第21話 憧れと絶対強者
休養日の夜、全出場者に書簡が送られていた。
内容は、先日の騒動についての調査結果だった。やはり、魔族に操られたギルドメンバーが、本人も気づかないうちにアリスとエリスのエントリーを認めていたらしい。
「やっぱり魔族の魔法ってのは恐ろしいもんだな」
「僕たちは魔法を色々なことに役立てようとして研究するけど、魔族にとっての魔法は、人間を殺すためだけの力だからね。そこに全ての時間と力を注ぐわけだから、自然とそうなるの」
「……面白くなさそうだな」
「行動原理だからね。そういう感覚も無いのかも」
そう言うと、フィーリアは椅子から立ち上がり、続けた。
「――でも、人類の強さも引けをとらないよ。魔族は基本単独だけど、人間は皆の力を合わせることが出来るから。――そうやって、ずっと戦ってきたからね」
確かに、魔族が徒党を組んでいるところなど見たことも聞いたこともない。自らの力に絶対の自信を持つ彼らは、そもそも複数で行動する必要など無いのだろう。
「そうだな。今回の戦いも、皆の力があってこそだったからな」
「だから……優秀な魔法使いと戦えるのは、ワクワクしちゃうんだよね」
「一日そればっかりだな」
「えへへ、ごめんごめん。とにかく僕たちは明日の準決勝だね。――無事に大会も続行出来そうだし」
彼女は、書簡の最後の文字列を指さして笑った。そこには、「明日以降の大会は、予定通り執り行う」と締めくくられている。
「ある意味、魔族より怖い相手だな」
ガレットとフィーリアの対戦相手は、武闘派魔法使いのセレンとディーヴァ。昨夜の戦いでは何よりも心強かった二人だが、次に顔を合わせる時は敵同士になる。
「そうだねぇ。彼らの強みは魔法だけじゃないからね……どう戦おっか?」
「離れれば魔導弾、近づけば鋼の拳。一人ならまだしも、それが二人だからなあ」
二人は「うーん」と目を瞑り、唸り始めた。
「弱点とか……思い浮かばないな。どんな攻撃もノーガードで受け止めちゃうような奴らだし。魔族の攻撃にすら防御結界を使わないくらいだぜ?」
「え、そうなの?」
「ああ。不意打ちを食らったとはいえ、あいつらほどのやつなら結界も間に合ったはずなのに、使ってなかった」
「それって、もしかして……」
◆
――翌日。
昨日の喧騒が嘘のように、闘技場は押し寄せた人々でお祭り騒ぎとなっていた。
「なんだか知らんが、待ってたぞー!!」
「早く始めてー!!」
一日空いても、観客のボルテージは全く下がっていない。
「そりゃ、この熱量じゃ中止なんかしたくないわな……」
「ね。下手したら暴動とか起きちゃいそうだもん……」
この光景を見ると、なんとしても大会を継続したいというレイヴンの気持ちがよく分かる。
「お、お兄やんら、おはようさん!今日はワイらの試合からやで!」
二人がしばらく圧倒されていると、背後からクインの明るい声が聞こえた。
「クイン!」
相変わらず目元を隠したまま、胡散臭い笑みを浮かべている。
「相変わらず胡散臭い奴だな……で、隣にいるのは誰だ?」
「んん?見たらわかるやろ?ワイの相方やで」
「シエル……です……はぁ」
シエルと名乗った少女は、あからさまに嫌な顔をしてため息をついた。
「……凄く嫌そうだけど、大丈夫なの?」
「いつものことや!まあ、シエルの役目は戦うことやないから、退屈しとるんやろ!」
試合のために二人でエントリーしているというのに、シエルを戦闘要員ではないと言い切るクイン。その矛盾した言葉に、ガレットとフィーリアは首を傾げる。
「戦わないってこと?」
不思議そうにフィーリアが尋ねると、クインはシエルの肩を揉みながら答えた。
「戦う必要が無いんや。ワイ一人で充分やからな」
――まただ。
昨日、度々クインから感じたこの絶対的な自信。これがどうも、ガレットには気に食わなかった。
「よっぽど自信があるんだな」
吐き捨てるようにガレットが言う。
しかし、クインは頬をポリポリとかいて、少し考えた後にこう言った。
「自信……ちゃうな。これはそんなもんちゃう」
「これだけ言っててか?」
「せやな。これは自信っちゅうより、ただの事実や」
◆
ワイは、クイン。
自分で言うのもなんやけど、恐らく世間で言うところの天才なんやと思う。
物心ついた時には魔法を扱えとったし、学校でも誰より高い魔力を持っとった。
「クインはまた最下位か〜!」
「いやあ、はは。魔法っちゅうのは難しいのお!」
でも、ワイの成績はクラスでドンケツやった。
理由は簡単やで。こないなとこで本気出しても、なんにもならんやろ?能ある鷹はなんちゃらって言うやん。きっとそれや。
何年か通おたけど、ワイが本気で戦いたいと思えた奴はおらんかったなぁ。
せやから、卒業までは我慢しとったけど、その後はすぐに故郷を出たで。ギルドも大したことなさそうやったし、なんかつまらんかったからな。
それからは色んなとこを巡って、旅先で仕事を受けたり暇したり。
たまに強そうな奴さんを見つけたら、手合わせしてもらったりするんやけどな。みーんな、ワイに傷一つつけられんねん。
「――まさか、こんな無名の魔法使いに……」
どいつもこいつも、同じようなこと言いよる。
「そないに名声が大事かのぉ」
ワイにはわからん。
せっかくこんな素晴らしい力を、その辺のヤツらより上手く扱えるんやで?
地位だの名誉だの……そんな吹いたらなくなるようなもん、いらんやろ。
――強い男に生まれたんやで。
強い奴と戦いたい。そして、どこまでも強なりたい。
ワイの願いは……それだけなんや。
◆
「――はぁ」
ガレットは浅くため息をつく。
「そこまで言われると、逆に面白いくらいだぜ」
「おもろいでっか?ワイは真面目やで」
そういうとこだよ、と心の中では思ったものの、言葉には出さない。
彼に感じたのは、「純粋さ」だった。
調子のいいことを言ってる訳でもない。別に人を煽ろうと思ってるわけでもない。ただ、心の底から絶対的に自分を信用しているだけ。
(いや、そんな感覚すら無いのかもな)
嫌味に聞こえていた訳ではない。彼にそんなつもりがないのは、とっくに理解している。
ただ、自分にはない人間としての……いや、男としての圧倒的な強さに、嫉妬したのかもしれない。
(こいつの態度にイラついてたんじゃない。きっと、こいつと比較した自分自身にイラついてたんだ)
「……楽しみだな」
ポツリと、ガレットは呟く。
「おお?」
「必ずお前と戦って、勝ってみせるぜ」
初めて笑顔を見せたガレットに、クインも笑顔で返した。
「なんやわからんけど、楽しなりそうやん。まあ、勝つのはワイやけどな」
互いに目を見つめ、互いに勝利を誓う。
――しかし。
そんな男たちを、遠い目をして眺めている人物がいることに、二人は気づいていない。
「……ねぇ、クイン。盛り上がるのは良いんだけどさ、私ずっと待ってるんだけど」
口を開いたのはシエル。身長はフィーリアよりも低いのに、ジトっとした目から放たれる圧力は相当なものだ。
「お、おお……こりゃあきまへん。うちのシエルさんは、こう見えて放置されるんが嫌いなんや。ええ話も出来たし、ワイらはこれで失礼するで……サクッと勝ってきますわ」
何故か少し慌てた様子でクインは踵を返し、そのまま立ち去っていった。
「……機嫌悪くなると怖いのかな?」
ポツリと零すと、しばらく黙っていたフィーリアが口を開いた。
「……大当たりじゃん」
「はぁ?」
「まるで影に隠れるように……身を潜めるのが上手だけど、僕には分かっちゃうよ」
「何の話だよ」
「ふふふ、まだ秘密」
久しぶりに聞いた気がするフィーリアの秘密。そういえば、この剣もなんか言ってたっけな。
そんなことを考えていると、不意にフィーリアがガレットの手を握り、歩き始めた。
「おっ、おい――」
「いいから行こっ!彼らの試合、バッチリ見とかないと!」
(まぁ、今に始まったことじゃないし……いっか)
「わかったよ。きっちり見てやろうぜ。……負けたら大笑いしてやる」
憧れ。
それは、ガレットにとって久しぶりのものだった。そんな相手に啖呵を切ったものの、正直勝てる気はしていない。
せめて、彼らの試合で何かヒントを得られれば……そんな気持ちで闘技場へ足を運んだ。
――しかし。
「……は?」
「……とんでもないね。流石の僕もビックリだよ――」
ガレットは思い知ることになる。
魔族とも、エルフとも違う。
同じ人間の、真の強者の戦いというものを。




