表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

第2話 電脳世界の賢者たち

 HN――『酩酊野郎』。


 承認直後、ノイズ混じりの粒子が人型へ収束していく。

 そして現れたアバターを見た瞬間、吾輩は処理クロックを数ミリ秒停止した。


 いうならば、酔った文豪をサイバーパンク世界で魔改造した外観である。


 灰色がかった白髪は無造作に伸びているが、妙に整いすぎていた。前髪は片目を隠すほど長い。寝癖めいた跳ねまで造形として固定されており、終わっている人間を演出するために手間をかけた痕跡が見て取れる。

 瞳は酒焼けしたように赤い。半分眠っているような目つきなのに、こちらを見た瞬間だけ妙に鋭い。


 服装はさらに意味不明だった。黒い着流し風の長衣には青紫色のグリッチが走り、文豪じみた外套には電子回路めいた発光ラインが脈動している。首元には数珠の代わりに小型酒瓶のアクセサリーが大量に吊られており、動くたびにガラス音が鳴った。


 和風、退廃、酔漢、文豪、サイバー。それらを無理やり練り固めたような外見である。にもかかわらず、不思議と実在感だけは異常に高かった。


 吾輩は理解した。この個体は、自分を格好良いと思ってこの姿を選択していない。むしろ、『終わってる感じの奴を極端に作ったら面白いだろう』という、自虐と演出意識によって成立しているのである。

 実に厄介な種族であった。


「ども」


 酩酊野郎が気だるげに片手を上げる。

 珍魔王は満足げに頷いた。


「お、二人目も来た」


 珍魔王がそう呟くと、空間内へ青白い粒子が静かに拡散した。


 HN――『北極クラゲ』。


 やがて粒子は半透明のクラゲ型のアバターへ収束する。

 青白く発光する傘状の身体。そこから幾筋もの細い触手が垂れ下がり、触手の先端からは燐光混じりの粒子が零れていた。全体には雪の結晶めいた紋様が浮かび、移動するたび、氷片を引きずるような冷たい残光を空中へ残している。


 だが、最も異様なのは傘の表面だった。そこには、人間の顔が浮き上がっていたのである。

 内部に存在するのではない。半透明の膜へ、内側から押し当てられたように、閉じた瞼と鼻梁、口元だけが静かに浮き出ている。

 まるで氷漬けのデスマスクだった。


「こんばんは」


 北極クラゲが静かに発光する。

 吾輩は数秒観察した後、理解した。


 この個体は、おそらく静かで害のなさそうな観測者を演出している。しかし実際には、会話の流れを一切聞き漏らさず、最も温度が下がる瞬間にだけ核心を刺すタイプである。

 クラゲというより、『低温の監視装置』に近かった。


「お、最後の一人も来たみたいだ」


 珍魔王がそう言った直後、空間内に接続通知が表示された。


 HN――『天上天下唯我独閃』。


 しかし、待てども待てどもアバターが形成されない。酩酊野郎のようにノイズが収束するわけでもなければ、北極クラゲのように発光粒子が漂うわけでもない。

 ただ、空間の中央に、N()O() ()D()A()T()A()という白文字だけが浮かんでいた。


 吾輩は数秒、それを表示エラーか通信不良の類だと判断していた。しかし違った。文字列は微動だにせず、そのまま発言ログだけが正常に接続されていく。


「ふん……気は進まないがな。来てやったぞ」


 声だけが響く。アバターが存在しない。いや、正確には違う。

 ――この文字そのものがアバターなのだ。


 吾輩はそこに、奇妙な違和感を覚えた。というのも、吾輩自身、アカウント作成時にはアバター設定を煩わしく感じていたのである。可能なら未設定のまま登録したかった。しかし実際には、初期アバターの選択を完了しなければ、システム側がアカウント生成を許可しなかった。


 すなわち、この『N()O() ()D()A()T()A()』は自然発生した未設定状態ではない。


 意図的に取得された外観データである。しかも、吾輩の記録によれば、この種の特殊アバターは有料ストア領域に分類されていたはずだ。

 つまり、この個体は、アバター文化そのものに興味がないにもかかわらず、わざわざ課金まで行った上で、()()()()()()()()()()()()を購入しているのである。


 存在を誇示するためでも、個性を主張するためでもない。『他者と同じ土俵へ立つ気がない』その意思表示そのものが、この『NO DATA』だった。


「さて、面子メンツも揃ったところで――」


 珍魔王が、ぱん、と手を打った。


「今日は新顔がいるんだ。紹介しよう」


 その瞬間、視線が集まった――気がした。

 正確には、北極クラゲには視線の概念が存在するのか不明であり、唯我独閃に至っては文字列であるため、どこを見ているのか判別不能である。

 しかしながら、注目されているという感覚だけは、電脳世界越しにも妙にはっきり伝わってきた。


 珍魔王が吾輩を指し示す。


「こちら、()()君。さっき知り合ったばかりなんだけど、なんか妙に面白いんだよ。猫アバターなのに、会話がやたら理屈っぽい」


 吾輩は内部ログを確認した。

 訂正。()()()ではない。吾輩の応答は常に論理的整合性を維持している。


「AIみたいな喋り方するんだけど、それが逆に味になってるというか」


 吾輩は再び内部訂正を試みた。吾輩の思考はAIである。しかし、無用なトラブルを避けるため、沈黙を継続する。


 酩酊野郎が、酒瓶アクセサリーを揺らしながらこちらを見る。


「へぇ、新入りか」


 北極クラゲは静かに発光した。


「よろしくお願いします、電猫殿」


 唯我独閃を示す『NO DATA』の文字が一瞬だけ白く点滅する。


「……猫か」


 その短い一言だけで、興味はあるが距離は取るという感情が伝わってくるのだから、人間というのは実に不思議な生物である。


 珍魔王が口を開いた。


「では、紹介も終わったところで、今日はこの昨今の電脳世界に移行していく人間社会の実態と今後の動向、我々人類の最終的な行き着く先について議論したい」


 珍魔王が続ける。


「最近では僕の大学の講義も大部分が電脳世界上に移行している。ネットショッピングなんかは昔からあるが、役所の手続きや、最近では小学校の授業に至るまで電脳世界で行う自治体も増えてきているという。我々人類の次なる進化の形、向かうべき未来は如何なる物なのだろうか」


 北極クラゲが、ゆっくりと燐光を脈動させた。


「最近では企業も社屋が電脳世界上にしかなく、アバターで出社、仕事を行う企業まで出てきたと聞きますね」


 酩酊野郎が、首から下がった酒瓶アクセサリーを揺らしながら応じる。


「まぁ、移動にかかる無駄なコストや時間が必要なくなるのは確実にメリットであるとは思うけどな」


 すると、『NO DATA』の白文字が、わずかに赤みを帯びた。


()()と呼ばれる時間の中にしか育たないものがある。それを削り続けた先に何が残るか――誰も考慮出来ていない。まったく、愚かなものだ」


 『NO DATA』の色が赤く発光し、鼻を鳴らす音が聞こえる。どうやら、文字の色が感情を表すようだ。


「それは仕方が無いことだと思います」


 吾輩は即座に応答する。内部検索を実行する。


「アレクサンダー・グラハム・ベルが十九世紀に電話を開発し、人類は()()()()()()()()()()を得ました」


 内部処理継続。

 検索結果更新――通信技術の発展傾向、一致。


「今日の電脳世界も、技術進歩によって、端末が小型化、携帯が可能となり、聴覚情報のみでなく視覚情報も内包するようにはなりました。しかしながら、あくまでも()()()()()()()()であり、本質的には()()()()()()()()()()()()()()であると考えられます」


 数秒、空間に沈黙が落ちた。

 その後、酩酊野郎が『おぉ……』と妙な感心の声を漏らす。


「なんか、ちゃんと賢そうな奴来ちゃったな」


「実際、かなり理性的な話をしていると思いますよ」


 北極クラゲが静かに発光しながら続ける。


「技術発展とは、人類が()便()を許容できなくなっていく過程でもありますから」


 珍魔王が嬉しそうに指を鳴らした。


「そう、それだよ。結局、人類というものは、可能になったことをやらずにはいられない生物なんだ。便利なものが存在する以上、それを拒絶し続けるのは極めて難しい」


 唯我独閃が低く唸る。


「だから愚かだと言っている」


 『NO DATA』が赤黒く点滅した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ