第1話:無能と呼ばれた伯爵令嬢
「……ごきげんよう、ジュリアン義兄様。この本は、大地の精霊に関する古い伝承が記された貴重なものですわ。決して出来損ないなどでは──」
「黙れ! 精霊の加護を失った無能の分際で、偉そうに私に口を利くな!」
ジュリアンが激昂して私の机を叩くと、パァンと高い音が図書室の片隅に響き渡りました。その衝撃で、私が大切に読んでいた古い本の頁が小さく震えます。
ここはローゼンブラウ伯爵邸の、普段は誰も寄り付かない埃っぽい離れの図書室。かつて歴史ある名門として知られた我が家ですが、父が後妻である現在の義母を迎え、その連れ子であるジュリアンがやってきてから、私の居場所は完全に失われてしまいました。
かつて、私は「地属性の精霊」に深く愛された申し子として、周囲から将来を嘱望されていました。幼い頃の私の周囲には、いつも温かな大地の光が満ち、草花は私の歌に合わせて芽吹いたものです。
しかし、十四歳の春に行われた「精霊の再託宣式」の折、私の身体からは一切の魔力反応が消え失せてしまいました。国の最新の魔導測定器が示した結果は「ゼロ」。精霊の気配すら感じられないという、あまりにも残酷な現実でした。
それ以来、私は「加護を失った無能令嬢」として、実の父親からも見放され、この離れへと追いやられたのです。
「お前のような穀潰しを養ってやっているだけでも、我が伯爵家の慈悲の深さを知るべきだな。だが、そんなお前にも、ようやく一度だけ役に立つ機会をくれてやる」
ジュリアンは懐から、豪奢な金縁の招待状を取り出し、私の足元へと放り投げました。
「それは……王都で今夜開かれる、夜会の招待状ですの?」
「そうだ。本来なら、お前のような日陰者が足を踏み入れられる場所ではない。だが、今夜の夜会には、我が家が開発した新しい魔導器具の出資者たちが大勢集まる。そこでだ、エルリア。お前には我が家の引き立て役として出席してもらう」
引き立て役。その言葉の裏にある悪意を、私は瞬時に理解しました。
新興の魔導技術を誇るジュリアンたちが、その輝かしい成果を際立たせるために、「古き精霊の力を失った哀れな前時代の遺物」として私を衆目に晒し、笑い者にしようという腹積もりなのでしょう。
「……私のような者が、そのような華やかな席に出向いては、かえって伯爵家の名を汚すことになりませんか?」
「断る権利があるとでも思っているのか? これは父上の命令でもある。お前が拒むなら、お前の唯一の味方気取りであるあの目障りな侍女──レイラを即刻この屋敷から叩き出すが、それでもいいんだな?」
「っ……!」
私は息を呑みました。私のために毎日冷遇に耐え、泥だらけになりながらも私の身の回りの世話をしてくれているレイラ。彼女の存在は、今の私にとって唯一の心の拠り所でした。彼女を巻き込むわけにはいきません。
「……分かりました。出席いたしますわ、ジュリアン義兄様」
「ふん、最初からそう言えばいいんだ。精々、夜会の隅で惨めに縮こまって、私の引き立て役を全うするんだな」
勝ち誇ったような笑みを残し、ジュリアンは足早に図書室を去っていきました。
一人残された私は、足元に落ちた招待状を拾い上げ、そっと胸に抱きしめました。
窓の外を見やれば、どんよりとした曇り空が広がっています。
「本当に、私は力を失ってしまったのかしら……」
私は自分の両手を見つめました。周囲の誰もが私を無能と呼びますが、実は私自身、不思議に思っていることがありました。十四歳のあの日以来、確かに魔導測定器には何も反応しなくなりましたが、私の胸の奥深くには、以前よりもずっと濃密で、底知れないほど強大な「何か」が静かに眠っているような感覚がずっとあったのです。
それはまるで、触れれば世界がひっくり返ってしまうような、圧倒的な大地の脈動。
しかし、それを証明する術はなく、私はただ、嵐が過ぎ去るのを待つように静かに生きるしかありませんでした。
「お嬢様、お仕度の準備をいたしましょう。私が、誰よりも美しくお着せいたしますわ!」
いつの間にか図書室に入ってきていたレイラが、悔しさに涙をにじませながらも、精一杯の笑顔でそう言ってくれました。
「ありがとう、レイラ。あなたに苦労をかけてしまってごめんなさいね」
「何をおっしゃいますか! お嬢様の気品と美しさは、あの傲慢なジュリアン様たちなど足元にも及びません。夜会の連中に、ローゼンブラウ家の本当の血筋がどれほど素晴らしいか、見せつけてやりましょう!」
彼女の温かい言葉に救われながら、私は今夜、自らの運命を大きく変えることになる舞台へと赴く覚悟を決めたのでした。










