episode4:相談相手
研究院から手紙を受け取って三日が経った。
返事の期限までは、あと四日。
受けるか、受けないか。
考えれば考えるほど分からなくなって、フィオナは一人の友人を訪ねることにした。
「珍しいな。フィオナから呼び出されるなんて」
「帰っていいですか?」
「まだ会ったばっかりだろ」
「会って早々、余計なことを言うからです」
王立魔法研究院からほど近い喫茶店で、テオ・リードは声を上げて笑った。
二十六歳。フィオナより三つ年上で、現在は研究院で魔法使いとして働いている。
もともとはローレンスの旧友の弟子だった。その縁で知り合ったのは、フィオナがまだ十代の頃だ。年齢が近いこともあって、師匠同士を抜きにしても話すようになり、今では気兼ねなく付き合える数少ない友人の一人になっている。
「それで、話って?」
「その前に何か頼んでいいですか?」
「どうぞ」
「テオのおごりで?」
「なんでだよ」
「相談料です」
「相談する側が取るのか?」
呆れた顔をされたが、結局テオは紅茶とケーキを頼んでくれた。
フィオナは満足してから、鞄の中の封筒を取り出す。
「これなんですけど」
「ん?」
研究院の紋章を見た瞬間、テオの表情が変わった。
「今年の採用試験?」
「知ってるんですか?」
「そりゃ研究院にいるからな。非公開で何人かに声をかけるって話は聞いてる」
そこまで言って、宛名を見る。
「……フィオナに来たの?」
「はい」
「へえ」
「なんですか、その顔」
「いや、候補者までは知らされてないから。ちょっと驚いた」
「テオでも知らないんですね」
「俺はただの研究員だぞ。選考に関わってるわけじゃない」
テオは封筒をフィオナへ返した。
「それで? 受けるの?」
「それを相談したくて」
「やっぱり相談だったじゃん」
「ケーキ返しますよ」
「もう一口食べてるだろ」
フィオナは気にせず、もう一口食べた。
「研究院って、実際どうなんですか?」
「ずいぶん広い質問だな」
「働きやすいです?」
「まあ、俺には合ってる。資料は多いし、設備もいい。研究に時間も使える」
「変な人も多そうですけど」
「お前の師匠ほどじゃない」
「それを基準にしたら、大抵の人が普通になります」
「確かに」
テオが笑う。
「ただ、面倒なこともあるぞ。王立だから好き勝手できるわけじゃないし、魔法省ともよく揉める」
「やっぱり仲が悪いんですか?」
「知ってたのか?」
「師匠から少しだけ」
「ああ。クロウリー先生なら知ってるか」
テオは紅茶を一口飲んだ。
「研究院は魔法を研究して、残して、発展させたい。魔法省は危険な魔法や魔法使いを国の管理下に置きたい。大雑把に言えばそんな感じだな」
「どちらにも言い分はありそうですね」
「あるよ。だから余計に面倒なんだ」
「仲は悪い?」
「悪い」
「即答ですね」
「同じ魔法を扱ってるからこそ、ぶつかるんだよ。研究院からすれば規制が多すぎるし、魔法省からすれば研究院は危ないことまで研究したがる」
「テオは研究院側でしょう?」
「給料もらってるからな」
「思想では?」
「難しいこと聞くなあ」
テオは苦笑した。
「どっちかが全部正しいとは思ってない。ただ、俺は魔法を調べたり、新しい術式を考えたりする方が性に合ってる。それだけ」
「なるほど」
「フィオナもそういうの好きだろ」
「好きです」
「だったら、仕事自体は合うと思うけど」
そこで言葉を切って、テオがフィオナを見る。
「何を迷ってるんだ?」
答えに詰まった。
「試験が難しそうだから?」
「それもあります」
「それも?」
「……研究院に入ったら、王都で暮らすことになりますよね」
「まあ、普通はそうだな」
「今の家から通うのは?」
「できなくはないけど、毎日はしんどいぞ。職員向けの住宅もあるし、近くで部屋を借りる人も多い」
「一人暮らし……」
「したことないの?」
「ありません」
「そうか。ずっとクロウリー先生と一緒だもんな」
「七歳からなので」
「十六年か」
口にされると、ずいぶん長く感じる。
「家を出るのが嫌なの?」
「嫌というか……」
フィオナはケーキに視線を落とした。
あの家は好きだ。
朝になれば居間で一緒に食事をして、庭の世話をして、夜になれば今日の夕食は何だと聞かれる。
何より、そこにはローレンスがいる。
「師匠、一人だとまともな食事もしないので」
「それだけ?」
「……なんですか」
「いや」
「何か言いたそうですね」
「言わない方がよさそうだからやめとく」
「気になるんですけど」
「じゃあ聞くけど」
テオが頬杖をついた。
「フィオナは、研究院に入りたくないの?」
「……それは」
考える。
古い魔法書を読み解くことも、新しい術式を考えることも好きだ。研究院の書庫には、ローレンスの家にさえない資料が山ほどある。
そこで自分の魔法がどこまで通用するのか、試してみたい気持ちもある。
「入りたくないわけじゃ、ないです」
「じゃあ、試験を受けたくない?」
「それも……違います」
「なら、仕事で迷ってるんじゃないだろ」
「…………」
「家を出るかどうかで迷ってる」
「うるさいです」
「当たってるじゃん」
「だからうるさいんです」
テオは笑ったが、それ以上は追及してこなかった。
「まあ、研究院のことなら何でも聞けよ。いいところも悪いところも、俺が知ってる範囲なら教える」
「ありがとうございます」
「試験を受けるって決めたなら、相談にも乗る」
「そこまでしてくれるんですか?」
「友達だろ」
さらりと言われて、フィオナも笑った。
「でも、受けるかどうかは自分で決めろよ」
「そこは決めてくれないんですね」
「当たり前だろ」
「背中くらい押してくれてもいいのに」
「押してほしい?」
そう聞かれると困る。
フィオナが黙ると、テオは少しだけ笑った。
「フィオナがどっちを選んでも、クロウリー先生の弟子じゃなくなるわけじゃないだろ」
「それは、そうですけど」
「だったら、自分がやりたい方を選べばいいんじゃない?」
何が食べたい。
何が欲しい。
何を植えたい。
何が好きだ。
幼い頃から、ローレンスは何度もフィオナに尋ねてきた。
なんでもいいと答えるたび、困ったように笑っていた。
自分で選ぶことを教えてくれたのは、あの人だった。
「……そうですね」
「うん」
「もう少し考えてみます」
「そうしろ」
まだ答えは出ていない。
それでも、一人で考えていたときより少しだけ、胸の中が軽くなっていた。




