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#13 袋小路

 机上の狂気ともいえる「一石二鳥」の作戦が結果的に成功したことにより、第三階層入り口の制圧に成功した我々、隕石孔調査軍は、ただちに前線基地の構築に取り掛かった。

 第一、第二階層に比べ、この第三階層は明らかに空気が違っていた。肌を刺すような冷気と、常に微細な振動を続ける岩壁。そして所々から露出する鈍い銀色の装甲板が、この場所がもはや自然の洞窟などではなく、我々の理解を超えた巨大な構造物の只中であることを無言で告げていた。

 だが、次なる階層への進軍準備を整えていた我々に、先行した偵察機から驚くべき報告がもたらされる。


『前線基地より十キロ地点にて、前進不能! 繰り返す、十キロ地点にて岩壁により、前進不能! この先、巨大な絶壁に阻まれ、進めません!』


 その無電を聞いた時、第二対竜戦闘隊のブリーフィングは水を打ったような静寂に包まれた。

 行き止まり? ちょっと待て、そんな馬鹿な話があるか。

 しかし確かに、螺旋状に続いていたはずの巨大な通路が前触れもなく完全に断ち切られているというのは間違いない。その後、戻ってきた偵察機が撮影してきた写真には、金属の骨組みと硬い岩盤が複雑に絡み合った、垂直の巨大な壁が写し出されていた。


「どういうことだ……この巨大な孔が、ここで終わりだと言うのか?」


 レーマン大佐が偵察写真を手に、信じられないというように呟く。右側のルートはあのパイプオルガン風の機械で行き止まり。そして本命とされた左側、すなわちこの第三階層へと続くルートもまた、絶壁によって塞がれていた。

 となれば、この数万年前から存在するという巨大な隕石孔は、これですべて底を突いたということになる。

 だが、私はその写真を見つめながら、強烈な違和感に襲われていた。

 おかしい。どう考えても理屈に合わない。


 もしここが本当に終点だというのなら、我々が先ほど第三階層の入り口で死闘を演じた、あの七十匹を超えるブレスドラゴン級の群れや、地上を黒く染め上げた万単位のオーガ、ゴブリンの大群は、一体どこから湧いて出たというのだ?

 あれほどの数の魔物が、この閉ざされた空間から泉のように湧き出したとでも言うのか? いや、そんなことは不可能だ。彼らは明らかに、さらに奥から我々を迎撃するために送り込まれてきたはずだ。

 つまり、この隕石孔の迷宮には確実にここより「奥」がある。

 私と同じことを、当の司令部でも感じていたようだ。エーベルハルト大将は、この絶壁の報告に全く納得しなかったと聞かされる。


「あり得ん。あのパイプオルガン型の機械が末端である以上、この奥にこそ本体が眠っているはずなのだ。必ずどこかに抜け道がある。徹底的に探せ!」


 大将閣下の厳命により、連日、我が戦闘機隊から偵察機が飛び立ち、壁の隅々までサーチライトで照らし出しながら「穴」を探し回った。だが、どれだけ飛ぼうと、岩と金属が融合した絶壁に隙間は一つも見当たらなかった。

 空が駄目なら陸からと、陸軍の工兵隊が大型の削岩機を持ち込み、壁の破壊を試みた。だが、魔力探知機すら反応しないその岩壁は、異常なまでの硬度を誇り、ダイヤモンドのドリルすらも火花を散らしてへし折れる始末だった。


「大将閣下、これ以上の探索は徒労に終わるかと存じます」


 ある日のブリーフィング後、ついにレーマン大佐がエーベルハルト大将に苦言を呈する場面に、私は偶然出くわした。


「第三階層の空洞は完全に塞がれております。兵士たちの疲労も限界に達しており、これ以上の駐留は士気に関わります。本国政府からも、成果なき長期の作戦行動に疑問を呈する声が上がっております」

「黙れ、レーマン大佐。我々がここに至るまでにどれほどの血を流したと思っている。ここで引き返すなど、断じて許されん」


 大将の目は血走り、かつての冷徹な理性はどこへやら、狂気にも似た執念だけがその顔に張り付いていた。


「ですが大将閣下、総司令部より、命令書が届きました。あと一週間。その間にこの先の道が見出せなければ、調査軍は全軍撤収し、作戦を終了するとのことです」

「一週間……」


 大将が忌々しげに机を叩く音が、テントの外まで響いた。

 大佐の言う通り、前線基地の空気は重く澱んでいた。見えないゴールを探して暗闇を飛び続ける毎日は、戦闘による恐怖とはまた質の違う、じわじわと精神を削り取るような徒労感を我々に与えていた。

 焦るエーベルハルト大将。だが、焦れば焦るほど、岩壁は沈黙を保ったまま我々を拒絶し続けていた。


 その日の夜。私は薄暗いテントの中で、売店のヨハンナから買った瓶入りコーラを片手に、広げた手書きの作戦地図と睨めっこをしていた。

 炭酸の刺激を喉に流し込みながら、私は思考を巡らせる。

 この隕石孔がただの自然の穴ではなく、未知の古代文明が作り上げた超巨大な「施設」であることは間違いない。となれば、我々の常識で物事を測るべきではないのだ。

 物理的な絶壁。だが、あの壁の向こうに魔物の発生源がなければ、理屈が合わない。

 私はふと、第二階層から第三階層へ至る「左ルート」で遭遇した、あの恐ろしい敵のことを思い出した。


「光学迷彩で、不可視化するワイバーン級……やつはどうやって、自らを不可視化できたのか?」


 そうだ。あの時、やつらは魔力によって光を屈折させ、「そこにいるのに見えない」という状況を作り出していた。

 ならば、その逆もありうるのではないか?

 敢えて見せることで、この先の道をかくしているのだとしたら、どうか?

 もしかすると、岩壁そのものが、強大な魔力によって構成された「物理的な幻影」や「魔力障壁」のようなものだとしたら? 削岩機のドリルがへし折れたのも、物理的な硬度ではなく、反発する魔力障壁のせいだと考えれば辻褄が合う。

 では、その途方もない規模の幻壁を維持するための、膨大な魔力はどこから供給されているのか?


「……魔力の発生源といえば、あれしか考えられない」


 私の脳裏に、分岐点の「右ルート」の最奥に鎮座していた、あの巨大な光を放つパイプオルガン風の機械の姿がフラッシュバックした。

 エーベルハルト大将はあれを「魔力供給源の末端」と呼んだ。そして、おそらくは探索している「本体」への影響が出ることを恐れ、頑なにあの機械の破壊を拒み、無傷で放置させたままにしている。

 だが、あの装置こそが、我々の行く手を阻む「壁」を作り出している防衛機構の要だとしたら?

 あの右ルートの機械が、左ルートの奥に幻の絶壁を投影し、侵入者を足止めしている。だとしたら、あの機械を破壊すれば、魔力供給が絶たれ、第三階層の絶壁は消滅するのではないか。

 私の中で点と点が繋がり、一つの明確な線となった瞬間、私はコーラの瓶を置き、テントを飛び出していた。


「隊長! シュタイナー大尉!」


 深夜の指揮所テント。書類仕事に追われていた大尉は、血相を変えて飛び込んできた私を見て目を丸くした。


「どうした、フィッシャー軍曹。夜襲か?」

「いえ、そうではありません。第三階層の行き止まりを突破する『鍵』に心当たりがあります」


 私は息を整えながら、自身の推論をシュタイナー大尉に説明した。

 右ルートのパイプオルガン型機械が魔力供給源となり、第三階層の絶壁という「幻影」あるいは「魔力障壁」を形成しているという仮説を話した。ワイバーン級の不可視化魔導の逆の原理で、反対にないものがあるように見せられている可能性を示唆した。

 話を聞き終えた大尉の顔つきが、徐々に険しいものに変わっていく。


「なるほど、強力な魔導士である貴官ならではの着眼点だ。確かに、あれほどの魔物群が発生した出処がない以上、壁そのものが偽装である可能性は高い」

「大将閣下は、本体に影響が及ぶとしてあの機械の破壊を禁じておられます。ですが、このままでは一週間後に全軍撤収です。あの機械を破壊しない限り、道は開かれません」

「分かった。私からレーマン大佐を通じ、大将閣下に具申しよう」


 翌日、私の意見は大尉とレーマン大佐を介して、エーベルハルト大将の耳に届けられた。

 だが、大将の反応は鈍かった。彼が手にしているあの古代の図面にどのような記載があるのかは知る由もないが、彼はあのパイプオルガン型機械が、奥にある「本体」と密接にリンクしていると信じて疑わなかったのだ。

 もしあれを破壊して、本体――つまり調査軍が探し出そうとしている何かが故障でも起こせば、我々の努力は水泡に帰す。

 躊躇と迷い。あの冷徹な大将が、決断を下せずにいた。

 その間にも、時計の針は無情に進み、刻一刻と総司令部が定めた撤収期限が迫っていく。

 そして、運命の期限前日を迎えた。

 ついに焦りが頂点に達したのか、エーベルハルト大将は重い口を開く。


「全戦闘機隊に命じる。右ルート最奥に位置する魔力供給機を、完全に破壊せよ」


 ついに下された攻撃命令。前線基地は一気に慌ただしさを取り戻した。

 ただの機械を一つ壊すだけだが、油断はできない。何が起こるか分からない未知の施設だ。第一、第二、第三対竜戦闘隊の全戦力がかき集められ、単座の撃竜と複座の双胴竜、合わせて七十機という大編隊が編成された。

 これほどの航空戦力が一堂に会するのは、この隕石孔調査作戦が始まって以来のことだ。


『全機、順次出撃!』


 無線からのシュタイナー大尉の号令と共に、千二百馬力の星型エンジンが一斉に咆哮を上げる。私は真新しい撃墜マークが輝く愛機のスロットルを押し込み、暗闇の空へと飛び立った。

 目指すは、かつて四機の単座機だけで決死の突入を果たした、あの分岐点の右ルートだ。編隊は整然と暗い回廊を進み、やがて視界の開けた巨大な空洞へと到達した。

 そこに鎮座する、鈍い金属の光沢と青白い脈動を放つ巨大なパイプオルガン風の機械。前回はあの強力なブレスドラゴン級が門番として立ち塞がっていたが、今はもう守護者はおらず、その死骸も片付けられていた。ただ不気味な機械が光を放ちながら、静かにそこにあるだけだ。


『全機、照準を魔力供給機に集中。合図とともに魔導砲、一斉掃射せよ』


 第二対竜戦闘隊を含む全戦闘機が、青白く光るあの機械に魔導砲の照準を当てる。全機の発射態勢が整うと、ついに隊長が号令を発する。


『攻撃始め、てーっ!』


 隊長の無電と同時に、七十機の戦闘機から極太の光の魔弾が雨あられと放たれた。

 あの時、私たちの魔導砲をことごとく弾き返したブレスドラゴン級の防壁とは違い、機械そのものには防御機構が備わっていなかったらしい。

 凄まじい閃光と爆発音が空洞を揺るがす。数十発の魔弾の直撃を受けた巨大なパイプ群は、ガラス細工のように脆く砕け散り、内部からスパークを撒き散らしながら崩壊していった。

 青白く明滅していた魔力の光が、フッと消え失せる。


『目標の完全破壊を確認!』


 無線から歓喜の声が上がる。これで、この先の道が開かれたかどうかが気がかりなところだ。

 ともかく、作戦はあっさりと成功した。私が安堵の息を吐こうとした、まさにその時だった。


『全機、警戒せよ。様子がおかしい』


 隊長の切羽詰まった声が無線に響いた。

 私もすぐに異変に気がついた。魔力探知機の針が、狂ったように振り切れ、警告音が耳をつんざくほどの音量で鳴り響き始めたのだ。

 破壊されたパイプオルガン型機械の瓦礫。その奥にあった金属の壁が、重苦しい稼働音と共に左右にスライドし、巨大な暗黒の「穴」がぽっかりと口を開けたのである。


「なんだ、あれは……!」


 私は操縦桿を握る手を震わせた。開かれた大穴の奥から、地鳴りのような咆哮が響き渡った。それは、一匹や二匹ではない。数十、いや数百の獣が同時に発する、世界を震わせるような怒りの絶叫だった。

 暗闇の中から、青白い光が次々と点灯していく。それはすべて、敵の目だった。

 先頭を切って飛び出してきたのは、我々がかつて死闘を演じたあの青白い装甲を持つ「特殊型」のブレスドラゴン級だった。それが一匹ではない。五匹、十匹、二十匹……その数はみるみるうちに膨れ上がり、空洞を埋め尽くさんばかりの群れとなって溢れ出してきたのだ。


『敵の数、多数! ブレスドラゴン級だけで、八十を超えています!』


 双胴竜の魔導士の一人が、悲鳴のような無電を飛ばす。

 それだけではない。眼下の空洞の床面には、大型のオーガや未知の異形の魔物たちが、文字通り黒い濁流となって機械の裏側から湧き出してきていた。

 我々は、大きな勘違いをしていたのだ。

 あのパイプオルガン型の機械は、第三階層に幻の絶壁を作り出すための魔力供給装置ではなかった。むしろ、この機械自体が進む道を隠していた。

 それを破壊したことで、我々は自らの手で、古代のパンドラの箱を開けてしまった。

 それは、奥へ続く通路と共に、多数の魔物の群れを呼び寄せてしまったのだ。


『全機、回避行動! 後退しろ!!』


 シュタイナー大尉の怒号が響いた直後、八十匹のブレスドラゴン級が一斉にその大口を開いた。

 七十機の戦闘機隊に向け、空のすべてを青白く染め上げるような熱線の嵐が放たれた。空間そのものが沸騰し、乱気流が我々の機体を木の葉のように吹き飛ばす。

 回避する間もなく、一機の撃竜と七機の双胴竜が光の奔流に飲み込まれ、蒸発した。


「くそっ! こんな数、まともに相手できるわけがない!」


 私は機体をきりもみさせながら、死の光線と光線のわずかな隙間を縫って急旋回した。

 防衛のタガが外れた魔物たちは、明確な意思を持って前進を開始していた。彼らの向かう先は、この右ルートの出口――すなわち、第一階層から続く螺旋通路と、第二、第三階層を繋ぐ「分岐点」だ。

 もし、あの分岐点がこの途方もない大群に制圧されてしまったら、とんでもないことになる。

 今、第三階層の前線基地には、退路となる絶壁が消えたと喜んでいる陸軍の本隊と、エーベルハルト大将たち司令部がいる。分岐点をこの膨大な数の魔物が塞いでしまえば、我々は地上との連絡路を完全に断たれ、暗闇の奥底で孤立してしまう。


『このままでは分岐点を奪われる! 魔導砲戦車隊、出撃! 何としても食い止めろ!』


 レーマン大佐の悲痛な通信が飛び込んでくる。彼も事態の深刻さに気づいたのだ。

 だが、七十機から数を減らした我々だけで、この怒涛の濁流をどうやって止めろと言うのか。八十匹のブレスドラゴン級の背びれを、この乱戦の中で一匹ずつ的確に狙い撃つなど不可能に近い。

 地上では、魔物の群れが地響きを立てながら出口へと向かって雪崩を打っている。

 空を焦がす熱線の嵐の中、私は必死に操縦桿を握りしめた。

 自らの進言が引き金となり、調査軍全体を絶体絶命の危機に陥れてしまった。その重い責任と絶望が、私の胸を激しく締め付けていた。

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