#22 爆音
第五階層での死闘を乗り越え、我々調査軍はさらに深く、第六階層への進出を果たした。
工兵隊と陸軍の歩兵たちが土埃を上げながら、新たな前線基地の建設を急ピッチで進めている。このところ、移動の感覚が短くなってきた。次は第七階層を狙うわけだが、いっそ第六階層なんて飛ばして、第五階層から部隊を送り込めばいいんじゃないか、と思い始めていた。が、司令部はなぜか、各階層ごとに拠点を作りたがる。
おかげで、鈍い銀色の装甲板が露出する不気味な岩肌の間に、次々と仮設テントや物資が集積されていく光景は、もはや見慣れたものになりつつあった。
この第六階層への移動に伴い、我々第二対竜戦闘隊も順次、機体を移動させていた。しかし、私には一つ、厄介な問題があった。私には専用の予備機が与えられていた。当然ながら、パイロットである私は二機を同時に操縦することはできない。だから、一度に運べるのは一機だけだ。
そのため、まずは長らく私の命を預け、数々の撃墜マークをその身に刻んできた愛機、すなわち七.七ミリ機銃と二十ミリ魔導砲を搭載した「一番機」に乗って、この第六階層へとやってきた。「二番機」の方は、タイミングを見て第五階層へ取りに戻る手はずとなっている。
そんな折、第七階層へのルートを探るべく調査に向かっていた偵察機が、ふらつくような軌道を描きながら第六階層の滑走路に舞い降りてきた。
「おい、どうした! 被弾したのか!?」
機体が停止するなり、整備兵たちが駆け寄る。私もシュタイナー大尉と共に偵察機へと向かった。だが、機体外装には炎で焼かれた痕も、物理的な損傷も見当たらない。
しかし、キャノピーを開け放った瞬間、血の匂いが鼻をついた。
前席の操縦士と後席の魔導士が、共に耳から一筋の血を流し、虚ろな目で宙を見つめていたのだ。
「おい、しっかりしろ! 何があった!」
隊長が声を張り上げるが、二人は全く反応しない。いや、反応できない。どうやら彼らの鼓膜は、完全に破れているようだ。
衛生兵が駆けつけ手当てが行われる中、私たちは筆談で彼らに何が起きたのかを問いただした。震える手で操縦士がチョーク板に記した文字を見て、私は背筋が凍る思いがした。
曰く、「赤いブレスドラゴン級が一体、立ち塞がっている。その翼竜が出す強烈な音響で耳をやられ、意識を失いかけた」と。
猛烈な音を出すブレスドラゴン級。風の次は音か。次から次へと、よく考えるものだ。いや、今はそれを考え出した者はここにはいないはず。なにせ、数万年前に作られたとされる隕石孔の洞窟だ。一体、どういうつもりでこんな翼竜を作り出したんだ。
これまでの敵は、物理的な攻撃や炎、光学迷彩による不可視化など、様々な手段で我々を苦しめてきた。それにしても、風防ガラス越しでも鼓膜が破れるほどの音となれば、相当なものだ。
そういう事情もあり、我々第二対竜戦闘隊のパイロットは全員、分厚い耳栓を深く耳に押し込み、さらにその上から飛行帽をきつく被っての発進となった。当然のことながら、耳が使えないから無線は一切使用不能となる。編隊間の意思疎通は、翼を振る合図やハンドシグナルのみに頼ることになる。
千二百馬力のエンジン音すら、耳栓越しには小さな湯沸かし程度の音にしか聞こえない。強烈な振動だけが、伝わってくる。不気味なほどの静寂の中、私たちは第七階層へと続く巨大な空洞に進入した。
前方の暗がりの中、偵察機の報告通り、赤い鱗に覆われたブレスドラゴン級が一体、通路の真ん中に鎮座していた。これまでに見たどのブレスドラゴン級よりも、胸郭が異常に発達し、その異様さを際立たせている。
シュタイナー大尉の機体が翼を振り、突撃の合図を送る。
我々は一斉にスロットルを押し込み、魔導砲の照準を合わせようとした。
だが、そのブレスドラゴン級が大きく息を吸い込み、その大口を開き放つ。明らかに魔導を放っているが、それは炎ではなく、目に見えない暴力的な「音響」が我々を襲った。
「うっ……!」
耳栓をしているというのに、まったく意味がなかった。音というよりは、空気を伝わる圧倒的な衝撃波だ。機体のジュラルミン板がびりびりと震え、脳と骨の髄まで揺さぶられるような激しい振動が全身を突き抜ける。
平衡感覚を司る三半規管が、一瞬にして狂わされた。上下左右の感覚が消失し、自分がどう飛んでいるのかすら分からなくなる。天地がひっくり返り、激しいめまいと吐き気が胃から込み上げてきた。
視界がぐにゃりと歪み、意識が遠のきそうになる。
(だめだ……このままでは、墜ちる!)
私は本能的に操縦桿を横に倒し、決死の反転機動に入った。周囲を見ると、ファルケンベルク曹長やヴァーグナー曹長の機体も、まるで酔っ払いのようにふらつきながら、どうにか機首を返そうともがいている。
誰も魔導砲を撃つことすらできなかった。我々はフラフラになりながら、なんとかその場を離脱し、第六階層へと逃げ帰るしかなかった。
基地に戻った私たちは、激しい頭痛と耳鳴りに悩まされながらブリーフィングテントに集まっていた。
「風、炎、不可視、そして次は音か……」
ファルケンベルク曹長が、こめかみを押さえながら忌々しげに吐き捨てる。次から次へと、手を変え品を変え現れる敵の攻撃手段に、皆うんざりしていた。
まるで、我々の限界を測るために、何者かが意図的に様々な試練を順番に用意しているかのようだ。この隕石孔の奥に潜むシステムに、我々は試されているのか。しかし一体、何のために?
一方で、皮肉なことに大群が押し寄せてくることがなくなった分、陸軍にとっては随分と楽な行軍が続いていた。割を食わされ、常に死の淵を歩かされているのは、我々空軍、それも最前線を飛ぶ我が第二対竜戦闘隊ばかりだ。このところ、第二対竜戦闘隊の扱いが妙に荒い気がする。
「とはいえ、どうにかしてあの一体を突破しなくては、本隊の進軍は止まったままだ」
シュタイナー大尉が腕組みをして低い声で言う。皆が頭を抱え、重苦しい沈黙がテントを支配していたその時だった。
「また、空の英雄たちがお困りのようだな」
テントの入り口をくぐって現れたのは、第五機甲大隊のギュンター・ミュラー大尉だった。泥臭い陸軍の軍服を着た彼が、自信に満ちた笑みを浮かべて立っている。
その瞬間、シュタイナー大尉の顔が一瞬、ピクリと歪んだ。
それは明らかに嫉妬の表れだ。以前、私がミュラー大尉の提案に助けられ、彼に純粋な感謝の笑みを向けたことを、ヘルマン……いや、シュタイナー大尉は根に持っているのだ。公の場では毅然としているが、あの夜のテントでの彼の様子を思い出せば、その心中は容易に想像がつく。
「陸軍の戦車隊長殿が、我々の作戦会議に何の用だ?」
その嫉妬深い隊長が冷ややかな声で応じるが、ミュラー大尉は豪胆なお方だ。まるで意に介さず。テーブルの席に着いた。
「我々、陸軍にもできることがないかなと思ってな。聞けば、強烈な音響魔導を放つ竜がいると聞いた。その対処について、提案がある」
ミュラー大尉の言葉に、私たちは顔を見合わせた。隊長が切り出す。
「対処法が、あると言うのか?」
「そうだ。この洞窟内の静かな密閉空間では、音波は壁に反射し、反響することでその威力を何倍にも増幅させている」
彼は卓上の作戦地図を指さしながら説明を始めた。
「だが、『音』には『音』だ。もし、あの竜が音を放つ間、我々の戦車隊がその竜の前方に榴弾を撃ち込み続け、絶え間なく爆発音を響かせ続けたらどうなる。爆風と強烈な爆発音が干渉し合い、あの猛烈な音響の波はある程度打ち消され、減衰するはずだ。そうすれば、貴官ら戦闘機が接近し、魔導砲を撃ち込む隙が生まれるのではないか?」
「なるほど……音は音で制す、というのだな」
隊長は嫉妬心など忘れ、思わず感嘆の声を漏らした。物理的な音波の干渉を利用した、なかなかにして理にかなった提案だった。シュタイナー大尉も、私情を脇に置いてその戦術の妥当性を認めざるを得なかったようだ。
「ということで、またしても我が第五機甲大隊の出番というわけだな。陸空の共同作戦で、あの門番を排除する」
作戦が決まり、私たちはすぐに出撃準備に取り掛かった。
だが、私は一つの懸念を抱いていた。音波が減衰するとはいえ、至近距離での影響が完全にゼロになるとは限らない。
「隊長、私はすぐに『二番機』を取りに行きます。それに爆装し、出撃します」
私は整備場に向かいながら、シュタイナー大尉に具申した。
「上の階層に置いてある、あの新しい予備機か? だが、七.七ミリが使えないぞ」
「どのみち、ブレスドラゴン級相手では七.七ミリを使う機会はないでしょう。胴体下に二百五十キロ爆弾を懸架した二番機の方が、もしかすると切り札になるかもしれません」
「爆弾が、切り札? 撃竜に爆装すれば、機動性が著しく落ちるぞ」
「相手は、炎を使わない相手です。機動性は問題ないかと考えます。ともかく、二番機使用の許可を」
隊長は少しの間考え込んだ後、短く頷いた。
「分かった、許可する」
それを聞いて私は、すぐさま手配を済ませる。一度、双胴竜の功績に乗せてもらい、第五階層に向かう。そこで二番機に乗り込み、第六階層へと舞い戻った。この時、腹の下にはずっしりと重い二百五十キロ爆弾をあらかじめ装備してもらった。馬力の高い機体ゆえに操縦桿が重く、しかも抱えた爆弾の分、動きが鈍い。
それでも、何となくこれが、切り札になると確信した。
私が第六階層に戻って二時間後、再び、耳栓をしっかりと装着しての出撃となった。四機が編隊を組んで第七階層の手前に到達すると、薄暗い洞窟の中に、赤いブレスドラゴン級が待ち構えていた。
地上では、ミュラー大尉率いる十両の四式中戦車隊が、すでにブレスドラゴン級の射程ギリギリのラインで横一列に展開し、砲身を高く仰ぎ見ていた。
無線の代わりに、地上から赤い発煙筒が焚かれる。それが作戦開始の合図だった。と同時に、十両の戦車隊が一斉に砲弾を撃ち放つ。
閃光が走り、轟音が洞窟内を揺るがす。放たれた榴弾は竜に直接当てるのではなく、竜の周囲の岩壁や天井に次々と着弾し、凄まじい爆発音と衝撃波を巻き起こした。
ドォンッという爆発音が、連続して鳴り響く。それに呼応するように、赤いブレスドラゴン級が大きく息を吸い込み、あの猛烈な音響攻撃を放った。
だが、今回は違った。
戦車隊からの立て続けの砲撃による爆発音が、竜の放つ音響波と激しく干渉し合い、前回ほど酷い音の波を感じない。それでもすさまじい音ではあるのだが、耳栓をしている状態ならば、どうにか耐えられるレベルにまで威力が減衰していた。
(これなら、いける……!)
私を含む四機の撃竜は、その音と爆風の乱気流の中を縫うように突入した。
目標は、あきっぱなしになっているあの巨大な口の中。そこならば、防御障壁も存在しない。全機が急降下し、魔導砲の照準を開いた口に定めた。
操縦桿の先端の魔石を握り締め、私は魔力を練り上げようとした。
「我が魔導の光よ……」
だが、詠唱を口にしようとした瞬間、予想外の事態に直面した。
あの音響波は、単に耳を無効にし、三半規管を狂わせ平衡感覚を失わせるだけではなかった。我々魔導士にとって、もっと直接的な部分に影響を与えていた。
そう、空気が異常に振動しているせいで、詠唱を唱えるのだが、その詠唱がかき消されてしまう。さらに喉の奥の空気が震えるため、正しい発声もできない。
詠唱というプロセスは、自身の声と意識を同調させることで魔力を術式として固定する。それが妨害されてしまえば、持てる魔力を魔導砲に流し込み撃つことはかなわない。
なんてことだ、魔導士最大の武器を、奪われてしまった。
視界の端で、ファルケンベルク曹長やヴァーグナー曹長の機体からも魔導砲が放たれていない。彼らもまた、詠唱を封じられたことに気付いたはずだ。
このままでは、手も足も出ない。
が、それゆえに私の下した判断の正しさが、ここで証明されることとなる。
(……そうだ、こんなこともあろうかと、この機体を選んだんだ)
私は心の中で叫びつつ、スロットルを限界まで叩き込んだ。
魔導砲が撃てないのなら、物理的な破壊力でねじ伏せるまで。そう、二番機にぶら下がっている、あの重たい爆弾で。
重い二百五十キロ爆弾を抱えた機体は、猛烈なスピードで天井ギリギリから急降下していく。風切り音が極限まで高まる中、巨大な赤い口が目前に迫る。
急降下爆撃のように狙いを定めると、私は爆弾投下レバーを力強く引いた。
ガコン、という重い振動と共に、機体が急に軽くなる。放たれた二百五十キロ爆弾は、慣性に従って一直線に吸い込まれ、ブレスドラゴン級の開いた口の喉の奥目掛けて一直線に突き進んだ。
私は操縦桿を力任せに引き、機体が側面の岩壁を擦るほどのギリギリの軌道で急旋回して、ブレスドラゴン級から離脱する。
直後、背後では真っ赤な炎を上げて大爆発する光景が見えた。
赤い閃光が洞窟内を染め上げ、その爆風が私の機体を激しく揺さぶる。振り返ると、体内から二百五十キロ爆弾の直撃を食らったブレスドラゴン級の頭部は完全に吹き飛び、その巨体が力なく崩れ落ちていくところだった。
その瞬間、あの頭蓋骨を軋ませるような不快な音響の波がピタリと止み、洞窟内に本来の静寂が戻ってきた。
耳の奥ではまだキーンという耳鳴りが続いているが、ともかく我々は、勝利した。図らずもこれは、二番機にとっても初の撃墜となった。魔導に頼らず、陸軍の砲撃と旧来の爆撃という手段で、この奇妙で邪魔な門番を排除してみせた。
第七階層への道は、あっけなく開いた。翌日からもう、この第六階層を出て第七階層へと向かうための準備を始めるという。工作兵も大変だな。そう思いながらその夜、第六階層の前線基地のテント内で、私は深い眠りについていた。
だが、その日の夢は、変だった。あの音響兵器の影響が、脳の深部に影響を与えたからだろうか。私は、ひどく奇妙で恐ろしい夢を見ていた。
空から、途方もなく大きな岩の塊が降ってくる。
だが、その岩が落ちていく先は、荒涼とした大地ではない。そこにあったのは、明らかに街だ。
だが、見たこともない街だった。ちょうどザクセン共和国の首都、ルートリンゲンにある摩天楼、あれを数倍にし、さらに一面ガラス張りにしたような天高くそびえ立つ巨大な建物が密集する、ありえないほど大きな街だった。その高い建物の間には、光の川のように洗練された形の車が行き交い、夜だというのに星空よりも明るく輝く、途方もなく発展した大都市といった風景だった。
そんな信じられないほど高度な街へ向けて、巨大な岩の塊がが容赦なく迫ってくる。それはやがて街のど真ん中に落ち、炎をまとった円形の衝撃の波が、一瞬で周囲すべての建物や道路、車、人を粉々に打ち砕き、煉獄の炎に包む。溶けた岩が柱のように上がり、その溶岩がやがて噴水のように広がり始め……
「はっ……!」
まるで地獄のような光景にうなされ、私はガバッと起き上がる。
全身は、冷や汗でぐっしょりと濡れている。激しい動悸が、胸を打っていた。
「どうした?」
同じベッドの上の、隣で眠っていたシュタイナー大尉、いや、ヘルマンが、目を覚まして心配そうに身を起こす。彼の手が、私の汗ばんだ肩にそっと触れる。
その温もりに少しだけ落ち着きを取り戻した私は、小さく息を吐き出した。
「い、いえ……たいしたことはありません。墜落する夢を見ただけです」
そう短く答え、それ以上は何も言わなかった。ヘルマンを余計な不安に巻き込みたくなかったし、何よりも今の光景を上手く説明できる自信がなかった。
「まだ音響のダメージが残っているのだろう。無理はするな」とだけ言い、ヘルマンは再び横になった。
だが、私は暗いテントの天井を見つめたまま、なかなか眠りにつくことはできなかった。
あの夢の中の光景が、どうしても頭から離れない。
夢というには、あまりにも明晰すぎた。ガラス張りのビル、光る看板、見たこともない車に、人々の影。そして、その上に落ちてきた巨大な岩の塊。
私の想像力が作り出せるものではない。明らかに、外からの記憶だ。
そして、もう一つの考えが、私の心の底から湧き出てくる。
もしかするとあの夢は、この隕石孔の秘密に関わる、何か特別な意味のあるものだったのではないか?
何万年も昔、この地に落ちたという巨大隕石。それが破壊したのは、名もなき大地などではなく、あの夢に見たような巨大な街だったのではないか。そして、この地下深くで我々を拒む数々の異常な機械や防衛機構は、その滅びた文明が残したものだとしたら……
しかし、それ以上のことは私にも想像できない。ならばどうして、我々が入り込もうとするのを阻むのか。そして、それ以上に調査軍司令部は、奥に進むのを急ぐのか。
隕石孔の深淵に近づくにつれ、謎は深まるばかりだ。私は毛布を固く握りしめ、不安と疑問を抱えたまま、再び眠りについた。




