#12 激闘
千二百馬力の星型エンジンが再び咆哮を上げ、私の乗る単座式戦闘機「撃竜」は暗闇の空間を切り裂くように飛翔していた。我々、第二対竜戦闘隊を含む航空部隊は、レーマン大佐が机上で立案した「一石二鳥」の作戦を実行すべく、再び第三階層の入り口へと到達しようとしていた。
眼下には、陸軍の機甲部隊が土煙を上げて進軍している。そして前方には、第三階層の入り口を埋め尽くす七十匹以上のブレスドラゴン級と、地上を黒く染め上げるオーガやゴブリンの大群が待ち構えていた。
大いなる問題が生じる。まさか、七十匹の巨大翼竜を同時に相手するわけにはいかない。この最初の関門をどう切り抜けるか。当然ながら、一石二鳥作戦にはこの七十匹ものブレスドラゴン級への対処法など存在しない。
『困ったものだな。せめて、あの中から二十匹程度だけをおびき出すことができれば、どうにか我々でも対処できるのだが』
隊長が、ため息とともに無電でそう呟く。すると、ファルケンベルク曹長が無線でこう叫ぶ。
『隊長、ファルケンベルク曹長、意見具申!』
『具申、許可する。なんだ』
『前衛にいる敵のみに、七.七ミリを顔面にぶち当ててやりましょう。やつらは単純だから、挑発に乗って突っ込んでくると考えます』
『おい、それをやって七十匹すべて出てきたら、どうするつもりだ?』
『その時は、伸び切った群れの最前列から順に攻撃するだけのことです。どのみち、密集された状態の七十匹を相手にするよりはマシでしょう』
何とも単純かつ短絡的な作戦だが、他に方法がない。
『よし、それで行こう。他の隊にも無電で知らせる』
隊長が、ファルケンベルク曹長の作戦を承認した。大丈夫か、そんな適当な作戦で。
『全機、先頭集団のみに機銃掃射! 挑発作戦を開始する!』
隊長機が号令をかける。仕方がない、私は機種をその七十匹の集団に向け、引き金を引いた。二つの七.七ミリ機関銃の弾が、プロペラの合間をすり抜けてブレスドラゴン級の顔面に命中する。
驚いたことに、ファルケンベルク曹長の読み通り、まず十数匹のブレスドラゴンだけが群れを離脱して追いかけてきた。
すぐさま、我々は旋回して逃げに入る。追いかけてくる、十七匹のブレスドラゴン級、ある程度、群れから離したところで上昇、旋回して、その挑発に乗った巨大翼竜の上に回り込む。当然、その背中の弱点を突いて撃ち落とすためだ。あっけないほどに、我々はブレスドラゴン級の弱点を捉える。
『全機、攻撃!』
隊長機の号令と共に、一斉に離脱した集団のブレスドラゴン級に襲い掛かる。すると、弱点を撃たれたその翼竜らは次々と魔導砲で撃ち抜かれ、その数トンもの巨大な死骸が地上に落下する。その先には、オーガやゴブリン、コボルトといった魔物群がおり、降ってきた二十体もの巨大翼竜の死骸の下敷きになる。
わずかではあるが、魔物の群れが混乱する。そこに陸軍の魔導砲が炸裂する。
意外にも、いけるのではないか? 机上の空論と馬鹿にしていた一石二鳥作戦が、敵の群れを切り崩しにかかる。
『よし、再度全機、ブレスドラゴン級の群れに突入する! 狙うは、ブレスドラゴン級の先頭! 機銃を一斉掃射!』
シュタイナー大尉の号令が無線に響き渡る。一斉に我が戦闘隊の七.七ミリが一斉に砲撃する。
一度目は上手くいったが、二度目までは……と思っていたが、意外にも今度は十五匹のブレスドラゴン級が、まんまと挑発に乗っ手群れを離脱した。
突出したその十五匹の群れを見た私は操縦桿を押し込み、急降下態勢に入った。猛烈な風切り音の中、下層から見上げるようにこちらを睨む巨大な竜の背中が迫る。
現場を知らぬ者が考えた作戦であれ、我々戦闘機隊の任務は空の脅威を排除することには変わりない。私は冷静に照準を合わせ、三枚目の背びれの根元、つまり魔力障壁の結節点に照準の十字を合わせた。
「我が光の魔力よ、その弱き結節を撃ち抜け!」
操縦桿の魔石に魔力を注ぎ込み、両翼の二十ミリ魔導砲のトリガーを引く。放たれた極太の光弾が、寸分の狂いもなく巨竜の背びれを貫いた。
体内で魔力の暴走を起こしたブレスドラゴン級は、断末魔の咆哮を上げる間もなく、その巨体を破裂させながら真っ逆さまに地上へと墜ちていく。
先ほどと同様、周囲でもファルケンベルク曹長やヴァーグナー曹長をはじめとする僚機が次々と急降下攻撃を成功させ、空を埋め尽くしていた巨竜の群れが、巨大な質量兵器となって次々と地上の魔物群へと降り注いでいった。また地上の魔物の混乱を招き、それを陸軍が撃つ光景が見える。
三度目の挑発を仕掛ける。ブレスドラゴン級の先頭、およそ二十匹に七.七ミリを浴びせかける。なぜだろうか、またしても二十匹だけが突入してきた。やつらには、連携するという気がないのか? どちらにせよ、こちらとしてはありがたいことだ。それを再び、上空より急降下しつつ弱点を狙い撃ちして叩き落とす。
ブレスドラゴン級が堕ちるたびに、その下にいる多数の魔物らが下敷きになる。密集した陣形が仇になり、まさしく机上の作戦通りになった。こうして、七十匹ものブレスドラゴン級は全滅した。
とはいえ、だ。たかが数十匹の大型翼竜が落ちたところで、無数の地上の魔物全体を混乱させるほどの威力はない。煮だった大鍋の上に、ひとつまみの氷を投げ入れたようなものだ。それで鍋全体が冷えるわけがない。
ともかく、七十匹ものブレスドラゴン級を各個に撃破し、全滅に追い込むことができた。あまりにもあっけない空中戦の勝利に、我々は一瞬、気が抜ける。
が、それほど簡単に戦いが終わるはずがない。そこに新たな敵が現れる。
『上空に新たな敵影! ワイバーン級の群れだ!』
索敵をしていた双胴竜の後席から、切羽詰まった無電が入る。ブレスドラゴン級の死角から、あの厄介なワイバーン級が三十匹ほど姿を現したのだ。
だが、今の我々に焦りはない。この間、現れたあの光学迷彩を持つ不可視の個体でもなく、ただ群れているだけのワイバーン級など、もはや歴戦をくぐり抜けた第二対竜戦闘隊の敵ではなかった。
『各機、ワイバーン級を迎撃! 一匹たりとも陸軍の上空へ通すな!』
「了解! フィッシャー機、迎撃に入ります!」
私は急上昇で機体を反転させると、迫り来るワイバーン級の懐へと飛び込んだ。炎を吐くために口を開いた瞬間を狙い、次々と魔導砲を撃ち込む。周囲の味方機も鮮やかな連携を見せ、ワイバーン級はあっけなく全滅し、これもまた地上の大群へと墜ちていった。
こうして空の制圧は、想定以上に上手くいった。だが、問題は地上だった。
私は機体を旋回させながら、眼下の戦況を注視する。
確かに、ブレスドラゴンやワイバーンの巨大な死骸は、落下地点にいたオーガやゴブリンを数十体まとめて押し潰していた。だが、敵の総数は万単位だ。何十匹の竜を落としたところで、潰せたのはほんの数百体。残りの九千以上の魔物たちにとって、巨大竜の死骸による落下など多少の被害でしかなかった。
それどころか、死骸が作り出したバリケードのせいで、陸軍の魔導砲戦車隊の射線が遮られてしまっていた。
『くそっ! 死骸の陰から小型の魔物が湧いてくるぞ! 歩兵隊、一斉射撃!』
『戦車に取り付かれたぞ! 歩兵、何をしている、撃ち殺せ!』
陸軍の無線から、悲鳴にも似た怒号が漏れ聞こえる。
魔導砲戦車は、分厚い魔力装甲を持つオーガに対しては一撃必殺の威力を発揮していた。しかし、彼らを苦しめていたのは巨大なオーガではなく、むしろ足元をすばしっこく駆け回るゴブリンやコボルトといった小型の魔物たちだった。
無数に群がる小型魔物は、戦車のキャタピラに群がり、装甲の隙間を狙い、護衛の歩兵たちを数の暴力で蹂躙し始めていた。司令部の連中が立てた作戦は、大型の脅威しか計算に入れておらず、この「数の暴力」を完全に軽視していたのだ。
「隊長! フィッシャー軍曹、意見具申!」
私はたまらず無電のスイッチを入れた。
『具申許可する、なんだ!』
「このままでは地上部隊が小型魔物に飲み込まれます! 我々で地上への掃射を行い、小型魔物を足止めすべきです!」
『地上掃射? だが、撃竜の魔導砲は前方に固定されている。あの密集地帯に突っ込めば、地上の障害物に激突するリスクが高すぎるぞ』
シュタイナー大尉の懸念はもっともだった。単座の撃竜は一撃離脱には向いているが、不規則に動き回る小型の標的を、低空で正確に狙い撃つのは至難の業だ。
だが、我々の部隊には「それ」が得意な機体がある。
「単座機(撃竜)は七.七ミリ機銃で威嚇と散布射撃を行います。双胴竜ならば操縦士が低空で機体を安定させ、後席の魔導士が旋回式の魔導砲で群れの密集地帯を狙い撃ちできるため、確実に小型魔物を一掃できます!」
私の提案に、無線越しに一瞬の沈黙が流れた。
双胴竜は機動性が悪く、これまでの空戦では常に被撃墜のリスクに晒され、犠牲を強いられてきた。だが、空の脅威が排除された今の状況下での「対地掃射」においては、操縦と射撃を分担できる彼らこそが最強の武器となる。
『なるほど、理にかなっているな』
シュタイナー大尉の声に、再び力強い指揮官の覇気が戻った。
『第二対竜戦闘隊、全機! これより陸軍の直接援護に入る! 双胴竜部隊は高度を下げ、後席魔導砲による対地掃射を開始! 撃竜部隊は七.七ミリで敵を密集地帯へ追い込め!』
『『『了解!!』』』
鬱憤を晴らすかのように、双胴竜の搭乗員たちから力強い返答が響いた。
我々単座機部隊が急降下し、地上すれすれを飛びながら七.七ミリ機銃の弾雨を降らせる。ゴブリンどもは殺傷力に欠ける通常弾であっても、その轟音と着弾の衝撃に怯え、本能的に固まるように身を寄せ合った。
そこに、数十機の双胴竜が滑り込むように低空へ進入する。
『食らえ、化け物ども!』
後席の魔導士たちが、ありったけの魔力を込めて光の魔弾を掃射する。旋回式の銃座から放たれる連続した魔導砲は、見事にゴブリンやコボルトの密集地帯を薙ぎ払い、文字通り彼らを灰燼に帰していった。
小型魔物の波が引いた。全身を阻まれていた陸軍部隊は、ようやく息を吹き返した。
『全車、目標、前方のオーガの一団! 一斉射撃、てーっ!』
足元への脅威が消えた魔導砲戦車隊が、本来の力を遺憾なく発揮する。青白い閃光が地上を駆け巡り、残存していたオーガの群れを次々と粉砕していった。
陸と空、そして現場の兵士たちが咄嗟に連携し合った真の「共同作戦」により、第三階層の入り口を埋め尽くしていた万単位の魔物の群れは、信じられないほど少ない犠牲で完全に制圧されたのだった。
『地上の敵影、完全に沈黙。作戦終了だ。全機、帰投せよ』
シュタイナー大尉の安堵の声を聞きながら、私は操縦席で小さくガッツポーズを作った。
数時間後、第二階層の前線基地。
奇跡的な大勝を収め、帰還した我々を待っていたのは、やはり上層部の冷ややかな反応だった。
「ご苦労だったな。しかし、予定より弾薬と魔力の消費が多すぎるのではないか。直ちに補給を済ませ、さらに下層への進軍準備を整えよ」
司令部テントの前で、レーマン大佐は事務的にそう告げただけだった。我々が現場の機転で部隊の壊滅を防いだことなど、彼らにとっては「当然の業務」でしかないらしい。
その背後では、エーベルハルト大将が相変わらず古代の図面と睨めっこをしている。一体、この穴はどこまで続いているのか。あと何階層潜れば、あの冷酷な将軍は満足するのか。一切の情報が開示されないまま、我々はただ盲目的に死地へと送り出され続けている。
腹立たしさと徒労感にため息をつきながら飛行場を歩いていると、「お疲れ様!」という明るい声が耳に飛び込んできた。
売店のヨハンナだった。彼女は泥だらけの私を見るなり、満面の笑みでよく冷えた瓶入りのコーラを差し出してきた。
「今回も無事でよかったわ、マルガレーテ。はい、これ。いつものお礼よ」
「ああ……喉が渇いていたところだ、本当に助かる」
私は代金の銅貨を渡し、栓を抜いて一気にコーラを喉へと流し込んだ。炭酸の鋭い刺激と暴力的なまでの甘さが、酷使した脳と身体に染み渡っていく。
狂気と死が支配するこの前線において、この一杯のコーラと彼女の笑顔だけが、私が人間であることを繋ぎ止めてくれる唯一の安らぎだった。
司令部の連中がこの深淵で何を企んでいようと関係ない。私は生き延びる。生き延びて、この隕石孔の底に隠された真実を、必ず私のこの目で突き止めてやる。
空になった瓶を握りしめながら、私はさらに暗く沈む下層への道筋を、静かに睨みつけた。




