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#23 地上戦

 第七階層よりさらに深部、第八階層へと続く巨大な洞窟を下りながら、私はコックピットの中でこれまでにない違和感を覚えていた。

 千二百馬力の「七式発」エンジンが放つ重低音は快調そのものだが、キャノピー越しに見える迷宮の表情が、これまでの階層とは決定的に異なっていたのだ。

 そう、これまでの階層であれば、そこには必ず「空の門番」がいた。すなわち、翼竜が空を阻んでいた。

 侵入者を拒むワイバーン級やブレスドラゴン級の翼竜たちが、その強固な魔力障壁と牙を剥いて立ち塞がってきたはずだ。だが、第八階層へ続く螺旋の通路に、翼竜の影はまったくない。

 それはあらかじめ、偵察隊から知らされていたことだ。

 そしてもう一つ、ここ最近とは違う動きがみられた。翼竜の代わりに、地上を埋め尽くす魔物が無数に現れたということだ。久しぶりに見る、地上の大群。一体、どこから湧いてきたのか。ともかく、すさまじい数だ。


『全機、警戒を怠るな。視界、魔力探知機ともに上空に翼竜の反応はないが……不意に現れる可能性もある。そのつもりで、地上軍の援護に当たる』


 無線の向こうで、シュタイナー大尉の声が響く。ただ、その声にはやや拍子抜けしている感情も見え隠れしていた。

 眼下には、陸軍の機甲大隊が展開していた。先頭には魔導砲を搭載した魔導砲戦車師団が、後方には、ミュラー大尉率いる十両の通常砲搭載戦車を含む、機甲師団だ。その周囲を、地平線を塗り潰さんばかりの魔物の群れが取り囲んでいる。

 オーガ、ゴブリン、コボルト――地上の「小物」どもが、かつてない密度で押し寄せていた。


『戦闘機隊各機、地上攻撃に加わる。陸軍を飲み込ませるな!』


 隊長の号令に、私は「了解!」と短く応え、愛機である一号機の操縦桿を押し込んだ。

 今回の出撃に際し、私はあえて爆弾を装備しない「一号機」を選んでいた。

 この乱戦では、一撃の破壊力よりも、手数の多さが生死を分けると踏んだからだ。機首に据えられた二挺の七.七ミリ機関銃。通常、翼竜の鱗には通用しないこの「鉛の弾丸」が、魔力の少ない小物の魔物相手には、爆弾よりも遥かに有効な武器となる。


「まずは、デカいのから倒す!」


 私は急降下(ダイブ)しながら、照準器の十字を群れの中に立つ巨大なオーガに合わせた。

 操縦桿の魔石を握り締め、二十ミリ「魔導砲」の魔石を握りしめる。


「我が光の魔力よ、立ち塞がる巨獣を貫け!」


 青白い閃光が走り、オーガの胸を正確に撃ち抜いた。巨獣が肉片となって弾け飛ぶ。その衝撃で周囲のゴブリンどもが転がる中、私はそのまま高度を維持し、七.七ミリをバラ撒いた。

 バリバリバリという乾いた銃声とともに、曳光弾が魔物の列を薙ぎ払う。次々とやられるゴブリンたち。

 だが、上空からの攻撃は、焼け石に水だった。

 一匹倒せば、その死骸を踏み越えて十匹が湧いてくる。翼竜がいないものの、その分地上の魔物が増やされたのではないかと思えるほどの、異常な数だ。


『フィッシャー軍曹、無茶をするな! 高度を保て!』


 無線の向こうでファルケンベルク曹長が叫ぶ。彼もまた、双胴竜と共に魔導砲を撃ち下ろしているが、敵の数に圧倒されているようだった。上昇時の高Gで意識を飛ばしがちなヴァーグナー曹長などは、もはや旋回すらままならず、ただ機械的に掃射を繰り返している。

 そんな地上の戦況は、凄惨を極めていた。

 魔導砲戦車隊が魔導砲を放ち、大型の魔物であるオーガを仕留めてはいる。小型の魔物に対しては機銃か、キャタピラで押し潰して対処しようとしているが、奴らの執念はそれを上回っていた。

 ゴブリンどもが蟻のように戦車に取り付き、ハッチの隙間にナイフを突き立てているのが見える。


「魔導砲戦車に……魔物が……」


 一両の戦車が、ハッチが無理やりこじ開けられるのが見える。飛び込むゴブリンに、中から兵士たちが銃で応戦するも、多勢に無勢、ほどなくしてその戦車は沈黙した。

 そんな光景が、あちこちで見られる。

 無論、随伴歩兵らが連携し、魔物がとりつくのを防いでいる部隊もあるが、あまりの数に、徐々に崩壊する部隊が出始める。

 我々の兵器体系はこうした「圧倒的な数の暴力」に対する脆さを露呈していた。


 戦闘機としては、なす術がない。

 上空から撃ち続けるだけでは、この乱戦の中に混じった味方を誤射する恐れがあり、全力が出せない。七.七ミリ機銃の弾薬も尽きた。

 どうすればいい?

 だが、ここで私は思い出した。

 たった一つ、この地獄を物理的に「掃除」する方法を。


「隊長! 一時、帰投します! 許可を願います!」

『どうしたフィッシャー軍曹、機体に移乗でも発生したか?』

「いえ、そうではありません」

『ならば、なぜ帰投する』

「二番機に、乗り換えます」


 私は隊長にそう告げる。すると、隊長がこう返答した。


『許可する。ただし、すぐに戻ってこい』


 おそらく隊長は、私の意図を理解してくれたはずだ。以前にもこうした大群を相手にしたことがある。その時は上空の翼竜たちの「ついで」に使っていたが、考えてみれば今まさに、私の持つあの魔導こそが役に立つ。

 それを最大限に活かす機体は、どちらかと言えば二番機だ。すでに七.七ミリを撃ち尽くし、おまけに機体のあちこちにガタが来ているこの機体では、十分に発揮することができない。そう考えた私は、大急ぎで前線基地に戻った。

 第七階層の仮設滑走路に強行着陸した私は、駆け寄ってくる整備員に叫んだ。


「二号機を出して! 燃料は半分でいい!」

「はぁ!? 二号機だって? だが軍曹よ、あれには爆装が……」

「爆装はいらない! いいから、早く!」


 二号機、それは私専用に改修された機体だった。

 通常の「撃竜」は攻撃用の魔導砲を主眼に置いているが、この機体は魔導砲に加えて、風防ガラスのすぐ裏側に、防御魔導用の「杖」が備え付けられている。

 私だけが使える防御魔導、つまり障壁シールドを機体の前面に展開しやすくするために備えられた。


 私は一号機から飛び降りると、まだエンジンを始動したばかりの二号機のコックピットに滑り込んだ。そして、風防ガラスのすぐ脇に添えられた杖を握る。

 固定された杖の魔石が、私の魔力に呼応して鈍く輝く。

 これならば、前回のように腕に力を入れ続ける必要はない。

 私はただ杖を握り、強固な障壁(シールド)の槍となり、すべてを押し潰せばいいのだ。


 再び戦場へと舞い戻った時、地上の戦車隊はかなり苦戦していた。

 動かなくなった戦車が墓標のように並び、生き残った兵士たちが装甲の上で魔物と白兵戦を演じている。


「隊長、戻りました! これより魔導障壁による掃討を開始します!」

『フィッシャー軍曹、つまり、あれをやるつもりか』


 私は隊長に答える代わりに、杖に全ての魔力を流し込んだ。


「……我が魔導の光よ。すべてを拒む断絶の盾となれ!」


 二号機の機首前方に、円形の青白い魔導障壁が展開される。そのまま私は、スロットルを全開まで押し込んだ。

 高度はおよそ八メートル。地面を擦るほどの低空飛行で、私は魔物の群れのど真ん中へと突入した。

 大軍の列に、ぶち当たる。その衝撃が、二号機の機体を揺さぶる。

 小物とは言え、魔力を持った魔物の集団だ。それなりに反動がある。しかし、固定された杖はびくともしない。

 左腕が、熱く感じる。だが、力を添えなくていい分、楽だ。私は調子に乗って、さらに魔物の密集した場所へと向かう。

 私の障壁にぶつかったゴブリンどもが、まるで草刈り機に駆られる雑草のように粉砕され、霧散していく。正直、あまり気持ちのいい光景ではない。

 ゴブリンに取り付かれて動かなくなった戦車の上を通過する。障壁は戦車の装甲ごと、その中にいた魔物を物理的になぎ倒していく。鉄くずと共に吹き飛ばされるゴブリンやコボルトの群れの肉片の合間から、私は巨大なオーガを捉える。


「次は、あのデカいの……!」


 行く手に立ち塞がるのは、およそ五メートル級のオーガだ。私は回避しなかった。むしろ増速し、オーガの横っ腹に向かって「障壁」を叩きつけた。

 凄まじい反動が両腕を襲う。杖を通じて魔力の反動が熱と衝撃で伝わってくる。操縦桿を握る手も、焼けるように熱い。

 だが、二号機のエンジンは止まらなかった。

 強力な改良型の「七式発」のトルクが、魔導障壁という巨大なハンマーを力任せに押し通していく。

 オーガの巨体が粉砕され、その後方の魔物たちをも巻き込みながら吹き飛んでいく。


「よし、いける!」


 私は機体を翻し、何度も何度も群れの中心を往復した。

 私の通り道には、血と肉片の轍ができる。それはもはや空中戦ではない。超高速で移動する草刈り機ならぬ「魔物狩り機」と化していた。

 だが、そろそろ魔力の限界を感じる。つい、強力な新型機で、かつ握りやすい杖の付いた機体ゆえに、調子に乗り過ぎた。

 魔力の量は、別に変ったわけではない。あくまでも、機体が変わっただけだった。そろそろ潮時か。そう思った時、無線の向こうで誰かが呟く。

 その時、私の背後に複数の影が重なった。


『フィッシャー軍曹! 第二対竜戦闘隊の一員だろう、一人で背負うな!』


 それはシュタイナー大尉の機体だった。それに続き、ファルケンベルク、ヴァーグナーの機体も私の編隊フォーメーションに加わる。


『我々の魔力を送る! 障壁の展開を維持しろ!』


 隊長機から放たれた魔力の奔流が、私の術式に同期する。二号機の前に展開する障壁が、さらに巨大に、さらに眩く膨れ上がった。

 四機の撃竜が、まさに私を先頭にして空を駆け、障壁の巨大な鎌となって、残存する魔物の大群を根こそぎ刈り取っていく。


 あれほど地上を埋め尽くしていた魔物の「波」が、目に見えて引いていく。

 絶望に包まれていた陸軍の兵士たちが、徐々に反撃に転じる。残った戦車隊からは、逃げるゴブリンやオーガに砲弾を撃ち続け、やがて最後の一匹に至るまで銃や砲で魔物を叩きのめす。

 こうして、二番機の戦闘開始から、およそ三十分後。

 ここで障壁の魔力が尽きる。地上の蠢きは止まり、硝煙と返り血の匂いだけが漂う死の静寂が訪れた。

 それを見た、隊長が告げる。


『作戦終了。ここからは、陸軍に任せる。全機、前線基地へ帰投せよ』


 こうして我が第二対竜戦闘隊は全機、帰投した。

 その祈祷先である、第七階層の前線基地の滑走路が見えてきた。本日、二度目の着陸だ。隊長機を先頭に、徐々に四機の撃竜、そして十三機の双胴竜が舞い降りた。

 滑走(タキシング)して我が隊の格納場所にたどり着き、機体を降りる。その時、私の足はがくがくと震えていた。

 気づけば、両腕の感覚が麻痺し、指先すら動かすのが億劫だ。

 一号機での出撃から二号機への乗り換え、そしてあの魔導障壁による「体当たり」に近い強行突破。だが、私は今日の戦闘を振り返る。

 思えば最初からこの二号機で出撃していれば、そしてもっと早く魔導障壁による攻撃を仕掛けていれば、あれほど多くの戦車を、兵士を失わずに済んだのではないか。

 後悔が、私の心に突き刺さる。


「……隊長。申し訳ありません。判断が遅れました」


 背後に立ったシュタイナー大尉に、私は俯いたまま告げた。厳格な隊長のことだ、なんというだろう。

 だが、返ってきたのは低く、短い言葉だった。


「いつも最善の手で戦えるものではない。だから気に病む必要は、ない」


 大尉は、私の肩をぽんと叩いた。その手は意外なほど温かい。


「にしても、途中で気づいただけでもまだよかった。お前があの時、引き返さなければ、陸軍の多くの隊は全滅していただろう。もっと胸を張るべきだ、フィッシャー軍曹」


 私は顔を上げ、隊長の瞳を見た。


「はい、ありがとうございます」


 と、隊長からせっかくねぎらいの言葉を得ているところに、思わぬ割り込みが入る。


「ちょっと、マルガレーテ! あんた、とんでもないことしたわね!」


 基地の売店から、ヨハンナが駆け寄ってきた。彼女の顔は少し青ざめていたが、その瞳には安堵の色があった。


「あの『光の壁』、売店からも見えたわよ! まったく、こっちまで魔物に襲われて死んでしまうかと思ったじゃない。ほら、これ。お礼よ!」


 手渡されたのは、キンキンに冷えたコーラの瓶だった。それを麻痺した手でどうにかそれを受け取り、栓を抜く。

 喉を通る強い炭酸の刺激が、私の魔力を補充し、意識を戦場から現実へと引き戻してくれた。私は売店のテーブルに腰掛け、それを飲む。

 ふと視線を向ければ、工兵隊が第七階層の基地整備を進めている光景が目に入る。基地の端を見れば、防御壁を急ごしらえで作成していたようだ。彼らなりに、魔物の襲撃に備えていたようだ。

 しばらくすると、陸軍機甲大隊の隊長であるミュラー大尉も、ボロボロになった戦車を引き連れながら帰ってきた。ちょうど売店の前を通り過ぎる際に、私たちに敬礼を送ってきた。


 戦術としては平凡かもしれない。ただ、力任せに押し潰しただけの戦いだ。

 だが、この不格好な勝利であっても、勝ちは勝ちだ。


 第八階層への道は、今、大きく開かれた。

 その先に何があるのか、おそらく軍の上層部以外は、まだ誰も知らない。

 それ以上に、先日見たあの夢は何だったのか? この隕石孔の秘密にかかわる何かだったのだろうか。

 どちらにせよ、この「撃竜」の翼と、共に戦う仲間たちがいる限り、私はどこまでも潜り続けるだろう。

 隕石孔の奥深くにある、何かを目指して。

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