#21 鉄道
第五階層の制圧から数週間が経過し、第六階層までの道も開いた我々が駐留する、この第五階層の前線基地の風景は劇的な変化を遂げていた。
第一階層から第五階層に至るまでの巨大な螺旋通路、そして分岐点を抜けるルートに沿って、なんと鉄道が敷設されたのだ。無骨な鉄のレールが、鈍い銀色を放つ古代の金属装甲の上に強引に打ち付けられ、地底の底まで一本の線で繋がった。
シュッシュッという蒸気の音と共に、第一階層から下ってきた貨物列車が、仮設の駅に到着する。貨車から次々と荷下ろしされるのは、木箱に詰められた膨大な量の弾薬、缶詰や乾パンなどの食糧、そして新しいテントや機材といった備品の数々だ。それらが駅のそばにずらりと並べられていく様は、ここが地下数万メートルの最前線であることを忘れさせるほどの活気に満ちていた。
線路の先には、転車台が設けられている。機関車を反転させ、それを前方につなぎなおす。なお、車掌の乗る車輛、車掌車はあらかじめ貨物車の前後に付けられており、反転すれば後ろ側の車掌車に車掌が乗ることになっている。
そんな機構が、この第五階層にも備え付けられた。これほど深い場所までの物資輸送を軍用トラックだけに頼っていれば、輸送隊は疲弊しきっていただろう。大型機による輸送も考えられたが、そもそもこの狭い地下道に、大型機を入れ、発着させられるほど余裕がない。それゆえにこの鉄道の開通は、我々にとっても陸軍にとっても、文字通りの生命線となっていた。
この軍用列車は、一日に二便、地上とこの第五階層を往復することになっている。
当然のことながら、百キロ以上にも及ぶ線路の途中に魔物や翼竜が現れた場合は、安全が確保されるまで輸送は即座に停止される。しかし、ここ最近は、我々を絶望の淵に追いやったような魔物や翼竜の大群というものが、パタリと姿を見せなくなってきていた。
時折、はぐれたゴブリンや小規模なオーガの群れが線路に迷い込むことはあるが、列車の前後を護衛する装甲車の機銃掃射で容易く蹴散らされている。
「さすがに、そろそろ死に絶えてきたか……?」
私は山積みされた物資を眺めながら、ぽつりと呟いた。
あの分岐点から溢れ出した何万という魔物たち。我々戦闘機隊と陸軍の決死の連携でその大半をすり潰したが、それでも全てを狩り尽くせたとは思えなかった。だが、このところの敵は、組織的な猛反撃からは鳴りを潜めている。
それにしても、だ。
私は周囲の岩壁の奥からちょくちょく顔を覗かせている、不気味で規則的な配管や人工的な金属板を見つめた。
この洞窟は、妙なところがあまりにも多すぎる。数万年前に落ちた隕石の孔だという公式見解は、間違いではないだろう。だが、その後に誰かが手を加えている。しかし誰が、何のために、これほど地下深くまで、このような途方もない巨大建造物を作ったのか。
そして何より、どうして軍上層部は、これほどの犠牲を払ってまで、この孔の奥への進出に異常なまでにこだわり続けるのか。
第二階層での大将閣下の冷酷な瞳。第三階層の行き止まりでの焦燥。彼らは、この最下層に「何か」があると確信している。だが、それは本当に、我々が命を賭してまで手に入れる価値のあるものなのだろうか。
疑問は尽きない。だが、一介の下士官である私に、その答えを知る術はなかった。
そんな折、司令部から私宛てに一つの連絡が入った。
「フィッシャー軍曹、第一階層の基地に、貴官用の新しい機体が届いたそうだ」
隊長が直々に、その知らせを届けてくれた。もっともそれは、同じテントの中で、だったが。
ここ最近の激しい戦いが続き、私の乗る「撃竜」は酷使され続けていた。整備兵たちの懸命な努力にもかかわらず、一機だけでは修理やメンテナンスが到底間に合わない状態に陥っていたのだ。
そこで、私のこれまでの戦果と、単座機で防御魔導と魔導砲を扱える数少ないパイロットであるという特殊性が考慮され、私には特別に、もう一機の「予備機」が与えられることになったという。
パイロットにとって、自分専用の予備機が用意されるというのは破格の待遇だ。素直に喜ぶべきところ、なのか? 単にいい駒にされているだけではないか。残念ながら私は、未だに司令部というところを信用していない。
で、問題はその新しい機体が第一階層の飛行場に置かれているということだ。私が直接そこまで赴き、受領して第五階層まで乗ってこなければならない。
「ちょうどいい。あと十分ほどで、物資を下ろし終えた列車が第一階層へと折り返す。それに乗っていけ」
と、隊長の計らいにより、私は急遽、出発寸前だった上りの貨物列車に飛び乗ることになった。
列車は蒸気の唸り声を上げながら、緩やかな螺旋通路をゆっくりと登っていく。
私は最後尾に連結された車掌車に乗り込み、後方に遠ざかっていく薄暗い景色を眺めていた。同乗しているのは、初老の車掌が一人だけだ。
「まさか空の英雄殿とご一緒できるとは、光栄ですな」
車掌は私に向かって敬礼し、愛想よく笑いかけてきた。英雄と言われるのは、やはり気恥ずかしい。私は少し苦笑いを浮かべつつ軽く手を挙げて応え、車掌車の小さな窓から外を見た。
ガタガタと揺れる車掌車の中で、第一階層へと向かう途中、かつて激戦を繰り広げた第三階層の入り口や、私が決死の突撃を敢行した分岐点の巨大空間を通過した。あの時の血と硝煙の匂いが、未だに岩壁に染み付いているような錯覚を覚える。
思えば、ここに至るまでに信じられないほどの過酷な戦いを繰り返してきた。それが、これほどまでに静寂な場所へと変わり、機関車までが通せるほどになった。
列車は順調に進み、やがて第二階層の近くへと差し掛かった。そこにも小さなホームが設けられているが、復路の機関車はそこで停まる理由もないため、そのまま通り過ぎる予定だった。
そんな第二階層の簡易な駅が遠くに見え始めた、その時だった。
ガタンッ! という不自然な揺れと共に、列車の速度が急に落ちる。
「なんだ? 障害物か?」
車掌が怪訝な顔をして窓から身を乗り出す。私もその後ろから外を確認した。
薄暗い線路の脇、岩陰から、ゾロゾロと何かが這い出してくるのが見えた。
「ゴブリンの群れだ!」
車掌が悲鳴を上げた。犬ほどの大きさしかない小型の魔物だが、その数はざっと二十匹はいる。奴らは列車の走行音に引き寄せられたのか、あるいは飢えているのか、赤い目をぎらつかせながら、最後尾の車掌車に向かって一斉に走り出してきた。
小型とはいえ、腐っても魔物だ。もし車掌車に飛び乗られでもしたら、非武装の車掌が殺されるだけでなく、列車の運行設備を破壊されかねない。
護衛の装甲車は列車の前側に配置されており、おまけにここはカーブの途中。最後尾までは射線が通らない。
「下がっていてください!」
私は車掌を奥へ押しやると、腰のホルスターから先端に魔石の付いた短い杖を抜き放った。
列車の後部デッキに飛び出し、迫り来るゴブリンの群れに杖を向ける。
「我が炎の魔力よ、卑小なる悪魔を焼き尽くせ!」
短い詠唱と共に、杖の先端からソフトボール大の火球が次々と撃ち出された。炎魔導による狙撃だ。
ドンッ、ドンッと鈍い着弾音と共に、火球は先頭を走っていたゴブリンたちに正確に命中し、瞬時に火だるまに変えていく。炎に包まれた魔物たちは、甲高い悲鳴を上げながら線路の脇へと転がっていった。
「よし、このまま一匹ずつ……」
私が次弾を放とうとした、まさにその時だ。
生き残ったゴブリンのうち、一際体格の良い数匹が、列車の死角となる真後ろから、猛烈な速さで迫ってきた。列車の速度が落ちているため、奴らの脚力なら十分に追いつける。
ダッ! と地面を蹴る音が響き、三匹のゴブリンが鋭い爪を立てて、一斉に車掌車の後部デッキへと跳躍した。
「しまっ……!」
杖での狙撃は間に合わない。あわや、私や車掌に飛びかかられる寸前だった。
私は咄嗟に杖を両手で握り締め、魔力を最大まで引き上げた。
「退けっ!」
魂の底からの叫びと共に、防御障壁を展開する。両腕から、わずかに白い煙が上がる。
バンッ、という空気を弾くような破裂音と共に、私の目の前に青白い光の壁が出現した。
跳躍していたゴブリンたちは、空中でその硬い壁にもろに激突した。小さな悲鳴を上げ、凄まじい反発力によって弾き飛ばされる。
奴らは線路の硬い岩盤に叩きつけられ、首の骨を折って即死した。後続のゴブリンたちも、仲間の無残な死に様を見て恐れをなしたのか、チリヂリになって暗闇へと逃げ去っていった。
「ふぅ……」
私は障壁を解き、小さく息を吐いた。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
振り返ると、車掌が腰を抜かしたまま、目を丸くして私を見上げていた。
「あ、あれが……あの巨大竜をつぶしたと言われる、噂の防御魔導ですか……!」
車掌の声は震えていたが、そこには恐怖よりも深い畏敬の念が込められていた。
「ええ、まあ……ブレスドラゴン級相手ならばつぶせましたが、超大型のリジガードラゴン級相手には、弾き飛ばすのが精一杯でした」
「やはり! あれがそうだったんですね! 分岐点の防衛戦で、一機の撃竜が光の盾を展開して、何十匹もの竜を軽々と粉砕したという武勇伝は、後方の輸送部隊の間でも持ちきりですよ。しかも未知の竜相手に弾き飛ばしたとは。しかもまさか、それをこの目で見られるなんて、私は何と幸運なんだ」
車掌は興奮気味に立ち上がり、私の手を取って何度も頭を下げた。どうやら私のあの無茶苦茶な突撃は、かなり尾ひれがついて語り継がれているらしい。実際には、かなり苦戦と無茶の上に成り立った戦術だ。両腕は火傷をするし、気を失いかけそうになる。とても軽々などとは言い難い。少し気恥ずかしさを覚えながら、私は苦笑して杖をホルスターに収めた。
そんな小さな危機を乗り越え、列車は再び速度を上げ、数時間後には無事に第一階層の前線基地へと到着した。
久しぶりに嗅ぐ、第一階層の少し埃っぽいが地上に近い空気。私は駅を降りると、まっすぐに機体整備場へと向かった。
「おお、フィッシャー軍曹! 待っていたぞ!」
顔馴染みの整備兵長が、満面の笑みで私を出迎えてくれた。彼の手招きに従い、格納庫の奥へと進む。
そこには、薄暗い照明に鈍く光る、真新しい「撃竜」が一機、駐機していた。
「これが、私の予備機……」
私は機体に歩み寄り、そのジュラルミンの装甲を撫でた。だが、すぐに違和感に気づく。
これまでの撃竜とは、シルエットが明らかに違うのだ。
「整備兵長、この機体は……?」
「ああ、気づいたか。こいつはただの予備機じゃない。本国から届いたばかりの、最新の改良型だ」
整備兵長は誇らしげに機体の胴体下部を指差した。
そこには、これまで機体にはなかった頑丈な金属製の取り付け具――爆弾架が装備されていた。
「爆装が可能なのか?」
「その通りだ。二百五十キロ爆弾なら一発、小型なら数発を懸架できる。その爆弾とラックをクリアするために、発着用ギア(車輪)もこれまでの機体より少し長めに設計されているんだ」
確かに、主脚が長く、機首がやや上を向いた不格好な姿勢になっている。胴体の真下に爆弾を一発、装填できる。
正直言って、その程度の爆装が役に立つようには思えない。が、何が役に立つか分からない戦場だ。そういう意味では、心強い装備と言えるかもしれない。
「それだけじゃないぜ。心臓部であるエンジンも、これまでの千二百馬力から、さらに改良が加えられた新型だ。出力は千四百馬力を軽く超える。爆弾を積んだ重い状態でも、十分な上昇力と最高速を叩き出せるようにな」
千四百馬力。そのスペックを聞いて、私は思わず喉を鳴らした。それは素晴らしい。だが、同時にあることに気づき、私は機首を回り込んで確認した。
「あれ……機銃がない?」
撃竜の機首に必ず装備されていた、二丁の七.七ミリ機関銃。その銃口があるべき場所には、のっぺりとしたジュラルミンの板で塞がれていた。
「ああ、一回り大きな新型エンジンを載せるために、七.七ミリ機銃は降ろされた。無論、両翼の二十ミリ魔導砲は健健在だがな」
整備兵長の言葉に、私は眉をひそめた。
つまり、この機体は、物理的な攻撃手段を一切持たないということだ。
戦う時は、魔力を使う魔導砲か、あるいは私が使った防御魔導での体当たりを使えということらしい。加えて、地上への爆撃ができるようになったということか。
七.七ミリ機銃も、役に立たないことはない。小物の魔物相手には有効な武器だし、何よりも翼竜を挑発する際によく使った。それが使えないというのは、個人的には不安が残る。
まあ、そういうものが必要な戦いのときは、今の愛機に乗ればいいか。にしても、だ。もう一つの愛機を眺めつつ、私は思わず本音を漏らす。
「……極端な設計だな」
私は呟きながら、コックピットに乗り込んだ。
シートの感触は真新しいが、計器盤の配置は少し変更されている。爆弾投下用のレバーが新たに追加され、操縦桿の魔石も少し大きくなっている気がした。
おまけに、防御魔導の展開用だろうか、風防ガラスのすぐ脇に、魔石を付けた杖が取り付けられている。いちいち腰から杖を取り出さなくても、それを握れば防御魔導を発動できる。なんともまあ、私専用に作られた機体だな。
そして私はその新しい「撃竜」に乗り、第一階層の滑走路から飛び立った。
千四百馬力のエンジンの咆哮は、これまでのものとは次元が違った。機体は猛烈な加速で暗闇の空間を切り裂き、あっという間に第五階層への降下ルートへと入っていく。
機首が重く、機動性はややピーキーだが、スピードとパワーは圧倒的だ。
それから数十分後、私は第五階層の前線基地に到着し、滑走路に滑り込んだ。
長いギアのせいで着陸の感覚が少し違い、少しバウンドしてしまったが、無事に停止する。
私が新しい機体と共に帰還すると、基地の整備兵たちが一斉に群がってきた。
「おい、見ろよ! なんだこの機体は!」
「ギアが長いぞ! それに、胴体の下のアレは……爆弾架か!?」
「すげえエンジン音だったな。最新型か!」
特に整備兵たちの興奮は凄まじく、機体の隅々まで撫で回し、設計図もないのに構造を理解しようと議論を始めている。
だが、私を迎え入れたシュタイナー大尉の顔は、決して明るくはなかった。
「これが、貴官の新しい予備機か……」
「はっ、聞けば千四百馬力のエンジンに、爆装が可能な仕様です。ですが、七.七ミリ機銃は撤去されていました」
私が報告すると、大尉は険しい顔で爆弾架を見つめた。
「爆装……か」
その言葉の響きに、私もまた、胸の奥に冷たい不安がよぎるのを感じた。
隊長も同じ気持ちなのだろう。こんなものを付けさせた司令部の意図は、一体、何だろうか?
これまでの戦いにおいて我々、戦闘機隊の主任務は、上空から襲い来る翼竜を迎撃し、制空権を確保することだった。そのための戦闘機であったはずだ。
だがこの新たな撃竜は、もはや戦闘機というより「急降下爆撃機」のような様相を呈している。
軍上層部は、この機体で何をさせようというのか?
この先の第六階層、あるいはさらに奥の深淵に、爆撃で破壊しなければならないほどの巨大な「何か」が待ち受けているとでも考えているのか。あるいは、何かを知っている?
あるいは、右ルートの魔力供給機のように、彼らが探している「本体」の防衛設備ごと吹き飛ばすつもりなのか。
「隊長、この機体の運用について、何か聞いておられますか?」
私が尋ねると、シュタイナー大尉は首を横に振った。
「いや、何も聞いていない。ただ『最新鋭機を回す』としか。だが……上層部の連中が、ただの親切心でこんな特殊な機体を寄こすはずがない」
隊長の言葉に、私は深く頷いた。
どうにも、この先の戦いに、拭い去れない不安がよぎる。
この先に待っているのは、ただの魔物退治ではないな。もっと恐ろしく、決定的な破壊を伴う戦闘が待っているのではないか。
エーベルハルト大将という、ここの司令官。私は数えるほどしかお会いしたことがないが、どこか冷徹で、それでいて何かの信念らしきものを秘めたお方だと直感したことがある。
そんな大将閣下が、この隕石孔の奥で求めている「真の目的」が何なのか。
真新しいジュラルミンに包まれた新たな愛機に触れながら、私はますます軍上層部への強い疑問と不信感を抑えることができなかった。
この予備機が真価を発揮する時、それは我々にとってはさらなる地獄につながっているのかもしれない。そんな予感だけが、地下の冷たい風と共に私の心を通り抜けていった。




