#14 突破口
『このままでは分岐点を奪われる! 補給路を塞がれるぞ! 魔導砲戦車隊、全車出撃、戦闘機隊も応戦し、何としてでも食い止めろ!』
レーマン大佐の悲痛な通信が、ノイズ混じりの無線から飛び込んでくる。彼もようやく、事態の深刻さに気づいた。
右ルートの最奥に鎮座していたパイプオルガン風の魔力供給機だが、それを破壊したことで、左側ルートを塞いでいる「壁」が消えるとばかり思っていた我々は、完全に裏をかかれていた。破壊された機械の奥からは、重苦しい破壊音と共に巨大な暗黒の穴が口を開け、そこから悪夢のような魔物の大群が溢れ出してきたのである。
魔力探知機によれば、上空には青白いブレスドラゴン級が八十匹。そして地を黒く染め上げるオーガやゴブリンの大群。こちらは算出不能だ。それらが第二、第三階層を繋ぐ分岐点に向かって、進撃を開始していた。
そこを奪われれば、第二と第三階層との間がふさがれる。これはつまり、第三階層にいる調査軍本隊は退路を絶たれる上に、補給路も経たれることとなる。となれば、エーベルハルト大将をはじめとする調査軍司令部は、この地底の底で完全に孤立する。それは我が軍の壊滅を意味していた。
『全機、反転しつつ応戦しろ! 正面からぶつかるな、全速で引きつつ、群れから離れた翼竜を各個に撃つ!』
シュタイナー大尉の怒号が響き渡る。七十機の大編隊は一斉に機首を翻し、分岐点へ向かって退却しながらの迎撃戦へと移行した。
私は千二百馬力の星型エンジンを限界まで回し、操縦桿を激しく操りながら後方を振り返る。暗い洞窟の空間を埋め尽くすように、八十匹のブレスドラゴン級が真っ赤な炎を吐き出しながら猛追してくるのが見えた。
空間が加熱され、乱気流が我が「撃竜」のジュラルミンの機体を激しく揺さぶる。
まともにぶつかれば一瞬で消し炭だ。我々は全速力で逃げながら、敵の群れが縦に伸び切るのを待った。巨体ゆえに速力にばらつきがあるブレスドラゴン級は、徐々に突出する個体と遅れる個体に分かれ始める。
『突出してきた先頭の十五匹を狙う! 全機反転、急降下しつつ背びれを狙い撃つんだ!』
隊長の指示に従い、私を含む第二対竜戦闘隊が反転し、先走ってきた十五匹のブレスドラゴン級に向かって急降下を仕掛ける。
「我が光の魔力よ、その弱き結節を撃ち抜け!」
操縦桿の魔石に魔力を注ぎ、二十ミリ魔導砲のトリガーを引く。極太の光弾が巨竜の三枚目の背びれを貫き、内側から破裂させる。ファルケンベルク曹長やヴァーグナー曹長の機体も同様に、先頭の竜を次々と撃ち落としていった。
『よし、その調子だ! 各個に撃破して数を減らしていくぞ!』
だが、安堵する暇など一秒もなかった。
前回のように広大な空域ではなく、ここは幅八百メートルほどの洞窟の中だ。逃げ回るスペースが圧倒的に足りない。撃ち落とした直後、すぐに迫る後続のブレスドラゴン級が、怒り狂ったように熱線を放つ。
回避が遅れた味方の双胴竜が一機、右翼を熱線に掠め取られ、錐揉み状態で岩壁に激突して爆散した。
なかなか思うように敵を堕とすことができない。前回のように少数の集団におびき出して叩くこともできず、ただただ圧倒的な物量に押し潰されそうになっていた。
が、何度かこれを繰り返し、八十匹のブレスドラゴン級の内、半数の四十匹をどうにか叩き落すことができた。が、そこでいよいよ絶対に守らなくてはならない地点に達しようとしていた。
『距離千! 間もなく分岐点に到達します!』
無線から焦燥に駆られた声が響く。前方の暗闇の先に、第三階層への入り口である巨大な分岐点の空間が見えてきた。
地上を見ると、陸軍の魔導砲戦車隊が土煙を上げて分岐点へと急行しているのが見える。歩兵たちも陣形を組み、迎え撃つ準備を整えている。
だが、空の状況は最悪だった。地上の魔物群はまだ到達していないが、圧倒的なスピードで空を切り裂く生き残ったおよそ四十匹のブレスドラゴン級が、すでに陸軍の頭上に到達しつつあったのだ。
『くそっ! このままブレスドラゴン級が分岐点に達すれば、到達した魔導砲戦車隊は上空からの炎で一網打尽にされるぞ!』
隊長が叫ぶ。その通りだ。戦車の上部装甲など、ブレスドラゴン級の炎魔導の前では薪同然。陸軍が焼き払われれば、防衛線は完全に崩壊し、分岐点の制空権を奪われる。
何か、何か打つ手はないか。
焦りが視界を赤く染める中、私の脳裏に先日の光景が閃いた。
以前、まさにこの右ルートの最奥で、あの特殊なブレスドラゴン級が放った光の奔流を防ぐために、私が咄嗟に展開した「防御魔導」のことを思い出した。
あの時は、飛来する炎を味方三機を守るための「盾」として使った。だが、もしあの絶対的な硬度と反発力を持つ魔力の障壁を、機体の前面に展開したまま、敵の密集陣形に突っ込んだらどうなるか?
そうだ。あれほどの防壁ならば、敵ごと粉砕できるのではないか。盾でありながら、巨大な「矛」として使えるのではと考えた。
もちろん、正気の沙汰ではない。一歩間違えれば、私自身が障壁の反動と衝撃で機体ごと押し潰される。だが、今は躊躇している余裕はない。
「隊長! 私が空の群れに突っ込みます! 各機は私の後方に退避を!」
『何を言っているフィッシャー軍曹! 自爆する気か!』
「活路を開くんです!」
私はスロットルを限界まで押し込み、逃げる軌道から一転、四十匹のブレスドラゴン級が密集する中心へと機首を向けた。
千二百馬力のエンジンが悲鳴のような咆哮を上げる。風防ガラスの向こうで、青白い巨竜たちの壁が急速に迫ってくる。奴らは私というちっぽけな存在を塵にするため、一斉に喉の奥で炎を充填し始めた。
「我が魔導の光よ……相反する極光となりて、すべてを拒み、すべてを砕く盾となれっ!!」
私は左手に握り締めた魔石の杖を前方に突き出し、魂の底から詠唱を叫んだ。
全身の血液が沸騰するような感覚。私の持つ全魔力が杖の先端へと収束し、我が「撃竜」の機首前方に、幾重にも重なる青白い光の波紋――極大の防御魔導の障壁が展開された。
直後、私はその光の盾をまとったまま、生き残りの四十匹の巨大竜の群れへと文字通り「体当たり」を敢行した。
バキバキという、破壊音というよりもブレスドラゴン級の鱗がひび割れて、分厚いガラスをたたき割っているような震裂するような衝撃が伝わってくる。
私の展開した魔力障壁が、先頭のブレスドラゴン級の魔力障壁と激突し、それをその身体ごと食い破る。相反するエネルギーが強烈な干渉を起こし、敵の障壁は飴細工のように粉砕された。そのまま十数トンはあろうかと思われる質量を持つ巨竜の肉体が、私の盾にぶつかって内側から弾け飛ぶ。
凄まじい反動が機体を襲う。ジュラルミンの骨組みが悲鳴を上げ、シートベルトが私の内臓を圧迫する。
左右の腕が熱い。杖から生み出される魔導障壁に向けて、右腕の先にある魔石より魔力を送り出しているため、両腕に魔力が流れている。が、こんなところで止まるわけにはいかない。
私はスロットル全開のまま操縦桿を力任せに押さえつけ、突き進んだ。
二匹、三匹、五匹……。
障壁は私の機体を守る絶対の盾となり、同時に敵をすり潰す巨大な粉砕機となった。密集していたブレスドラゴン級の群れは、回避する間もなく私の光の盾に次々と衝突し、血と肉片を撒き散らしながら爆散していく。バラバラとその肉片と化した巨大翼竜の身体が、次々と落ちていく。
空を埋め尽くしていた巨竜たちが、たった一機の単座戦闘機の突撃によって、まるでドミノ倒しのように次々となぎ倒されていった。
およそ二十秒ほどで、私が敵の群れを完全に突き抜け、空域に残っていた四十匹のブレスドラゴン級は、文字通り「壊滅」していた。
『な……なんてことだ。群れが、消滅した……』
ヴァーグナー曹長の呆然とした無電が聞こえたが、私にはそれに答える余裕すらなかった。
限界を遥かに超えた魔力の放出。私の身体は悲鳴を上げ、限界に達しつつあった。
視界が白濁し、強烈な吐き気が込み上げる。口の中に生温かい鉄の味が広がった。あまりの魔力負荷に血管が耐えきれず、歯茎から大量の血が滲み出していたのだ。呼吸をするたびに、肺が焼けるように痛い。
だが、眼下を見ると、地上の悪夢はまだ終わっていなかった。
空の脅威が消え去ったとはいえ、地上にはオーガとゴブリンからなる万単位の黒い濁流が、まさに分岐点の入り口へと到達しようとしていたのだ。陸軍の魔導砲戦車隊が砲撃態勢にはいるが、あまりにも敵の数が多すぎる。このままでは前衛が飲み込まれる。
「まだだ……まだ、終わらせない!」
私は血だらけの唇を噛み破り、薄れゆく意識を強引に引き戻した。
操縦桿を前に倒し、機体を急降下させる。目指すは、地上を埋め尽くす魔物の大群の真っ只中だ。
『フィッシャー軍曹! 引き返せ! 魔力切れで墜落するぞ!』
シュタイナー大尉の制止の声が響くが、私の手は止まらなかった。
地上すれすれで機体を引き起こし、展開したままの防御魔導を地上の魔物群へと叩きつけるように滑空する。
バリバリと光の盾が地面を削りながら、オーガの巨体、ゴブリンやコボルトの小物の群れを次々とはね飛ばし、それらをミンチに変えていく。血飛沫と緑色の体液が嵐のように舞い上がり、我が機のキャノピーを赤黒く染め上げる。多数の魔物が、私の狂気の突撃によってなぎ倒されていくのが見える。
だが、やはり限界だった。
杖を握る左手の感覚が完全に消失し、機首前方に展開されていた青白い光の波紋が、チカチカと明滅を始めた。魔力が底を突き、防御魔導の力が急速に弱まっていく。
目の前には、未だにうごめくオーガの分厚い壁。このまま盾が消滅すれば、私は機体ごとあの巨大魔物に激突し、木っ端微塵になる。
「これまで……か……」
私が覚悟を決め、目を閉じかけたその瞬間だった。
『目を覚ませ、フィッシャー軍曹!』
無線のスピーカーが割れるほどの怒声と共に、私の機体のすぐ背後、尾翼をかすめるような至近距離に、青い帯が描かれた一機の撃竜が滑り込んできた。
それはつまり隊長機、すなわちシュタイナー大尉の機体だった。
驚くべきことに、大尉は風防ガラスを全開にし、その猛烈な風圧の中で左手に握った魔石の杖を高く掲げていた。
「隊長!?」
『魔力を補充する! そのまま突き進め!』
シュタイナー大尉が、自らの魔力を杖から極太の光条として放ち、前方を行く私の機体――消えかかっていた防御魔導の障壁に向けて、直接魔力を注ぎ込んだのだ。
ズンッ! という重い感覚と共に、私の全身に温かく、そして力強い魔力が流れ込んでくるのを感じた。消滅寸前だった機首の光の盾が、再び眩い青白い輝きを取り戻し、息を吹き返す。それどころか以前にも増してその障壁は、巨大に膨れ上がった。
復活した魔導の障壁は、迫り来るオーガの分厚い肉の壁を紙切れのように引き裂き、次々と破裂させていった。二機の撃竜は完全に連携し、一条の光の槍となって地上の魔物群を真っ二つに分断したのだ。
大半の魔物をミンチにしながら陣形の中心を突破したところで、ついに防御魔導が光の粒子となって雲散霧消した。
『今だ! 全車、一斉砲撃! 残党を片付けろ!』
我々が作った巨大な血の道筋。分断され、混乱の極みに陥った魔物群に対し、後方で待機していた陸軍の魔導砲戦車隊が怒涛の一斉砲撃を開始した。無数の赤い閃光が地上を駆け巡り、残されたオーガやゴブリン、コボルトたちを跡形もなく消し飛ばしていく。
私は操縦桿を力無く引き、機体をゆっくりと上昇させた。背後を飛ぶシュタイナー大尉の機体も、同じようによろよろと高度を上げている。
『て、敵の殲滅を確認。空も陸も、完全に沈黙した。これより、帰投する』
無線の奥で、大尉の掠れた声が響いた。
終わったのだ。私は血塗れのキャノピー越しに、背後の空間を振り返った。
右ルートの最奥。我々が魔力供給機を破壊したあの空間。その瓦礫の奥には、ぽっかりと巨大な暗黒の大穴が開いていた。
そうか、あれが真のルートか。
第三階層の奥にある絶壁はやはり本物の行き止まりであり、この機械の奥にこそ、隠されていた本当の道、つまり、さらなる深淵へと続く道があったのだ。
その事実をしっかりと目に焼き付けた後、私は前を向いた。
『よくやった、フィッシャー軍曹』
隊長からの無電に、もはや言葉を交わす気力すら残っていなかった。魔力を完全に使い果たし、肉体も精神も限界の底の底を打っていた。
フラフラと頼りない軌道を描きながら、私の撃竜はどうにか第三階層の前線基地へとたどり着いた。
仮設滑走路に車輪が触れた衝撃。スロットルを戻し、ブレーキをかける。機体が停止し、プロペラの回転がゆっくりと止まる。
駆け寄ってくる整備兵たちや、守備兵たちの姿がぼんやりと見えた。
私は風防ガラスを開けようと手を伸ばしたが、そこでぷつりと意識の糸が切れ、深い、泥のような暗闇の中へと墜ちていった。
想像を絶する死闘。だが我々は、自らの命と魔力を削り切ることで、理不尽な死地を再び突破してみせた。が、第二対竜戦闘隊の他の機体はどうなったのか? 本来ならば着陸後に僚機の無事を確認するところだが、気絶したためだろう、滑走路に降りたその後のことを、私は全く覚えていない。




