80話 太陽は輝いて (完)
「これは……。どうやら陛下の予測、悪い方が当たっていたみたいですね」
はあ…と、重い溜息が、私より頭一つ以上高い位置から零れ落ちました。
まあ、国の防衛も預かっていると言う彼からしたら、これは一大事ですよね。
たとえ緑葉色の髪の彼…大樹族であり、シキさんの部下であり、宰相も兼任しているヒガンさんが溜息を吐きたくなる光景をつくったのが私な事は事実でも、私を摸擬戦に参加させたのはヒガンさんですし、私に非は無い…はずです。
シキさんが治めるネム王国の国軍演習場、その中心にほど近い場所に立つ私達の周囲では、何人もの兵士の皆さんが地に転がっていました。
もちろん、この時間が訓練用の時間として設定されている人達だけですが、ざっと見た感じ、四十人から五十人くらいは確実にいます。
ちなみに、今回私が戦った方達は魔族の方が多く、人間は五人程度しかいないそうです。
魔族の方は、基本的に人間よりも体のつくりが強いらしいのですが…、この状態です。
一応、魔族の方の内十二人は女性ですが、言い訳にはなりません。
「体力筋力共に男性より低めな女性である上に、本来の姿にすら戻っていないゼーレさんに全員が負けるのは、由々しき事態です」
そうです。私も女だからです。
ちなみに、私対彼等、という非常に不利そうな状況で摸擬戦を行ったのですが、もうこれは彼等の戦闘訓練ではなく、私の戦闘訓練だったのでは、と思える状態ですね!
あれです。一人でいる時に敵に囲まれた場合の、戦闘方法を身に付けよ、的な。
「でも私、光の補助神術で、速度二倍にしましたし…」
「補助魔術は元々、全員使用して良いという括りでした。もちろん、全員がゼーレさんに勝てるとは思っていませんでしたが、全滅するとも思っていませんでしたよ…。これだけ人数がいるなら、三・四人はゼーレさんと対等もしくはそれ以上の実力を持っていて欲しかったのですが」
ヒガンさんが、再度周囲を眺めて溜息を吐きました。
七人ほどいた植物系の魔族だけが、どうにか動ける程度に回復したようですが、それも彼等の体質である体の自動回復能力と、光合成での魔力回復のおかげである事は一目瞭然です。
旧星の御方もとい、現日の御方が、今日もしっかり仕事をやっているようですしね!
「仕方ありません。これは何としてでも、ゼーレさんが滞在できる三ヶ月の間に鍛え上げますよ…!!」
「宰相様、お待ちくださいませ! 攻撃魔術も使えば、こんな負け方なんか致しませんわ!!」
あまりの惨状にヒガンさんが固い決意を口にしたのですが、そこで回復してきていた植物系魔族のお姉さんが待ったを掛けました。
艶やかは紅色の髪に同色の目、そして緑色の肌をしている、バラ系の花の魔族さんです。
でも術、ですか…。私、今は武器製作休暇の名目があるので、一定量の神力は腰に固定している箱に流し続けないといけないんですよね。
そして残念な事に、私はあまり器用さに自信がありません。
戦闘中でなければ他の属性も使えますが、流し続ける神力を切る事無くパパッと発動させる必要がある場合は、何年もの間鍛え続けたおかげでかなり自在に使える、光属性くらいしか発動できないという事です。
お城に訪ねて行った際、予め伝えていたこの内容を知っているヒガンさんが、何とも言えない微妙な顔をしました。
ヒガンさんは魔力の属性変換と詠唱に時間が掛かるだけで、混合属性を除く全ての属性で下級から究極まで魔術が使える、とシキさんが言ってましたし、私との相性を考えてくれているのかもしれません。
どうするのかと、バラのお姉さんと私とで彼の言葉を待っていたのですが…、何故か彼の周囲に深緑の光の粒子が舞い初めました。しかも、何だか普通の上級魔術よりも粒子の量が多いです。
「ヒガンさん…? もしかして、ヒガンさんが魔術を担当するという事ですか?」
「……サンハ殿?」
私が首を傾げたのに続き、バラのお姉さんが怪訝そうな顔をします。
一応、今回の旅で、術の発動前に見えるキラキラがサンハ家特有の目か、聖剣に改造された勇者様の目にしか見えない事がわかったので、ここで彼女の行動に首を傾げる私ではありません!
ですが、理由が想像できるせいで、自分が突然突飛な事を言い出す変人扱いされているのかも、と思うとなんだか凹みます。
…と、ヒガンさんが自分の背後に、平屋程度の高さがある広葉樹を二本、出現させました。
「さて、攻撃魔術は相性もありますからね。使うとなれば危険度も上がりますし、今回は、お互い相手がこの木へ試し撃ちした術を見て、対策を練ってからという方式でいきましょう」
「…まあ、打撲やかすり傷はともかく、訓練で大怪我をしてはいけませんものね。先に牽制させて頂きます! 情熱の炎よ、『燃炎渦』!」
ゴオオッ
わあっ、やっぱり火属性って派手ですね!
バラのお姉さんが発動させたのは、木を飲み込まんばかりの大きさを誇る、逆巻く炎の渦でした。
赤や橙色の中に黄色を散らせ、音を立てつつうねるそれは、まるで生き物のようです。
でも…何か変ですね? あの木、全く火が移らないみたいなんですが……。
二十秒程経過したところでお姉さんも気付いたらしく、焦りの表情が浮かびました。
「ど、どういう事ですの!? 宰相様、あの木は……」
「そりゃあ俺が生やした木ですから。上級魔術四回分程度の魔力は込めてるので、そんな中級魔術じゃ燃やせませんよ?」
「っ!!」
ヒガンさん、先にそれ、言っておくべきだと思いますよ? バラのお姉さんがちょっと可哀そうになってきました。
けれど、ヒガンさんが視線だけで私に催促してきます。
魔術使用可な対戦とかせずに、さっさと訓練を開始したいんですよね?
わかりました! 全部一気に消して見せます!
私は、上級神術十回分の神力を込めて、並び立つ二つの木へと狙いを定めました。
そして。
「え、な、何が起きましたの!?」
空で輝く太陽の光を押し退ける程の光で一瞬辺りを包み、視界を取り戻した時には皆の目に映っていた木を二本とも消した状態にしましたよ! 火の魔術は消せませんでしたけどね。
放った神術はもちろん、『消影閃』です。
神力がかなり増加したせいで、前より扱いやすくなった気がします。
「今の光はゼーレさんの『消影閃』ですね。魔力が含まれる生き物や物質を、一瞬で消滅させる魔術です。それにしても、あの威力で術名無しの発動ができるなんて流石です。階級を二つ飛ばして産祇へと昇進しただけありますね」
「おかげで翼の変化について行けなくて、三日も飛行訓練をする破目になりましたが」
「…とまあクレナイ、ゼーレさんは貴女一人程度、瞬き一つの間に消せる魔術が使えますが、攻撃魔術使用可での対戦は行いますか? 俺としては、大切な部下が消滅するのは見たくないのですが」
幸いにもバラのお姉さんは自分の実力を把握できている人だったようで、多少悔しげながらも対戦ではなく訓練に移りたいと進言してくれました。
それにしても、この歳になって飛行訓練するなんて、思いもしませんでした。
だって記憶の夢に出て来たお兄ちゃん、学校卒業時の天士の半分しかない大きさの翼から、いきなり産祇の翼になったのに、変わった当日から普通に飛んでたんですよ?
あれを覚えてたら、まさか飛ぶときの感覚から変わってるだなんて、思いもしないじゃないですか!
でも、ヒガンさんには内緒にしていますが、飛行訓練をしないといけなかった事よりも、もっと驚きの事があったんですよね。
だって…―――
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「…え、あの、ちょっと…いえ、全く意味が理解できないのですが」
私が持ち帰った水晶により月の御方の刑罰が見直され、シキさん達を地上世界へと見送った翌晩、私は雷の御方に呼び出されていました。
雷の御方の正面に立つ私の隣には、珍しいほどの不機嫌を顕わにした顔で、旧星の御方であり現日の御方であるガイストさんが座っています。元々神経質そうな顔をしている雷の御方と相まって、非常に空気が重いです。
…実はですね、再会できた両親から「現日の御方」とか「現日の様」とか呼ぶのはあまりにも他人行儀過ぎて可哀そうだとかで、兄と呼ぶ事に抵抗があるなら名前で呼んで欲しいと、お願いされてしまいました。
で…、そうなんです。呼び出されたのは私だけなのですが、ついて来たんです。
なんでも、夜に男が女の子を呼び出すなんて、何があるかわかったもんじゃない、とかなんとか。
私としては、ガイストさんと二人で移動する道程も、それこそ何があるかわかったもんじゃない、の範疇だと思うのですが…。
家を出る際に両親が揃っている前で、兄という血の繋がりがあるらしい存在に向かってそれを言うのは、流石に憚られました。
「高木の三柱が一人、星の守護神の地位に君を推薦しようかと思ったのですが、星の属性は使用できますか?」
そして少々混乱気味な私に再度聞かされたのは、やっぱり意味不明な言葉で。
ほら、だって私、階級持ちで最下位な天士階級ですよ? 現時点では、高木の三柱に選ばれる資格は皆無だと思います。
それはまあ、アイさんやハヤテさんの為にも、高木の地位まではなりたいと思ってましたよ?
でもまさか、束衛も技司も産祇も飛ばして、いきなりそこに就くとか、想像するはずないじゃないですか!
「あ、え、と……、私が使える混合属性は、太陽の属性だけ、です」
事態に追い付けなくて拡散していく思考で、それでもちゃんと返事をできた私、頑張りました。
とっても頑張りました。
ですが、立ってる私の隣に座っているガイストさんが何も言わないって事は、もしやこの話、雷の御方の独断じゃなく、ガイストさんも了承済みって事ですか?
「そうですか。それでは、星の…失礼、日のの案の通り、君は産祇に昇格後、武器製作休暇に入るという事で処理を行いますね」
「え」
「ただし、休暇中は土属性の修行を進んで行い、星の属性の発現を目指してください。産祇ともなると武器製作休暇が必要になる戦い方をする者は、ほとんどいませんからね。修行を兼ねる程度の事でもしなければ、周囲からの目が痛くなるでしょうし」
いえいえいえ、それ以前に、束衛と技司を飛ばして昇格しちゃって良いんですか!?
記憶の夢のお兄ちゃんでこそ、学校卒業後にいきなり産祇とか言ってましたが、あれは就職時からの階級って事なので、例外中の例外かと思ってましたよ!
「ちなみに所属は、空席のままである星の守護神の配下となる予定です。君が星の属性を使えるようになり次第、星の守護神の座は決まりますが」
雷の様、それって産祇が云々とか言う前に仰った事とほとんど同じですよね!?
ほんの少しの期間、猶予が与えられただけじゃないですか!!
「わっ、私は今、天士階級ですよ!? それに産祇の方だってまだいる状態で、私を指名するなんておかしいです。 他に適正がある方はいますよね!?」
「いたら君に打診しません。今回の事件で、月のの部下だった者と、星…日のの部下だった者は、大半が降格処分ですからね…。実質、旧日のの部下と、私の部下から選ばなければならないのですよ。旧日のの部下は太陽の属性習得を目指して修行していた者達ばかりでしたし、私の部下は…残念な事にアーベントが次の月の守護神として選ばれてしまいましたし…」
なんと! 伊耶那岐の宮で雷の御方の傍に控えていた夕焼け色の髪の彼、出世が決まってたんですね! おめでとうございます! …って、私もこのままじゃ同じ道を辿る事になってますよ!?
「まあ、武器製作休暇は最長で半年まで取得可能ですから、火属性と太陽の属性を短期間で習得した君なら大丈夫ですよね?」
そう言って、普段は神経質そうな顔をしている雷の御方は、私が初めて見る爽やかな笑みを浮かべました。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
というわけで、土属性の修行と聞いて真っ先に思い浮かんだ顔がシキさんだった為に、私は武器の素材製作道具を用意し次第、即行でネム王国に来ていました。
でも、王都に入ってから気が付いたんです。
彼、職業は国王でしたよ! …簡単に考えても、いきなり訪ねて行ったら駄目な人です。
ですが運は私の味方でした!
なんと、何かの用事で街へ出ようとしていたヒガンさんが、王城の門の前をウロウロしていた私に気付いてくれたのです!
事情を話すとあら不思議。寝床と訓練の場を提供する代わりに、兵士さん達の摸擬戦相手になって欲しい、という事で短期顧問のような感じでお城に招き入れて貰えました。
剣の手解きをして欲しい、という用件ではなかったところがミソです。彼曰く、基礎の型を教える人材は既にいるものの、実戦に近い形での訓練も取り入れるには実力不足だった、との事。
私の実力がお眼鏡に叶うものだったのか、少々疑問ですが、結果良ければ全て良しです。
「では、俺達も訓練に入りましょうか。ちゃんとやっておかないと、陛下が見てた場合、怒られちゃいますしね」
教官の方に指示を出していたヒガンさんが、ゆったりとした足取りでこちらに戻って来ます。
そして「見てた場合」と言いつつ指で示したのは、私の左の胸元にある、二輪の薄桃色の花。
……えっと、ですね?
その…。
これ、シキさん達が天上世界から地上世界に帰る際、渡されて、その、記念……いえ、お守り代わりにと思いまして、あれからずっと身に付けてるんです。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「”天照の間“で掃除中にゼーレがぶっ倒れた時はどうなるかと思ったぜ! いやあ、あっこでシキ様間に合わなかったらゼーレ死んでたかもだし、お礼は言ってたけど感謝もちゃんとしとけよ?」
「ううう。私、最初から最後まで、ずっとシキさんにお世話になっているので、感謝以上に申し訳ないです…」
シキさん達を地上世界へと見送る為に一緒に入った転送陣。その天上世界から地上世界へと降りて行く途中に、耳の痛い言葉をハヤテさんから貰ってしまいました。
実はですね、”天照の間“から魂の洞に行っていたあの時、私の体は”天照の間“にあったままだったそうなんです。
つまり私、魂だけの状態で魂の洞に行っていたんですね…。でも、ここで疑問に思うのが、水晶玉の存在です。魂のまま移動してたんなら、普通、持ち運びできそうにないと思いますよね?
でも、相手は上位神様の伊耶那美神様。ちゃっかり抜かりなく、私の体内にある神力を使って水晶玉を具現化させるように仕組んでいたみたいなんです。
「何言ってんのよゼーレちゃん! 太陽の属性ってやつをゼーレちゃんの努力で使えるようになったからこそ、地下世界への入口を再封印できたんでしょ? なりっぱしって事にはならないわ」
「そうね~。地上世界に住むわたし達から言うとー、そこはとーっても大事よ~」
「アイさん、ユーリさん…」
こんなに優しいみんなとも、もうお別れなんですね。
とうとう、地上世界に経っている伊耶那岐の宮の、転送の間へと降り立ってしまいました。
転送の間の入口に立つ旧星の御方傘下の天津神達は、こちらをチラリと見ただけで攻撃をしてきません。
月の御方の裁判中に、色々と手回しがあったようです。
私は、その様を確認して頷きました。
「…大丈夫なようですね。私は今日の仕事が割り振られているので、ここでお別れになりますが…」
「でも、これで最後じゃないでしょ? 例の約束以外でも、連絡待ってるわよ。ところで、あたしから送る場合って、伊耶那岐の宮宛てにすれば良いのかしら?」
「そう…ですね。苗字と名前、両方記載されていたら大丈夫だと思います」
アイさんが、別れの寂しさをものともしない笑顔で訊ねてきます。
「あ、オレはフェリル帝国をちょろっと旅したらネム王国に移住する予定だから、探す時はどっちかを探してくれな」
「えっ、ハヤテ!? そんな話聞いてないわよ!?」
「今言ったし。もちろん、アイも同行してくれるよな?」
ハヤテさんが先の予定を示して、アイさんと軽く揉め始めます。
「うふふ~。ハヤテくん達のじゃれ合いも、もうすぐ見納めねー。私は伊耶那美の宮に戻るからぁ、何かあった時はそこに連絡ちょうだいね~?」
「はい。伊耶那美神様には、お世話になったとお伝えください」
ユーリさんの言葉に、遊びに行き、遊びに来るのを迎え入れる約束をした事を思い出します。
「ゼーレ」
そして、最後はシキさん。
いつの間にかすぐ目の前まで来ていた彼は、左の手の平に見覚えのあるそれを載せ、私の方へとその腕を伸ばしてきていました。
「………意味はもう知っている。どう取って貰っても構わない」
彼の手の平に載っていたのは、私が初めて伊耶那美の宮に行こうとした時に渡されたものと似た形をした、二輪の薄桃色の花。
でも確か、植物系の魔族には、花に関する風習があって………。
私は、思わずシキさんの顔を見上げます。
「何かあった時、この花に助けを求める声を掛けてくれたならば、我は即座にその場へ転移できる。その為だけの意味であっても、受け取って欲しい」
顔を上げた先には、常なら人の目を真っ直ぐ見つめてくるはずの彼が、首から上だけ横を向いていました。
僅かに眉を顰めたまま俯く彼は、一体何を思っているのでしょうか。
あの暗闇の中で見た、幼子の涙が、一瞬脳裏を過ります。
もう既に、否という選択肢はありませんでした。
「ありがとうございます。何かあったら、絶対に頼らせて貰いますね!」
私の言葉にこちらを見てくれたシキさんがほっと息を吐き、暖かな太陽を思わせるふんわりとした笑みを向けてくれます。
この時、まさかたった数日後に頼る事になるとは思いもしませんでしたが、それはそれ。
私は、大事にその花を左の胸元へと挿し、みんなを見送りました。
後に、ハヤテさんにも同じ花が渡されていたと知ったのですが……。
もしかして私、シキさんからの花の意味、勘違いしてました?
【 完 】
これにてゼーレが主人公の「邪魔です!勇者様」は終了となります。
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました!




