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猫とボクと普通(?)の日々  作者: zaq2
第一部:タマモ
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第七章 戻らない雀

 小羽が身を寄せていたのは、物置の屋根の下であった。

 最初の一晩を過ごした後も、先に棲んでいた者が、空きがあるうちはよいと言ってくれたらしい。

 妾も何度か、灰尾と並んでいる小さな姿を見かけていた。


「昨日の朝には、いたんだ」


 翌朝、灰尾は物置の前でそう言った。

 妾は三毛猫の姿で、軒を見上げた。


「人間の避難が始まる前か」

「そうだ。その後は、見てねえ」


 屋根の陰には、細い枯れ草が残っていた。

 妾が呼んでも、小羽は顔を出さなかった。


 奥から、丸いものが一つ転がってきた。

 古い木の実に、短い手足がついている。

 ここの先住者である。


「あの子なら、昨日出てったよ」

「どこへ」

「落ち着けるところがあるって」


 灰尾の尾が、二本とも止まった。


「お前が、もう出てけって言ったのか」

「言ってないよ。狭くもなかったし」


 木の実は、屋根の内側を指した。

 小羽が使っていた枯れ草は、そのまま置かれている。


「何か持って出たか」


 妾が尋ねると、木の実は考え込んだ。


「小さい木の札。こっちの目印を辿ればいいって、見せてもらったんだって」

「誰からじゃ」

「軒貸しさん」


 あの名であった。


「小羽は、何と言うておった」

「人間が来ないところだから、そこなら追い出されないって。ちゃんと場所が決まったら、お礼を言いに戻るってさ」


 灰尾が、屋根の上へ飛び乗った。

 鼻を寄せて歩き、一周して戻る。


「争った匂いはねえな」

「自分で出ていったのであろう。ここまではな」


 妾は木の実へ礼を言い、物置から離れた。

 行き先が決まっただけなら、それでよい。

 戻ってこない理由が、それだけであるかを確かめればよいのである。


     *


 物置を離れ、灰尾とともに小羽の行方を聞いて回った。

 その途中で、こちらから尋ねるより先に、二度呼び止められた。


 小羽を見なかったかと聞くと、別の者の話が返ってくる。

 橋の下にいた者。塀の割れ目から毎晩顔を出していた者。

 どちらも、このところ見ていないという。


「やっぱり、人間が何かしたんじゃねえのか」


 灰尾へそう言ったのは、植木鉢の陰に棲む、細長い影であった。

 昨日、作業着の人間を何人も見たのだという。


「その人間が、誰かを連れていったのを見たか」

「そこは見てねえが」

「では、姿を見なくなった者に、最後に会ったのはいつじゃ」


 影は、鉢の縁をなぞった。


「……昨日より前だな」

「どれほど前か」

「長い雨が降った日の、その少し前」


 灰尾が顔を上げた。


「それ、先月だぞ」


 影は黙った。

 妾は、植木鉢のそばへ座る。


「その頃にも、同じ人間がおったか」

「覚えてねえ」

「覚えておらぬことまで、つなげるでない」


 影は鉢の後ろへ半分ほど身を引いた。


「だって、皆、いなくなるから」


 声だけが残った。


 妾は、しばらく待った。

 それから、消えた者の姿と、いつもいた場所を聞いた。

 灰尾が地面へ爪で印をつけていく。

 聞き終えた後、妾はその印を一つずつ確かめた。


 名前の分かる者。

 姿だけを覚えられている者。

 自分で住処を変えたのか、それすら分からぬ者。

 妾のもとへ相談に来たことのない妖も、そこにはいた。


     *


 水路に着くと、水の翁が苔むした石から顔を出した。


「こっちにも聞いて回っておるそうじゃな」


 濡れた顎を動かしながら、翁は続けた。


「二つ上の橋の下におった者は、四月のうちにおらんようになった。依り代にしておった石は、まだある」

「どこかへ行ったと、聞いておるか」

「軒貸しのところへ行けば、雨で流されぬ場所を借りられると。そんな話をしておった」


 妾は灰尾を見た。

 灰尾も、こちらを見ていた。


 小羽だけではなかった。


「軒貸しと、直接話したことはあるか」

「ある。前は、空いておる軒やら、使われぬ蔵やらを教えて回っておった」


 翁は、流れてきた小枝を指先でよけた。


「この頃は、自分のところに来ればよいと言うようになったがの」

「自分のところ」

「部屋が増えたのだと。雨も風も、人間も入れぬとな」


 灰尾が低く唸った。


「なら、そこを見ればいい」

「うむ。ただし、決めつけて飛びかかるでないぞ」

「分かってるよ」


 言葉ほどには、尾が落ち着いていなかった。


 妾は、その石のある場所を翁に尋ねた。

 持ち主が戻ってきたら、こちらが捜していると伝えてほしいとも頼んだ。

 移った先で、無事に暮らしておるならよい。

 その返事を、まだ誰からも聞けていなかった。


     *


 昼前に一度、家へ戻った。


 人の姿になって手を洗うと、台所では主様が麺をゆでておられた。

 妾の分の皿も、すでに出ている。


「ちょうどよかった。そろそろかなと思って」

「申し訳ございませぬ。お支度を」

「いいよ。休みだし、二人分も一人分も、そんなに変わらないから」


 湯が切られ、皿へ盛られる。

 主様は刻んだ薬味を添え、妾の方へ一枚を寄せてくださった。


「今日は、長い集まりだったね」

「戻ってこぬ者がおりまして、行き先を確かめておりました」

「お友達?」

「以前、住むところを探していた、小さな雀のような者でございます」


 主様は箸を置いた。


「それは、気になるね」


 妾はうなずいた。


「移った先が分かれば、よいのでございますが」

「見つかるといいね。食べてから、また行く?」

「はい」

「じゃあ、片づけは僕がやっておくよ」


 妾は主様のお顔を見た。

 怒っても、急かしてもおられない。


 お休みの間は、おそばにいるつもりであった。

 自分から、そう願ったはずなのに。


「……なるべく、早く戻ります」

「慌てなくていいからね」


 主様は、麺が伸びるよと皿を示された。

 妾も箸を取った。


 温かいうちに出していただける食事。

 戻れば、もう一人分の皿がある場所。

 小羽が行こうとした先にも、そうしたものがあればよい。


     *


 組織の事務所では、後輩の女性が、古い報告の場所を地図へ重ねていた。


「水路周辺の二件は、流れが戻った時期と合います。現地の確認でも、その後の異常はありません」


 先輩の男性は、記録を一枚ずつ見ていた。


「ほかは?」

「通報が途絶えたままの場所があります。今朝の巡回では、以前記録された気配も見つかりませんでした」

「移った可能性はあるな」

「はい。理由は、まだ」


 女性は地図の印を消さず、横へ確認した日を書き添えた。


「タマモが収めたという話で、まとめますか」

「本人に聞いたのは、関わった範囲の話だ。それで全部埋めない方がいい」


 男は、未確認の欄を指で押さえた。


「報告のない場所も、もう一度見よう」

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