2、用意された檻
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
用意された部屋は、過不足なく整えられている。
広すぎず、狭すぎず。装飾も控えめで、どこか無機質ですらあった。
客人用としては、少しばかり行き届きすぎている。
「……似ているな」
呟いてから、わずかに眉を寄せる。似ているのではなく、知っているのだ。この静けさを。どこか人の気配を排した整い方を。
ヴェルナーは、ゆっくりと室内を見渡す。調度の配置。窓の高さ。差し込む光の角度。
幼い頃、確かにここにいた。王の子としてではない。ただ、そこに置かれた存在として。
足が止まる。それ以上、踏み込む気になれなかった。
「……」
小さく息を吐く。思い出すつもりはなかった。だが、この場所は、それを許さないらしい。それは──きっとこれからも。
王太子が死んだ──今の国王夫妻に王太子以外の子はいない。
「……なぜ、今更」
答えが返るはずもない問いを、落とす。
――いや、すでに分かっているのだ。
他にいないのではない。他では困るのだ。だからこそ、自分が呼ばれた。
薄く血色の悪い唇の端が、わずかに歪む。
「……趣味が悪い」
誰に向けた言葉でもない。ただ、静かな部屋の中に落ちて、消えた。
――コンコン。
控えめなノックの音が、響いた。
「……入れ」
間を置かず、扉が静かに開く。
入ってきたのは、年の頃三十前後の男だった。無駄のない動きで一礼する。
「失礼いたします。急なご案内となり、申し訳ございません」
顔を上げたその目は、伏せられているようでいて、確かにこちらを見ていた。
「私は、本日より殿下の身の回りのすべてを仰せつかりました。王宮執務官のリヒトと申します」
殿下。
その呼び方に、わずかに眉が動く。
「……随分と気が早いな」
淡く返す。
リヒトは、否定も肯定もしなかった。
「お部屋のご不便はございませんか」
「今のところはない」
「左様でございますか」
必要なことだけを、過不足なく。それ以上は踏み込まない。
その距離感に、ヴェルナーは一瞬だけ思考を巡らせる。
――ただの世話係ではないな。
「食事のご用意が整っております。お疲れかと存じますが、いかがなさいますか」
「……あとでいい」
「かしこまりました」
それだけで引き下がる様子に、逆に違和感を覚える。
普通なら、もう労りの一言くらいあるはずだ。
だが、この男は言わない。
「……一つ、聞いてもいいか」
「はい」
「王太子殿下の件だ」
わずかに、空気が変わる。
ほんの一瞬。だが、確かに。
「嵐による海難事故と聞いている」
「はい。そのように発表されると聞いております」
「発表か」
言葉をなぞる。
リヒトは、やはり否定しなかった。
「詳細は、現在も調査中でございます」
「生存者は」
「おりません」
即答だった。間がない。
用意されていた答えだ。
「……そうか」
短く返す。それ以上は聞かなかった。聞いても、意味がないと分かっている。
沈黙が落ちる。その中で、リヒトは一歩だけ下がった。
「ご用命がございましたら、いつでもお呼びください」
再び、無駄のない礼。そして、そのまま扉へと向かう。
「リヒト」
呼び止める。男は振り返らない。ただ、足を止めた。
「……お前は、どちらだ」
問いは曖昧だった。だが、意味は通じたと確信する。
ほんのわずかの沈黙の後、リヒトはヴェルナーに体を向けた。
「陛下の仰せに従うのみでございます」
それだけを答え、今度こそ部屋を出ていった。
扉が閉まる。再び、静寂が戻る。
「………陛下、ね」
小さく呟く。
……囲われている。逃げ道は初めからない。
視線を落とし、ゆっくりと息を吐いた。
――何とも可愛げのない籠の鳥だな。




