↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/17

episode11:旧友からの手紙


 フィオナが小瓶を包んだ箱に最後の紐をかけると、向かいにいたローレンスが興味深そうに覗き込んだ。


「できた?」


「できました。あとは届けるだけです」


 中に入っているのは、先日マルセルに頼まれて作った勇気薬だ。琥珀色の液体を満たした小瓶が一本、それに飲む量と注意事項を書いた紙も添えてある。


「じゃあ僕が届けようか」


「結構です。魔法便で送ります」


「お、自分で?」


「それくらいできます」


 少し前なら、最後に術式を確認してもらっていたかもしれない。けれど今日は机の上に小さな魔法陣を描き、その中央に箱を置くところまで一人で済ませていた。


 外周へ指先を触れさせると、注いだ魔力が淡い青色の光となって線の上を走り始める。


「届け先はマルセルさんのパン屋、受取人はマルセルさん本人」


 行き先を術式へ刻めば、箱を包むように立ち上がった光がゆるやかに形を変え、やがて一羽の鳥になった。青白い翼を広げたそれが箱を足で掴んだのを確認して、フィオナは窓を開ける。


「お願いね」


 鳥は羽音もなく飛び立ち、春の空へ細い光の尾を引きながら、町の方角へ遠ざかっていった。


「上手になったね」


「これくらい普通です」


「褒めたのに」


「師匠はなんでも褒めるでしょう」


「フィオナのことはね」


「はいはい」


 窓を閉めようとして、ふと手を止める。遠くから、今送り出したものとよく似た薄青い光がこちらへ向かっていた。


「あれ?」


 目を凝らしているうちに、その光は一羽の鳥の形になって窓辺までやってくる。嘴には白い封筒が一通。入れ違いですね、とフィオナが笑って手を差し出せば、鳥はそこへ封筒を落とし、役目を終えた身体を光の粒へ変えて消えていった。


 何気なく表書きを確かめたフィオナは、見覚えのある名前に声を上げる。


「あ、アーレンス先生からです」


 途端に、背後から嫌そうな声がした。


「返して」


「どこにですか」


「今の鳥」


「もう消えましたよ」


「じゃあ見なかったことにしよう」


「だめです」


 ヴィクトル・アーレンス。王立魔法研究院に所属する術式研究者で、テオの師でもある。ローレンスとは古くからの友人らしいのだが、そのわりに手紙一通でこの嫌がりようである。


「お友達でしょう?」


「友達だから嫌なんだよ」


「意味が分かりません」


「ヴィクトルがわざわざ僕に手紙を寄越すときは、大抵面倒な仕事なんだ」


「じゃあ仕事してください」


「フィオナまでそんなこと言う」


 渋々受け取ったローレンスが封を切り、便箋へ目を落とす。数行ほど読んだところで、ほら、とこちらへ紙を軽く掲げた。


「仕事だった」


「よかったですね」


「よくないよ」


 予想が当たったことだけは少し嬉しいらしい。けれど、そのまま続きを追っていたローレンスの目が不意に止まり、わずかに細められた。


「……へえ」


 さっきまでの気怠げな調子とは違う声に、フィオナも興味を引かれる。


「何です?」


「旧王立魔法植物園って知ってる?」


「名前だけなら。もう使われていないところですよね?」


 王都の郊外にある、百年以上前に閉鎖された古い研究施設だったはずだ。現在は研究院の管理下に置かれているものの、ほとんど使われていないと聞いたことがある。


「そこの温室で、古い術式が動き始めたらしい」


「百年以上使われてないのに?」


「うん。少し前から魔力反応が出ていて、三日前から急激に強くなったって」


 フィオナはいつの間にかローレンスの隣へ回り込んでいた。


「何の術式なんです?」


「それが分からない。入口も反応しなくて、中にも入れないらしいよ」


「アーレンス先生でも?」


「だから僕に手紙が来たんでしょうね」


 面倒だと言っていたくせに、ローレンスの視線はもう便箋から離れない。その横顔には、本人が隠そうともしていない好奇心が浮かんでいた。


「それだけじゃないみたい。温室の中に、星空が見えるんだって」


「……星空?」


「外の空とは違う星がね。曇っていても、夜が明けても消えないらしい」


「昼間なのに?」


「うん。それから昨日、何もないはずの温室で植物が一輪咲いた」


 百年以上閉ざされた温室で、突然動き始めた古い魔法。昼間にも消えない星空と、存在しないはずの花。その光景を想像しただけで、胸の奥が落ち着かなくなる。


 怖いわけではない。知らない魔法を前にしたとき、いつもそうなる。


「……行きたいです」


 思わず零れた言葉に、ローレンスが便箋から顔を上げた。


「フィオナも?」


「師匠、行くんでしょう?」


「まだ返事してないけど」


「行かないんですか?」


「ヴィクトルの頼みだしなあ」


「でも、気になってますよね」


「まあ、ちょっと」


「顔に出てます」


「本当?」


「十六年見てますから」


 そう言うと、ローレンスは観念したように笑った。


「じゃあ、一緒に行く?」


「いいんですか?」


「助手を一人連れてきても構わないって書いてある。たぶんヴィクトルも、フィオナを想定してるんじゃないかな」


 助手。その響きが、思いのほか嬉しかった。


 これまでにもローレンスの仕事を手伝ったことはある。それでも今は、以前より少しだけその言葉を誇らしく感じる。自分でも気づかないうちに、昨夜一人で解いた術式のことを思い出していた。


「行きます」


「即答だね」


「だって見たいです。そんな魔法」


 研究院の試験のためになるかもしれない、という考えも頭の片隅にはあった。けれど、それ以上に純粋な興味が勝っている。魔法を学び始めて十六年経っても、まだ知らないものがいくらでもあると思えば、それだけで心が弾んだ。


「テオも来るみたいだよ」


「テオも?」


「ヴィクトルの助手」


「じゃあ、明日は師弟二組ですね」


「向こうと一緒にしないでほしいなあ」


「何が違うんです?」


「僕の方が優しい」


「それは否定しませんけど、その代わり適当です」


「フィオナ」


 不満そうな声を聞き流しながら、フィオナは手紙の日付を確かめる。


「いつです?」


「明日の午前十時」


「じゃあ八時半に出ましょう」


「九時半でよくない?」


「だめです」


「間に合うよ」


「師匠の『間に合う』は信用してません」


 ローレンスはしばらく黙り込み、やがて深いため息をついた。


「……ヴィクトルが二人いる」


「何がです?」


「僕を朝から急かす人」


「自業自得です」


 げんなりした顔をしながらも、その手はすでに便箋をもう一度開いている。どうやら面倒だという気持ちより、魔法使いとしての好奇心が勝ち始めているらしい。


 フィオナも同じだった。


 窓の向こうには、穏やかな春の青空が広がっている。その空とは違う夜が、百年以上眠り続けた温室の中にある。


 明日になれば、それを自分の目で見ることができる。


 まだ見ぬ星空を思い浮かべながら、フィオナは知らず、小さく笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。