第四層 ―― 魔王
第四層の扉が開いた瞬間。
空気が変わった。
重い、とかじゃない。
“存在”が違う。
広間は静まり返っている。
中央に、黒い玉座。
そこに、誰かが座っている。
まだ距離はある。
なのに。
呼吸が浅くなる。
ノアが小さく呟く。
「……魔力値、測定不能」
ガルドが剣を握り直す。
「冗談だろ」
玉座の影が、ゆっくり立ち上がる。
長い黒衣。
角はない。
翼もない。
人の姿。
だが、目が違う。
底がない。
その視線が、四人を順に見る。
最後に、リュカで止まる。
「来たか」
低く、静かな声。
怒りも、喜びもない。
ただ、確信。
リュカは光剣を握る。
完全に覚醒した刃。
でも。
手が汗ばむ。
魔王が一歩、踏み出す。
それだけ。
それだけで。
膝が震える。
床が軋む。
世界が押し潰されるみたいに重い。
「……っ」
アルヴァンが前に出る。
「下がれ」
魔王の視線が移る。
「裏切り者」
その一言で。
アルヴァンが吹き飛んだ。
触れてもいない。
ただ“見ただけ”。
壁に叩きつけられる。
血が滲む。
「アルヴァン!」
リュカが叫ぶ。
魔王は興味なさそうに視線を戻す。
「契約は切れたか。惜しいな」
ガルドが突っ込む。
「舐めんなぁ!!」
全力の一撃。
剣が振り下ろされる。
魔王は、指で止めた。
キィン、と乾いた音。
「力は悪くない」
軽く弾く。
ガルドが地面を滑る。
ノアが即座に詠唱。
最大出力。
魔力砲が放たれる。
直撃。
爆煙。
……晴れる。
無傷。
服の裾すら乱れていない。
リュカの喉が乾く。
違う。
今までの敵と、次元が。
魔王がゆっくり近づく。
一歩ごとに、圧が増す。
「その光」
リュカの剣を見る。
「芽吹いたか」
リュカは歯を食いしばる。
怖い。
でも。
ここで引いたら、終わる。
「シャイニング・スラッシュ!!」
全力。
閃光が走る。
魔王へ一直線。
魔王は避けない。
斬撃が届く。
――止まる。
魔王の目の前で、光が砕ける。
「未熟」
次の瞬間。
腹部に衝撃。
何をされたか分からない。
気づけば、地面に倒れている。
息ができない。
魔王が見下ろす。
「勇者の資質はある」
淡々と。
「だが、今はまだ届かぬ」
その手が、ゆっくり上がる。
殺せる。
今すぐ。
リュカは必死に体を起こす。
立て。
立て。
守るって、言っただろ。
魔王の手が止まる。
わずかに、目を細める。
「……面白い」
胸の奥の光が、消えていない。
折れていない。
魔王は背を向ける。
「今は殺さぬ」
「育て」
その言葉に、空気が凍る。
「絶望と共に」
空間が歪む。
魔王の姿が薄れる。
「次に会うとき、選べ」
声だけが残る。
「世界か、己か」
静寂。
重圧が消える。
リュカは膝をついたまま、息を荒くする。
悔しい。
何も届かなかった。
ガルドが立ち上がる。
「……勝てねぇ」
ノアが冷静に言う。
「今は、ね」
アルヴァンが壁にもたれながら笑う。
「生きてるだけマシだ」
リュカは光剣を見る。
さっき確かに、砕かれた。
でも。
消えていない。
小さく、揺れている。
リュカはゆっくり立ち上がる。
「次は、届かせる」
その目に、涙はない。
ただ、火が灯っている。
遠く。
城の最上層が静かに閉じる。
魔王は待つ。
育つのを。
勇者が、完成するのを。




