玉座の間の評定
玉座の間には、三日前より人が多かった。
玉座に父上。脇に王太子のレオポルト兄上。大臣たちが左右に並び、その後ろの回廊にまで、貴族と騎士が詰めかけている。第六王子と騎士団長の評定だと、王宮中に知れ渡っていたらしい。後ろのほうに、エメリヒの白い髭も見えた。
玉座の前の左に、ザイデル団長とディートリヒ兄上。右に、俺。俺の後ろに、護衛としてヴェレーナ隊長が一人だけ立つことを許された。証人として呼んだトビアスとハルトムートたちは、扉の脇の控えの間で待っている。
「申せ」
父上の短い声で、評定が始まった。
団長が、一歩前に出た。勲章を全部並べた黒い軍服で、背筋を伸ばし、よく通る声で語り始めた。
「陛下。騎士とは、王と国のために、身を捧げる者でございます。眠りも、糧も、命も、王都の守りのためにある。騎士の名誉は、眠りより重い。それが、我が騎士団が三百年守ってきた誇りでございます」
回廊の貴族の何人かが、頷いた。
「第六王子殿下は、その誇りを、女騎士を甘やかすことで踏みにじられた。夜番の務めを軽んじさせ、団長の命に背かせ、灰沼では本隊の手柄を女騎士のものと吹聴された。騎士団の勤めの記録も、主計の帳面も、すべて正しく付けております。殿下がお持ちだという控えなるものは、主計官が自らの誤りを隠すために作った、偽りでございましょう」
団長は、俺を見下ろした。
「殿下は、お若い。書庫の古い勅を読みかじって、騎士団のことを分かった気でおられる。それだけのことでございます」
団長が下がると、広間に小さなざわめきが広がった。
父上が、俺を見た。
「セオドリク。申せ」
俺は、帳面を開いた。
前世で、送検の前に検察官へ説明するときと同じだ。感情は要らない。事実を、相手が一番分かりやすい順に並べるだけでいい。項目と、総額だけを言う。細かい数字は、帳面に全部書いてある。
「三つ、申し上げます」
一つ目は、勤めの記録だった。
「騎士団長室の勤めの記録は、私が回廊で立ち入ると告げたその日のうちに、私が団長室へ行く前に、まとめて書き直されています。夏から秋までの頁が、同じインク、同じ字で、最後の頁は私が見たとき乾いていませんでした。記録の上では、第九中隊は三晩に一度しか夜番に立っていません。実際には、本隊の持ち場まで含めて、毎晩ほとんど全員が立っていました。私が夜番の持ち場を回り、一人ずつ聞いて、この目で見ています」
二つ目は、扶持だった。
「主計の帳面の上では、第九中隊には正騎士の扶持と、夜番の手当と、三食の糧が出ています。主計官が付けていた本当の払いの控えでは、第九中隊には三年間、見習いの額の扶持しか渡されていません。夜番の手当は一度も払われず、糧は割り当ての半分で、黒パンと薄いスープでした。帳面と控えの差は、三年で金貨千三百枚あまりになります。これとは別に、記録にさえ載らなかった夜番の手当が、一枚も払われていません」
広間が、どよめいた。
金貨千三百枚。王都の屋敷が何軒も建つ額だ。回廊の騎士たちの間から、「千三百」と繰り返す声が聞こえた。
三つ目は、灰沼だった。
「灰沼の討伐の前の晩、本隊は団長の命で夜を通して歩かされました。その前の晩は、団長の屋敷の宴の警護に立たされています。命令書の写しには、どれも団長の印があります。眠っていない本隊は泥牙に崩され、若い騎士が足を噛まれて、今も歩けるかどうか分かりません。大泥牙の首を落としたのは、第九中隊のアーレンス隊長です。丘の上でそれを見ていた本隊の騎士が、控えの間で待っています」
団長の顔が、赤黒くなっていた。
「控えは偽りだと申し上げた! 主計官が、自らの誤りを」
「その主計官を、ここへ呼んでもよろしいですか、陛下」
父上が、小さく頷いた。
◇
扉が開いて、トビアスが入ってきた。
猫背を精一杯伸ばして、インクの染みた指を握りしめて、玉座の前まで歩いてくる。足が震えていた。それでも、止まらなかった。
「騎士団の主計官、トビアス・ノイマンでございます」
「申せ」
父上の声に、トビアスは息を吸った。
「わ、私は、三年前、団長閣下に」
「黙れ」
団長の声が、広間に響いた。
「主の命だ。トビアス、黙れ」
トビアスの体が、びくりと強張った。
右の手首を、左手で押さえる。袖の下から、赤い光が漏れた。誓約紋が焼けている。主の「黙れ」に背いて口を開こうとすれば、紋が焼ける。トビアスは歯を食いしばり、声を出そうとして、出せずに、膝をついた。
広間が、凍りついた。
玉座の前で、王の目の前で、主が誓約で証人の口を塞いでいる。
俺は、トビアスの横に膝をついた。
首から銀印を外し、焼けている紋に当てた。父上の、玉座の真下だった。
「監察使として申し立てます」
声が、広間の天井に響いた。
「この者は、監察使に問われて、主計の本当の払いを答えました。その答えを、王の評定の場で述べようとしている。その者に黙れと命じ、誓約で口を塞ぐことは、監察使に問われて答えた者を罰することです。誓約の勅の四行目に背きます」
銀印が、熱を持った。
白い光が、玉座の前で一度だけ走った。トビアスの手首の赤い光が、消えた。
広間のどこかで、誰かが「本当に、効いた」と呟いた。それが合図のように、ざわめきが波のように回廊まで広がっていった。閑職の印が、王の目の前で、騎士団長の命令を消したのだ。
トビアスが、顔を上げた。
もう、震えていなかった。
「申し上げます」
トビアスは、はっきりと言った。
「三年前、団長閣下に命じられ、第九中隊の帳面を書き換えました。帳面には正騎士の額を書き、実際には見習いの額だけを渡しました。差額は月の終わりに、団長閣下の副官が取りに来ました。副官は、差額の行き先も、私に記録させました。団長閣下のお屋敷の改築と」
トビアスは、一度だけ息を継いだ。
「第二王子殿下の派閥の、方々への、付け届けでございます」
広間が、静まり返った。
団長が、ゆっくりとディートリヒ兄上のほうを見た。助けを求める目だった。
兄上は、団長を見なかった。
玉座に向かって、悲しそうに眉を下げた。
「陛下。私は、何も存じませんでした。団長からの付け届けが、まさか女騎士の扶持から出ていたとは」
それから、ようやく団長を見た。柔らかい声だった。
「見損なったよ、団長」
団長の顔から、色が抜けていった。
俺は帳面の頁を一枚めくって、父上に差し出した。副官の字で書かれた書付。主計官に、控えは偽りだと書かせようとした文だ。懲罰房で、トビアスが眠らずに手首を焼かれながら、名前を書かなかった紙。
侍従がそれを受け取り、父上に渡した。
父上は、それを長いこと読んでいた。
「ザイデル」
父上が、顔を上げた。
「申し開きは」
団長が、声を絞り出した。
「陛下、たかが、女騎士ごときの扶持で」
言いかけて、団長は止まった。
広間じゅうの目が、自分を見ていることに気づいたのだ。回廊の貴族も、大臣も、騎士たちも。誰一人、頷いていなかった。
団長は、それきり何も言わなかった。
父上が、玉座から立ち上がった。
「騎士団長ヴォルフガング・ザイデル。その職を解く」




