その後の騎士団
ザイデル伯爵への裁きは、その日の午後に下された。
騎士団長の職を解く。三年で懐に入れた差額を、すべて返す。返しきれない分は、伯爵家の領地の一部を王家が召し上げて充てる。差額を取りに来ていた副官も、騎士団から外される。
死罪でも、追放でもない。王国の法では、騎士団長の横領は、職と財で償うことになっている。
俺は、それでいいと思った。前世でも、俺の仕事は人を罰することではなかった。止めることと、払わせることだ。罰するのは、別の人の仕事だった。
伯爵が玉座の間から連れ出されるとき、一度だけ俺を振り返った。その目が何かを言いかけていたが、伯爵は黙ったまま連れ出されていった。勲章を全部並べた軍服の胸が、来たときよりも小さく見えた。
騎士団長の代わりには、古株の副団長が団長代理として立った。年配の、白い髭の騎士だ。ザイデル伯爵の下で、何年も口を閉ざしてきた人だと、ハルトムートが言っていた。
団長代理は、評定の翌日、真っ先に第九中隊の詰め所へ来た。そして、ヴェレーナ隊長の前で頭を下げた。
「三年間、見て見ぬふりをした。すまなかった」
隊長は、何と答えていいか分からない顔をしていた。後ろで、カーヤが鼻をすすっていた。
◇
第九中隊への差額は、評定の翌々日に払われた。
騎士団の金庫から、まず一人一人の三年分の扶持の差。夜番の手当は、帳面に載せて懐に入れられていた晩の分だけでなく、記録にさえ載らなかった晩の分も、実際に立った晩の数で。糧の割り当ての差。伯爵家から返される金が届くのを待たずに、団長代理が先に出させた。
主計の部屋の前に、第九中隊の女騎士たちが一列に並んだ。トビアスが、一人ずつ名前を呼んで、革袋を渡していく。トビアスの手は、もう震えていなかった。帳面には、渡した額が、そのまま本当の額として書き込まれていく。
ミーケは、自分の分の革袋を受け取って、重さに驚いて落としそうになった。見習いになってまだ半年なので、差額も小さいはずだ。それでも、両手で抱えて、目を潤ませていた。
ヴェレーナ隊長は、袋を受け取ると、その足で南の門の窓口へ向かった。俺も、護衛される側として付いていった。
窓口の前で、隊長は革袋の中身を半分ほど妹たちへの袋に移し、それから、懐から封をした手紙を一通取り出した。昨夜書いたのだという。
「何と書いたんですか」
聞いてから、聞くべきではなかったかと思った。隊長は、少しだけ迷ってから答えた。
「ちゃんと寝ている、と書きました」
毎回、そう返事をしていたと、隊長は前に言っていた。
「今度は、本当です」
隊長はそう言って、手紙を窓口の係に渡した。係が受け取って、南の村行きの袋に放り込む。その手紙が村に着くころ、下の妹は、姉の字がいつもと少し違うことに気づくだろうか。
戻り道で、ネーレとカーヤが詰め所の前で待ち構えていた。
「隊長! 明日の休みの日、宴をしましょう! 白いパンと、肉!」
「好きにしろ」
「やった! 殿下も来てくださいね、宴ですよ、宴!」
ネーレは、袋を抱えたまま跳ねるように市場の方へ駆けていった。明日の分の肉を、今日のうちに見ておくのだという。カーヤが、その後ろ姿に「全部使うなよ」と怒鳴っていた。
騎士団の誓約からは、第九中隊の「昼夜を問わず」が消えたまま、戻らなかった。団長代理は、本隊の誓約の「団長の求めに応じ、王都の守りに就く」も、王都の守りにだけ使うと騎士たちの前で約束した。屋敷の宴の警護も、見栄の行軍も、もうない。
夜番は、古い規則どおり、中隊ごとに回ることになった。
本隊の夜番の手当を誰も見たことがなかったわけも、トビアスの控えで分かった。本隊はこの三年、夜番に立っていなかったので、手当はもともと出ていなかった。その代わりに立たされた夜の行軍と宴の警護には、手当という言葉すらなかった。団長代理は、それにも手当を付けると約束した。
◇
騎士団の中で、俺の呼ばれ方が変わった。
廊下を歩くと、平民出の騎士たちが、立ち止まって頭を下げる。本隊の若い騎士が、わざわざ寄ってきて「灰沼では、ありがとうございました」と言う。眠りの王子、と陰で呼ばれているらしい。眠らない王子のくせに、とカーヤは笑っていた。
一方で、貴族の家の騎士たちは、俺を見ると道を変えた。
「監察使殿下は、騎士団を潰しに来られたのだ」
「次は誰の誓約が消されるのか」
そう囁く声が、角の向こうから聞こえる。誓約で人を使っている家の騎士ほど、俺の首の銀印を見る目が硬い。エメリヒが言っていたとおりだ。自分の手首を狙う刃に見えるのだろう。
ハルトムートは、杖をつかずに歩けるようになっていた。
同じ日の昼過ぎ、彼は本隊の騎士を何人か連れて、俺のところへ来た。
「殿下。本隊にも、交代表を作ってもらえませんか。第九の詰め所に貼ってあるやつを見たら、皆が欲しがって」
「団長代理に頼んでください。騎士団の規則は、団長が決めるものです」
「団長代理が、殿下に頼めと」
ハルトムートは、困ったように頭を掻いた。
「それと、灰沼で噛まれた若いの。医者が、歩けるようになるって言いました。時間はかかるけど、また馬にも乗れるって」
俺は、帳面のその名前の横に、小さく印を付けた。
「よかった」
口に出したら、思ったより大きな声になった。
◇
その夕方、父上に呼ばれた。
玉座の間ではなく、王の書斎だった。父上は窓際の椅子に座り、俺に座れとも言わずに、外の庭を見ていた。
「セオドリク」
「はい、陛下」
「印は、重かったか」
俺は、少し考えた。
回廊で初めて押したとき。訓練場で、隊長の手首に当てたとき。懲罰房で、トビアスの手首に当てたとき。玉座の前で、広間じゅうに見られながら当てたとき。
「はい。押す前のほうが、重かったです」
押してしまえば、印は応えるか応えないかだけだ。重いのは、押す前だった。事実が足りているか。申し立ての言葉に、嘘が混じっていないか。押して何も起きなかったとき、それでも傷つくのが自分だけで済むか。
父上は、しばらく黙っていた。
それから、何も言わずに、手を軽く振った。下がれ、という意味だった。
書斎を出て、扉が閉まる前に、もう一度だけ振り返った。父上はまだ窓の外を見ていた。その横顔が、ほんの少しだけ、笑っているように見えた。気のせいかもしれない。
◇
王の書斎から北翼へ戻る回廊で、ディートリヒ兄上とすれ違った。
兄上は、いつもの柔らかい笑みを浮かべていた。ザイデル伯爵を切り捨てたことなど、何でもないという顔だった。
「やあ、セオ」
兄上は、すれ違いざまに足を止めた。
「楽しかったか」
「楽しくはありませんでした」
「そうか。私は少し楽しかったよ。弟が、思っていたより面白い玩具だと分かったからね」
兄上は、俺の首の銀印を、指先で軽く弾いた。
「騎士団は、王都の守りの、ほんの端だ。次は、もっと高い壁だよ」




