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あの冷酷な婚約者を私は一生許さない ──たとえ地獄で焼かれようとも、君が二度とこちらを振り返らぬように  作者: あとりえむ


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第2話

なぜ、こんなことになったのか。

なぜ、愛する人を自らの手で地獄へ突き落とさねばならなかったのか。


エドワードの意識は、すべての歯車が狂い始めたあの日へと遡っていく。

それは、穏やかな陽光が降り注ぐ、何の変哲もない午後のことだった。



王家の系譜に記された、あまりにも不自然な空白。


歴代の王妃たちが、なぜ皆一様に若くして命を落としているのか。

その些細な疑問が、彼をあの場所へと導いたのだ。


エドワードは重い足取りで、城の地下深くへと繋がる隠し階段へと向かった。

向かう先は、歴代の王以外、立ち入ることを許されない禁忌の場所。


すべての悲劇の始まりとなった、あの凍てつくような静寂が支配する空間だ。



王立図書館の最奥、禁書庫の空気はひどく冷えていた。

何百年ものあいだ誰にも触れられていない羊皮紙の、鼻を突くような埃と古いインクの混じった臭いが肺の奥にこびりつく。


手元を照らす燭台の炎が、湿った空気の中で細く震えていた。

エドワードは、震える指先でその古文書を開く。


そこに記されていたのは、建国以来この国が隠し続けてきた血塗られた代償の記録だった。



この国の繁栄を支える守護龍は、百年に一度、王太子がもっとも深く愛する正妃の魂を要求する。


記述の横に浮かび上がった予言の魔術回路が、エドワードの視界を白く染め上げる。

光の中に描かれたのは、柔らかな金髪をなびかせ、ひだまりのような笑みを浮かべる愛しい婚約者の姿だった。


──フェリシア


その名を呼ぼうとして、喉の奥が引き攣った。

予言に浮かぶ彼女の首筋には、生贄の証である龍の紋章が刻まれ、その瞳からは光が失われていく。


背筋を冷たい汗が伝い、心臓が早鐘を打つ。


彼女をこのまま愛し続ければ、彼女はこの国の平穏のために龍に喰われ、跡形もなく消えてしまう。


儀式を止める術はない。ならば、龍の目から彼女を逸らすしかない。



彼女が俺の愛する者でなくなれば……


彼女がこの国の王妃でなくなれば……



暗闇の中、エドワードは自分の唇を強く噛み切った。

口の中に広がる鉄の味と鋭い痛みが、彼の決意を血で染め上げる。


「すまない、フェリシア。どうか、俺を殺したいほどに憎んでくれ」



 ◇ ◇ ◇



王の私室は、重苦しい沈黙と、燃え尽きかけの薪が爆ぜる音だけに支配されていた。


エドワードは、目の前で背を向けて立つ父、国王ヘンリーの背中を冷徹な目で見つめた。


「禁書庫の最奥にある、血塗られた記録を読みました。……父上、あなたは最初から知っていたのですね。歴代の王妃たちが、なぜ皆一様に若くして命を落とさねばならなかったのかを」


王はゆっくりと振り返った。その瞳には、一国の主としての威厳よりも、深い絶望と罪悪感が色濃く滲んでいる。


「……この国の繁栄は、守護龍との凄惨な契約の上に成り立っている。百年に一度、王太子の愛する者の魂を捧げねば、この大地は枯れ果てるのだ。それは逃れられぬ王家の宿命。エドワード、お前がフェリシアを選んだとき、私は己の無力を呪った」


王の声は、枯れ木の擦れる音のように掠れていた。かつての王妃、エドワードの母もまた、若くして不自然な死を遂げている。その理由が、今、明確な毒となってエドワードの胸に突きつけられた。


「宿命、ですか。俺に、愛する女を龍に喰われるのを指をくわえて見ていろと?」


「儀式を止める術はない。もしフェリシアを救えば、国は滅び、民は飢える。お前は次期国王として、どちらを選ぶべきか分かっているはずだ」


エドワードはふっと唇を歪め、乾いた笑い声を漏らした。その瞳には、すでに人間としての温かみなど一欠片も残っていなかった。


「ええ、分かっていますとも。龍の渇きを癒やすのが魂の純度であるならば、必ずしも王妃である必要はない。……父上、俺がすべての呪いと代償を引き受けます」


「何を言っている」


「彼女を龍の目から逸らすため、俺は彼女を捨て、追放し、世界一のクズとして彼女に憎まれましょう。そして愛を失い、空っぽになった俺の命を、龍に望むだけ啜らせればいい。俺一人が地獄へ落ちれば、彼女は生き、国も救われる」


エドワードは一歩踏み出し、床に膝をついた。その背筋は、自らの死刑宣告を受け入れた男とは思えぬほど真っ直ぐに伸びている。


「正気か、エドワード。それではお前は歴史に汚名を残し、魂を削られ、誰にも看取られずに果てることになるのだぞ」


「構いません。フェリシアが生き、別の場所で笑っていられるのなら、俺の名誉など泥に等しい。……俺を廃嫡し、後継には弟を据えてください。あいつなら俺のような余計な『愛』を持たず、より賢明に国を導けるはずだ」


王は言葉を失い、ただ震える手で机の端を掴んだ。息子が選んだのは、最愛の女を救うために自分という存在を歴史の闇へ抹殺する、狂気じみた献身だった。


「父上、これは王太子としてではなく、一人の男としての、一生に一度の願いです。どうか、彼女を逃がすための手助けを」


揺らめく暖炉の光が、エドワードの影を壁に長く、不吉に伸ばしていた。彼は自らの手で、輝かしい未来のすべてを闇に葬り、愛する者を救うための孤独な戦いへと踏み出した。

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