#11 机上作戦
鈍い銀色の模様板と、不気味な青白い光を脈動させる太い配管が岩の割れ目から見え隠れする。我々が命懸けで切り拓いた左側のルートを抜け、隕石孔調査軍の本隊はさらに深く、未知の領域である第三階層へ進撃を開始していた。
第一、第二階層を繋いでいた螺旋状の通路とは異なり、ここは明らかな人工的建造物の名残がそこかしこに張り付いて見える。岩肌の裏側に隠蔽されていたはずの金属の骨組みは、下層へ向かうにつれてその姿が露わになる。
だが、今の我々にはその古代の遺物を気にしている余裕はない。
我々の眼下では、泥と硝煙にまみれた陸軍の機甲部隊が、地響きを立てながら前進を続けていた。
『オーガの群れ、前方より接近! 各車、砲撃用意!』
ノイズまみれの通信機から、陸軍指揮官の号令が漏れ聞こえる。
以前、第二階層への降下作戦において、我々を絶望の淵に叩き落としたあの緑色の巨獣、オーガの群れだ。通常弾をことごとく弾き返す「見えざる防壁」を持つ厄介な陸の巨獣たち。だが、現在の陸軍はかつての無力な彼らではない。
『てーっ!』
轟音とともに、隊列を組んだ新型戦車の砲身から一斉に閃光が迸る。放たれたのは通常の徹甲弾ではない。砲塔に魔導士を同乗させ、彼らの魔力を砲弾に付与して撃ち出す「魔導砲戦車隊」だ。
青白い軌跡を描いた魔弾が、オーガの分厚い胸板に直撃する。かつては戦車砲すら弾き返した強固な魔導装甲が、今回はガラスが割れるように粉砕され、巨獣たちは次々と緑色の体液を撒き散らして吹き飛んでいった。
難なく陸の脅威を粉砕し、前進を続ける陸軍部隊。頼もしい限りだが、空の仕事がなくなったわけではない。
私の機体に搭載された魔力探知機が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
『上空より敵影! ブレスドラゴン級! 数、およそ三十!』
シュタイナー大尉の鋭い無電が響く。正面から現れたのは、三十匹のブレスドラゴン級だ。かつてなら、全滅を覚悟するほどの数だ。
だが我々、第二対竜戦闘隊のパイロットたちには、かつてのような恐怖はない。
光学迷彩を持つ不可視のワイバーン級を退けた後、軍上層部は失われた航空戦力を急速に拡充した。現在、我々の空域には単座の「撃竜」が十二機、複座の「双胴竜」が四十機以上も展開している。
そして何より、我々はあの青白い巨竜との死闘を経て、奴らの「弱点」を完全に解析していた。
『全機、天井ぎりぎりまで上昇し、急降下攻撃の陣形をとれ! 狙うは三枚目の背びれの根元、魔力装甲の結節点!』
隊長の号令とともに、上昇のために千二百馬力の星型エンジンが咆哮を上げる。
奴らは炎を吐く直前の口内以外は鉄壁の装甲を誇ると思われていた。しかし、幾度かの交戦データにより、あの巨大な背中の三枚目の背びれの根元付近に、魔力装甲が極端に薄くなる死角が存在することが判明したのだ。
それは偶然にもそこに当てた双胴竜の魔導士が気付いたのだが、それ以来、ブレスドラゴン級は強固な手ごわい敵ではなく、ただの鈍足な空飛ぶマンボウの如く、脆い存在にしか感じられなくなった。
「フィッシャー機、急降下に入ります!」
私はスロットルを押し込み、操縦桿を思い切り前方に倒した。
機体が真っ逆さまに、暗闇の空間を堕ちていく。猛烈なGが私をシートに押さえつけ、風防ガラスの向こうでブレスドラゴンの巨大な青白い背中が急速に拡大する。
巨竜がこちらの接近に気づき、頭をもたげようとした瞬間には、すでに私の照準の十字の交点は、弱点である三枚目背びれの付け根付近を完璧に捉えていた。
「我が光の魔力よ、その弱き結節を撃ち抜け!」
操縦桿の魔石に魔力を注ぎ込み、両翼の二十ミリ魔導砲のトリガーを引く。
放たれた極太の光弾が、巨竜の背びれの根元に直撃した。障壁の薄い結節点を正確に貫かれた魔力は巨竜の体内に亀裂を生じさせ、凄まじい断末魔とともに巨体をその内側から破裂させた。
私は操縦桿を力一杯引き据え、機体が軋む音を聞きながら間一髪で爆発の火球から離脱する。
周囲を見渡せば、ファルケンベルク曹長やヴァーグナー曹長の機体も次々と急降下攻撃を成功させ、かつては無敵と思われたブレスドラゴン級をいとも容易く屠っていた。
拡充された機数と、確立された戦術。我々はついに、この異様な空間の「防衛機構」を上回りつつある。そう確信した。
今回の第三階層の戦いは、容易に終わる。
しかしその驕りは、第三階層の入り口に到達する直前で無残にも打ち砕かれることになる。
『な、なんだあれは……!』
先行していた偵察機からの悲鳴のような無電が、部隊全体に凍りつくような緊張を走らせた。
第三階層へと繋がる巨大な四角い門構えのような入り口が見える。その周辺の暗闇が、突如として青白く発光し始めたのだ。
最初は目を疑った。罠にはまったと、直感で感じる。実際、魔力探知機の針が振り切れんばかりに暴れ狂うのを見て、私はさらにそれを確信する。
門を覆い尽くすように群がっていたのは、ブレスドラゴン級の巨大な群れだった。三十匹などという生易しい数ではない。ざっと見ても七十匹以上。空を埋め尽くすほどの巨竜の群れが、まるで蜂の巣から飛び出したスズメバチのように、一斉にこちらへ殺到してきたのだ。
さらに絶望的なことに、眼下の地上でも土煙が上がり始めていた。
無数のオーガと、その足元をすばしっこく駆け回るハウンドゴブリンの群れ。それらが地平線を埋め尽くすような津波となって、陸軍の機甲部隊へと襲いかかってきた。
『敵戦力、桁違いです! 空域が……炎で埋め尽くされます!』
誰かの絶叫の直後、七十匹のブレスドラゴン級が一斉にその大口を開いた。
青白い熱線の柱が、雨あられのように編隊へと降り注ぐ。いくら弱点を知っていようと、これほどの数の前では戦術など無意味だった。回避する空間すら存在しないほどの弾幕に、我々は陣形を粉々に砕かれた。
一機の双胴竜が熱線に触れ、瞬時に蒸発する。急降下攻撃に入ろうとした撃竜が、横から現れた別の竜の尾に薙ぎ払われ、岩壁の金属装甲に激突して火柱を上げた。
『くそっ! 数が多すぎる!』
ファルケンベルク曹長が悪態をつきながら機体を捻る。私も必死に操縦桿を操り、死の閃光の隙間を縫うようにスリップ機動を繰り返した。
だが、攻勢に転じる隙など微塵もない。
地上では、魔導砲戦車隊が必死に砲撃を繰り返していたが、数に物を言わせたオーガとゴブリンの波に飲み込まれつつあった。戦車に群がった魔物たちが、その怪力で装甲をこじ開けようとしている凄惨な光景が眼下に広がる。
『全機、直ちに後退しろ! 第三階層への突入は不可能! 退却だ!』
シュタイナー大尉の魂からの叫びで、撤退命令が下った。
これ以上の戦闘は部隊の完全な消滅を意味する。陸軍部隊も同様の判断を下したようで、殿の戦車隊が弾幕を張りながら後退を開始した。
我々は再び、圧倒的な暴力の前に尻尾を巻いて逃げ出すしかなかった。
それから数時間後。第二階層の仮設基地。
第三階層の入り口手前で野営陣地を構築した陸軍を残し、我々戦闘機隊は全機、この前線基地へと引き返していた。
汗とオイルにまみれた飛行服のまま、我々パイロットたちは重苦しい空気が漂う司令部のブリーフィングテントに集められていた。
最前列に立つシュタイナー大尉の顔には、深い疲労と焦燥が刻まれている。その向かい側には、冷酷な作戦参謀・レーマン大佐が立っていた。さらにその奥、薄暗いランプの光の先に、軍の全権を握るエーベルハルト大将が椅子に深く腰掛け、古代の図面らしきものを無表情に眺めている。
「情けない報告だな、シュタイナー大尉よ。たかが魔物の数が増えた程度で、進軍を停止するとはな」
レーマン大佐の嘲るような声が響く。私は思わず拳を強く握りしめた。たかだかだと? 空を埋め尽くす七十匹の巨大竜と、地上の大群の波状攻撃を、安全な基地にいるこの男にとって、それは数字遊びでしかなかったということか。
「大佐、敵は七十匹以上の大型竜です。これに歩兵や戦車隊を伴う地上軍の魔物群が加わり、あの空域と地上は飽和状態にあります。無策なまま正面突破を図れば、軍は全滅します」
「全滅させぬために、貴様ら前線指揮官がいるのだろうが」
冷たく言い放つレーマン大佐は、不敵な笑みを浮かべながら一枚の作戦図をテーブルに広げた。
「いや、大尉の言うことももっともだ」
ところがだ、意外なことにその冷徹な大佐に、隊長をかばう者が現れる。
それが、あのエーベルハルト大将だった。
「しかし、大将閣下。このままでは……」
「実際、空軍だけでなく陸軍も後退したのだ。このまま全滅をされては、我々とて危うい」
「はっ……しかし……」
「何のための参謀なのか。文句を言う暇があれば、作戦立案をすべきだろう」
意外な人物からの「援護」で、我が隊長が無能呼ばわりされる流れが打ち切られる。そのまま大将閣下と共に、多くの士官らは仮説の司令部である丸太小屋に入っていった。
で、そこからものの一時間ほどで、再びレーマン大佐が三つの対竜戦闘隊の前に現われ、こう叫ぶ。
「司令部より、陸空共同の『第三階層確保作戦』が立案された。貴様らにはこれを実行してもらう」
我々は直立し、その作戦とやらを伺う。が、その内容たるや、いかにも現場を知らない司令部の思いつきそうなものだった。
「非常に合理的で、見事な作戦を立案した。まず、戦闘機隊が前面に出る。そして、上空を埋め尽くしているブレスドラゴン級の背びれを狙い、次々と撃ち落とすのだ」
何を言い出すかと思えば、そんなことはさっきの戦いでやろうとして失敗したのだ。数が多いから近づけないと言っているのに。
だが、レーマン大佐の言葉は続いた。
「撃ち落とされたブレスドラゴンのあの巨大で重厚な死骸は、どこへ行くか? 当然、真下の地上に落下する。その真下には何があるといえば、陸軍を足止めしているオーガとゴブリンの大群だ」
壇上より叫ぶ大佐の言葉に、並び立つパイロットたちが一斉に息を呑んだ。
「数トンの質量を持つ巨大な魔力装甲の塊が、空から雨のように降り注ぐのだ。地上の魔物どもは瞬く間に押し潰され、陣形は完全に崩壊する。大混乱に陥ったところを、後方で待機している陸軍の魔導砲戦車隊が一斉砲撃を加えて掃討する。空の敵の排除と、その死骸で陸の敵をすり潰すという、文字通り『一石二鳥』の作戦だ」
誇らしげに語る大佐の顔を、私は信じられない思いで見つめていた。
一石二鳥? 何を言っているんだ、この参謀は。
空戦は妄想の実験場ではないのだ。被弾した竜が真下に素直に落ちるとは限らない。暴れ狂いながら滑空し、味方の陸軍陣地に突っ込む可能性だって十分にある。何より、あの密集した七十匹の火線の中で、正確に背びれを狙撃して落とせというのか? 少しでも手元が狂えば、我々が消し炭になるというのに。
隣に立つファルケンベルク曹長も、ヴァーグナー曹長も、あからさまに顔を引きつらせている。
パイロットの命を何だと思っているのか。机上の空論を自慢げに、それを兵士の血肉を支払って証明しろと言っている。
だが、シュタイナー大尉は反論しなかった。いや、反論しても無駄だと悟っているのだ。奥に座るエーベルハルト大将が、一切の感情を排した目でこちらを一度だけ一瞥した。
その目には、「結果を出せ。さもなくば死あるのみ」という明確な意思が宿っていた。この隕石孔の奥――彼らが「本体」と呼ぶ何かのためならば、我々が何人死のうがきにかけることはない。
「了解しました。第二対竜戦闘隊、作戦を実行します」
隊長の重々しい返答が、滑走路の端で虚しく響いた。
威圧的なブリーフィングが終わり、我々は足取りも重く飛行場へと向かった。
整備場では、すでに燃料と魔弾の補充を終えた撃竜と双胴竜がずらりと並んでいる。オイルの焦げた匂いと、冷たい地下の空気が混ざり合い、独特の死の匂いを作り出していた。
「そんなにうまくいくものかよ……」
ファルケンベルク曹長が、愛機のジュラルミンの胴体を蹴り上げながら毒づいた。
「落とした竜が味方の上に降ってきたらどうする気だ。司令部部の連中は、現場を見ていないのか?」
「見ているわけがないだろう。だが、やらなければ我々が軍法会議にかけられるだけだ」
私は自らの機体の、真新しいマークが描かれた撃竜のタラップを登りながら、静かに答えた。
ふと、売店の方を見ると、ヨハンナが両手を組み、祈るようにこちらを見つめているのが見えた。彼女の存在だけが、この狂った前線における唯一の人間らしさだった。
私は彼女に向かって小さく頷き、狭いコックピットへと身体を滑り込ませた。
すでにエンジンがかけられており、小刻みに震える革のシートが背筋の不快感をさらに引き立てる。整備兵らによって、輪留めが次々と外される。
『第二対竜戦闘隊、全機発進用意!』
無線の向こうから、いつものように冷静さを取り戻したシュタイナー大尉の号令が響く。
「滑走開始!」
私はその合図で、スロットルを上げる。千二百馬力の心臓が、バタバタとしたアイドリングから、黒煙を吐き出しながら荒々しくも軽快な咆哮を上げ始めた。
机上の空論で編み出された、狂気の「一石二鳥」作戦。七十匹の竜を爆撃代わりにするという、前代未聞の陸空共同作戦が今、発動されようとしている。
滑走路へと滑走を進めながら、私は前方の暗闇を睨みつけた。
このふざけた作戦を、必ず生き延びてやる。この理不尽に命を散らしていった仲間たちのためにも。
スロットルを全開に押し込み、私の乗る「撃竜」は、再び果てしない死線の空へと舞い上がっていった。




