいえる、不可解な竜の罠が待ち構えていた場所だったのだ。
『あの巨大な群れ全体が、まるで一つの竜か……』
シュタイナー大尉がうめくようにそう言った後、無線で全機に告げる。
『これ以上の接近は危険だ。ともかく、正体は掴んだ。全機、帰投する!』
あれを刺激して、全ての小型竜が飛び出してきたら大変だ。不気味なその竜の巣をあとにし、第九階層の基地まで飛んだ。
さて、基地に戻った後、隊長は司令部へと赴く。強行偵察の結果を報告するためだ。
「もし我が軍が全軍で第十階層へ突撃をかければ、あの巨大な群れを形成する膨大な数のミクロワイバーンが一斉に分裂し、攻勢に転じてくるかもしれません」
シュタイナー大尉の報告に、司令部の空気は重く沈んだ。一匹一匹が自爆攻撃を仕掛けてくれば、陸軍の機甲大隊も歩兵も、ひとたまりもない。あの数の暴力の前に、軍は瓦解する。
報告後、第二対竜戦闘隊のブリーフィングが行われる。とはいえ、あれを見たからといって、よい案など浮かぶはずもない。だが、皆が頭を抱える中、私は一つの突破口を見出していた。それは、直感に基づくもので、かなり危険ではあるものの、おそらく今までの挙動から察するに、これが最善だと思った策だ。
「隊長、フィッシャー軍曹、意見具申」
「なんだ、言ってみろ」
「私がただ一人で、出撃します。二番機に爆装を施し、強襲をかけます」
私の言葉に、テントの中が静まり返った。
「おい、相手は小型とはいえ、大群だぞ! たった一機でどうするつもりだ!?」
シュタイナー大尉が即座に怒鳴った。
「隊長、私には確信があります」
私は一歩前に出て、真っ直ぐに大尉の目を見つめた。
「先ほどの強行偵察時、二番機に搭載された大型の魔力探知機のデータを確認しました。あのミクロワイバーンの群れは、ただ集まっているわけではありません。中心部に、周囲を統率する巨大な魔力中心――『核』のようなものが存在しているものと考えられます。つまり、あの群れ全体を制御している核を破壊できれば、群れは統率を失い、我々は勝利します」
第二対竜戦闘隊の皆がざわめき始めた。私は、さらに続ける。
「おそらくですが、あれは接近する魔力の数量に反応して、自爆竜を放っているのではありませんか? 偵察機が一機の時は一匹、我々の撃竜四気の時は四匹で狙ってきました。つまり、大部隊で動けば、その数だけの一斉攻撃を受けます。また、この洞窟内の地面からは微弱ながら魔力が常に漏れ出ています。単機で、かつ極力低空で侵入すれば、その微弱な魔力に紛れて敵の魔力探知を逃れて核に肉薄できるはずです」
それを聞いた隊長は、私に尋ねる。
「なら聞くが、この第九階層にある施設に、時折、攻撃が加わるのはなぜだ?」
「おそらくですが、魔導士の魔力か、あるいは音や気配などを遠くから察知し、それに応じて攻撃を仕掛けているのではありませんか」
「妙な話だ。それならばなぜ、一斉に攻撃してこない」
かなり鋭い質問だな。私は、正直に答える。
「ここからは推測ですが、もしも相手に何らかの意思があるとすれば、その意図は明確です」
「どういうことだ?」
「一度に攻撃を仕掛けるよりも、不意打ちを繰り返す方が心理的な影響が大きい。全滅した軍はまた立て直せますが、心理的に追い詰められれば、二度とこの洞窟に入ろうなどと思わなくなります。限りある自爆竜を有効に使うには、後者が有効ではありませんか?」
「なるほどな……貴官の言いたいことは、よく分かった」
隊長は納得したものの、それでも強く唇を噛み締め、苦渋の表情を浮かべていた。自らの部下を、たった一人で死地へ向かわせる作戦。過去のトラウマを持つ彼にとって、これほど重い決断はないだろう。だが、他に手はない。
やがて、隊長は決断する。
「……作戦を許可する。だが、もしも多数の敵が出てきた場合は、躊躇なく引き返せ。それが条件だ。必ず、生きて帰れ」
「はっ!」
数時間後。私は二百五十キロ爆弾を抱えた二番機のコックピットにいた。やがて千四百馬力のエンジンが咆哮を上げ、私は滑走路へと向かう。そして、離陸を開始した。
敵の魔力探知を極力逃れるため、第九階層から続く暗い回廊の底、岩肌すれすれの超低空を這うように飛ぶ。魔力探知機には、微量な魔力によりその表示面が覆われている。どうやらこの地面の奥に、魔力を伝導するあのパイプのようなものが走っているのだろう。実際、それがむき出しになっている場所もある。それが微弱ながらも魔力を発しており、敵の魔力探知の「隠れ蓑」となる。
しかし、奇妙な敵ばかり出てくるものだ。どうしてこう毎回、次から次へと新たな仕掛けを持つ敵が現れるのか。何か、試練を与えられているようにも感じる。その意味が何なのか、私などに分かるはずはない。ともかく、今はあの厄介な竜を倒すこと、その一点だけ考えればいい。
やがて、前方が開け、第十階層手前の大空洞に到達した。
見上げた先には、無数のミクロワイバーン級が蛾のように群がり、一匹の巨大な翼竜を形成して空中に鎮座している。
低空を飛び続ける撃竜だが、ここで私は防御魔導を唱える。
「我が光の魔導よ……無数の敵の核を貫く、堅牢なる盾を顕現せよ!」
左手で杖を握りしめたまま、私は上昇に転じる。そこに、一匹のミクロワイバーン級が突っ込んでくる。
「気づかれたな。だが、やはりこちらの『数』に対応しているという読みは、当たったようだな」
その立った一匹がこちらに狙いを定めたのが分かった。
カンッという激しい衝撃が、その一匹を吹き飛ばした。そこで私は機首を下げ、その「核」の反応がある腹の場所へ突っ込む。無数にいるミクロワイバーン級を貫くと、その先に大きく赤い球体が現れた。
あれが、こいつの本体か。
その赤い球体の周りにある障壁に突っ込む。ここぞとばかりに、スロットルを押し込む。
その球体に迫り、突っ込んだ瞬間だ。
ドンッという、見えない巨大な壁に激突したような、猛烈な力で押し返される。機体が弾き飛ばされ、錐揉み状態になる。
奴の核の周囲には、予想以上に強固な魔導障壁が張られていた。
「くそっ、ここまできて、負けられるか!」
私はフラップを展開して無理やり機体の体勢を立て直し、再びスロットルを全開にする。己の魔力を振り絞り、最大出力で機体の障壁を展開し、奴の防御壁にねじ込んだ。
ギギギギッという、金属がこすれ合うような耳障りな音が響く。千四百馬力の力で押し切るが、まるで巨大なコンクリートの壁に阻まれているように、あと数メートルのところで核である球体に到達できない。
が、そんなことは想定済みだ。そのために、爆装してきたのだから。
「今だっ!」
私は投下レバーを力一杯引いた。
機体から、二百五十キロ爆弾が離脱する。ただしこの二百五十キロ爆弾は、ただの爆弾ではない。
先端には、基地の魔導士たちに魔力を込めてもらった魔石を取り付けてある。これが多少の障壁を打ち破ってくれる。また、後部にはロケット噴射剤が取り付けられており、火薬の力で爆弾を押し切ってくれる。
私の防御魔導で薄くなった核周辺の障壁を、爆弾の先端に付けられた魔石の魔力が突き破る。それらが激しく干渉し合うが、やがて魔石が割れるのと同時に爆弾が球体へと向かう。推進剤で押された二百五十キロ爆弾は、やがて核に衝突する。
と同時に、私は機首を上げ、その場を全速で離脱する。
次の瞬間、周囲を白く染め上げるほどの閃光と、鼓膜を破るほどの大音響とともに、大爆発が起きた。
「やったか!?」
爆風に煽られながらも機体を旋回させ、私はその行く末を最後まで見守る。
核である赤い球体は、二百五十キロ爆弾によって砕け散っていた。するとその蛾のようにミクロワイバーン級が張り付いて形成されていた巨大翼竜の姿は、まるで糸が切れたかのように四散していく。ミクロワイバーン級の群れは一斉に魔力を失い、ただのトカゲの死骸となってパラパラとはげ落ち、雨のように地上へバラバラと降り注いでいった。
「はぁっ……はぁっ……」
作戦は成功した。だが、私の魔力は魔力切れ寸前で、意識が遠のき始めていた。左右の腕も熱い。
そこから気力で第九階層の前線基地に戻り、滑走路に機体を滑り込ませたものの、エンジンを切ったところで私の記憶は限界を迎えた。
そこからしばらく、記憶がない。
意識が戻った時、まだ視界がぼんやりとしていた。が、声だけは、はっきりと聞こえた。
「マルガレーテ!」
薄れゆく意識の中で見えたのは、周囲の兵士たちの目も気にせず、私を抱きかかえて野戦病院へと走るシュタイナー大尉の必死な顔だった。
「あ、隊長……すいません、また迷惑を……」
「しゃべるな。しばらく寝てろ。なんとしても治してやるからな」
その言葉を聞いた私はそのまま、深い眠りの底へと沈んでいった。
――その時だ。また、妙な明晰夢を見た。
それは、岩壁一面に付けられた、大きく巨大な機械の塊。その周辺には、洞窟内でよく見かけるパイプが見える。
そして場面が変わり、真っ暗な闇に浮かぶ、巨大な岩。それが、いくつも並んで浮かんでいるのが見える。
その岩はまさに以前、夢で見たあの大きな街を滅ぼした岩そのものだった。そんなものが、いくつも並んで真っ暗闇に浮かんでいる。
この闇は、どこなんだ? 星が見え、まるで夜空のようにも見えるが、地面が見えない。結局のところ、これが何を意味しているのか、私には分からなかった。
だが、この隕石孔を作ったとされるのは、数万年前に落ちたという隕石だ。そして、この巨大な隕石孔には、人工的な機械があった。
もしかすると、この映像は過去の記憶か、あるいはこの洞窟の何かを示しているものなのか。
この隕石孔の洞窟の秘密に迫る何かに違いないと確信しつつも、私の疲労した頭ではそれ以上の考えには至らない。それから目の前は闇に閉ざされ、さらに深い眠りへとついた。




